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別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
17/45

第十七頁

 その時船上にいた四人の目前に出現したもの、それは……、


(い……烏賊ぁっ!?)


 どうやらその存在を熟知していた老人、そして一切焦りを見せないでそれを凝視するローク。それ以外の三人は目前の存在を一目見て、心の中で揃ってそう叫んだ。

 その正体は彼らが叫んだ通り、烏賊に似た姿のモンスターであった。全体的に紫色の身体を持ち、黄色い眼でこちらを睨みつける様子を除けば、それはまさしく光や晴児の《真界(リアル・ワールド)》に存在する烏賊と、それほど変わりはない姿だ。

 それは一匹だけではなかった。目前で彼らの行く手を阻む渦の中心から跳び出したそれは、時間が経過するごとにその数を増していく。一匹、また一匹と……。

 やがてモンスターの出現がなくなると、目前の渦は徐々にその姿を消失し始めていく。しかしその頃ボートは、すっかりモンスター達の造り上げた輪の中心にあった。敵の数は合計十体。

「こいつらは『レイククラーケン』というモンスターじゃ。それ程強くはないんじゃが、さすがにこんなにおると厄介じゃな……」

 目前のモンスターを簡単に説明する老人。確かに十体も登場するとなると、それらをまとめて倒す事は中々容易ではなさそうに思える。

 しかしそれでも老人は落ち着いていた。これだけのモンスターを目の当たりにしていても、彼は全く動じる事なく、再びボートのエンジンを目覚めさせる。

 そして彼は残る四人に対し、強い声で言い放った。


「これからこいつ(、、、)を全速力で走らせて、奴らの攻撃をかわしながら町まで戻る事にする!振り落とされんように、しっかり船にしがみついておくんじゃぞっ!」


 その時彼の提案と忠告をしっかり聞き入れた四人は、無言のまま首を縦に振る。老人がそれを確認すると、早速エンジンの音を高々と鳴り響かせる。

 その時五人を乗せたボートは駆け出し、敵の輪から一気に離れていった。そして残されたモンスター達もまた、あっという間にその場を去っていった彼らの後を追っていく――――。



 その時湖の中央を両断するかのように、彼らを乗せたボートが駆け抜けていく。一瞬で過ぎ去った後に生み出される白波が、勢いよくその場を去っていく。

 その背後に迫り来るのは、先程まで彼らを囲んでいたモンスターの群れだ。少しも諦める様子を見せず、只管獲物を追い続ける。

「くそっ!全然離れようともしねぇ。このままじゃ追いつかれるのも時間の問題じゃねぇか!」

 ボートの端にしがみつき背後のそれらに注意を払いながら、ファメルは悔しさを込めて叫ぶ。

「……お前さんの言う通りじゃ。これ程までについて来られると、流石のこいつも火を吹いてしまいそうじゃ……」

 それまで敵から回避する事のみ考えて舵を取り続けていた老人も、ここにきて冷や汗を噴き出させていた。

「そ…それじゃあどうすれば……!?」

 同じく焦りを感じながら、光は二人に尋ねてみる。彼の問いを受け、ともに無言で策を練る二人。

「…………仕方ねぇ!おい光っ!」

「っ!何か思いついたの、ファメル……!?」

 二人が無言のまま暫く経過したその時、ファメルは突如とし何かを決断し、相棒に声をかける。それに素早く反応した光は、早速その“答え”を確かめる。

「このまま逃げるばかりじゃ埒が明かねぇ!かなり不安定だが、ここであいつらを倒すしかねぇ!」

 導き出した答えを大声で口にしたファメル。彼の言葉を耳にし、その場にいる“勇者”全員が頷く。

 だがここで光は気づいた、しかもそれは随分と根本的な点であった。

「えっ!?で、でもどうやって?だって僕らの“武器”って、剣だよ!?ここからじゃ届きそうもないし、どうすれば……」

「心配すんな!手は打ってある……」

 ファメルは即答した。その証拠として、十分な余裕を笑顔に変換させ、すぐさま相棒に披露する。

「これを使って……」

 すると彼は腰の鞘から突出した柄を強く握ると、それを勢いよく引き抜く。

 その時日の目を見る事となった彼の剣が、照らされた陽の光で力強い輝きを見せる。それを目の当たりにし、「おおっ」と驚きを漏らす晴児。一方のロークも一瞬だけそれを目で確認し、そしてまた目線を戻す。

 それを見たファメルは、彼らの遥か頭上から接近し続けるモンスター達を睨みつけると、その手に握る大剣を高々と掲げる。

 そして一つ深呼吸を済ませ、大声で一言こう叫んだ、

「…………<エファイレ>!」

 その時彼が唱えた呪文で生み出された炎が、大剣の切っ先で激しく燃え上がる。その瞬間船上には、かなり高温の熱が発生される。

 ファメルはそのまま自分達を追跡し続ける十体の「レイククラーケン」の群れから、最も先頭にいる一体に視線を集中させる。

「当たってくれよ……!」

 そんな彼の呟きと唾を飲み込む音が聞こえたその時、ファメルは掲げていた大剣を一気に振り下ろしてみせる。

 すると次の瞬間、切っ先に留まっていた炎が物凄い速度で放たれ、狙いを定めていた先頭の一体に向かって、一直線に突き進んでいった。その時その様子を無言で見つめるローク以外の四人は全員願っていた、ファメルが編み出したこの一撃が、狙い通りに敵へとぶつけられる事を……。

「…………よしっ!」

 その叫びと同時に、ガッツポーズを決めるファメルの姿がそこにいた。作戦は成功したのだ。

 かなりの勢いをつかせ標的に向かった炎は火球へと姿を変え、狙いを定めたその一体に見事直撃する。火球は敵の身体に触れた途端、すぐさまその全身を覆いつくし、そのまま容赦なく相手を業火の餌食へと変化させる。

 直後その場で動きを止めたその一体は、相手の炎にもがき苦しみ、少しずつ湖への落下を開始させる。

 やがて炎の勢いが失せ久々にその姿を披露した頃には、敵の全身に無数の焼け焦げた痕が残されていた。そしてそのまま動くをなくし、完全に湖へと落下を果たすと、ゆっくりと湖水の奥深くへと沈んでいった。

「どうせ近距離からの攻撃は無理そうだし、こっちのほうがしっかり攻撃できるって思った訳だ!ほら、

光もこうすりゃあいつらに攻撃する事が出来るはずだぜ!」

 その言葉を背後にいる相棒に向けて発し、彼の奮起を促そうと試みるファメル。それに対する相棒の答え、それは……、

「…………分かった!君を信じるよ!」

 その時光は間髪を入れず、相棒と同様に腰の鞘からはみ出た柄を掴み、一気に抜き出す。

 紅く染め上がった刃が、陽の光により更に鮮やかさを増す。彼の持つべき“武器”として選ばれた<紅剣(こうけん)>が、晴児とロークの目前に披露されたのである。

「す…すげぇ……これが光の…武器なのか……そ、それに……」

 晴児は気づいた、親友の身に起こった“変化”を。

 剣を抜き出す瞬間閉じられた光の瞼が再び開かれたその時、それらは同時に現れた。全身を覆う熱いオーラの中に、今までとは全く異なった“凛々しさ”に満ちた表情、そして今にも燃え上がりそうな程に紅く染まった瞳。まるで別人と思われても不思議でないくらいの変化を遂げた光の姿に、親友の晴児は勿論の事、それまで一貫して冷静さを保っていたロークでさえも、動揺を隠せないでいた。

「なっ!?一体どういう事だ!?これは……」

「お前……ひ…光…だよ…な……?」

 “光と思われる彼”は一切答えようとしない。そのまま<紅剣>を高く掲げると、大声で<エファイレ>の呪文を唱え、切っ先に灯された炎を敵の群れへ向けて放つ。

 彼の攻撃もファメルと同様に成功し、二体目の敵を湖へと沈める。

 どうやら敵への攻撃に夢中となっている“彼”の代わりに苦笑いを浮かべたファメルの口から、簡単な説明が語られた。

「ま、まあ、光であって、光でない…って答えたほうが正しいかな……その事については後でゆっくり詳しく話す事にして、まずはあいつらを倒す事が先だ!」

 そう言い放ち、ファメルもまた戦闘を開始させ、火球による相棒との攻撃を展開させていった。

 しかし少しずつ様子が変わってきてしまう……。

「……くそっ!あいつら、急にすばしっこくなりやがって!これじゃ球が当たりゃしねぇ……!」

 ファメルがそう言って怒りを露わにするのも無理はない。上空にいる残り八体の「レイククラーケン」が、突如として変則的な空中移動を開始させたからだ。そのせいで二人の火球は寸前のところまで迫りはするものの、敵はことごとくそれをかわし続けてきた。今まで以上に厄介な敵に、さすがの“光らしき勇者”も冷や汗を浮かべ始めてきた。

「もっと素早く攻撃出来れば、あいつらを仕留められるのに…………!」

 本人の想像以上に苦戦を強いられ、自らの心情を吐露してしまうファメル……。


「…………よっしゃ!今こそ俺達の出番みてぇだな、ローク!」

「…………そうだな」


 その時光とファメルのコンビはかなり息を切らしていた。

 乱雑した移動を繰り返す敵に対し、それまで二人は最低でも一つは当てられるように火球を放ち続けていた。その為余計な体力を消耗させてしまっていたのだ。それでも敵は一向に追跡を続け、彼らが攻撃を中断したこの瞬間を見計らい、一気にボートへの接近を試みる。

「はぁ、はぁ……だ、駄目だっ!疲れが、溜まり過ぎて…これ以上、攻撃出来ねぇ……」

 荒い息遣いとともにやっとの事で自身の思いを言葉に換えるファメル。一方の光も声にこそ表さないが、彼の息切れも相棒と等しかった。

(こ…このままじゃ……やられる……!)

 ファメルは心の中でそう叫び、思わずぐっと瞼を強く閉じる。


 その時光とファメルの二人は耳にした、自分達の背後から響き渡る、鋭い銃声を。


 見上げた敵の群れの中で、一体だけが急速に落下を開始していた。更によく見てみると、その一体の上部二箇所に、それぞれ孔が開いていたのである。そしてそれは湖に直撃すると、ゆっくりと奥底へと沈んでいった。

「あ…あれは……一体……!?」

 訳の分からないまま後ろへ振り向く二人。

 その時そこに立っていたのは、晴児とロークのコンビであった。二人の片手には拳銃が握り締められており、そこから放たれた一撃が先程の撃退を生み出した事を、すぐに二人は理解した。

 そして特に晴児が所持した銃が、澄み切った青色に彩られている事も。

「青い、銃……じ、じゃあ、つまりそれが、晴児の……?」

 その時ファメルが、自らが述べたかった言葉を言い切ろうと、ゆっくりと口にしていく。しかし彼が言い切る寸前に、晴児自身の口から“その名”は語られた…………、


「いいかい二人とも、しっかり見ててくれよ!これこそ俺の“武器”、<蒼銃(そうじゅう)>の力だっ!」


 彼はそう宣言すると、新たにボートへと接近してきた一体に、その銃口を向ける。そのまま片目を瞑り照準を合わせると、晴児の口から“この言葉”が叫ばれるとともに、その引き金が引かれた。


「…………<ラウェット>!」


 その言葉が唱えられたその時、幾つもの弾丸がまるで機関銃を放ったかのように、<蒼銃>の銃口から途切れる事なく連射される。その弾丸は、よく見てみるとただの銃弾ではなく、それとほぼ同じ大きさの水滴のようであった。

 その連射をまともに受けてしまったその一体は、全身に蜂の巣を作り上げた直後、これまでと同様に湖へと沈んでいく。

「すげぇだろ?この“水の呪文”を上手く活用して、こんな風に他の銃にも変える事が出来るんだぜ!」

 すると今度は、今までボートの先頭にいたロークが突然彼らのいる箇所まで移動してくる。そして彼もまた相棒と同じように、これまでになかった大声で呪文を唱える。

「…………<ラウェット>!」

 その時彼の銃から放たれた弾丸は、その銃口では撃てそうもない程の大きさであった。例えるなら、大砲の砲弾と同じくらいの大きさだ。

 それが一体の身体に命中するや否や、大きな爆音とともにそれは爆発する。その影響で、水の砲弾を受けた一体だけでなく、すぐ傍にいた二体の敵までも、一気に湖水へと吹き飛ばされた。


「す、すげぇ…!これが、お前らの…“チカラ”……!」

 それまでの想像以上に活躍してみせる二人の様子に、ファメルはその目を輝かせるばかりであった。

(……っと、こうしちゃいられねぇ!疲れも取れてきたし、そろそろオレも戦わなきゃな……!)

 心の中でそう決意し、再び大剣の柄を握り締め、自らの気合いを注入させるファメル。その間同じく攻撃を止めていた光も再び参戦し、ファメルと同様に<紅剣>へ気合いを注ぎ始める。

 それから数秒後、二人は全く同時に<エファイレ>の呪文を唱えると、同じ速度で接近してきた二体の「レイククラーケン」に向けて火球を放つ。

 攻撃は見事にその二体に直撃し、先程までのように全身を焼かれた敵は、そのまま奥底へ沈んでいく。これで当初は十体も出現した「レイククラーケン」の大群も、今やその数はたったの一体。

(……よしっ。これなら無事、町まで戻れそうだな……)

 残りあと僅かとなった敵の数を確認し、ファメルは心の中でそう確信する。

 これにより、彼にもある程度の余裕を取り戻せたようだった。後方の仲間達の為に振り向くと、笑みを浮かべて親指を上げる仕草を披露する。


 その時だった。

「…………なっ!?」

「…………っ!?」

 彼らが気づいた時には既に手遅れだった。そこにいたファメルの身体は、上空にいる最後の一体から垂れ下がった触手により、全身をすっかり絡みつかれてしまっていた。それらは身体のいたる部分をきつく締め上げ、少しずつ本体へと連れ去ってしまいそうであった。

「ぐっ!…がはあっ!……あああっ!」

 触手の締め上げる強さが増大する度に響き渡るファメルの呻き声。その身体は尋常でない激痛を味わわされながら、何の抵抗も出来ずに本体へと引きずり込まれていく。

(だ、だめ…だ……このままじゃ…本当に……)

 苦痛に苛まれる形相を露わにした彼の心の中には、少しずつ“絶望”の二文字が如実に膨れ上がっていくばかりであった…………。


 その時だった。

「……!?」

 突如として自らの身体に激痛を与え続けていた触手の勢いが、いきなり衰え始めてきたのである。それまでの絶望は一蹴され、ようやく苦痛から解放されたファメル。

 その苦しみの源であった最後の一体に目を向けてみる。するとそこにいる敵の中心に大きな風穴が開いており、更にその周囲には焼け焦げた痕跡も残されていた。今までに見た事のない傷跡を確認し、ファメルはかなり不思議がる。

 その理由が判明したのは、彼が仲間達のいるボートに目線を移したその時であった。そこには<紅剣>を振り下ろした光と、こちらに向かって真っ直ぐに<蒼銃>を構えた晴児の姿があった。

(そ、そうか!あの二人、それぞれの魔法を同時に唱えて、こいつに攻撃してくれたんだな……!だからこんな傷跡が……!)

 そんな彼の心の声が届いたかのように、二人は軽く頷いてみせる。その瞬間それを目の当たりにしたファメルの感情は、大きく揺れ動かざるを得なかった。

(お、お前ら……!)

 瞳に溢れそうな物を堪えながら、改めて感謝の意を表そうと彼らに手を振ろうと考えたファメルであった。


 しかしその時、彼は一つある事に気づいた、自身の現状に深く関係する、大変重要な事を。

(……ん?ちょっと待てよ……この状況って……)

 ここでファメルは咄嗟に、すぐ傍にある敵の図体、そして自分のすぐ真下に見える光景を、数回交互に目線を合わせ、最後に一言声に出した。


「……ま……まさかっっ!?――――」



 その時ファメルは倒された「レイククラーケン」とともに、≪キェイル湖≫の奥底へと沈んでいた。

 必死の思いで口をきつく閉じながら、ファメルは新鮮な空気を求めて浮上を試み続ける。しかし上手くはいかない。

(……くそっ!この触手のせいで…全然上がれねぇ……!)

 彼の思う通り、その全身は相変わらず敵の触手に絡まれたままであった。残された力を全て費やしてそれらを解こうと焦るファメル。それでも触手に備え付けられた巨大な吸盤の影響で、どうしても剥ぎ取る事が出来ずにいた。

 そうこうしているうちに、ファメルの無呼吸状態にも限界が訪れてしまった。

(や…やべぇ……い…息が……)

 とうとうそのまま我慢しきれず、閉じていた口を開かざるを得なくなったファメル。開かれた瞬間から物凄い勢いで口内に流れ込んでくる大量の湖水。

(こ…今度こそ……終わり…だ……)

 薄れ行く意識の中で、これまで彼から溢れ続けていた前向きな心が、完全に失われつつあった……。


 その時だった。

(…………?)

 突如としてファメルの耳と目に、何かが水中に飛び込んでくる音と、徐々に近づいてくる何者かの姿が入り込んできた。

 その時湧き上がったほんの僅かな“希望”を信じ、彼はそれに向かってゆっくりと手を伸ばした、遂に体力がもたなくなり、少しずつ自らの瞼が閉じていくのを感じながら――――。

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