第十六頁
その時光は大きな衝撃を受けた。
確かにファメルとともにここで待ち受けていたのは、これから自分達と旅する事となる“勇者”である事に間違いはない。こうして対面するまで、彼はずっとこう思っていた、これから出会う新たな“仲間”とは、きっと見ず知らずの誰かであるはず、と。
「……な…何で君が…ここに……!?」
訳も分からず光がそう問いかけたように、彼にとっては全く予想外の人物がそこにいたのだ。
光の目前に立つ人物、それは茶色い毛髪を有する一人の少年だった。見覚えのある顔立ちから、彼は確認の為、すぐにその名を声に出してみせる――――、
「せ、せいじ…くん……君…曽根晴児くん……だよね……?」
「ひ、ひかる……お前こそ…朝日奈光……だよな……?」
その時非常に聞き覚えのある声で、目前の少年は殆ど変わりのない問いかけを、光に対しぶつけてきた。
(この声……間違いない……!)
少年の問いかけを受け取った光も、そして光の問いかけを受け取った少年も、互いに確信を持った。
念の為細心の注意を払いながら、それぞれ真正面に存在する少年から一切視線を逸らす事なく、四人は無言の状態で接近する。その時彼らの耳に聞こえてくるのは、流れ行く湖水の音と、特に“人間”の少年二人が固唾を飲む音のみだった。
やがてそれぞれの手が届きそうな距離にまで近づいた四人。光の目前に立つのは彼にとって間違いなく見覚えのある少年。一方ファメルの目前に立つのは彼よりも長身で細身の少年であった。一見すると光と同じ“人間”の容姿をしている。しかしよく見ると、両耳は人間よりも長く、肌の色もそれと比べてかなり色白な印象を受ける。
この四人の中で一番に声を発したのは光であった、その相手は勿論、目前の少年だ。
「やっぱりそうだ……君は……」
その時彼が述べたい事を言い切る前に、その少年は先に事実を伝える。
「ああ、間違いないぜ。俺の名前は曽根晴児、お前の友達だ!」
「ま、まじ!?ほ、本当なのか!?光……」
晴児と名乗った少年の言葉に驚愕し、すぐに相棒へ確認の質問をするファメル。
「うん、そうだよ。晴児くんは僕の大切な友達なんだ!」
相棒への質問に、当然ながら何の偽りもなく返答する光。
すると今度は晴児から、光へと質問が投げかけられた。
「しっかし驚いたぜ。まさかこんな所で光に出会うなんて……どうしてここに?」
「それが、よく分からないんだ。何で僕が“この世界”に来る事になったのか、さっぱり……」
少しばかり思い悩むような表情を見せる光。それを目の当たりにした晴児もまた、同様な表情に変化する。
「……ただ一つ言えるのは…………」
ふと思い出したように呟くと、光は早速自らが背負っていたリュックサックを下ろし、何かを取り出そうと手を突っ込む。暫くして中から抜け出たその手に掴まれていたのは、彼が“この世界”に来るきっかけとなった、あの代物であった。
「君との“あの用事”が終わってからの帰りにこの“日記”を拾って、ページに文章を書いてから、不思議な事が起こり始めた気がする……」
「……なぁ光、その“本”ちょっと見せてくれないか……?」
それを掴みながら語られた光の説明を聞き終えると、晴児は突然そのように頼み込む。不思議に思った光であったが、親友からの頼みだった事もあり、何の疑いもなく“日記”を差し出す。
晴児はそれに手を触れる事はしなかった。その代わり自身の目前に差し出された“日記”を、只管じっと見つめ続けるのみだった。
「……そうか。お前も“これ”を……」
「?どういう事なの?晴児くん……」
何気なくそう呟かれた親友の言葉に疑問を抱き、その理由を尋ねる光。すると……、
「……ちょっと待ってて……」
そう言った晴児もまた、光と同様に自身のリュックサックの中に自分の手を突っ込む。
「……実はな……」
そして彼が探していた“それ”を中から取り出したその時、光は驚愕した。
「そ、それは…………!?」
その時晴児の手により中からお披露目された物、それは一冊の古びた“本”だった。しかもその外見は、光がこれまで日記として扱っていたそれとぁわりはなかった。唯一異なるのは表紙に刻まれた文字が、光の“本”は赤色だったのに対し、晴児のそれは周囲の湖と同じくらいに澄んだ青色をしている部分のみであった。
その“本”を親友に披露しながら、少し恥ずかしげに苦笑いを浮かべる晴児。
「光が“本”を見せてくれた時すげーびっくりしたよ!まさかお前も、俺と似たようなアイテムを持ち合わせていたなんてなって……」
「僕も同じだよ。ただでさえ、“この世界”で君と出会えたなんてね……」
そして二人は改めて互いの表情を見つめ合い、本当に自らの親友であるかどうか確認する。
「…………」
「…………」
「…………ぷっ」
あまりにも真剣な眼差しでのにらめっこを続けたせいで、思わず同時に失笑してしまった二人。それぞれの相棒を含めた四人が集まるその空間に、和やかな空気が流れ込む。
その時だった。
「…………おい」
突然聞き覚えのない凛々しい声が、彼らの間に割って入り込んできた。ここで一旦会話を中断させ、その声が発せられた方向に視線を移し変える二人。
その声の主は、ファメルだった。
「いきなり口を挟んですまねぇが、そろそろオレにも自己紹介させてくれねぇか……」
二人の注目を集中させ、やや不機嫌そうな声で自らの自己紹介を要求するファメル。
「親友との突然の再会を祝うのは構わねぇけど、忘れちゃ困るぜ、オレ達の事」
彼の意見を耳にした光と晴児は、いかにもばつの悪そうな表情を浮かべながら頭を下げた。
「ご、ごめんごめん。つい話しにのめり込んじゃって……」
「わりぃわりぃ。そ、それじゃ改めまして、お互いの自己紹介を始めるとしましょうか……」
二人の謝罪が済んだところで、改めて互いの自己紹介が催された。
「はいはーいっ!じゃあまずはオレから始めるぜ!」
その時片手を高々と挙げながら大声でそう言い放ったのは、彼であった。
「オレの名前はファメル。この国の端っこにある《タルスト村》の出身で、〈炎〉の魔法を手にした“勇者”だ。よろしくな、二人とも!」
ファメルは自身の紹介を済ますと、今度は隣にいる光の脇腹を小突き始める。何かと思いそちらを向いた光に対し、彼はただこう言い放つのみだった。
「はい、次は光の番な!」
「ええっ!?い、いきなりそんな事言われても……」
その時恐る恐る、向かい側に立つ二人の様子を確認した。
自分の事をよく知っているはずの晴児は静かに笑みを浮かべている。おそらく自分の挨拶を気長に待とうとしていると彼は思った。一方長身少年の場合はというと、こちらも何の文句も言いそうにないように
思えた。しかし彼は知らぬ間に腕組みを行っていた事から、そう長く手間取ってはいられないと悟った。
とはいえ突然順番が回ってきた事もあり、まだしっかりとした言葉を用意してはいなかった。とりあえず思いついた言葉を脳内で繋げていきようやく完成させたその文は、正直出来が悪すぎるだろうとは思いつつも、それを二人の前で披露する事にした。
「……あの…ぼ、僕は朝日奈光……えと…け、剣で戦います……」
とてつもない緊張感に苛まれ、震える声で必死の思いを込めて、どうにか挨拶を言い切る事が出来た光。尋常でない冷や汗を流し真っ赤に染まりあがった顔面から、彼の緊張の度合いを証明する。
そんな彼の言葉をしっかり耳にしてから、親友の肩を軽く叩く晴児。
「お疲れ様!もう緊張する必要はねーぞ。ほら、深呼吸でもして落ち着いて……」
彼に言われた通り息を深く吸っては吐き、どうにか落ち着く事に成功する光。その様子を確認し終えた後、今度は晴児が自己紹介を始める。
「えーっと、俺の名前は曽根晴児。さっきも言った通り、長い間光と仲良くさせてもらってる。よろしくな、光、ファメル!」
そう言うと晴児は二人の目前へ拳を差し出すと、そこから親指を上へ向けたポーズを見せつける。
それを受けたファメルも彼と同様のポーズを決め、明るく言葉を返す。
「おう!こちらこそよろしくな、晴児!」
それを見た光も笑顔を浮かべながら、親友に対し軽く頭を下げる。
「よし!後はお前の番だな。最後だからこそ盛大な紹介よろしく頼むなっ!」
先程の挨拶で上機嫌になり、その状態を維持したまま、最後に残った隣の人物へと交代する。
所々異なる部分はあるものの自分達“人間”と似た顔立ちを有する彼。改めて確認してみると、どうやら彼の最大の特徴は、大人の男性と比べても引けを取らない背の高さであった。その長身ぶりはこの四人の中で群を抜いていた。
光にとっては勿論の事、ファメルにおいても初めて出会った“この世界”の勇者という事もあり、二人は更に注目していた。彼が発する第一声が、一体どのような物になるのかという事を――――。
「…………ロークだ。よろしくな…………」
「…………へっ?」
その時二人は呆気にとられた。当初は晴児の要求通り盛大な明るさでの自己紹介を期待していた彼らだった。だが、大人びた声で繰り出された彼の挨拶は、あまりにも単純なものだったのだ。
「はぁ……おいおい、折角の初対面だったんだぜ?もっと明るくいこうじゃねぇか……」
溜息を吐いてすっかり呆れ顔に変化してしまった表情のまま、晴児はロークと名乗った彼に忠告する。するとロークも反論の言葉をぶつける。
「勘弁してくれ。ちゃんと名乗ったんだからそれでいいだろ?」
相棒の要求に従う気など毛頭なさそうにそう語るローク。そのまま三人に背を向けると、ここまで彼らを送り届けてくれた老人と、彼が操舵したボートが停泊された場所へと歩み始める。
「さあ、用も済んだ事だし、さっさと町に戻るとしよう。オレ達を待ち続ける“勇者達”はまだ他にいる。このまま待たせるのも申し訳ないはず、だろ?」
彼はそう言い放つと、未だその場に立ち尽くしたままの三人を睨みつける。その鋭く冷たい眼光をまともに食らい、彼らは仕方なくボートへと引き返す。
「本当にいいのかい?こっちはまだまだ待っていても構わないんじゃが……」
老人は心配そうにロークへと尋ねる。
それに対し彼は真っ先にボートへ乗り込んでから、冷静に言葉を返した。
「ええ。“勇者”に選ばれたオレ達にとって、無駄に失う時間なんて少しもありません。こうして“仲間”と出会えた以上、すぐに次へと進む必要があります……」
その時そう語る彼をじっと見つめながら、こう思った。
(何だか感じわりぃ奴だな。本当にこんな奴が“勇者”でいいのかよ……)
その時“勇者達”と老人、計五人を乗せたボートが、全速力で湖上を駆けていた。
そこから見渡す景色の移り変わりを眺める光と晴児。他の景色に脇目も振らずただ前方のみを見続けるローク。舵を取る老人。それぞれ方向こそ異なるものの、視線に変化をつける事はない。
ただ一人違っているのはファメルだった。彼のみが視線を船底へと向けたまま、独り疑心を抱えていた。
(本当に…このままでいいのか?……このままで……)
「…………める……」
(いくら何でもあんな性格じゃ、折角のチームワークが台無しに……)
「…………ふぁめる……」
(どうにかしねぇと……オレに何か出来る事は……)
「…………ファメル!」
「……ふえっ!?」
自身の思考回路に突然割り込んできた何者かの声。それによりようやく我に返ったファメルが、慌ててその視線を声の方向へ移し変える。
そこには心配そうな表情で彼を見つめる光の姿があった。
「どうしたの?さっきまで下向いてばかりで……」
「あ、いや…何でも……」
今のファメルにはそうとしか言えなかった。どうしようもないこの気持ちを相棒にぶつけてしまっては、彼もまた気を落としてしまうと感じたからである。
「……ほっほら、こうして“仲間”も増えた事だし、景色でも眺めて気持ちを入れ替えよう!」
「あ、ああ…そうするよ……」
そんな相棒からの提案を受け入れ、ファメルは彼とともに景色の移り変わりをその目に焼き付ける事にした…………。
その時だった。
「……!?何だあれ!?」
いきなりそう叫び、ボートから少し離れた箇所を指差したのは、先頭にいるロークだった。残りの四人もすぐさま彼の指す場所へと視線を送る。
その時全員が注目した地点の湖水に、大きな渦が造り上げられていたのだ。それに気づいた瞬間老人がボートのエンジンを停止させ、その場に立ち止まらせる。彼の迅速な対応が功を奏し、何とか渦に巻き込まれずに済んだ。
「はあ、危なかった……」
幸いにも難を逃れ、ほっと胸を撫で下ろす光と晴児。
「なあおっさん、一体何なんだよ!?あれ……」
最初の乗船時には一切出現してなかった目前の渦を指差しながら、ファメルは老人に問いただす。
「やけに平穏だったから不思議に思っていたんじゃが、まさかこんな時に…!お前さん方、気をつけるんじゃ!これは……」
老人がその正体を明らかにしようとしたその瞬間、激しい水飛沫が渦の中心から噴出した。あまりに突然の出来事に、一同の視線がその地点へ集中する。
時間が経つごとにその飛沫は勢いを増していく。全く予断を許さないこの状況の中で、特に冷静な眼差しでそれを見つめるローク以外の“勇者”三人は焦りを募らせるばかりである。
やがて暫くの時間が経過したその時、“それ”は突如として姿を現した――――、
「な……何だありゃあ!?」