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別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
15/45

第十五頁

 ――――その時二人の目前には、太陽の輝きに美しく映える水面が広がっていた。

 これまで砂漠の赤茶けた色彩のみを両目に映し続けていた彼らにとって、目前に広がる透き通った“青”は、強くその目を癒して止まない。

「す…凄く綺麗……こんなに水が綺麗に見えるなんて……」

「ああ…話には聞いた事はあったけど……オレの想像以上のこの綺麗さ、初めて見たぜ……」

 二人は両目を輝かせながら、嘘のように心に響く水面の様子を見つめ、これまで味わった事のない“感動”を覚える。

「こういう場所がすぐ近くにあるなんて、本当に素敵な町なんだね……」

 光はそういって本音を漏らすと、自らの後方へと視線を向けてみる。先程まで大通りを進み続けてきた《キェイル》の町並みがそこにはあった。

「ここは《キェイル湖》というこの国最大の湖なんだ。この国の各地から湧き出た水は地下の水脈を辿って、最終的にはこの場所へと流れ着く。それぞれの町や村はその水脈から汲み取った水で生活している。《タルスト村》にあったあの井戸も、元を辿ればここの水脈へと繋がってるんだ。そしてこの湖へと辿り着いた水は、《キェイル》市民の貴重な資源となっているのさ。そして……」

 するとここでファメルが、ある一点に目掛けて指差した。光もその方向へ視線を向けてみる。

 二人のいる位置からかなり離れた場所を指しているようで、そこに何が待ち受けているのか、現在の光には理解出来なかった。それでもファメルは自信を持った様子でその場所を指し続け、一言こう言い放った。


「この湖の中央に、オレ達が行くべき“神殿”があるって訳だ!」


「…………で、でも」

 その時光がいかにも不安げな表情を浮かべながら、彼方を指差す相棒へと問いかける。

「ここからどうやって“神殿”に向かえばいいの?ここから泳いでいく訳じゃないはずだけど……」

 彼の疑問を聞き、思わず失笑してしまうファメル。

「さすがにそんな無茶苦茶な事なんかしねーよ!」

 彼はそう答えると、今度は二人の周囲を見渡し始める。

「おそらくこの辺りに、船を持ってる家があるはずなんだけど……おっ、あったぞ!」

 ファメルは先程と同様に、ある一点に向けて指差す。それに合わせて、光ももう一度その場所へ視線を移し変える。

 今度の地点は彼らのいる場所から程近い湖畔だった為、今回は光にも理解出来た。そこにあったのは、古びた小屋とそこから湖へと繋がった桟橋、そしてその一画に縄で括りつけられた一隻のボートだった。

「あそこの船を使わせてもらえば、すぐに目的地に辿り着くと思うんだ。だからこれからあそこまで行って、許可を貰う事にしようと思う。一緒に来てくれるか?」

 光は間もなく首を縦に振った。

「勿論だよ!折角他の“勇者”と出会えるチャンスが舞い込んできたんだよ?これを無駄にする訳にはいかないよ!」

 今まで以上に明瞭な声でそう答えた光の様子を確認すると、ファメルの心の中に一つの確信が生み出された。

(光、段々明るくなってきたみてぇだな。それだけ自信と余裕を持てるようになったって証拠だな……)

 その時ファメルは笑みを浮かべ相棒を催促する、彼方に待ち受ける目的地と、そこにいるはずの“仲間”と出会う為に。

「よしっ!それじゃ行こうか、光!このままここにいたんじゃ何も始まらねぇ!」

「うんっ!行ってみよう!」


 その時二人は小屋の前に到着した。そして無事辿り着き唾を飲み込んだ直後、ファメルはどうしても述べたかった本音をここで漏らした……。

「お……思った以上に……ぼろいな……」

 それに対する光からも、

「う……うん……確かに……」

 二人がそう呟いた通り、おそらく建てられてから随分と年数が経過したと思われるその小屋は、少しでも強い風が吹けばすぐさま崩壊してしまいそうな程の外観を誇っていた。

 しかも問題はそれだけではなかった。彼らが立つ位置から小屋を見てみると、そこには大きな窓らしきスペースが存在する。本来ならばそこには船に携わる誰かがいて、二人に何か手助けをしてくれるはずであった。しかし今は……、

「だ……誰もいないみたいだし……」

「あ……ああ……確かにな……」

 自然と焦りを募らせ、知らぬ間に冷や汗を覗かせるようになった二人。先程までに自信を失いかけ、徐々に不安を感じさせている証拠である。

「ね……念の為に、近づいてみよう…か……?」

「う……うん……そうしよう……」

 ほんの僅かな望みを抱きながら精一杯吐き出されたファメルの提案に、光は何の異議も申し出なかった。

 ゆっくりと、一歩ずつ小屋へと近づいてくる二人。その顔に見られる冷や汗の量が、以前に比べ量を増していた。

 やっとの事で小屋の付近へ差し掛かる彼ら。窓から覗いてみた内部は思いの外暗く、詳しく判別するにはかなり難があった。

 流石に無断で中へ潜入するのはあまりにも失礼だと感じ、二人は現在立っている位置から、中へと呼びかけてみる事にした。

「おーーいっ!」

「誰かいませんかーーっ!」

 反応は、ない。

「まさか本当に……誰もいないんじゃ……」

「そ……そんなバカな……?」

 半ば諦め気味の相棒を鼓舞するように、再度試みてみようと促すファメル。

「……もう一度呼んでみようぜ?」

「……うん」

 相棒の了解を確認し、今度は更に声量を上げて呼びかけてみる。

「おーーーーいっ!!」

「いたら返事してくださーーーーいっ!!」

「寝てんのかーーー……」


 その時だった。

「…………ひっ!?」

 突然二人はそれぞれの肩に不気味な温もりを感じ、思わず悲鳴を上げてしまった。更に彼らの背後からも、二人を呼びかける声が聞こえる。

「お前さん達……」

「!……は、はいっ!」

 慌てて後方へと振り向く二人。

 そこに立っていたのは、一人の年老いた男性だった。ファメルと同じくライオンに似た顔立ちなのだが、日に焼けたせいか毛皮の色は濃い茶色に染まっている。服装は半袖の白いシャツに薄茶色の長ズボン。そしてよく見ると彼の片手には、何かの袋が握られていた。

「ここで何をしておったんじゃ?誰もいないはずの中に向かって、そんな大声出して……」

 老人は更に二人を問い詰める。彼らを見つめる眼差しには、どことなく疑いの念が感じ取れる。

「あ、いや!僕達決して怪しい者じゃ…ない、です……」

 いきなりの出来事だったせいで、少々自信のないまま返事した光の声は、次第に勢いを弱めてきてしまう。そんな彼を後押しするように、今度はファメルが具体的な説明を行う。

「そ、そうなんだ!オレ達これから湖の中心にある“神殿”に行きたいんだ。そこで待ってる“仲間”に会う為に、ここの船を使わせてもらいたいんだけど……」

「なぬ?“仲間”じゃと?……という事は……」

 その時老人は突然二人に近づき、改めて彼らの全身を嘗め回すように確認する。何かしてはいけない事でも仕出かしてしまったのだろうかと心配になり、尚更冷や汗が治まらなくなってしまった二人。

 暫く彼らを確認した後、老人はこう質問する。

「お前さん達、もしかすると……“勇者”なのか?」

「は、はい……そうです…けど……」

 光は答えた、そう答える事しか出来なかった――――。


「何だ、そうだったのか!それならそうと早く言えばよかったのに……」


(え……えーーーっ!?)

 その時二人は呆気にとられ、彼らがそうなった原因を生み出した老人は、甲高い笑い声を放っていた。

「ど…どういう事ですか……?」

 すぐさま大笑いの理由を尋ねる光。老人は笑うのを止めると、湖の奥を見つめる姿勢で語り始めた。

「ワシはお前さん方がここに来るのを、ずっと心待ちにしておったんじゃよ。ついこの間も、自らを“勇者”と名乗った二人がここにやって来て、お前さん方と同じように“神殿”に向かいたいと頼んできたんじゃよ。そこで自分達を迎えに来るはずの“仲間”を待つ為にな」

 やがて今度は彼らの方向へ目線を移し変え、再び語り始める。

「あの二人が待ち望んでいた“仲間”とは、どうやらお前さんらの事を表しておる言葉だったようじゃな。彼らが会いたがっておる者達がこうしてここに辿り着いたからには、ワシも手助けしない訳にはいかんのう!」

 その時老人の話を聞き終えた二人の表情に、少しずつ笑みが戻ってきた。念の為にもう一度、彼に尋ねる二人。

「そ…それじゃあ……!」

「ああ、任せておけ!ワシが来たからにはあっという間に、あの二人の元へ送り届けてみせよう!」

 その時威勢よく放たれた老人の言葉を耳にした二人は、天高く飛び跳ねる事で喜びを表現した。最初は二人とも別々に飛び跳ね、今度は揃って跳ね上がり、その高度が頂点に達した瞬間に強くハイタッチする。そんな彼らの喜びようを目の当たりにし、自然と優しい微笑みを浮かべる老人。

 するとここで彼から、一つの素朴な疑問が投げかけられた。

「ところでお前さん方。彼らと会う為にワシの手助けが必要だったのは分かったのじゃが、どうして無人の小屋の中へ叫び続けていたのかのう?あの時ワシは丁度市場へ買い物に行ってての。その間留守にしておく事はちゃんと張り紙に書いておいたはずなんじゃが……」

 それを耳にした彼らは不思議に思った。

(えっ?は、張り紙……?)

 そしてその思いを、彼への返答として送り返す。

「あ、あのぅ……張り紙なんて、なかったんですけど……」

「何と!?そんなバカな事はないぞ!確かにワシはそこの壁に…………」

 老人がそう言って小屋の壁に指差そうとしたその時だった。付近の湖畔に何やら打ちあげられた物が存在する。

「ん?あれは…………って、ああっ!?」

 彼は愕然とした。

 そこにあったのは一枚の紙だった。湖水で湿ったせいですっかりふやけ、もはや原型を留めていない状態に陥ってはいたものの、その表面に何らかの文字が書かれている事に、二人も気づいた。

「も、もしかして…あれって……?」

「ああ、間違いない。ワシが貼り付けておいたはずの張り紙じゃ。そんな事にも気づかず、お前さん方を

疑ったりして、本当に申し訳ない!」

 焦りを感じた老人は、すぐさま深々と頭を下げ二人に謝罪する。

 それを目の当たりにした光も冷や汗を浮かべながら、老人を宥める。

「そ、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ!」

 その時ファメルも同様に彼を宥めながら、催促の言葉を述べる。

「そ、そうだよ、じいさん!それより早く連れてってくれよ、“仲間”が待ってるその場所へ!」



 ――――その時湖の水面を突き進む、一台のボートの姿があった。

 それはまさしく、湖畔の小屋から繋がっていた桟橋の傍に停泊してあったボートその物であった。エンジン音を高々と響かせながら、まさに全速力で進んでいく。

 その乗組員は三人。一人はボートの最後尾にて、一切狂わせる事なく舵を取る老人。そして残る二人はともにライフジャケットをしっかりと身に着けた状態で、船縁にしがみつきながら前方を見つめ続ける光とファメルであった。

「す…すげぇ!これならあっという間に、辿り着けそうだぜ!」

 それまで実に穏やかだったはずの水面を、鋭い刀で両断するように進むボート。そこから眺める、急速に変化していく景色を、ファメルは瞳を輝かせながらそう口にする。

「そ…それにしても、物凄いスピードだね!……大丈夫?ファメル、落ちないようにね……!」

「ああ、平気さ!勇者たる者、これしきの事でへこたれちゃいけねぇからなっ!」

 心配の声を寄せた光に対し、ファメルはエンジンの高鳴りに負けない声で答える。

「もうじき“神殿”の姿が見えてくるはずじゃ!振り落とされないように、しっかり掴まってなさい!」

 最後尾で舵を取る老人も、大声で二人に注意の言葉を投げかける。


 そして暫くの間湖上を突き進んでいると、突然老人が前方に向けて指差す。

「お前さん方、あれをご覧!」

 その言葉を耳にし、彼の言う通りに前方に視線を集中させる二人。

「…………あっ!」

「…………おっ!」

 その時二人の視線の先に映し出されたもの、それは湖の中心部に一つだけ浮かぶ小島だった。その上にはこれまで見てきた他の建物とは違う、どこか“神々しさ”を感じさせる建造物が築かれている。

「あそここそが、あの二人がお前さん方を待っている“神殿”じゃ!もう少しで到着するが、彼らと対面するのを待ち焦がれすぎて、くれぐれも振り落とされたりせんようにの!」

 再び大声を用いて、二人に注意の言葉を送る老人。その時彼らは無言のままそれを受け取り、そして互いに異なった思考を巡らせる。

(もうすぐ会えるんだ……一体どんな“勇者”が、僕らを待ってるんだろう……?)

 これから自分達とともに旅する“仲間”がどのような人物であるのか、期待と不安が脳内で交互に浮かび上がる光。

(オレ達の新たな“仲間”……どんだけ強いのか、楽しみで仕方ないぜ……?)

 これから自分達とともに旅する“仲間”がどれ程の強さを有しているのか、想像力をフルに稼動させるファメル。

 それぞれの思考こそ異なるものの、二人とも同様に意識を集中させて視線を送る目的地の姿が、少しずつ接近してくる――――。



「…………よしっ、到着したぞ!」

 その時高々と鳴り響き続けていたエンジン音が大人しくなり、ボートは島の浜辺に乗り上げた。

 転倒しないように注意を払いながら、リクへと上陸する光とファメル、そして老人。

「こ…ここが……!」

 自分達が潜入したそれとは異なった外観の“神殿”を、見上げながら呟く光。

 一方のファメルはそれには興味を持たず、ただ周囲を見渡すばかりであった。

「……ところで、一体何処にいるんだ?新しい、“仲間”っつーのは……」

 彼のこの疑問に対しては、光が返答してくれた。

「もしかしたら僕らみたいに、“武器”を手に入れる為に、まだ中にいるのかもしれないよ……」

 その時だった。

「…………っ!?」

 突如“神殿”の奥深くから、一回、また一回と、足音が聞こえてきたのだ。しかもその音は時が進むにつれて、段々と音量を増してきている。

「この音…もしかして……!」

「ああ、間違いねぇ!さて、どんな“勇者”が登場するのか、楽しみだぜ!」

 その時二人は確信した、この足音の主は“勇者”その人達であり、彼らは今まさにこちらへと向かってきている事を。

 二人が揃って入口の奥を見つめていると、暗闇の向こう側から、少しずつその姿が露わになってきた。今こそその全貌を目の当たりにしようと、更に注意深く視線を集中させる彼ら。

 やがて空から照らされる強い陽の斜光が、黒一色だった彼らの身体に色彩を呼び戻す。

(い、いよいよ僕らの“仲間”が…………)

 心の中でそう考えながら、新たな“仲間”の姿を改めて確認しようとする光。

 その姿は一見すると、西部劇に登場するガンマンを彷彿とさせるものであった。湖水のそれと全く引けを取らない“青”に染め上がったジャケットに、それまで斜光を遮る為に深々と被せられたと思われる同色のカウボーイハットが際立って見える。

 やがて青空からの“邪魔”が徐々に大人しくなってきたのを確認すると、“勇者”はゆっくりとその顔を露わにさせる…………。

「…………えっ!?」

 その時光は、これまでで一番といえるくらい驚愕した。なぜならそこに現れたのは――――、



「ま、まさか君は…………!?」

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