第十三頁
その時暗闇が続く通路の中を、明るく突き進む二つの灯火があった。光とファメル、この二人の炎だ。彼らはともに片手を翳しながら、今回の冒険について語り合っていた。
「どうだった、光?初めての冒険の感想は……」
「正直きつかったよ。色んな所で危険な目に遭ったり、痛い目を見たりね。僕が生きてる間に、まさかこんな事を経験するなんて、ホントびっくり……」
ファメルからの質問に、只ならぬ疲労感を滲ませながらそう答えた光。未使用のままだったもう片方の手で、額から流れる汗を拭う。
「確かにな。だけどこうして余裕を持って進んでいけてるし、そもそも目的だった“武器”も手にする事が出来た。お前がいてくれたからこそ実現出来たんだぜ、ありがとな光!」
「ど…どういたしまして……」
相棒からの感謝の言葉に、頬を掻きながら返事する光。その心の中に、口とは異なった台詞が浮かび上げながら。
(ほ…本当は身に覚えのない時もあるんだけどね……)
そう思いながら苦笑いを浮かべる光。
ここで彼からファメルへ向けて、一つの疑問がぶつけられる。
「ところでファメル、今回僕が手に入れたこの剣って、一体どんな武器なの?」
ここで光の呼びかけに応じ彼に視線を向けたファメルが、赤く輝くその剣を指差しながら、簡単な説明を始めた。
「この剣の名前は<紅剣(こうけん)>。その名の通り赤く色づけされたのが特徴で、手にした者に<炎属性>の魔法を宿させる。ほら、オレ達がこうして掌に炎を灯しているのがそう、炎の魔法を使ってる証拠だよ」
「なるほど、でも何で君はすでにその魔法を?それに炎を使いこなせる魔法があるって事は、それ以外にも魔法があるって事なのかな?」
そう言って更に質問する光に、ファメルは首を縦に振って返答し、さらに説明を続ける。
「オレ達が今いる“この世界”には、七つの<属性>が存在するんだ。オレ達が宿す炎の他に、水、雷、地、風。そして通称<特殊属性>と呼ばれる、光、闇。そして“この世界”にやって来た勇者達には、それぞれ一つずつの《属性魔法》が与えられる」
「そーなんだぁ…………って、ええっ!?」
最初は普通に受け答えしていた光だったが、先程のファメルの台詞に紛れ込んでいた衝撃の事実に思わず困惑してしまった。
「ゆ…勇者達!?って事はつまり、僕以外にも、“この世界”に……?」
「そーだ。今まで言い忘れてて悪かったな……」
光からの言葉に、謝罪の気持ちも込めてそう答えるファメル。それから次に相棒へ伝えるべきこの言葉を、はっきりとした口調で言い放つ。
「お前を含めた七人、それが、“向こうの世界”から降り立った勇者の数なんだ!」
「そう…だったんだ……」
ファメルからの宣告を素直に受け入れた後、暫く無言を貫き通す光。そのまま数秒が過ぎてから、ようやく閉じたままの口を開かせる。
「何だろうこの感じ…僕以外にもこの世界に連れて来られた人がいる、そう聞いて、何だか安心しちゃった。本当はいけない事だとは思うけど、少しは寂しさが薄れた気がするんだ。やっぱり僕だけじゃ嫌だったみたいで……」
「…………」
自分の心情を吐露する光に、物音一つ立てずに耳を傾けるファメル。彼の話は続く。
「……それに、一体どんな人が“勇者”に選ばれて、“この世界”にやって来てるのか、僕には想像がつかない。もしかしたら考えとかがまとまらなくて、そのままずっと変な空気のままになるかもしれない。そう思うと、何だか怖くて……」
「…………」
光の話が終わっても、ファメルは暫くの間何も語らずにいた。そんな彼の様子を目の当たりにし、尚更心配になってしまう光。その直後、ここまで無言だったファメルが、突然ふんと鼻で笑った。
「何かと思えばそんな事か……ははっ、くっだらねぇ!」
彼のそんな態度に苛立ちを感じ、すぐにそれを言葉に変換して口にする光。
「『くだらない』!?何でそんな事が言えるの!?僕は本気で心配してるんだよ!いきなりこんな見た事も聞いた事もない所に連れて来られて、いきなり“勇者”だなんて決め付けられて、こんな危険な場所を冒険させられるなんて……こんな事、簡単に信じられる訳……」
「きっと他の“勇者達”も、そう思ってるはずだぜ、光?」
ファメルの冷静な一言に、光ははっと我に返った。今度はファメルが話を続ける。
「そりゃそうさ。どんな奴だって、勝手に別の場所に送らされるなんて、納得いかねぇもんだ。しかもよりによって、それが異世界だなんて…全く、馬鹿げた話だと思うぜ」
ここで一回溜息を吐き、改めて話し続ける。
「……だけどな、もしそれが適当に選ばれてるんだったら、それこそ悪い奴だって何人も連れて来られるはずさ。そんなんじゃ今頃“この世界”なんて、何処も彼処も悪、悪!悪ばっかり!!…そんなんじゃいくら勇者でも勝てっこねぇよ」
そしてファメルは自らの片手を光の元へ差し伸べ、最後にこう付け加えた。
「オレはお前がいい奴だって事をよく知ってる!そしてオレは信じてる、他の勇者達もお前と同じ、いい奴が揃ってるってな!だからそんなに心配する必要なんてねぇ!オレが言いたかったのは、そういう事!」
「ファメル……そうだよね。なんで僕、あんな変な事考えてたんだろう?そもそも悪い人が勇者に選ばれる訳ないもんね!ごめんね、急に可笑しな事言い出して……」
そう言って気を落としながら、先程までの自身の言動を深く詫びる光。そんな落ち込んだ彼の肩を、ファメルが優しく叩き、こう告げる。
「気にすんな!誰だって初めての“経験”にぶち当たった時、何処か不安や恐怖心に駆られちまうものさ。でもそうやって自覚出来てるのなら、もう大丈夫!さ、行こうぜ!」
その時ファメルの片手が、もう一度光の元に伸ばされる。光は一旦自らの両目を拭い、その手をファメルの手と重ね合わせる。
「うん!!」
そこから二人は再び歩き始めた、互いの手をしっかりと繋げながら。一歩ずつ前進するその足に、もはや何の迷いもなかった。
「…………おっ!」
やがて彼らの視線の先に、大きな輝きが待ち受けているのが確認出来た。それを見た二人は確信した。
「あれって、もしかして……」
「ああ、間違いねぇ!とにかく行ってみよう!」
そこに向けて駆け始める二人。この時も彼らの手はしっかり繋がれていた。その状態のまま、二人は輝きの中へと飛び込んでいく。
「……うっ!?」
その時両眼に差し込んでくる輝きに、彼らは思わず両腕で防ごうとする――――。
その時《タルスト村》の大地は、青空からの強烈な日差しに照らされていた。その高温さ故に、触れただけで何もかも燃え上がってしまいそうな程に熱せられた砂の地面。それをしっかりと踏み固めながら、この時も村人達は野外での仕事に精を出していた。彼らにとっていつも通りの時間が過ぎていた。
その中にはミミーも含まれていた。家の玄関からバケツを片手に、村の中心にある井戸へと足を運ばせる。
(あの子達、今頃何をしてるかしら……?あの二人なら大丈夫だと思うけど……)
目的地の井戸に辿り着き、早速空のバケツに水を注ぎ込みながら、彼女は笑顔で思いを巡らせていく。
(ちゃんと帰ってきたら、しっかりと迎えてあげないとね……!)
「…………おーーい……」
生暖かい風が吹き荒ぶ砂漠の向こうから、その声は突如として村へと届いた。
「……おーーい……!」
先程よりもはっきりと耳に入ってくる声。その発信源と思われる方向へと揃って顔を向ける住民達。勿論ミミーにもその声は届いていた。彼女は心の中で確信した。
(この声……そうね!やったのね、あの二人!)
「おーーいっ!!」
その時彼らの視線の先に、声の主である存在の正体が明らかとなった。全体的に疲労感こそ感じられるものの、しっかりと笑顔を保ったままの、光とファメルの二人であった。
「光くーーんっ!ファメルーーっ!」
「おーーいっ!ばあちゃーーん皆ーーっ!!」
ミミーが二人に向かって両手を大きく振りながら、明るい大声で呼びかける。それに対してファメルも大声で応じ、二人とも片手で手を振り返す。
やがて二人が村の入口へと辿り着いたその時、ミミーを始めとする住人一同が揃って、彼らの元へ駆け寄る。その中でも特に彼女自身が、群集の先頭に立って向かっていた。
「おかえり、二人とも!」
その一言と同時に、無事帰還した二人を強く抱擁するミミー。その瞳からは、彼女の知らぬ間に流れ落ちる一滴が見受けられる。一方抱きつかれた二人はというと、依然として彼女の胸元から送り届けられる温もりを、押し付けられた顔面全体で感じ取っていた。
「よかった、よかったわぁ!二人が無事に帰ってきてくれて…本当によかった……」
瞳からの滴を更に溢れさせながら、二人をより一層抱きしめるミミー。するとここでファメルが、片手で彼女の腕を叩きながら話しかける。
「ば、ばあ…ちゃん……く…苦しい…し…死ぬぅ……」
「え……あらやだ!?ごめんね!」
彼らの苦悶する様子に気づいたミミーが、慌てて二人を解放する。ようやく強力な圧迫感から解き放たれ、ゆっくりと呼吸を整わせる二人。
「はぁ…はぁ…はぁ……これでよしっ!」
何とか落ち着いて笑みを浮かばせる二人。そんな彼らの様子を確認し終えたミミーは、すかさず問いかけてみる。
「こうしてあなた達が帰ってきたという事は、もしかして……」
彼女の質問に対する二人の返答は、彼らの首が縦に一回、大きく振られた事で表現された。
その時群集の間に、大きな歓声が沸き起こった。ある者は両手を高々と揚げ、またある者は傍らにいた別人とがっちりと抱擁する。喜びのあまり大声で泣き喚く者さえあった。
そんな彼らを目の当たりにした二人も、固い握手を交わす事で、ともに互いの功績を称えあう。
すると再びミミーの口から、更なる頼み事が放たれた。
「…そうだわ!折角手に入った事だし、この際ワタシ達にも見せて欲しいな、光くんの“武器”!」
彼女のこの頼み事には、他の村人達も賛同した。皆が口を揃えて、光が手にした“武器”をこの目に焼き付けたいと願い出る。知らぬ間に音量を増していく村人達の声。
そこでファメルは光に尋ねてみた、この状況にどう対応すればいいのかを。
「なぁ光、どうしよう?このまま放っておいちゃ駄目なんだろうけど……」
それに対する光からの返答は、意外にも簡単なものだった。
「そんなに悩む事じゃないよ!折角皆が僕らを待っててくれたんだし、見せてあげようよ!」
「お前にしちゃああっという間の答えだな……でもそうだな、こうして皆が期待してたんだ。これも一つの“恩返し”って事で……!」
すると早速ファメルが村人達を見つめると、わざとらしい咳払いで注目を引き付ける。
「しょうがないですねぇ。皆さんがそこまで言うのなら、お見せしない訳にはいきませんねぇ……光っ!」
全く彼にそぐわない礼儀正しい言葉遣いに何とか合わせて、光は腰に備えていた剣の柄に手をかける。ファメルは更に話を続ける。
「さて皆さん、武器も気になるところですが、今回は光の表情にもご注目あれっ!一たびそれを手にした途端、彼の表情が一変してしまいまーすっ!」
この時村人達は揃って疑問符を浮かべた、何故ファメルが違った箇所まで注目するよう申し出たのか、と。皆を代表して、ミミーが彼に質問する。
「ど、どーいう事?ファメル…光くんの顔がどうなるっていうの……?」
「それは見てからの、お・た・の・し・み!」
そう答えたファメルは片目でウインクし、皆をはぐらかす。
「それでは皆さんお待ちかね!早速ご覧にいれましょう!光っ!」
「うん!」
そして二人が息を合わせると、光は手をかけていた柄の握り具合を更に強くさせ、一気に引き抜く。
「これが“勇者”朝日奈光の……真の姿でーーす!!」
その時群集はざわついていた。
最初にファメルが予想していたのは、勇ましい相棒を目の当たりにし、大きく沸き上がる皆の歓声だった。しかしどうやら様子がおかしい。
(……あ、あれ…?こ…こんなはずじゃ……?)
何故彼にとって予想外の反応となってしまったのか。その理由は、直後に発せられたミミーからの一言で判明した。
「ファメル…ど、何処が変わったの?ワタシが見てきた光くんと、特に変わってないんだけど……」
「そ、そんなバカな……はぁっ!?」
その時ファメルは愕然とした。
彼の目前にいたのは確かに光だ。右手で<紅剣>の柄をしっかりと掴み、それを高々と掲げている。
問題はそんな彼の表情だった。ファメルが一見したところ、彼の表情に何の変哲も見当たらない。今まで通りの朝日奈光がそこに立っていたのだ。
「ぼ、僕、何処か変わったかな……?」
唐突にそく尋ねてみる光。
「あ、あれぇ?お、おかしいなぁ…オレのイメージだとこう…何というか……」
必死に説明しようにも上手く言葉を見出せないでいるファメル。悩みに悩んだ末、彼が導き出した一言、それは……、
「い……今のなーーーーしっ!!」
「――――はぁ、何でそのまんまだったんだろ……?」
その時ファメルはすっかり落胆した表情で呟いた。
家の窓から見渡せる空には、満天の星達が輝いていた。相変わらず落ち込んだままその景色を見つめ、大きな溜息を漏らす彼。
「まだ落ち込んでるの?あの時の事……」
星空から差し込む光に照らされたテーブルの傍に腰掛け、そこに向かったままファメルに声をかける光。
「だってよぉ、光のカッコいい姿を披露する絶好のチャンスだったんだぜ?あんだけ皆の注目集めておいて、こんなに情けねぇ思いをしたの初めてだ。悪かったな光、お前にも恥ずかしい思いをさせちまって……」
「気にしなくていいよ。僕、今でもあの時の記憶を思い出せないから、謝る必要はなんてないよ」
ファメルからの謝罪の言葉を、光はそう答えて優しく受け流した。
「ありがとよ……ところで、まだ書き続けてるのか?それ……」
ファメルはそう言うと、光の見つめる卓上を指差す。そこには冒険の際にも手放さなかった、光の赤い“日記”が広げられてある。
「うん。初めての冒険だったけど、いきなり思い出深い出来事が多すぎたから、全部書ききれるか心配だよ……」
光は照れ笑いを浮かべながら、広げたページに文章を刻み込んでいく。一文字一文字刻まれる度に生み出されるペンの音が、静寂な空間の内部に鳴り響く。
「…………出来たっ!」
光はその場にペンを置く。それまで白紙だったページには、この日彼らが体験した危険や歓喜の瞬間が、文字となって隙間なく詰め込まれていた。
「おお、出来たみてぇだな。それじゃさっさと寝ちまおうぜ。オレもう眠くて眠くて……」
思わず大きな欠伸を披露した直後、ファメルはそのまま何も語らなくなった。光は傍にあった毛布を彼に被せると、自らも毛布を覆わせながら、ファメルに優しく声をかけた。
「おやすみ、ファメル……」
その時既に鼾声をあげていたファメルの表情が、ほんの僅かに笑顔へと変化していった――――。
その時二人は村の中心にいた、今にも溢れそうな程中身の詰まったリュックサックを背負い、必要最低限の装備を身に纏いながら。
彼らの目前には、再び村の住人達が揃っていた。その先頭に立っていたのは、村長のヤップ、そしてミミーの二人だった。
「いよいよこの時が来たようじゃな。準備は整っておるか?」
「はい、長老様!色々と手助けしてくれて、本当にお世話になりました!」
ヤップへ向けてはっきりとした口調で、これまでの感謝の念を述べる光。
「二人とも、もし寂しくなったら、いつでも戻っておいで……」
「心配すんなって、ばあちゃん!勇者たる者、これしきの事でへこたれたりなんかしねーよ!」
これまでに比べ寂しげに声をかけるミミーに、今まで通りの明るさで振舞うファメル。
そんな二人の様子を確認し軽く咳払いすると、改めてヤップは語り始める。
「よいか二人とも、これだけは忘れないでおくれ。これから君達が歩んでいく道のりには、様々な出会いや別れが待ち受け、そして度重なる困難が行く手を阻む事になる。しかしワシらは信じておる、こうして“勇者”に選ばれた二人なら、必ず乗り越えられる、と。一人では不可能な事だとしても、時には信頼出来る“パートナー”と、そして時には信頼出来る“仲間達”と一緒に、それを可能にする事が出来る。それだけは忘れないでもらいたい」
彼が語った全てを理解したように、二人は首を大きく縦に振る。それを見たヤップも優しい笑顔を露わにする。
二人は暫くして同時に天を見上げ、一つ深呼吸する。その直後に群集に視線を戻し、まずはファメルが一言告げる。
「…………それじゃ、行ってくる!」
続いて光が一言告げる。
「皆さん、ここまで僕らの事を支えてくれて……」
その時二人は、同時に頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました!!」
その時周辺には砂地を巻き上げる風の音しかしなかった。
暫くすると、何処の誰が最初に生み出したのか、拍手の音が出現した事に二人は気づいた。やがてその音量は徐々に増していき、気づけばこの場にいる全ての住人達が手を叩き、二人を盛大に称えていた。
その様子を目の当たりにし、溢れる笑みの中に瞳を潤す“滴”を感じる二人。
「…………行こうか、光!」
瞳をしっかりと拭わせたファメルが、光の肩を叩く。
「…………うん!」
そして彼らは群集に背を向けると、一歩ずつ、そして確実に、歩み始めていった。その時吹き荒ぶ風が二人の背中を押すように、強さを増していった。