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別界記  作者: 星 陽友
第一章 はじまりの時
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第十一頁

 その時二人が探し続けていた“武器”を発見し、それを手に入れるまであと一歩のところで、二人の悪い胸騒ぎの原因が姿を現した。

「な…何あれ……!?」

 彼らの脳内を“混乱”に二文字が掻き乱す中、辛うじてその言葉を吐き出す事に成功した光。それでもその声に込められていたのは、“絶望”のみだった。

 二人の前に出現したのは、一体の大蛇だった。

 その大きさは彼らを遥かに越えており、全長は空間の高さに匹敵するものであった。砂の色をより濃くさせた鱗を隙間なく覆い、不気味に光る赤色の両眼で二人を見つめ、先端が二つに分かれた長い舌を出し入れする。

「……そうだよな。こんなに物事が簡単に進んでいく訳ねぇもんな」

 静かにそう呟くファメル。そんな彼に対し、堪らず光は話しかける。

「それって…どういう事……?」

 ファメルはすぐに返答する。

「考えてみろよ。オレ達“勇者”に対して、これまでずっと危険過ぎる“試練”が待ち受けてきたんだぜ。それなのに最後になって、こうも簡単にゴールへ行けるはずがねぇだろ?」

「じ…じゃあ“あれ”って……」

 そしてファメルはこう締めくくった、先程から湧き出てくる汗が自らの頬を伝うのを気にしないままに。

「どうやら“こいつ”を倒す事が、オレ達にとっての最後の“試練”っていう訳だな!」

 彼がそう言い切り、もう一度大蛇に視線を向けたその時だった。今まで二人を静かに睨み続けていた大蛇が、その巨大な尻尾を高く掲げ始めた。

「…!?やべぇ光、まずはここから離れろ!」

 ファメルがそう叫んだ次の瞬間、頂点にまで達していた尻尾が勢いよく振り下ろされてきた。

 咄嗟に光を強く跳ね飛ばし、彼らの間にある程度の余裕を作り上げるファメル。直後にその中間のスペースに、振り下ろされた大蛇の尻尾が激しく叩きつけられる。

 それと同時に生み出された強力な衝撃波と砂煙が、二人に容赦なく襲い掛かる。ある程度距離を置いていた彼らも、これにはさすがに成す術もなかった。

「…!?……うわぁああああっ!!」

 その時二人の身体が激しく吹き飛ばされ、ともに引き離されてしまう。その瞬間彼らの悲鳴が、この空間内に大きく響き渡った。

「うぐっ!」

 光の身体が砂の床に強く叩きつけられる。固く敷き詰められた砂の影響で、彼の全身に激痛が走る。

「だ…大丈夫か、光!?」

「う…うん……まだ…立てるよ……」

 遠くから大声で呼びかけるファメル。彼を少しでも安心させようと、痛みを堪えながら返事する光。光の無事を確認してから、もう一度ファメルが大声で話しかける。

「光、こんなにでかい相手じゃ、一人ずつだと勝ち目がねぇ!スナネズミの時みたいに、“あの作戦”通りに攻めていこう!」

「わ…分かった!」

 光が頷くと、すぐさま二人は行動に出た。互いに全速力で走りこみ、大蛇を挟んだ形となる位置で立ち止まる。

「おいこらヘビ野郎!」

 スナネズミとの戦闘で用いた“作戦”に従い、早速ファメルが大蛇へ向かって叫び始める。

「いくらお前がでかくたって、簡単に勝てると思ったら大間違いだぞ!つーかその図体じゃ、ちっちゃいオレ達を攻撃する事なんて、無理かもな!」

 今回も敵に向かってひたすら罵声を浴びせ続けるファメル。その向こう側では、光が静かに様子を窺う。

(ど…どうか……ファメルが無事でありますように……)

 沈黙を保ちながら、ただただ相棒の無事を祈り続ける光。一方のファメルもまた、頬を伝う汗を拭いながら、静かに思考を巡らせる。

(よ、よし!あとはこいつがブチ切れてくれればいいんだ…が……)

 彼の脳内では、この“作戦”も前回同様、順調に遂行されている、はずだった。

「…………?」

 しかし、大蛇は少しも怒りを露わにする様子もない。ただ尻尾を細かく揺らすのみで、余計な物音を漏らさないのである。

(な…何でだよ……!?)

(ど…どうして…動かないの……!?)

 敵が予想通りに動いてくれない事に、戸惑いを隠せないでいる二人。彼らは揃って大蛇の顔面を見つめ続け、再び様子を窺う事にする。

 すると次の瞬間、

「…………がっ!?」

 突然空間内に響き渡る光の声。その直後彼の身体は、敵の真正面まで吹き飛ばされる。

 それまでずっと顔面のみに注目していた為気づく事が出来ていなかった。今まで揺らしていただけの尻尾が徐々に光へと忍び寄り、頃合いを見計らっていたのだ。

 光に降りかかったこの攻撃に衝撃を受けたファメルは、すぐさま大声で呼びかける。

「ひ…光!?大丈夫……があっ!?」

 呼びかけの最中、今度はファメルの身体が、光からやや離れた位置まで飛ばされてしまった。

「ふぁ…ファメルぅ……」

 掠れた声でパートナーに呼びかけようとする光。

「……!?」

 その時光は目の当たりにした、自身のすぐ傍の砂が赤く染まっていた事に。

 震えた手で恐る恐る、その“赤”を拭い取る。不気味な生暖かさを感じる。そこで光は改めて思い知らされた。

(こ…これって……僕の…血……?)

 その時だった。

「光、危ない!!」

「え……!?」

 気づくといつの間にか光の全身が、大蛇の胴体により巻き上げられていた。そしてそのままゆっくりと、大蛇の目前まで身体が宙に浮かされる。

 自らの赤い眼で、光の小さな身体を凝視する大蛇。その圧倒的な視線をまともに食らい、これまでにない絶望感に苛まれる光。

「ぼ…僕に……な…何をする気……?」

「く…クソっ……おいてめぇ!!光を放しやがれっ!!」

 怒りに包まれた表情で敵に向かって怒鳴り声を浴びせるファメル。しかし肝心のその相手は、一向に彼の言う事を無視し続ける。

 それどころか突然、自らが捕らえた“獲物”を、更にきつく締め上げ始めてきた。その瞬間この空間全体に響き渡る、光の断末魔の叫び声。

 相棒に対しての何とも惨過ぎる仕打ちに耐え切れず、ファメルは顔を背け、両耳を塞ぐ。その瞳には堪えきれずに漏らしてしまった一滴が、悲しく輝いていた。

 やがて光に想像を絶する苦しみを浴びせ続けた胴体から、徐々に力が抜けていく事にファメルは気づいた。その瞬間光の小さな身体が、頭から一気に落下し始める。

「光!!」

 咄嗟に彼の落下地点にまで素早く移動し、光を優しく受け止めるファメル。

「し、しっかりしろ、光!」

 焦燥感に満ちた表情を浮かべるファメルは、必死に声をかけ続ける。暫くしてようやく、光の声が非常に弱々しく放たれた。

「ふ…ふぁめ…る……ご…ごめん……僕が…弱すぎて……」

「お前は何も悪くねぇよ!待ってろ、今からオレが敵討ちしてくるから!」

 ファメルはそう言い残すと、抱きかかえていた光をその場にゆっくりと下ろし、敵である大蛇を睨みつける。その形相の最中に、彼の瞳から引かれる一筋の線。

「て…てめぇ……よくも…光を……」

 強く握った拳を震わせながら、静かに呟くファメル。そのすぐ傍に横たわる光は彼の発言を耳にすると、震える片腕を精一杯伸ばし、止めに入ろうとする。

「だ…ダメ……ひ…一人じゃ……」

 しかし怒りに包まれた現在のファメルに、光からの必死の静止など全く無意味だった。

 大剣を高く掲げながら、ファメルは大蛇に向かい突進する、抑えきれない感情を雄叫びとともに解き放ちながら。

 その巨体へ一気に近づき、今まさに剣を振り下ろそうとした、その時だった。

 突如としてファメルの身体が、向かっていた状態から九十度曲がった方向へと吹き飛ばされる。頭に血が上りきっていたせいで反射神経が緩和され、自身に迫り来る敵の攻撃に気づく事が出来なかったのだ。

 そのまま彼の身体は真横の壁面に激しくぶつかる。その瞬間彼が激突した部分が破壊され、その破片が周辺に飛び散る。

「かはぁっ!」

 あまりの激痛に、堪らず口から大量の“赤”を吐き出す。そしてそのまま真下の床へと落下していく。

「く…くそ……ゆ…油断したぜ……」

 この一部始終を横たわりながら見つめていた光。すぐにファメルへ微かな叫び声をぶつける。

「ふ…ふぁめ…る……」

 その時光は心の中で、大きな悔しさを滲ませていた。

(悔しい…僕のせいでファメルが、あんな大怪我を……見ず知らずの僕の為に…これまでずっと手助けしてくれた、命の恩人が……!)

 強く歯を食い縛りながらその場に立ち上がろうとする光。彼の“心の言葉”は続く。

(だから今度は、僕がファメルを助ける番だ!その為にもまずは手に入れなきゃいけないんだ、目の前にある“あれ”を!)

 そして光は真っ直ぐに見つめ直す、目前に待ち構える巨大な敵の奥にある、自らの“武器”に向かって。

「……あぐっ!」

 先程まで物凄い力を全身に受け続けていただけあって、身体中に未だ残る痛みが彼を苦しめる。それでも光はもう倒れる事はなかった。

「……ひ…ひか…る……」

 そんな彼の様子を真横から見つめ続けていたファメルが、小さな声で呼びかける。それに気づいた光がファメルに視線を送ると、少しばかり微笑んでみせる。

(ファメル…待ってて……僕…強くなってみせるから……!)

 心の声を彼に向けて送り届けた直後、光はもう一度視線を真正面に向ける。そしてゆっくり瞳を閉じ、深く一呼吸する。

 そこから数秒間程、この空間から音が失われた。「時間が静止する」、この言葉に相応しい状態である。

 やがて光が再び両目を開かせ、ゆっくりと自らの片足を前へ送り出す。

 その行動が二、三回繰り返されたその時だった。彼は真正面へと走り始めたのだ、空間内に激しく響き渡る雄叫びを上げながら。

「ひ、光!?」

 この時ファメルは驚愕した。何故なら駆け出した光の右手に、持っていたはずの剣がなかったからだ。まさかと思って彼のいた場所を見ると、そこには彼の剣が床に落とされたままであった。

「だ、ダメだ光!手ぶらじゃ危ねぇ、すぐに戻れ!」

 その言葉は、光の耳には届かなかった。彼は未だ雄叫びを上げ続けながら、目前の大蛇に向かい突進していく。当然ながら敵も光に止めを刺そうと、その巨大な尻尾を大きく振り翳す。

「……!?」

 二人の声が重なり合ったその瞬間、大蛇の尻尾が一気に振り下ろされる。光の身体に迫り来る敵の一撃。

 するとその時、光は突然ある行動に出る。

「っ!!」

 その掛け声の直後、彼の身体が左方向へ大きく飛び跳ねていった。そして大蛇の尻尾は彼の身体に掠る事もなく、砂の地面に強く直撃する。この時ファメルが光の名を叫んだはずだったのだが、轟音によってそれは打ち消されていた。

 光は無事だった。特に目立った傷は見受けられない。ただしそのすぐ脇には、敵が攻撃した痕跡がはっきりと残されていた。それを一瞬だけ確認した後、再び光は走り始めた。先程の攻撃で大蛇が動いた事で生み出された、ほんの僅かな隙間を目指して。

 その直後、光の行動に気づいた大蛇が、もう一度巻き上げようと尻尾を下ろし、横から物凄い勢いで“獲物”へと迫ってくる。

「い、急げ光!またあの攻撃を食らっちまったら、間違いなく“終わり”だ!」

 これまで彼の一挙手一投足を見つめ続けていたファメルから投じられた注意の言葉。それを聞き入れた光は一度だけ後ろを確認し、それ以降は一切振り返る事なく、駆け足の速度を上げていくようにした。度重なる疲労感と恐怖感により、光の全身から噴き出る大量の汗。

 それでも諦める事なく走り続けていると、遂に光の視線の先に、台座に突き刺さった彼の“武器”が姿を現した。それは柄と鍔の部分が燃え上がる赤色で彩られた、一本の剣であった。

(も…もう少し……あとちょっと……!)

 懸命に走り続けながら、心の中で自らを励ます光。

 しかし彼の背後に迫る敵の速度も、相変わらず衰える事はない。それどころか二つの距離が重なり合う事は、もはや時間の問題であった。

(だ…駄目だ……こ…このままじゃ……!)

 焦りが焦りを呼ぶ光。しかし彼と、目的の剣との距離も既に遠いものではなかった。

(…………こうなったら!!)

 光は口に溜まった唾を一気に飲み干し、意を決した。

 その時彼は大きな雄叫びとともにもう一度飛び跳ねた、自身が持つべき“武器”を手にする為に。

(こんなところで…やられて…たまるかぁ……!!)

 光の心の中に響き渡る彼自身の叫び声。それと同時に少しでも先へと伸ばした手が、ほんの一瞬剣の柄に触れる。


 次の瞬間、光の姿が消失した。

「!?」

 愕然とした表情のファメル。彼の視線の先に映し出された光景、それは剣が突き刺さっていた台座と、その上部を全て締め上げきった敵の尻尾であった。

「そ…そんな……嘘…だろ……」

 ファメルはそのまま砂の床に両膝をつけ、その場にへたり込んでしまう。そして彼は深い絶望感に苛まれながら、地面に視線を落としたまま話し始める。

「お…オレの…せいだ……オレが未熟者だったから…こんな事に……」

 彼は地面についた両手の傍を湿らせる滴を落とし続けながら、話し続ける。

「情けねぇよ…まるで勇者失格だ…オレ……大切な人一人…守りきれないなんて……」

 自身の不甲斐なさに失望し、ただただ自身を責め続けるファメル。



 その時だった。

「……!?」

 突然ファメルの耳を劈くような絶叫が空間中に響き渡った。慌ててその源と思われる場所へ視線を移す。

「…あ…あれは……!」

 その時彼は目を疑った。目前で堂々と構えていた大蛇が、もがき苦しんでいる。

「な…何で……!?」

 よく見ると、先程まで台座の上部を覆い隠していた敵の尻尾が、ない。

「これって…ま…まさか……!!」

 そして大蛇がその巨体を台座からずれたその時、そこには赤く輝く球体が残されていた。その直後輝きが各方向へと解き放たれ、その中心に宿っていた“それ”を確認した時、再びファメルに笑顔が戻っていた。

「…やっぱりそうなんだな!…遂に……遂にやったんだな、“お前”!!」

 その時台座の中央に立ち続けていたもの、それは赤き剣を片手に持つ“勇者”、朝日奈光その人だった。

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