一話
「ジリリリリリ!!!!!!」
「ぅ・・ぅぅん・・・・バン!」
俺は眠い目を擦りながらやかましく鳴り響いている目覚まし時計を叩き活動を停止させる。
「ふゎぁぁ〜・・・・」
まだ完全に覚醒していない頭を回転さしながら俺はパソコンと本棚とベットしかない殺伐とした部屋を出るためドアノブを握り回す。
普通ならここからはリビングで朝食とくるが内の家は違う。
「おはようございますっっっ!!!ぼっちゃん!!」
と俺の目線より腰を下げて大柄な男二人が俺にあいさつする。
「あのさぁ・・・・『ぼっちゃん』はやめてくれよ・・・・」
「はっ!!し、しかし組長の意向ですので!!」
「ああぁぁ〜〜〜もういいよ!朝から大声は聞きたくない!」
「す、すいやせんしたぁぁぁ!」
「はぁ・・・・・・」
俺は朝からの騒音になんとか負けずに廊下を歩く。リビングへの道のりにもさっきの光景が繰り返されると分かりつつも、
「はぁ・・・・・・・・」
俺はため息をつきリビングへと向かう。
そう、俺は生まれながらに ヤクザ の息子である。しかも組長の息子である。
今の時代、ヤクザも厳しい状況にある。
シノギも取れなくて潰れていく組。
抗争で壊滅した組。
まぁ色々ある。
だが内の組は先祖代々江戸時代から続くヤクザである。
シノギは何もしなくても入ってくるし、抗争には絶対に負けないくらいの人数とそれなりの前科を持った奴もいる。
政治家にもパイプが何本もあり、また警察にもある。
そぅ、俺は生まれながらに最高の家庭に生まれたってわけだ。
まぁこんな愚痴をこぼしたところで俺の世界は変わらない。
俺は昔から『ヤクザの息子』というレッテルを貼られ、小学校、中学校、と一歩引かれていた。
周りの態度はよそよそしく、いつも孤独だった。
そんな時いつも傍にいて助けてくれたのは母だった。
そんな母も俺が小6のときに死んだ。
病気ではなく、
襲撃されそうになった俺を庇って
だ。
母と住み込み組員達の為の夕食の準備にスーパーに買い物に行く途中だった。
歩道を歩いていた俺たちに近づいてきた黒いベンツ。
俺は久しぶりの母との外出で普段見慣れている堅気(普通の人間のことです)の人間は普通は乗らない黒いベンツの存在に気づかなかった。
そして近づく車。
そっと俺たちの隣に速度を落とし寄ってくる。
そして窓が開く。
そして母は気づいてしまった。
車の存在に。
そして俺は気づかなかった。
車の存在に。
母は俺を瞬時に抱きしめ車道に背中を向ける。
俺は母を笑顔で抱きしめ返す。
そして母は撃たれ、俺に寄りかかる。
「キィィィィッッ!!!」
その瞬間車は走り去る。
銃声を聞きつけた人間が集まってきた。電話越しに叫ぶ女。母の背中を押さえている男。
全ては思い出せない。
しかし、一つはっきり覚えていることがある。
父のことだ。
父はヤクザながら温厚な人だった。それに不満を言う組員もいたが、経済的には父が今までの代では一番裕福であった。
しかし父が切れた。
温厚な父が目を血走らせながら四六時中怒鳴りまくっていた。
「何考えとんじゃ!!おぅコラ!!はよ探さんかぃ!何使ってもええ!探せ!連れてこい!」
父の初めてのヤクザとしての一面を垣間見た俺は恐れた。父の顔はまさに鬼のような顔をしていた。泣いているのに怒っている。そんな微妙な顔だった。
そして数日後判明したのが敵対組織『三坂組』が母を殺したという事実だった。
それが分かってからの父の行動は早かった。
最初は自分が単身で乗り込むと言っていた。しかし他の組員の説得により納得したが、その後の父の行動は凄かった。x日x時x分金融組織『三笠組』に役20人のヒットマンを送入。
『三笠組』組員全員殺害、組長は生け捕り。
同時刻、役100人の組員を送入。
『三笠組』組員の家族全員殺害。
『三笠組』組長は少し惨い話になるが、四肢切断、臓器の一部売却され、今は内の組直属の病院で保管されている。
死んではいない。生きたまま、である。
かくして『風間組』組長の嫁殺害の『三笠組』は一夜にして壊滅した。
当然普通なら警察が黙ってはいない。
しかし、このことはメディアも警察も関与しなかった。
後に当時の『風間組』組員幹部の佐竹さんに聞くと渋々ながらも教えてくれた。
「あれはなぁ、組長がコツコツと長年調べて獲得した政治家や警察幹部、各メディアの裏情報、その他諸々の裏事情をあの時使って警察やメディアの報道を防いだんやろなぁ。俺たちも事実、組長自身から聞くまで知らなくて不思議に思っていたんだ。それがまぁ、聞いたときは背筋が冷たくなったのぉ。『この人はどれだけ組のこと考えていて、すごいんだ』ってな。餓鬼みたいな感想やけど本当にそう思えてまうわ。アカンなぁ、ほれ、秀は早く宿題しぃ。」
それを聞いたとき俺も背筋が凍るような感じがした。日ごろ温厚で組長のくせに一人呑気にぶらついたり、普通に仕事よりも家族の行事を優先していた父がそこまで凄いなんて思ってもみなかった。
だがそれよりもまず忘れられないのが、あの父の鬼のような顔だ。
あぁ・・・・思い出すだけで背筋が冷たくなる・・・
俺はもう何度も聞こえてくる大声で目が覚めた。
所詮父もヤクザだったのだ。
そんな考えを振り払い、リビングのドアの前まで来た俺はまたもやドアの傍に立っている二人の組員に挨拶する。
「おはようございます、佐竹さん。朽木さん」
佐竹さんは190センチの巨漢で顔もモロヤクザ。しかし実は結構優しいところもある。
この前道で倒れていた猫の死体をわざわざ拾ってきて内の庭に埋め墓を作るという感動的な人物なのだ。
「うっす。秀。元気か〜?」
そしてもう一人が朽木さん。
この人は背はそこそこだが顔がいつも笑っている。なんというか掴みどころのない人だ。以前殺人事件で2回服役していたらしい。
「おはようさん〜秀君」
「二人ともおはようです」
そうして俺はドアを開けて部屋に入る。
そこは普通のテーブルとキッチンなどがあり、俺が思うに普通の家庭の空間だった。
そして俺はキッチンでエプロン姿でフライパンの卵に睨み合っている父に挨拶する。
「おはよう、父さん」
俺に気づいたのか父はフライパンから目を離し俺に向き直る。
「おぉ。おはよう。今日はスクランブルエッグだぞ」
「またスクランブルエッグ?4日連続じゃん」
「む、そうか。まぁいいじゃないか。ほれ食べろ食べろ」
「うん」
そうして朝飯をかっ込む俺。
「学校、楽しんでこいよ」
「それどういう意味?喧嘩を楽しめって?」
「馬鹿。そんなわけないだろう。普通の学生生活を楽しめ、と言ったんだ」
「普通の学生生活ねぇ・・・・」
「ふむ・・・・・やはり・・・重いか?」
「何が?」
「ヤクザの息子という肩書きだよ」
「あぁ。まぁ今となっては別にどうでもいいよ」
「そうか・・・」
「じゃ俺は学校行くね。今日は初登校、っていうか入学式だから。弦白高校ってさ、面白そうだよね」
「あ、あぁ」
「?まぁ俺は時間ないから行くね」
「・・・・あ、あぁ。いってらっしゃい」
「・・・・行ってきます」
俺は適当に会話を切り上げリビングを出る。父さんの少し難しそうな顔に不安が過ぎったが気にしないことにする。
そしてまた自室に戻る。その途中にもまた変な光景と大声が俺を悩ませる。
エプロンをつけた大柄な大人達、そいつらが俺に
「おはようさんですっっ!!ぼっちゃん!!!」
なんて言いやがる。気持ち悪いし、うざい。
「あぁ、おはよう」
やっとの苦労で部屋に着いた俺はもう一度ベッドに横たわる。
あぁもうこのままもう一回眠りたい。
しかし俺はそんな欲望に負けずに起き上がり制服に着替える。中学校というのはなんでこんな面倒くさいのだろうか。
まぁいい。今の俺のやることは学校に行くことだ。