ロゼアとマフラー
「ロ、ロゼアさん……見つかりません……」
僕が遠慮がちに呟いたのは、再び人間を探しはじめてから、だいぶ経ったあとだった。
「馬鹿野郎、なに手間取ってんだ! 俺は魂吸引の術式の調整で忙しいんだよ!」
「調整って……半月前にも確か」
「ああ、やったよ。隊長の奴、利便性が高いからとか言って、術式の基盤を根本から変えやがったんだ。ったく、何が利便性だ、あの石頭。お陰でこっちは調整面倒だわ呪文覚えんの大変だわ」
「でもロゼアさん、術式は調整も効力も、隊長より上じゃないですか。上手くいかないものなんですか?」
「あのハゲ、術式の基盤をかなり旧式のやつに変えやがったんだ。ティーンな俺からすれば、こんなの伝説レベルだぜ伝説。抗議したらダミ声で『貴様が知らないのが悪い』とか抜かしてやがんの、そのくせ俺以外の奴には扱い方きっちり教えてんだぜ、あー腹立つ!」
ロゼアさんは、しきりに地団駄を踏んでいる。ハゲって……そんなこと言っていいのかな。
「でも、隊長さんもなんでそんなこと」
「大方俺の方が術式も吸引数も多いから嫉妬してんだろーよ!こっちは人数多いから苦労してるっつーのに!」
僕は、はっと思い出した。ロゼアさんは、小さい頃にお父さんを亡くして、体の弱いお母さんとまだ小さい妹たちを、一人で養っている。きっと、隊長さえ凌ぐような術式も、家族を守るために必死の努力で手に入れたものだ。
ロゼアさんは、家族のことが大好きだ。誰だって、僕にだって分かる。家族の、とりわけお母さんの話をするとき、ロゼアさんは目を輝かせて、他では見せないような笑顔をするから。
そんな家族のために、できるだけ多く人間の魂をもって帰らなきゃいけないんだ。僕は、自分がただずっとびくびくしていたことを、急に申し訳なく思った。
隣を見上げれば、ロゼアさんはしきりにくしゃみをしながら、体を震わせていた。着ているものと言えば、オレンジのシャツの上に薄手のチョッキだけ。寒いのも当たり前だ。その状態で格好つけながら歩こうとしているから、なんだか笑える。
「……ロゼアさん、風邪引きますよ」
僕は、自分の巻いていたマフラーをロゼアさんに差し出した。
「いらねー、風邪も引かねー」
そして、またくしゃみをひとつ。
「ほらー! 寒いですって!」
「お前は俺のオカンか!」
「もう!」
僕は、背伸びをして(悔しいことに、届かなかったから)、自分のマフラーをロゼアさんに無理矢理巻き付けた。
「だから! 要らねーって! こんなんでどーにかなるわけねーしダセーし!」
「風邪引くよりいいじゃないですか!」
マフラーで顔の半分までぐるぐる巻きにされているロゼアさんは、「この歳になって毛糸編みのマフラーって……」と呟きながらも、巻かれたまま(気に入ったのかな)。ロゼアさんなりの、精一杯の感謝なのかも。
一応喜んでいるらしいロゼアさんを眺めながら、僕はなんだかごきげんになった。