月夜の静けさよ。
夜の街を、柔らかな明かりが照らしている。月夜であった。木々の下にもぼんやりとした影ができ、その合間を縫うようにして白い光が揺らめいている。
その廃工場は、一見忘れ去られ、誰もがその前を通り過ぎるような場所にあった。だが、重そうな扉に灰色の壁面というその概観は、誰をも寄せ付けないような不思議な存在感を放っている。
屋内には、一人の老人が機材に寄りかかるようにして座らされていた。何をしているのか、ピクリとも動かない。その老人の首に粗雑に巻かれた毛編みのマフラーだけが、その場で輝かしいほどの彩色を
放っていた。
月明かりが、彼の頬を照らす。――無表情だったはずの老人は、口角をわずかに上げて微笑んでいるように見えた。
十月三十一日、二十三時五十八分。もうすぐハロウィーンも終わる。それを知ってか知らずか、遠くで犬の鳴き声が響いていた。
教会の鐘が鳴った。零時である。ふと先程の老人に目を向ければ、彼の微笑んでいたはずの顔は、無表情な元の顔に戻っていた。
十月三十一日と、十一月一日。二つの日付の狭間で、何が起こったのか。そんなことは、我々の知るところではないのであろう。それを理解しているかのように、月明かりがまた微かに揺らめいた。