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血祭り聡次郎

 いざ、喧騒の中に入ってみると、それまでの小競り合いとは全く違った世界が繰り広げられていた。


 皆、何らかの武器を手にしている。ナイフ、刀、ドス、鉄パイプや金属バット。そんな中で殴りあい、切りつけ合いが起こっている。まるで戦争だ。


 あれこれ考えている暇などない。刃物をよけ、身をかわし、必死に相手にくらいつく。鍛えた体と反射神経には自信があったが、若い聡次郎には体格的な不利がある。丸腰ではこっちが危ない。


 やむなくハルに手渡されたドスを鞘から抜いて振り回す。間合いも型もない。ただがむしゃらに相手を近づけさせないようにするので精いっぱいだ。


 それでもしばらくそうしていると、相手も刃物を警戒して簡単には襲ってこなくなる。ようやく聡次郎も落ち着いてきた。


 幸い相手は一人、武器はナイフだけ。手の振りは素早いが体格がいい分動きは速くない。間合いの取り方ならハルさんの方がずっと上だ。厄介な手の動きを封じてしまえば何とかなる。刺してはいけない……。


 そこまでを確認すると、聡次郎は動きを止めた。 相手が先に動くのを待つ。むやみに手の振りに付き合わされるより、向かってくる瞬間を狙った方がいい。


 やはり相手は間合いがうまくない。思った以上に無防備に聡次郎に向かってくる。振りかざしたナイフをドスで受け止めると、その指先に斬りつける。相手はナイフを取り落とし、慌てて聡次郎から身を引いた。


 他の連中も追っ払われたらしく、気が付くとハルが目の前で手を差し伸べている。


「大丈夫か? 自分で立てるか?」


 そう言われて聡次郎は脂汗をじっとり掻いたまま、座り込んでいる事に気が付いた。ドスを持つ手が震えていた。



 全くみっともない状態で聡次郎は華風組に戻ってきた。汗だくで足は震え、息が切れている。やたらにのどが渇いていた。


 それまでの自信も余裕も、すっかりどこかへ消え失せた。


 刀が恋しい? 冗談じゃない! ドスだけでももうたくさんだ!


 そして襲ってくる不安。こんなことでこれからここでやっていけるのだろうか?


「最初は誰でもそんなもんだ。初めからこんな事に慣れてる奴なんていないよ」

 ハルがいつものように笑う。


「それにお前は俺に頼らなかった。いきなり一人で戦ったんだから、若いのに大した奴だ」


「頼らなかったんじゃないです。そんな余裕もなかったんです」

 聡次郎はしょぼくれた。


「それでもお前は無事だった。いきなり無茶して大怪我を負う奴だって中にはいるんだ。お前は冷静に自分の身を守った。それで十分なんだ」


 あまり慰めになっていない。聡次郎はそう思いながら聞いていた。


「何よりお前は俺との約束を守った。これで解ったよ、お前は簡単に人を刺したりするような奴じゃない。後は身体が慣れてくれば自然に動けるようになるだろう。きっとお前は心強い助っ人になるよ。保障する。だからそうしょぼくれるな」

 ハルはそう言ったが聡次郎にはピンとこない。



 それでもしばらく経つと、聡次郎はあの時の事を冷静に振り返るようになっていた。


 あの時どう動けばよかったのか、どんなタイミングで斬りつければ相手が手を出せなくなったのか。相手を突っ込ませるにしても、もっとうまく煽っていれば、こっちも消耗せずに済んだかもしれない。


 気が付けば頭の中で幾度も分析している自分がいた。現実は違う。そう自分に言い聞かせてみたが、次はもっとうまくやれる。そんな思いも頭をもたげてくる。


 不安と自信の間で揺れる心を聡次郎はハルとの稽古にぶつけた。今度はこの間のような事にはなりたくない。そんな思いでいっぱいだった。



 次の喧嘩はひと月の間も置かずして起こった。ハルと聡次郎も駆り出される。今度はハルは聡次郎に刀を持たせた。不安げな聡次郎に


「今度は大丈夫だ。今のお前なら冷静にやれる。ただ、約束は守れよ」と言った。


 確かに聡次郎は冷静だった。駆けつけた時もむやみに相手にするのではなく、自分に近い体格の者を選ぶ余裕があった。刀を抜いて間合いを取りながら相手の力量を計った。


 その時あの恍惚とした陶酔感が襲って来た。自分はやれると言う絶対的な自信。相手に指一本触れさせないと言う自信が身体の中から湧きあがる。


 稽古どうりに身体が動く。以前とはまるで違う。その中で聡次郎はまた、あの刀との一体感を味わっていた。相手の動きが読める。どれほど武器を振り回そうとも跳ね返せる。ついに間合いに入った。



 刺すな。命を奪ってはいけない。



 ハルの声が聞こえた気がした。刀で相手の武器を振り落とさせる。なおも動こうとする相手の肩に刀をぴたりと当てる。


「動くな」

 聡次郎は言ったが、相手はさらに武器を拾おうとしている。


「動くなと言っただろう」

 腕を軽く斬りつける。それでも相手はひるまない。さらに動こうとする相手の頬に、聡次郎は刀をあてがう。


「これ以上動くと首が飛ぶぞ」

 相手の頬から薄く血が流れて行く。ついに相手は引いた。


 乱闘はまだ続いている。二人目はさらに素早く武器を手放させる。刀の柄でみぞおちを一突きすると、相手はあっけなく気を失う。三人目は聡次郎の姿を見ただけで身を引いた。



 気が付くと乱闘は終結していた。聡次郎はまだ刀の陶酔感に酔っていた。


「良くやった。だから言っただろう? 今度は大丈夫だと」

 ハルの声で我に帰る。


「……こんなに違うものだとは思いませんでした」


「お前は動きが全部身体の中に入ってるんだ。身を守る感覚さえ身に着けば、そうは心配することはないと思っていたよ」


「ハルさんの声が聞こえた気がしました。刺すなって」


「そりゃあ良かった。命を大事にできる奴なら、俺も安心して助っ人に出来る。お前は強くなるよ」


 聡次郎は自分が独特の陶酔感に襲われたことは口にしなかった。それを人に知られてはいけないような気がした。



 それからは年の瀬が近づくごとに、喧嘩や騒ぎが起こっていた。ハルと聡次郎も何度も駆り出される。


 聡次郎は明らかに腕を上げていた。めったな相手では刀を持った聡次郎にはかなわない事が知れ渡って行く。中には聡次郎の名を聞くだけで、逃げ出すものまで出て来た。


 そうなるとシマの見回りも聡次郎の大事な役目の一つとなり、夕暮れからの時間は組を出て過ごすようになって来た。辰雄にねだられるので送り迎えだけは続けていたが、富士子を手伝うような暇はすっかり無くなり、残った時間の大半がハルとの稽古に当てられた。そのため富士子とも疎遠になりがちだったのだが、年が明けたある日、富士子が声をかけて来た。



「聡次郎、あんたまた刀を見ていたの?」


 聡次郎はむっとした。富士子はいまだに聡次郎を「あんた」と呼んでいる。


「悪いか?」


「悪くはないけど、やめた方がいいと思う」


「なんでだよ」


「あんた、刀を見ている時は、何となく変なんだもの」


 それは最近ハルにも指摘されていた。おかげでドスの砥ぎも任されなくなっていた。だが、富士子に指摘される筋合いはない。


「何を見ていようと俺の勝手だろ」


「そうなんだけど、この頃兄さんや、お義姉さんもあんたの事を心配してるみたいなの」


「俺の何処が心配なんだよ」


「血祭り聡次郎なんてあだ名付けられて、ちょっと天狗になってない? 刀取られたらハルさんに全然かなわないのに。そのうち大怪我するわよ」


「ハルさんには刀があってもかなわないよ。そんなの俺の方がよく知ってる。余計な心配だ」



 富士子にはそう言ったものの、聡次郎自身、最近は刀を握っている時の恍惚感にのまれていくことにおびえるようになっていた。今ではさらに万能感まで味わっている。殺しはしない、黙って俺のいいなりでいろ。そんな事を頭の中で呟きながら刀を振るっている自分に、ぞっとする事さえ、ある。


 春が近づいた頃、いつものように刀の保管場所へ足を運ぶと、鍵がかけられていた。ハルに聞くと


「組長がお前にはあまり刀を見せない方がいいと言って、鍵を付けたんだ。俺もその方がいいと思う」


 そう言われると自分への信用の無さにいらいらする。


 次の喧嘩が起きた時、聡次郎はまだ、いらいらしていた。その思いが刀を一層熱くさせる。


 相手が動く事を許さない。ほんのわずかな動きでも切りつけてやる。黙っていいなりになれ。相手にわざと浅い刀傷を負わせ続ける。まるでシャチがアザラシをもてあそぶかのように。



「よせ、聡次郎。もういいだろう」ハルの声で我に帰る。



「聡次郎、お前当分、刀は持つな」

 ハルは真顔で聡次郎に言った。





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