第六話『弾幕模擬戦』
お待たせしました。第六話です。
戦闘開始までの導入に苦戦したけど戦いが始まったらノリで書けますね!ノリで書いたから内容アレですが(ry
スペルカードルール―――
それは昨今の幻想郷に於いて最も有名な遊びの様な決闘―――弾幕遊戯戦にて適用される戦闘規程である。幻想郷は人間と妖怪の微妙なバランスで成り立っており、無闇な人間の捕食、妖怪の討伐は、幻想郷のパワーバランスを崩す恐れがあり、幻想郷を管理する妖怪の賢者によって禁じられている。そこで考案されたのが、疑似的に命を賭けた緊張感に溢れる決闘を行うことが出来るルール―――すなわち命名決闘法である。
通常の決闘と違う最大の特徴は、『美しい者が勝利する』という点にある。自分の得意な技に、その技の特徴を意味する、または関係のある名前を付けた符を用意し、それを消費しながら戦うのが基本ルールである。
「どういう風の吹きまわし? あんたに弱い者いじめの趣味があったなんてね」
「あー? 別に弱い者いじめをするわけじゃないぜ。ここの挨拶がどういうものなのか、その身に味わわせてやるだけさ」
魔法の森の入口に居を構える古道具屋『香霖堂』の入り口から出てきた、紅白の巫女装束(と言っていいのか不明)に身を包んだ少女・博麗霊夢が、先に表へ出て準備をしていた白黒の魔女装束で装った少女・霧雨魔理沙に、意地の悪い小悪魔的な笑みで皮肉めいた事を言う。言われた魔理沙は何を気にするでもなく、箒を手首のスナップだけで軽々と振り回しながら平然と答える。その表情は常の強気で自信に満ちた力強いモノであり、どこか楽しそうな雰囲気まで感じられた。
「初心者なんだから、せめてお手柔らかに頼むぞ」
「ド素人相手に本気が出せるかよ」
霊夢と魔理沙の雑談に混ざる様に、一つの声が割って入った。香霖堂の入り口から出てきた、機械仕掛けの大剣を引き摺る様に抱えている、黒髪黒服の青年―――外の世界から幻想郷に迷い込み、紆余曲折を経てこの古道具店に足を運び、そして今、幻想郷流の歓迎という名の洗礼を受ける予定にある、外来人・國崎悠人の声だった。その声は余裕の気配を感じさせるようで、その実かなり緊張していた。
スペルカードルールに基づく弾幕ごっこは、殆ど遊びの様なものではあるが、模擬戦とはいえ“戦い”という行為自体、悠人にとっては初めての体験である―――筈である。というのも、悠人はこの幻想郷に迷い込んで来た時から、それ以前の記憶を失っているのである。元の世界ではもしかしたらスポーツなり従軍なりの経験があったかもしれないが、それはまぁ余談。
ともあれ、魔理沙の言う通り、弾幕ごっこは幻想郷では半ば挨拶の様なものである。少なくとも霊夢や魔理沙みたいな種類の者達にとっては。そんなアレな種類の者達である霊夢と魔理沙に関わってしまった以上、悠人も幻想郷流の挨拶を覚えないわけにはいかない、という半ば強引な理屈で、彼はこれから魔理沙と模擬戦を行う運びになったのである。
「最低限、基本的な事は慧音や紫に聞いて知っているだろ?」
「ああ、スペルカードって名前の必殺技を互いに見せ合って先にダウンした方が負けなんだろ?」
「厳密には『必殺技に名前を付けたモノ』がスペルカードだけどね」
魔理沙の確認の問いに、記憶の中から関連する情報を検索して整理、簡潔に自己流に纏めて問い返す悠人。そのほぼ正答である悠人の言葉を捕捉するように、香霖堂の入り口脇に置き捨てられている(と表現した方が丁度良い)白い長方形の大きな箱(霖之助によると『冷蔵庫』という名前の道具である)に腰掛けて観戦モードに入っている霊夢が口を挟んだ。
「模擬戦だから枚数制一枚勝負で良いよな? どうせお前はスペルカードなんてロクに考えていないんだろう」
「いや、まぁ……考えていないというか、さっき考えたというか」
スペルカードルールにはいくつか対戦形式が存在する。その中で主に使用されているのは枚数制とコスト制の二つの形式である。魔理沙の言った枚数制とは、決闘開始前にあらかじめ互いに使用するスペルカードの枚数を決めておき、先に全てのカードが破られた方が負けという形式。弾幕ごっこと呼ばれる決闘は主にこちらを指しており、弾幕と名の付く通り、無数の弾や札や何かを撃ち出す遠隔攻撃系の技がスペルカードとして多く使われている。各スペルカードには制限時間が定められており、その制限時間内はスペルカードを発動し続ける事が出来る。しかし、制限時間内に相手を倒せなかった場合、そのカードは破られ次の攻撃に移ることになる。
もう一つのコスト制とは、各人が持つスペルカードに、その技の難度と威力を元に壱・弐・参・四・伍の五つのランクに分けコストとし、定められたコストキャパシティ(大体、二十が主流である)を消費してスペルカードを繰り出す形式である。枚数制の時間制限と違い、同一スペルは四枚(四回)までしか使うことが出来ないが、キャパシティの許す限り、自分の好きなタイミングで発動できるのが特徴であり、短期決戦の決闘に用いられることが多い。こちらは先に体力が尽きた方が負けであり、スペルカードを発動できる余力が残っていても体力が先に無くなれば負けは負けである。
「そんなんで勝負になるのかしら……」
「まぁ、今回はお試し版だから、まずは避け切ることに専念すればいいんじゃないかな」
今更過ぎる前提の問題点―――スペルカードが必要な弾幕戦でスペルカードを用意してなかった事―――が浮き彫りになってあからさまに呆れ顔を作る霊夢。思い返せば確かに、悠人は幻想郷に来てまだ間もない身であり、スペルカードルールの把握すら儘ならない状況である。そんな彼が、スペルカードなど持っていよう筈が無く、勝負の大前提が既に瓦解しているのである。
そんな霊夢のツッコミに霖之助がフォローを入れる。確かに、体力も切り札も使い切り、気合だけで避け切れれば勝機はある。枚数制の弾幕戦では、攻撃側のスペルカードには全て制限時間が設けられており、時間いっぱい避け切ることでもそのカードを攻略したことになるのだ。
「とはいえ、アレを抱えて魔理沙の弾幕を避け切るのは、少々骨が折れるかもしれないね」
「アレを作った本人が言える事なのかしら」
もちろん、口で言うほど避け切りは簡単なものではない。スペルカードの中には時間が経てば経つほど攻撃が激しくなってくるものもある。攻撃を捨て回避に全ての神経を集中させるとはいえ、一発でも被弾すればアウトである状況なのだ。並みの精神力では先に集中力が切れてしまう。しかも悠人は弾幕初心者……どころか初体験で、更に余計な重りとしてロクに振り回すことも出来ない機械仕掛けの大剣を引き摺っている。勝負にならないのは目に見えて明らかだ。
かてて加えて、魔理沙の弾幕は彼女の性格を反映したような直線的なものが多く、軌道を読むのは簡単だが弾速に優れており、中でもレーザー系の射撃(弾幕じゃないじゃん、なんてことは言ってはいけない)は素人にはとてもじゃないが見切れるような代物ではない。『撃った』と気付いた時には既に撃たれている、そんなレベルである。
初心者が負うには重過ぎるハンデを敢えて背負わせるとは、魔理沙は一体何を考えているのか。霊夢も霖之助も、魔理沙の性格は熟知している。彼女は一見人を小馬鹿にし捻くれた様な言葉を吐くが、内面は誰よりも真っ直ぐな心を持っている。気心の知れた相手には可愛い悪戯(本人談)程度はすることもあるが、勝負事となれば普段のそれが嘘みたいな正々堂々たる真剣勝負に臨む。当然、弱い者いじめに精を出すような性格ではない。
つまり、今の魔理沙は常に比べて『らしくない』のである。
「ま、私も初心者相手に本気は出さんよ。EASYレベルで手加減してやるから精々頑張って避けるんだな」
枚数制スペルカードルールでは、弾幕の難易度に応じてスペルカードにランク付けすることを定められている。これは枚数制弾幕戦が、実力差の開いている者同士が戦っても互角の勝負が出来るようにする為のもので、大抵の場合、上位の者が手加減をする形になる。
魔理沙の言った「EASY」が最も下位のランクで、次いで「NORMAL」「HARD」「LUNATIC」と順に段階が上がっていく。また一部の者は特殊な「EXTRA」と「PHANTASM」のランクのスペルカードを持っており、更にその上位のランクも存在するが、ここでは省略する。
「初心者なりに頑張らせてもらうよ。お手柔らかに頼むぜ、教官」
「おう。死ぬ気で避けるんだな」
魔理沙の明らかに素人を小馬鹿にした言葉を受けて、しかし事実としてはその通りである悠人はやや皮肉めいた言葉で返すのみ。とはいえ、模擬戦なのに素人を命の危険に晒す気か、などと悠人が心中で呟いている間に、魔理沙は既に臨戦態勢に入っていた。
「いくぜ! 魔符―――!!」
懐―――スカートの左脇辺りに右手を突っ込み、そのまま勢い良く振り抜いて頭上にかざす。細くしなやかな指には、一枚のカード―――天の川の様な星が無数描かれている―――が握られ不思議な光を放ち、数瞬の内に宙へと溶け込むかのように消えていった。
「『ミルキーウェイ』!!」
瞬間―――魔理沙の周囲に五つの魔法陣が展開し、彼女を中心に旋回し始めた。まるで魔理沙を惑星に見立て、その周りを公転する衛星の様な形である。その惑星から、衛星から、大小色とりどりの星弾がばら撒かれた。星弾は魔理沙を中心に緩く弧を描く螺旋状に流れて行き、その形はさながら渦巻状の腕を持った形の銀河―――天の川銀河を彷彿とさせた。
銀河とは本来、宇宙に存在する数百億から数千億個の恒星や星間物質が重力的に纏まって構成されている巨大な天体である。銀河系の写真などを見れば分かるのだが、その密度はかなり高い(もちろん見た目の感覚的なものであり、実際は各恒星間で光年単位の距離が空いているのだが)。
しかし、魔理沙の生み出した天の川は、そんな銀河の名を冠するにはお世辞にも高密度とはいえない。大きな星は軌道がほぼ固定されており隙間も広い。時折、目標目掛けて撃ち込まれたり、思わぬ方向から飛来してくる小さい星も、大した脅威ではない。それは何故か。
答えは至って簡単である。ただ単に魔理沙が手加減をしているから。EASYレベルの名が示す通り、弾幕の難易度はかなり優しい方である。この遊びに慣れ切っている霊夢ならば、目を瞑っていても避けられる程度の弾密度。何一つ難しいことは無い。
だが、しかし―――
「くっ……!」
そう……今ここで小型天の川の星々に飲み込まれて必死の形相で懸命に避けている男は、この遊びに慣れ切ってなどいない。どころか、初心者である。しかも、初体験である。つまり、ド素人である。要するに、悠人にとっては極めて難しい弾幕と化しているのである。
「うぐっ……!」
しかも、その手には重さ十キログラムを優に超える機械仕掛けの大剣を持っている。防戦一方で回避の足枷になるだけの余計な重りは、一応その幅広厚身の刀身が直撃コースの星弾を防ぐ盾にはなっているが、こんなものを抱えて弾幕飛び交う戦場(というほど大袈裟な物ではないが)を走り回れるほど、悠人は戦慣れなどしていない。既に息が上がっている処から察するに、体力も常人並みである。外の世界で軍隊等に属していなかったことは証明された。
「どうした? もう息が上がってるぜ!」
そんな息も絶え絶えな悠人相手に、魔理沙は慈悲の情など五分にも満たぬ弾幕を雨霰と撃ち付ける。本人は否定しているが、傍から見るとどう見ても弱い者いじめである。魔理沙の強気な笑み、挑発的な言葉、容赦のない一方的な攻撃。それらの要素が相まってそんな光景を作り出しているように見える。
(なにやってんだ、俺は―――?)
そんな一方的な暴虐(悠人にしてみればまさにそう表現するのが妥当であった)を受けて、満足に反撃も出来ない自分の哀れな姿を見て、悠人の心の内に一つ感情の火が灯る。
(こんな訳の分からない所に迷い込んで……)
その火は油を注がれたかのように勢いを増し、音を立てて燃え上がり炎となる。
(こんな変な遊びに付き合わされて……)
炎は見る間に延焼して行き、悠人の身の内を焼く程の熱さを与える。
(一方的に攻撃されて……馬鹿にされて……)
やがて炎は厳重に管理された火薬庫にまで到達し、そして、
(……――無礼んなよ……この野郎ッッッ!!!!!)
爆発した!
怒りという名の、感情の炎が!
瞬間―――
「――ッ!!?」
悠人の持つ大剣が、まるで小枝のように軽々と振り上げられ、彼目掛けて殺到する星弾幕を横薙ぎの一閃で全て打ち砕いた。今まで余計な重りでしかなかったモノを、そんな様子も余韻も欠片も見せずに。防戦一方だった悠人の突然の動きに、魔理沙は驚愕に金の目を見開いた、と思った時には、既に悠人は次の行動に移っていた。
「爆符―――!!!」
今の彼の身の内に滾る怒りの感情をそのまま音にしたかのような怒声を響かせて、ポケットから取り出したのは、先程、香霖堂店内で霖之助のアドバイスを元に即興で作った、手書きのスペルカード。明らかにメモ用紙の残骸と分かる粗末な紙片に、これまた粗末な絵が描かれている。
悠人の持つ、機械仕掛けの大剣を地面に突き立て、周囲の大地を抉っている絵が―――
(ヤバイ……ッ!!)
長年の弾幕ごっこで培われた危機察知能力が、魔理沙に全力で退避の指示を出している。スペルカードルールの熟練者は、相手の予備動作とスペルカードの名前、カードイラストを見ただけでその技がどんな性質なのか瞬時に判断することができる時もある。
そして魔理沙は熟練者であり、今がその時であった。
「『バースト・ディバイダー』!!!!!」
爆発で、叩き割る。
その名が意味する現象が、悠人の翳したスペルカードの絵とリンクして、魔理沙の脳裏にその結果が導き出される。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
裂帛たる気合の咆哮に力を乗せて、悠人は大剣を大上段に構えたと見るや、それを勢い良く地面に叩き付けた。叩き付ける瞬間、機関部から垂れ下がるトリガーのようなレバーを引き絞り、刀身を射撃モードに移行して。
ドッ、ガンッ!!
切っ先が地面にめり込む。この周辺一帯の大地を構成する成分―――岩や小石が多く含まれた土壌が、鋼鉄製の刀身と擦れ合い耳障りな音を奏でる。だが、この場に居る者の中に、その音を聞いた者は一人も居なかった。
大剣の機関部に内蔵されている心臓部、八卦炉が持ち主の意志に応え唸りを上げていた。本来ならば有り得ない現象である。霖之助の作った八卦炉は、小さな魔力で大きな火力を産むが、種火が無ければ薪は燃えないように、魔力が無ければ動くことはない。
悠人は外の世界の住人であり、魔法を行使する為の原動力―――魔力など欠片も持ってはいない。魔法の森に住み、人間の身でありながら魔力を得ている魔理沙ですら、大火力の魔法の行使にはミニ八卦炉や自作のマジックアイテムの力を借りている。幻想郷に来て間もない悠人が、八卦炉を稼働させるに足る魔力を持っている事など考えられない。
だが、八卦炉は動いた。
“悠人のものではない魔力”を利用して。
(私の弾を、利用した―――ッ!?)
先の戦闘中、悠人は時折魔理沙の攻撃を大剣の刀身で受けていた。いくら重い荷物とは言え、避けようと思えば避けられる弾まで、律儀に。まるで弾を受ける必要があると言わんばかりの行動だった。その謎は、今解明された。
“刀身に蓄積された魔理沙の星弾の魔力”を原動力に、悠人の怒りの炎が着火剤となり、八卦炉は見事、使い手の声に応えたのだ。
大剣の切っ先が地面に叩き付けられると同時、機関部の八卦炉は魔力の供給を受けて莫大な火力を吐き出した。地面に流し込まれるように放出された熱量は、大地の岩盤の許容値を超え、一気に膨張し、そして―――
ドドッ!ドドドッ!ガガッ!ガガガガッ!ドドドォォォォォン!!!!!
―――爆発が、疾走した!
地面に不規則なひび割れを走らせたかと思ったら、そこから土を石を岩を巻き上げて爆炎が立ち上る。まるで爆発が地を這うように地面を奔り、大地を抉りながら目標へ向けて突き進む。
目標―――突然の出来事に、自分の力をまんまと利用された事に、内心の驚きを表情に余すところなく表している魔理沙に。
「チッ!!」
舌打ちと同時に魔理沙はスペルカードの継続を解除。五つの魔法陣を重ね合わせ正面に展開した防御用魔法陣に全ての力を注ぐ。防御陣が展開された数瞬後に、岩石と爆炎から成る衝撃が魔理沙を襲った。予想していたモノよりかなり威力が大きい。スペルカードを意地でも発動し続けていたら、障壁の力が足りずに爆発の怒濤に飲み込まれていただろう。彼女の舌打ちにはその想像と結果に対しても向けられていた。
やがて、火山の噴火が鎮まる様に、岩石の放出と爆発の衝撃は和らいでいった。時間にしてほんの数秒の攻撃だったのだが、その攻撃を受ける当人にしてみればまるで永遠のように永い時間に感じられただろう。その証拠に、魔理沙は未だに片膝を着いて防御陣を形成した体勢で硬直している。衝撃波でズレたのだろうか、彼女のトレードマークである大きな黒い帽子が前に垂れ下がり、その表情を窺うことはできない。
「えーと、これは……?」
「魔理沙が先にスペルを中断したから、スペルブレイクと同じ。つまり、悠人の勝ちね」
弾幕ごっこ初心者にしてスペルカードの素人が繰り出した、あまりに予想外過ぎる高威力の攻撃に、アイデアを提供した霖之助、常は平静を保っている霊夢、共に驚愕と困惑を入り混じらせた表情声音で勝負の終わりと結果を告げる。それは、この場に居る誰もが予想し得なかった結果であった。
「ふぅん。模擬戦とはいえ、なかなかやるじゃない。最初はあんなに不様だったのに」
「まぁ僕の提供したアイデアのおかげかな。この分の代金もついでに加えておこうか」
「お前らな……」
好き勝手な事を遠慮無く口にする霊夢と霖之助に、今まで攻撃の反動で硬直していた悠人がようやく立ち直り、そんな二人に恨みがましい眼差しを向ける。たしかに、霊夢の言った通り反撃に出るまではそれはもう不様な醜態を晒していたわけで、霖之助のアイデア(外の世界から流れてきた何かのゲームの攻略本を参考にしたものだった)が無ければ反撃も叶わずあのまま負けていただろう。
模擬戦とはいえ、初陣を白星で飾れたのは霖之助のお陰と言っても過言ではない。過言ではない、のだが……こういう言い方をされると素直に感謝する気になれないのは、恐らく俺だけではないはずだ。そう心中で自分に言い聞かせて、悠人は自身の攻撃を受け止めたままの姿勢で硬直している魔理沙に歩み寄って声をかける。
「あー、大丈夫だったか魔理沙? まさかアレ程の威力だったとは思わなくて……」
弾幕ごっこに関しては自分より遙かに先輩である魔理沙。しかし、いくら実戦に慣れているとはいえ見た目は十五、六の少女なのだ。下手をすれば命の危険に晒される攻撃を受けて、平静でいられる筈がない。自失するか混乱するか、魔理沙の沈黙を前者である捉えた悠人は、やりすぎたか?と思いバツの悪そうな顔をして魔理沙の傍に寄り―――
「ふ、ふふ……ふふはは……ハァーハハハハハハ……ッ!!」
「ま、魔理沙……?」
―――己の誤解を確信した。
「面白ぇ……面白ぇぞッ!國崎悠人ッ!!!」
「!?」
魔理沙は、欠片も自失などしていなかった。混乱もしていなかった。ましてや、敗北したとすら思っていなかった。まるで猛獣の咆哮の様な魔理沙の声に、悠人は気圧される。何かが―――何か分からないが、何かがヤバイ!!
「初心者だと思って手加減したが、どうやらその必要は無かったみたいだな!」
「あの、魔理沙……さん?」
霊夢と霖之助は、霧雨魔理沙の性格を熟知していた。熟知していて、しかし失念していた。彼女は真っ直ぐで、正々堂々たる真剣勝負を臨む性格である前に、筋金入りの負けず嫌いなのだった。その対象は対戦相手の実力の高低に関係なく全て平等。つまり初心者相手に手加減して負けてもそれは例外ではない。
「こんなにも星が輝いているのだから……もちろん、延長戦だよなァッ!?」
「は!?」
おおよそ魔理沙らしからぬ、いかにも「誰かの台詞借りました」的な言葉を吐いて、魔理沙が突然の宣言をする。驚く悠人を尻目に、懐から新たに取り出したスペルカードを頭上に掲げる形で。ちなみに、今は真昼である。
「いくぜ!―――ラストスペル!!!」
「えっ、えっ、えっ!?」
「あーアレ来るわー」
「ちょ、ちょっと待―――」
魔理沙の突然の行動発言に戸惑いうろたえる悠人、持ち前の勘で危険を察知しさっさと逃げる霊夢、魔理沙の攻撃の射線軸上にある存在に気付き慌てて制止の声を上げる霖之助。各自、己が取れる最大の抵抗も空しく―――
「魔砲―――!!!!!」
魔法の森の入り口付近から天に向けて立ち上った極大の光の渦に巻き込まれて、約二名の尊い命と一軒の商店が光に飲まれて消えた(生きています)。
この世の何処とも知れない不可思議な空間。周囲に漂う目玉の様な何かが向けてくる、感情が籠っているのかいないのかわからない視線を一身に受けて、しかし揺らがず動じず平静に事の顛末を観察していた者が居た。
境界を操る妖怪、八雲紫である。
毛先を赤いリボンで多数結った長く波打つ金髪。胸元が大きく開いた紫色のタイトなドレス。日が射していないのにも関わらず日傘を差しているのは常からの癖なのか。『少女』と言うにはあまりにも色気が勝ち過ぎている艶やかな微笑を、輪郭の整った『綺麗』と称すに足る顔に表して、観察していた者の特性をある程度見極めた。やはり、随分と厄介な能力を持っていたようである。否、能力自体は大したものではない。問題は、その能力が『彼』の―――
「紫様、こちらでしたか」
分析に浸っていた思考の流れを、一つの声が断ち切った。慇懃な言葉遣いで語りかけてきたのは、彼女が操る式神の少女。白金の煌きが美しい金髪はショートボブに切り揃えられ、頭頂に二本の角のような尖端を持つ帽子を被っている。割と身長の高いその身に古風な中華風の衣装を纏い、そして何よりも目を惹くのは、後腰から伸びる髪と同じ白金に輝く九本の太く大きい狐の尾。それは彼女が人間以外の生物―――しかも妖獣の中でも最強のクラスに位置する九尾の狐であることを意味している。
「調査の結果を聞きましょうか、藍」
そんな最強の妖狐を従える主・紫は、考え事の邪魔をされて不機嫌であることをこれでもかとアピールするかのような険悪な声で、彼女の下僕である八雲藍に報告を求める。
「あ、はい……幻想郷各地を隈なく調べ回りましたが、やはり大結界にはどこにも綻びはありませんでした。人為的に結界を操作した様な形跡も見られませんでしたし……」
責められている気配を十分に感じつつ、しかし律儀に命令された調査の結果を報告する藍。彼女は紫の式神であり、絶対に逆らうことは出来ないのである(逆らったところで躾けと称した体罰が待っているだけなのだ)。
藍の報告内容にふむ、と吐息の様な頷きの様な返事を返すでもなく返し、紫は手に持つ扇子を弄び始める。彼女がその明晰な頭脳を以ってしてなお難解な問題を考える時の癖である。
「幻想入りのメカニズムに反していない以上、やはり偶然なのではないでしょうか?」
「一人や二人ならともかく、これほどまでの力を持つ者達が法則性も何も関係なく次々と幻想入りしてきて、偶然の一言で片付けられるのならそうしたい処なのだけれどねぇ」
含みを持たせた紫の言葉に、何か気になる事でもあるのですか?と問う藍。しかし紫は答えなかった。扇子をタッ、タッ、タッ、とゆっくり、焦らすような動作で開いたり閉じたりしているだけ。返す言葉は、質問とは全く関係のない話題だった。
「やっぱり、『彼』も特殊な性質を持つ外来人だったわ。能力自体は大したものではないけれど、それが引き金となって覚醒すれば、幻想郷はどうなることやら」
先程、藍に中断させられた思考の続きを、今度は口に出して続ける。こちらが声を出していないと、この妖獣は余計な事ばかり無駄に訊いてきて考えを纏める暇もない。もちろんそれだけが理由ではなく、藍に意見を求めているという意味もある。大して期待はしていないが。
「何か、手を施さなくて良いのでしょうか? 見た処、『彼』は自分の能力に気付いていない様子……その危険性を教えるなりして自制に勤めさせた方が良いのではないかと」
案の定、分かり切った事を訊いてきた。まったく、これだから式神は面白味の無い……などと、その式を組んだ本人である紫が理不尽に過ぎる落胆を勝手に覚えて、しかし聞かれた事それ自体には丁寧に答えてやる。
「もちろん、既に『封印』は施したわ。あの能力を前にどこまで耐えられるか分からないけど、ね」
フフン、と勝ち誇ったような、そうでないような妖しい笑みを浮かべて、その不敵に釣り上がる唇に扇子を軽く当てる。軽く小突くことで『彼』に封印を施した扇子を。
「紫様の封印を以ってして、それ程までの……っ? ……ちゃんと真面目にやったのですか?」
「貴方ね……」
紫の絶大な力を信用しているが故に彼女の自信の無い(様に見せかけているだけかもしれないが)発言に藍は驚愕、しかしそれに続くあからさまな呆れの声に、紫は肩をガクッと落とすような仕草で応える。少し困惑した様な表情になったのは、藍の言っている事があながち間違いでもない……つまり、そう言われても仕方のない性分であることを自分でも熟知しているからだ。
「この私が、幻想郷を危険に晒すような真似をするわけがないじゃない。それよりも……」
「はい。引き続き、危険な能力を持つ者達の監視を続けます。とはいえ、中には隠密性に優れている連中もいるので完全把握は難しいでしょうが……」
「貴方に出来る範囲の事をやりなさい。それ以上の仕事は命令しないわ」
「畏まりました」
流れるような会話の遣り取りを経て、藍が頭を下げ紫の方を向いたまま一歩を下がる。その背後の空間に切れ目が開き、隙間を抜け切った直後に再び閉じた。紫だけが使えるスキマ移動を、この不可思議な空間内ならば彼女の式である藍も使用することができる(藍の場合は、幻想郷各地に点在する『隙間の歪み』を使わなくてはこの空間に戻ってはこれないのだが)。
「『感情の昂りを力に変換する程度の能力』……ね」
独り取り残された紫は、扇子を弄びながら独り言ちた。先程の観察で確定した『彼』の能力。使い方次第ではとんでもない事態を引き起こしかねない能力故に、出会った時からあらかじめ封印を施したわけだが……。だが、それすらも可愛い問題に思えてしまう事項がもうひとつあった。
「人間でも、妖怪でも、ましてや神でもない存在……“アレ”がこの能力で目覚めたら、幻想郷……いえ、この世界は……」
落ち着き払った見た目に反して内心に焦燥の荒波を孕んでいる妖怪の賢者は、この異変の中で『彼』が幻想郷に何を齎すのかを考える。果たして『彼』は敵となるのか味方となるのか。
「これ以上、幻想郷で好き勝手なことはさせないわ」
独り呟き声の切りと同時、扇子をタンッと勢い良く閉じて、紫は足下に開いた隙間の切れ目に身を沈め、彼女の愛する幻想郷の何処かへと消えて行った。
ゆかりんちょっと喋り過ぎだ。←
そろそろ異変っぽい異変の兆しを見せていかないとですね(何も考えてないry
次回、香霖堂のその後。短いです。