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第二話『人里の先生』

プロローグの後刻の話です。

最初に謝っておく。ジョジョネタとかロマサガネタとか知ってる人じゃないと分からないネタ多数盛り込んでます。てへっ(殴


「私が町長です」


 ボギャアァァッ!!!


「んごおぉぉぉぉぉッ!?」


 町長と名乗った初老の男性の、見事な髭を蓄えた顎に、遠慮容赦一切無用の神速飛び膝蹴りが突き刺さり、不幸な老人の体を数メートルの高さから吹き飛ばす。


「町長ーーーッ!?」


 町長の側近を務めていた中年の男性が、突如訪れた事態、突拍子も無さ過ぎる展開に驚愕し、裏返った悲鳴を上げる。

 見事な放物線を描いて床に着地、もとい落着、もとい落下した町長は「ぎぴっ」と奇妙な悲鳴とも言えない音を口の端から零して、それからピクリとも動かなくなった。


「な、なにをするだァーーーッ!ゆるさんッ!!」

「悪い、体が勝手に動いた。条件反射みたいなものだ」


 側近の男性の怒りの声に、しかし町長を蹴り上げた当の本人――國崎悠人は軽く頭を掻いて目だけでお辞儀するだけだった。実際に他意はなかった。気が付いたら行動に移っていたのだ。自分でも何が起きたのか分からない風な悠人である。しかし悪い事をしたとは微塵も思ってないらしい。


「なんで外から来た者は皆、挨拶に暴力で返すんだ!!」


 どうやら今回が初めての事ではないらしい。悠人はなんとなく、その前科者達と心情を共有できた気がした。

 ともあれ……


「お前のような奴がこの里に住むなど、断固許可しない!町長の代理として、反省するまで里への出入りを禁止する!」


 ということで、國崎悠人の幻想郷での生活拠点となったであろう候補の一つが潰えた。






 ところ変わって、人間の里にある、子供たちに勉学を教授する施設、寺子屋に、二人――幻想郷に迷い込んだ外来人、國崎悠人と、成り行きでその彼を助けた霧雨魔理沙の姿はあった。


「幻想郷に外の世界の常識が通用しないのと同じ、逆もまた然りということか」


 正座をした状態で修学する為の脚の短い長机を等間隔に並べる教室の中央、教師が鞭を取る教壇に位置する場所に、座布団を足下に正座する若い女性が、弾劾するにも似た怒りの声を、訪れた二人に投げかける。


「とはいえ、初対面の人間に蹴りでの挨拶を見舞うとは、些か以上に感心せんな」

「いや、だからその件に関しては散々謝って――」

「反省する気が無ければ何度謝ったところで意味は無い!」

「まぁ落ち付けって、町長が蹴られるのは今に始まった事じゃ――」

「お前は黙っていろ不良娘!騒動が起きても傍観していた者も同罪だ!」


 口答えする悠人、弁明しようとする魔理沙、双方共に反論の余地無き正論で黙らされる。

 二人は座布団もない畳に直に正座させられ、里の『先生』にお説教を喰らっていた。町長の側近の取り計らいで、ただで帰すのは癪だからと、里で最も厳しい人格を持つ人物に灸を据えて貰うよう頼んだのだった。

 彼女の名前は上白沢慧音。

 人間の里の殆どの子供たちに、今まで自身が蓄えてきた知識と技術を教授する為に寺子屋を開き、日々熱意ある教育で生徒たる子供たちから尊敬を、その親達から信頼の念を一身に受けている、里で町長に匹敵する影響力を持っている人物である。里の住人達からは尊敬の念を込めて『先生』と呼ばれ親しまれていた。

 その先生が、『その微笑みは万人を虜にする』とまで言われる秀麗な顔を、修羅か羅刹を想起させる憤怒の形相に変え、延々お説教を続けている。厳しくも温厚と言われる彼女がここまで怒りを露わにするのも珍しかった。普段、ここに通っている子供たちより出来が悪い者を相手にしているのだから、当然と言えば当然であるが。


「外の世界の(極一部とはいえ)非常識者が多く流れ込んできたせいで、里の治安も若干悪い方に傾きつつある。それというのも、その者達が吹聴する外の世界の風習(よりにもよって悪いものばかり)に影響され、子供たちの態度も微妙に変化し始め――」

「…………ぐー」

「ちゃんと、聞けっ!!!」

「うぼあっ!?」


 この先生の説教を聞くのに慣れているらしい魔理沙は、目を開けたまま寝ると言う器用な技を披露した。すぐさまいびきでバレたわけだが。

 そんな様子を傍目に見る悠人も、実は足が痺れて話が耳に届かない。


「まったく……こいつらは……!」


 呆れの溜息に怒りの炎が混ざったような声を吐く慧音。

 と、そこに、別の声が割って入った。


「せんせー、これむずかしいのかー」


 抑揚のない、しかし可愛らしい少女の声が。


「ん、どの問題だ、ルーミア?」


 先程までとは別人のような柔らかな声で答え、慧音は腰を上げて声をかけてきた少女の元へ向かう。隣で魔理沙が深い溜息を吐いている横で、悠人は少女の声と名前に僅かながらの既知感を覚えていた。


(この声……どこかで……それに、ルーミア……?)


 悠人はここ人間の里を訪れるより前に、幻想郷に迷い込んだ時以前の記憶を失っている。妖怪に襲われていた悠人を魔理沙が助けたのだが、その際に攻撃の余波を喰らって気を失ってしまった。次に目が覚めたのは魔理沙の手によって運ばれた彼女の自室だったが、その時点で、それ以前の全ての記憶を失っている。

 つまり、悠人にとってルーミアは初対面(だと思っている)のはずなのだが、何故か既に会った事があるという、デジャヴの様なものを感じている。その事に、奥歯に物が引っ掛かったような、もどかしい気分を感じているのだ。

 記憶喪失と言うものは、時に重大な要素をも無かった事にする。

 自分を殺して食おうとした者が目の前に居ても、覚えてなければ恐怖は感じない。

 重大な要素……トラウマにより生じる危機感を、悠人は今この瞬間、全く感じていなかった。最も、覚えていたとしても、今のルーミアを見てもあの時の恐怖はさほどなかったかもしれない。


「外はいい天気なのかー……一日くらい勉強しなくていいのかー」


 この様に、難問を前にした勉強を嫌がる子供の様な仕草を見せている少女を見ても、危機感は全く感じない。どう考えても無害な存在だと思ってしまうのも無理からぬ話である。

 ちなみに魔理沙は、悠人がルーミアに襲われ喰われかけている現場に遭遇して、彼を助けている。つまり、記憶を失っている悠人に「あいつがお前を取って食おうとしたんだぜ」と教えてやることもできたが、しなかった。別に恐怖の記憶を呼び覚まして苦悩させるのが可哀想だという、親切心からではない。単純に面倒くさいだけである。


「あのな、ルーミア」


 そんなルーミアに、慧音は母性を感じさせる、教師というよりも母親の様な態度で、優しく声をかけ諭す。


「お前は立派だ。自分の方から『頭が悪いから勉強を教えてくれ』なんてなかなか言えるもんじゃあない……」


 ルーミアはこう見えて妖怪である。それも人喰いと恐れられている種類の。

 妖怪は概ね人間を喰らう事で自己の存在を確固と保持する意義を見出す、いわば人喰いこそが妖怪の存在理由(レゾンデートル)の様なものである。

 妖怪は人間を襲って喰らう。人間はそんな妖怪を退治する。これは遙か昔から続いている人間と妖怪の暗黙の掟、習慣である。

 しかし、幻想郷は多種多様な妖怪が生活(棲息)しており、総合すれば人間よりも圧倒的に大きな勢力を持っている。単体でも人間に遠く及ばない力を持っているのだから、そこに数という要素が加われば、人間が何百人群れても勝ち目は無い(もっとも、妖怪は基本的に一人一党気質の者が大多数を占めているので、人間のように群れる事は稀だが)。

 そこで幻想郷ではとあるルールを制定し、人間と妖怪のパワーバランスを等しく保つことで、双方の生活を安定させている。人間を喰らい過ぎると、食糧となる人間が居なくなってしまい結果的に滅びる。妖怪を全て退治してしまうと、幻想郷はその幻想を成す一要素を失い崩壊する。

 その破滅を防ぐ為のルールのひとつがすなわち、制限時間内に互いの技を見せ合い、その美しさで競う決闘のルール『スペルカードルール』である。

 幻想郷を守護する立場にある妖怪退治を生業とする博麗神社の巫女によって考案・導入されたこのルールによって、『人喰い』『妖怪退治』といった殺伐としたものを、スポーツ感覚で気軽に行えるようになったのだ。

 力の弱い人間でも妖怪に勝負を挑む事ができ、妖怪も気軽に人間を襲える事ができる。

 『弾幕ごっこ』の通称で呼ばれ親しまれているこのルールの中に、『勝者は決闘前に決めた報酬以外は受け取らない。相手が提示した報酬が気に入らなければ決闘は断れる』というものがある。

 具体例を挙げて置き換えると、敗者(人間)が提示した報酬が『自分を喰らってもいい』というものでなければ、勝者(妖怪)はそれを受け取れない、つまり敗者(人間)を喰らうわけにはいかないのである。

 そしてこの具体例は、明言こそされていないが半ば幻想郷全ての妖怪の暗黙の掟として定着している。要するに、殆どの妖怪はこのルールの元、人間を喰らう事は出来なくなったのである(自然に、幻想郷外から迷い込み、幻想郷の一員として認められる前の外来人は喰らってもいいという暗黙の掟も同時に生まれた)。

 ところが、どんな世界にもルールを守れない輩は存在する。

 単純な反抗心から、意地とプライドによるものまで、その理由は様々であるが。

 とりあえず、幻想郷でのそれは、恐らく単に頭が弱いだけである。

 その頭の弱い妖怪が、すなわち今ここで勉学に励んでいる(ように見えないこともない)ルーミアである。

 慧音の言った通り、彼女はルーミアはじめ、頭の弱い妖怪達にも、里の子供達に対するのと同じ態度で勉強を教えている。いまいちルールを把握できていない彼女らは、時折禁を破って人間を喰らおうとするので、それを見かねた慧音が積極的にスペルカードルールと同時に基礎的な教育を施しているのだった。


「そして『九九』だってちゃんと覚えたじゃないか。教えた通りやればできる。お前ならできるんだ」


 はたして慧音は、物覚えの悪いルーミアに何百度目かの説法を説く。何度言っても分からない者を彼女は絶対に見捨てたり切り捨てたりしない。慧音が『先生』として多くの者に慕われている理由である。


「いいか、6かける5はいくつだ?」


 やはり今回も、常と同じルーミアに分かりやすいように解法への補助をしてやる。

 ルーミアが今苦戦している問題は、『16×55』という問い。何も考えずいきなり解を求めようとして手詰まり状態の彼女に、慧音は二桁同士の乗算を正確に簡単に解く技術、筆算を使って教える。


「6かける5は、ろくご……30なのかー?」

「そうッ!やっぱりできるじゃないか!もう半分出来たも同然だ!」

「そーなのかー!ろくご30なのかー!」


 このように、単純な計算に分解してやれば、暗算の苦手なルーミアでも簡単に解放への一歩を踏み出すことができる。慧音は見事にルーミアの弱点『解法へ至るまでに諦める癖』を看破し、順序良くやればどんな問題でも解く事ができるということを示したのだ。

 そんな『先生』の手腕に悠人は、


(流石は『先生』と呼ばれているだけはある、か……)


 と、わかっているのかいないのか、もっともらしい感想を心中で漏らす。

 それとは対極的に魔理沙は、


「毎度毎度同じ事教えて、よく飽きないねぇ」


 と、小馬鹿にしたような感想を、こちらは声に出して漏らす。

 そんな魔理沙に慧音は、


「子供は好きだからな。こんな事は苦でもない。覚えるまで何度でも教えるさ」


 と、フフンと鼻で笑うかの様なしたり顔で返す。

 魔理沙は「ああ、そうかい」と言いながら、すっくと立ち上がった。


「それじゃ、わたしゃそろそろ帰るぜ。慧音、こいつをよろしくな」


 『こいつ』と呼ばれた悠人は、親に置いてけぼりにされた子供の様に情けない顔をして、立ち去ろうとする魔理沙を引き止める。


「おい、俺はどうすればいいんだ?」


 態度はすこぶる尊大だったが。

 一方引き止められた魔理沙は、


「言っただろ、里までは連れてってやる、後の事は自分でどうにかしろって」

「確かに、そうだが……」


 どうにかなるはずだった人間の里での仮の暮らしが(自身の失態によるものだが)潰えてしまい、今夜の食事さえ心配な悠人である。

 ましてやここは彼にとって全く未知の土地。こんなところに放り出されても、サバイバル経験はおろか旅行に行った事さえ数度と無い悠人が不安にならないわけがない。

 しかし魔理沙に慈悲は無かった。命の危機を救い、今後の方針を冷静に定められる安全地帯・人間の里にまで連れてきてやって、報酬はひとつも受け取っていないのだ。常の彼女を知る者なら、むしろここまでして貰えた事に感謝するべきだと言い出すであろう。


「じゃあな、外来人。幻想郷が嫌なら、さっさと外の世界にでも帰るんだな」


 だが、常の魔理沙を知らない、出逢って間もないこの魔理沙に、悠人がそのような感情を抱けるはずもない。身の安全が確立された(最近は割と物騒になってきているが)外の世界で生活してきた彼に、幻想郷はいささか厳しい場所であった。


(なんて冷血な女だ……)


 こんな風に、心の中で(口に出して言うとまた蹴られる為)悪態を吐く位しかやれることがない。命の恩人ではあるが冷酷な魔理沙への怒りと同時に、無力な自分への苛立ちも手伝って、しかし出来ることは何もない。それがまた、更なる無力感を煽り、延々と負の無限ループを繰り返――


「できたのかー♪」


 ――しそうになった時、耳に入ってきたのは、聴く者の緊張感を自然と和らげるのんびりとした幼い少女の声。その声に、悠人はハッと我に返る。


「どれどれ」


 慧音が、自信満々の笑みと一緒に自分の答案を示すルーミアに、やはりこちらも聴く者に安心感を齎す母性に満ちた声で返す。

 そんな二人に悠人は密かに感謝した。無意識の内に自分を見失いそうになっていた事に、自身本能的な部分で不分明な、しかし嫌な予感を覚えていた。それが何なのか、よくは分からないが、良い事でない気がするのは明らかだった。


(こうしていても仕方がない、か……)


 成り行きから説教を受ける為にここに来た訳だが、なんとなく、この『先生』には誠意を示せば分かってくれると思った。怒らせてしまった事を申し訳なく思い、また、厚かましい頼みだと分かってはいるが、この先生なら、今後の自分の行動へのアドバイスくらいは示してくれるのではないか。

 何らかの条件、例えば仕事の雑用を押し付けられても、甘んじて受けようと思った。その程度の代償で済むのならお安い御用である。

 ルーミアとの授業が終わったら、それとなく話してみようと思った、


「何だこれは……?」


 まさにその時、慧音の身を包む気配が変わった。

 声色から、先の安心感を齎す雰囲気が消え去り、代わりに別の感情がこもる。

 それは、紛れもない、怒り。先程悠人の抱いた暗い類のものではない。自分が怒っている事を、表にはっきり出さず、内心に抱いている事を暗に示している。声音の雰囲気で言えば『ドスの利いた』と表現すれば分かりやすいか。


「えへへ♪当たってるのかー?」


 そんな慧音には全く気付かず、ルーミアは自分の解答を示す。

 『16×55=28』と書かれたノートを。

 そして、


 ザグゥッ


「あぎゃアアアーーーッ!」


 三人しかいない教室に、少女の絶叫が響いた。

 慧音が、自分の頭に載っている、よく分からない形をした帽子を神速の手際で掴み、振り上げた勢いを殺さずそのまま振り下ろした。ルーミアの頭上に。

 打撃音というより刺突音と表現した方が正しい気がする音と共に、ルーミアも間の抜けた悲鳴を上げた。


「お、おい……!?」


 そして悠人は慧音を制止しようとして、しかし行動に移れなかった。

 慧音の顔が、先程自分達を叱った時の様な、阿修羅をも凌駕する凄みの利いた憤怒の形相に変わり果てていたからだ。下手に手を出せば、巻き込まれるのは必須。


「この妖怪が、私をナメているのかッ!何回教えれば、理解できるんだコラァ!ろくご30ってやっておきながら、なんで30より減るんだ、この……ド低能がァーーッ!」


 まるで別人だった。

 悠人は、この『怖い先生』に対する認識を短時間で二度、改めることになった。




どう見てもgdgdです本当に申し訳ありませんでした(

次回、ルーミアとのデートとちょっとした戦闘。

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