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第十六話『紅魔館混沌異変、決着』

誰も彼もが激闘を極めたあの異変から一ヶ月、

当時、人事不省の重体(本人談)に陥っていたレミリアは―――

ってな感じから始まります、第十六話。お待たせしました!

ちょっと時系列がズレてるように見受けられますが、

読み進んでいくとちゃんと時間が戻りますのでご安心ください。






 紅魔館正面玄関直上にある三階のテラスに、一人の少女の姿が在る。


 15メートル四方の広さを誇る大テラスの中央、やや手摺寄りの場所に据えられた、テーブルとチェア一式、それらを軽く覆い隠せるほどの大きなパラソルの下。いずれも瀟洒な意匠が施された一級品と分かるそれら、椅子に腰掛けて優雅に寛いでいるのは、薄い桜色の生地で繕われたフリル満載の豪奢なドレスを纏う、小柄な少女。薄紫色のウェーブがかったショートヘアーと、大きく開いた背中から生える二対の翼が特徴的な、この館の主、レミリア・スカーレットである。


 レミリアは姿勢良く椅子に深く腰掛けて、目の前に広がる大庭園と、その先に広がる、今は晴れている霧の湖、さらにその先に鎮座する緑の山々を見るでもなく見渡して、特に感慨深いわけでもないのに微笑みを漏らしていた。梅雨入りしてからここ最近は雨ばかり降っていた故、久方ぶりの快晴に気分も弾んでいるのだ。吸血鬼が元気な太陽を見て喜ぶというのも、また珍妙な光景だが。


「お嬢様、お茶が入りました」


 そんなレミリアの背後から、穏やかで気品に満ちた少女の声がかけられた。


 ティーセット一式の載っている瀟洒な細工の施された方形のシルバートレイを両手で持った、メイド服を身に纏った瀟洒な従者、十六夜咲夜である。その装いは一ヶ月前の長袖から涼しげな半袖に衣替えされている。白いブラウスに青いベスト、裾に白いフリルで飾った青いスカート、その上から白いエプロンを腰の位置に長い帯でリボン結びをすれば、いつもの涼しげな青いメイドが夏服仕様に早変わりである。


「ふふ、ありがとう」


 瀟洒な微笑みと共に差し出してくる紅茶を受け取りながら礼を言うレミリア。流石にこの時期は湿気が多く春先ほどの爽やかさは感じられないが、それでも夏の色香を感じさせ始める大庭園を、青空が覆う色彩鮮やかな風景を眺めるのは格別の趣がある。昼間は暗い所で過ごして夜になってコソコソ活動を始める吸血鬼のイメージを払拭させる行為を体現している事に、小気味良い快感を覚える紅い吸血鬼だった。


「お嬢様も、そろそろ夏服のご用意をしておきましょうか?」


「そうねぇ、そろそろこの心地良い湿気が蒸し暑い不快感に変わる前に―――ん?」


 自分が咲夜の服装を気に掛けていた事がバレたのか、瀟洒な従者は主人の心中を的確に察知してそれとなく切り出した。まったく、優秀過ぎるほどに優秀だ、と思いつつ紅茶を口に含んだレミリアは、ふと違和感に気付く。


 紅茶ってこんな味だったかしら………? というか………。


「これ、紅茶じゃないわね………?」


「あ、お気付きになられました?」


 むしろ気付くのを待っていたかのような口振りで咲夜が嬉しそうに種明かしをする。


「庭が梅雨を感じられるようになったので、お茶にも趣向を凝らしてみました」


「………どんな?」


 いつかの春先にも似たような事をしていたわね、と思いつつ、どうせまたロクでもないものを紅茶に混ぜたのでしょうね、と観念して、どうせなら雑談の話題(ネタ)作りにでもしようという気持ちで軽く詳細を訊いてみる。


「庭で採れた紫陽花(アジサイ)を煎じて混ぜてみましたの」


「………………」


 いつものことだけど、滅多なものを混ぜるわねぇ、と。想像以上にヤバイ代物だったので流石のレミリアといえど、このボケに対する的確なツッコミを入れ損ねた。


 レミリアも日本(幻想郷)に来て結構な年月が経つ。気紛れに立ち寄ったパチュリーの図書館で、これまた気紛れで読み漁った日本の知識もそれなりの量、蓄えられている。日本に生息する動植物の知識も然り。


 紅魔館に咲いている紫陽花は、日本原産であるガクアジサイを品種改良したセイヨウアジサイであり、この二つの違いは、花弁の様に見える(がく)(装飾花と言う)を大量に、というか殆どがそれで占められているものを後者。申し訳程度に、それ故に風情がある咲き方をしているのを前者で区別している。西洋生まれで豪快な性格であるレミリアが後者を好むのは分かり切っていたので、咲夜も頑張って『原産種(ガクアジサイ)を品種改良した幻想郷のセイヨウアジサイ』を育て上げた経緯があるのは余談。


 ちなみにあまり知られてはいないが紫陽花は蕾、葉、根に、めまい、嘔吐、痙攣、昏睡、呼吸麻痺を引き起こし場合によっては人や動物を死に至らしめる程の毒性を有している植物である。もちろん吸血鬼であるレミリアにはその程度の毒などスパイス程度の威力しか持たないが、咲夜は果たして味見をしたのかしら?


「それにしても、もうそんな時期になるのねぇ………。一ヶ月前のアレが、まるで昨日の事のように思い出せるのは、アレがそれほど鮮烈な出来事だったからなのか」


「そうですね………。一ヶ月前は、まだ夏服の心配をする必要はありませんでしたものねぇ」


 二人して遠い目をして過ぎ去った過去に想いを馳せる。


 一ヶ月前に起こった、ひと月の時を経て尚、鮮明に記憶に刻まれた出来事を。






 遡る事、一ヶ月前―――


 所は紅魔館正面玄関前大庭園。時は草木も眠る丑三つ時(午前二時)


 スペルカードによる補助魔力を全て使い切る形で、破壊の能力(チカラ)を全力で解き放とうと魔力を振り絞ったフランドールは、しかしそこに能力行使の手応えはあるのに破壊の手応えが一切返ってこない違和感に、今度こそ、決定的な、危機感と敗北感を心身に抱き、狂化の上に狂乱を始めるという一見すれば今度こそ対処のしようが無い最悪な状況に陥った。


 一見すれば、というのは、その場に居る全員が、『対処のしようが無い最悪な状況ではない』と思っていたからである。最悪な状況はむしろさっきの大破壊の力の行使で、それは絶望から一転して空振りに終わった。既に最悪()に達していたのなら、あとは最善()に向けて突き進む(這い上がる)のみである。


「とはいえ、相手は吸血鬼! スペルカード(弾幕攻撃)無しだと逆に肉弾戦を強いられて不利だなぁ!!」


「―――っ!!」


 フランドールが右手にいつもの杖―――悪魔の尻尾をモチーフにしたかのような歪な曲線を描く黒い棒―――を構えて、接近戦に持ち込もうとする、その動きを先読みした魔理沙が、あからさまに苦戦濃厚をアピールする演技を大声で発しながら、その吸血鬼(フラン)に真上からの彗星突撃(肉弾戦)を強行する。


 出鼻を挫かれたフランドールは驚愕に目を見開きながらも冷静に回避―――


「―――星符『スターダストブレイク』!!!」


「………っ!?」


 ―――出来なかった。


 魔理沙が宣言した新たなスペルカード―――未だフランドールの周囲に大量に停滞していた無数の星弾に紛れる形でばら撒かれていた、色とりどりの金平糖の様な形をした欠片が詰まったガラス瓶。それらに対して予め自分の両手の五指と接続していた(片手は箒の保持に、片手はスペル宣言でそれぞれ埋まっていたが、要は繋がっていればいい)魔力に拠って編まれた糸に、念話魔法の応用で起爆させる為の魔力を注ぎ込む。


 瞬間、フランドールの全周囲で十の大爆発が発生、爆風と爆圧で吸血鬼の少女をその場に縫い留める星屑爆弾の檻と化す。まるでフランが美鈴に対して使用した籠目格子状の監獄スターオブカゴメラティスを再現したかのような、その場のノリで技を思い付く魔理沙らしい機転の利かせ方だった。


 強大な妖怪たる吸血鬼であるフランドールには、その爆発自体は何の脅威にも成り得ない。せいぜい掠り傷止まりで決定打としては些か以上に力不足である。


 しかし、それでいい。それが魔理沙の狙いなのだから。


 『回避させない』ということは、即ち相手は迎撃するか防御するかの二択を迫られることになる。そして、今から魔理沙が放つ、彼女が持ち得る中での最大級の決定打を、『確実に当てる(回避させない)』為の布石としての役割を果たす事ができればそれでいいのだ。


「―――彗星ッ!!」


 恐らくこれが今の自分に絞り出せる最後の魔力だろうと思いながら、取り出したスペルカードに残された全魔力を注ぎ込んで、箒の房にザクッと突き刺す。


 そして魔理沙は吼える。自分の中で最高の瞬間最大攻撃力を持つ、自分自身が彗星と化して目標を殲滅させる、スペルカードの真名(全力)解放(宣言)する。其は―――


「―――ブレイジングッ―――スタァァァァァアアアッ!!!!!」


 『輝き翔ける極光の彗星(ブレイジングスター)』が、逃げ場を失ったフランドールと正面から激突した。


 大気が悲鳴を上げる衝突音が響く。


 魔杖を両手で真上に掲げる形で真っ向、迎え撃つフランドール。人間で言うところの十歳にも満たない小柄な体躯からは想像しがたいほどの膂力で以って、魔理沙の全力の突撃(彗星)を受け止めるが、然しものフランドールといえども空中で直上からの大威力攻撃を受けて踏み止まるのは不可能だった。


 フランドールの背に生える歪な形をした翼に在る宝石型の羽根から紅黒い炎をジェット噴射の様に吹かして抵抗するが、魔理沙の彗星はそんな反発力など有って無いようなものだと言わんばかりの勢いで、フランドールを地面に向けて抑え込むかのように驀進する。


 地表に衝突するまで残り5メートル―――


「うおおおおおおおおおおっっ!!!」


「はああああああああああっっ!!!」


 両者、裂帛の咆哮が夜気に轟き、大気を震撼させ、建物を打ち震わせる。


 猛攻を続ける魔理沙に、フランドールは機転を利かせた逆撃に出る。


 今や目の前に迫る地面に向けて、足裏を大地に打ち付けるかのような動作に魔力を込める。それは美鈴が行った空中震脚の全き応用。足元に集束した魔力の塊を、同じく魔力を放出しながら踏み込むことで、地面を踏み込んだ時の様な反発力を得るのだ。


 その力の向く先は、当然、頭上から自分を抑え込む魔理沙(彗星)―――


 正面からぶつかり合う全く同等の力が拮抗の臨界点を超え、両者はそれぞれ進路を90度転換させた方向に弾け飛ぶ。正面玄関前方向に魔理沙が、大庭園正門方向にフランドールが。それぞれ盛大な勢いですっ飛んで行く。


 フランドールはすぐに立ち直り、空中で急制動をかけて停止する事が出来たが、既に全力を解放した魔理沙には自力での停止など望むべくもない。半ば意識が朦朧とする彼女が、紅魔館の正面玄関大扉を体当たりで叩く、その直前―――


「くっ、おぉっ!!―――ぐえっ!?」


 扉の目の前で待機していた國崎悠人が、飛んでくる魔理沙を受け止めた。そして、勢いまでは完全に受け止めきれずに、背後にある扉に背中を強打、息が詰まって失神寸前の衝撃を受ける事になった。


「ごっ、は……ごほっ、ごふっ……!!」


 外の世界からやってきた普通の人間、魔力放出による身体防護補助も儘ならない身で、この戦場で戦う歴戦の猛者達と同等の立ち回りなど出来るわけが無いと、一応の予防線は張ってあったのだが、なかなかどうして、黙ってみている事は出来なかった。自分に出来る事があるなら、それをやる。出来るか出来ないかは、その後に考える。ここ(幻想郷)に来てから悠人が胸に抱き始めた、それが彼の行動方針(流儀)だった。


 身体に受けた極度の衝撃で呼吸困難に咽る肺や喉の激痛に涙目になりながらも、自分にそう思わせる原因を作った少女を胸に抱きながら、その小さな口から生きている証たる呼吸の確かな吐息を確認して、彼は黙って痛みを訴える意識を手放し眠りに落ちた。


 ところで、正面玄関前には、戦闘員数に含める事ができる猛者が二人いた。一人は既に全力を放出して爆睡状態だったが、もう一人はいつでも戦線に参加出来るよう万全な体勢を整えていた。自力で受け身も取れない、気を失う寸前の魔理沙を受け止めるなら、彼の方が適任だったのだが。


 その彼―――神楽疾風は、ふっ飛ばされる魔理沙と入れ替わる形で神速、フランの許まで一翔けに飛んでいった。空戦の機動力なら圧倒的に魔理沙が長けているが、地上戦の機動力で彼の右に出る者は(人間の中では)他に居ない。故に、フランドールを引き付ける囮役を、無言無意識の了解で魔理沙から委譲された。女の子ばかりに良い格好されちゃ、男が廃るってもんだ!


「………っ!?」


 低空を猛スピードで離れていく魔理沙の脇を通り抜けて、地上を猛スピードで駆けてくる疾風の姿を見咎めたフランドールは、封じ込めた彼女本来の意識が更に活発になったのを感じる。向かってくる彼を迎撃する形で魔杖を振えば、簡単に撃破出来た筈なのだが、出来なかった。身体が、思い通りに動かない。一瞬でも出遅れると、その隙を突かれて先制を許す羽目になる。そんな先制攻撃を突いて獲物を仕留める技巧に長けているのが、神楽疾風という少年だった。


「よう、フラン! バトンタッチだ!」


「っ!!」


 などと思っている間に、疾風は既に50メートル以上の距離を一息の間で詰めてフランの至近、を通り越してすぐ背後まで迫っていた。彼が左手に持つ蒼い刃の双剣の片割れ、嵐迅刀(らんじんとう)蒼雷(あおいかずち)』が内包する風と雷の力を解放し、疾風の身体を風が巻く様に包み込み、竜巻の弾丸となってフランの許まですっ飛んできた寸法である。


 自分の前方に在る大気を切り裂いて走るというのは、真空となった空間を走る事とほぼ同義である。外の世界で言うスリップストリームと呼ばれる現象は、高速走行する物体が前方の空気抵抗力を押し退けながら走行しており、その物体の真後ろには押し退けられた分の空気抵抗が低下した状態で、尚且つ空気の渦が発生し周りの空気や物体などを吸引する効果を生んでいる事を指す。


 疾風がこの極短時間でフランドールの許まで急接近出来たのは、それを魔術的な手法を用いて再現した戦闘技術(加速移動)の賜物である。『疾風』の名は伊達ではないという事を、誰に頼まれるでもなく証明した彼は、恐らくそれを最も頼んでおらず、内心では最も頼んでいたであろう相手の眼前で、右手で逆手に持つ紅い刃の双剣の片割れのもう一つ、燎炎刀(りょうえんとう)紅焔(べにほむら)』を、目の前で外面では抵抗し、内面では助けを求める少女に向けて、遠慮、容赦、手加減それら一切を抜いた全力の一撃を叩き込む。この一撃は必ず―――


 ギャリィッ、と―――


「………くっ!!」


 耳障りな金属音を響かせて、フランドールが手に持つ魔杖でしっかりと受け止められると分かっている。フランを傷付ける事はない。そうだと分かっていれば、疾風にもフランを攻撃する事が出来るのだ。元より強大な吸血鬼の少女である。多少のダメージ―――それも腕の一本が斬り飛ばされる程度のものすら掠り傷レベルと一笑に付されるのだ。自分は本当に一体何を恐れていたのだろう。


「―――朱符!!」


 こんな程度の事は、いつもフランとの遊び(弾幕ごっこ)でやっていた事だったはずだ!


「―――『朱雀衝撃波(すざくしょうげきは)』!!!」


 スペルカードの発動(宣言)と共に、疾風の右手に紅い刃を光らせる『紅焔』の輝度が限界まで達した、その時―――


 刀身から莫大な量の炎が溢れ出し、火の鳥(朱雀)を象ってフランドールを飲み込んだ。


「う、あ………っ!?」


 通常の用途だったら、朱雀の化身と化した炎が猛禽の如く狙いを定めた相手に襲撃を仕掛ける誘導弾として用いるものなのだが、零距離であっても朱雀の羽撃きが猛火の熱風となって対象(フラン)をその場に縫い付ける事も出来る。一つのスペルカード(大技)に複数の効果を持たせる技巧に長けているのも、疾風が凄腕の妖怪退治屋と呼ばれる(自称だが)由縁である。


「まだだッ!!」


 疾風は追撃の手を緩めない。右手(『紅焔』)で朱雀の制御を続けてフランドールを拘束しながら、左手に『蒼雷』の柄を握ったまま器用にもう一枚のスペルカードを構える。蒼い刃の嵐迅刀に紫電が渦を巻き膨張する雷の魔力が刀身の輝度を真っ白に染め上げる。


「―――蒼符!!」


 ―――瞬間、手にした符(スペルカード)が紫電に焼かれて弾けて、刀身から目を焼くほどの光量を放つ雷撃が迸り出る。


「―――『蒼竜醒雷斬そうりゅうせいらいざん』!!!」


 自身の背後に振り被った左手で逆手に握る『蒼雷』、その力を全力で解放し前方を真横に斬り払う。刀身に絡み付いていた紫電が、蒼い稲妻で出来た龍の如く膨大な雷撃としてフランドールを襲う。遠目から見るとそれは、真横に迸る落雷そのものだった。


 勿論、本物の落雷(電圧は数百万から数億ボルト、電流は数千から数十万アンペアにまで達する)のような大電圧、大電流をそのまま再現した訳ではない。スペルカードルール(弾幕ごっこの遊び)用に威力は抑えてある。それでも、普通の人間相手に使えば即死は免れない威力なのは確かだ。強大な肉体を持つ吸血鬼ですら、その余りの威力に身体が感電して身動きを封じられる程なのだから。


「う………あ………っ!」


「頑張れ、フラン!! すぐに助けるからなっ!!」


 目の前で苦しむフランドールに向かって真摯にそう告げる疾風は、しかし言葉とは裏腹に更なる追撃の動作に入っていた。両手に持つ紅と蒼の双剣を目の前で十字に交叉、双方の鎬(平の部分)を密着させて、熱と炎の力、風と雷の力を同時に引き出し、異なる複数種の属性元素を掛け合わせて新たなる効果を生み出す合成術―――


「―――空符!!」


 三連続となるスペルカードの発動宣言に、流石の疾風も声に辛さが滲んできた。だが、当然彼はその程度の疲労など意に介さない。自分よりもっと苦しんでいる少女が、いま目の前で助けを求めている。ならば、この身の限界を超えてでも、彼女を助ける―――!


「―――『空破絶衝撃(くうはぜっしょうげき)』!!!」


 喉から絞り出すような大音声を張り上げて、身体が引き裂かれる様な勢いで魔力を絞り出して、疾風は構えていた双剣を同時に左右に斬り払う。シャリンッ、と金属同士の軽快な擦過音が響いたと同時に―――ッズドン、と大気を震わせる極大の衝撃波が彼の前方に解き放たれた。


『紅焔』から生じた熱と炎を『蒼雷』が集めた風と雷によって一瞬一気に解放することで増幅し、大気が拉げる爆圧を伴った衝撃波を発生させたのだ。まるで数分前に彼が地下の図書館で悠人に喰らわされた『エクスプロージョン』の様な、全力で魔力を注ぎ込んだ為にそれ以上の威力を持つに至った大爆発として。


 ちなみに、今繰り出したこの技も本来の用途と異なる。分厚い装甲を持つ魔物相手に、双剣の斬撃と同時にこの爆発を起こすことにより衝撃波で装甲内部にダメージを貫通させるのが主な使用法である。流石の吸血鬼でも、こんな技の直撃を喰らえば粉微塵である。


 もちろん、彼はフランドールを殺す為に攻撃した訳では、当然ない。フランドールを助ける為に攻撃したのだ。正確には、攻撃で生じた衝撃波―――それによってフランドールの身体を大きく吹き飛ばす事が、今の彼に出来る、フランを助ける為の最良の手段。


 フランドールの小さな身体が紅魔館大庭園の中央、今は破壊されて跡形も無くなった噴水が在った場所に陣取り魔力錬成に集中しているパチュリー・ノーレッジの許まで、物凄い勢いで―――それこそ先の吹き飛ばされる魔理沙の如く、飛来する。


 その時だった―――


《錬成、完了―――!!》


 現在意識のある者全員(咲夜と疾風)の頭に直截響いたのは、待ちに待った最後の切り札準備完了の合図(念話)


「了解しました―――!」


 その声なき声に、口に出して即応したのは、紅魔館のタイムキーパー・十六夜咲夜。


「時符―――『プライベート・スクウェア』!!」


 懐から瀟洒な動作で取り出したカードをピシッと払って、スペルを発動させた彼女は世界の流れを遅延させる。スローモーションになった世界の中、超高速で飛来してきた妹様(フラン)の身体も当然、その世界の流れに囚われて速度を緩める。咲夜はすぐさま、パチュリーに向けて弾丸の如き速度で―――咲夜にとってはスローに見える―――飛んでくるフランドールを、その身体を抱きしめる様に受け止めた。


 瞬間、咲夜の身体に凄まじい圧力が加わる。外界の動きがスローモーションに見えるのは、あくまで咲夜の能力で世界に流れる時間を遅らせているだけに過ぎない。その中で活動している運動エネルギーはそのまま、遅延世界でも適用される。


「くっ………見た目に拠らず、なんていう………っ!!」


 身体の向きが45度に傾くほどに踏ん張っても、フランドールの突進力は衰えない。ハイヒールパンプスの踵が折れて、靴底が半分以上地面にめり込む。そのまま、石畳で舗装された庭園に巨獣が爪で引き裂いたような痕を残しながら、スローモーションの世界の中、咲夜は魔力放出で保護した肉体に掛かる激痛に耐えながら、パチュリー到達までに少しでもフランの突進力を落とそうと全力を振り絞る。


 脚の骨が折れる、どころか下半身が磨り下ろされる程の衝撃に苦悶の表情を濃くするも、今の咲夜に後退の二文字は無い。美鈴や魔理沙にばかり良い格好をされては、紅魔館メイド長の名折れである。故に、意地でもパチュリーが握る切り札を成功という形で叩き込む為に、彼女は身体の限界を超えてでも、その成功への懸け橋となるべく身体を張っているのだ。


スペル効果(時間遅延)、終了まで1秒………パチュリー様、お任せします―――!)


 そして、咲夜は遂にフランドールの推進力、その半分以上を削ぐ最低限のノルマを果たす。背後に控えるパチュリーまでの距離は目測で10メートル。さしものパチュリー(運動不足魔法使い)といえど、ここまで妹様の勢いを殺しておけば迎撃するのに難を労することはないだろう。万が一に備え、パチュリーの前方5メートル地点まで退避して、咲夜は事の成否を見守る為に身構える。


 果たして―――


「遊びは終わりよ―――そろそろ大人しく―――!!」


 紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジが貴重な10分を費やして錬成した純魔力。先の美鈴の闘気放出に匹敵する威力を持つ魔力の塊を、飛来してくるフランドールの胸に、美鈴の動作を模倣した型で掬い上げるような掌底を、叩き付け―――


「―――あ」


 ―――ようとして、粉砕されて地面に散乱している元・噴水の瓦礫に足を引っ掛けて、体勢を崩した。


「ちょ………っ!!」


「おい………っ!?」


 咲夜と疾風が同時に素っ頓狂な悲鳴を上げて、その在り得なさ過ぎる展開に、驚愕と困惑とその他諸々の混乱に思考を停止させて、最後の切り札が失敗という結果に終わるその瞬間を幻視して―――


「―――あだっ!?」


「―――あぐっ!?」


 実際に二人が目にした光景は、バランスを崩したパチュリーと、そこに丁度良いタイミングですっ飛んできたフランドールが、互いの脳天を激突させる姿だった。


 最後の締めでドジを踏んだ動かない大図書館が、激痛の衝撃で時間を掛けて錬成した魔力をうっかり放出してしまったが、ある意味ではそれがジャストタイミングだったのか、フランドールの全身に瞬間で浸透した純魔力が内側から炸裂し、混沌の炎に侵食された身体から赤黒い炎が吹き散らされるように放出された。


 偶然か、必然か、それは美鈴の闘気放出と同等の効果を持ち得るレベルで再現されて、当初の目的―――即ち『私自ら作戦』の遂行達成を証明していた。


 彼女達に出来る事は、これですべてやり尽した。後は、フランドール次第である。


 フランが自分の身体を取り戻そうと、混沌の炎による再侵食に抵抗できるだけの意思力を取り戻していれば、結果は自ずと出る。


「あ………―――」


 赤黒い炎から成る火の粉に囲まれた形のフランドール。その小さな口から、吐息の掠れるようなか細い声が漏れる。極度の労苦に疲れ果てながらも、その真紅の瞳には確かに彼女の意思が戻っていた。


「―――………」


 膝から地面に倒れ伏した少女が、意識を失う直前までに呟いていた言葉は、彼女以外の者達の耳に届く事はなかったが、彼女以外の者達の心には、しっかりと届いていた。


 そして、フランドールの周囲に停滞し再侵食の気を窺っていたかのような赤黒い混沌の炎は、風に吹き散らされる煙の如く音も無く掻き消され、


 紅魔館の大庭園に、いつもの夜の静けさが戻っていた。






「いやぁ、あの時は流石の私でもほんの一瞬、死神の世話になるかもしれないと冷や汗を禁じ得なかったよ」


「命に別状の無い怪我で良かったですわ」


 誰も彼もが満身創痍の身体を引き摺る結果となったあの騒動も、今や思い出話として語られている。それだけ、あの時の騒動が印象的で、その後の日常が平穏無事に流れてきた証左である。事件当時は半身を吹き飛ばされたレミリアも、今では何事も無かったかのように笑っているが、彼女が口にしている通り、一歩間違えば彼女の身体と命は今ここに無かった(レミリア自身は直截戦闘には参加していなかったのだが)。


 あの後、十分な睡眠を(戦闘中に)取って疲労を完全回復させた美鈴が真っ先に現場復帰を果たし、極度の疲労でロクに動けず床に臥すことを余儀なくされた咲夜の指示の下、損壊した紅魔館の修復工事は滞りなく進行した。咲夜の指示が的確だったのか、美鈴に土木作業の才能があったのか、ともかくも紅魔館は二週間足らずの短期間のうちに、激戦の傷跡を名残一つ残すことなく元の姿を取り戻した。


 目立つ怪我人はレミリアと、フランドールと交戦した面子が極度の疲労で数日寝込む程度で、妖精メイド達も含めて軽傷者が数名、死者はゼロ。大庭園が絨毯爆撃を受けた跡地の様な凄惨な有様になったという物的被害だけで事件が終息したのは不幸中の幸いだったといえよう。


 この騒動の原因となったフランドールは、実に一週間も寝込み目を覚まさなかった。その時は未だ半身が再生中で動くことも儘ならないレミリアが、床を這ってでもフランの見舞いに行こうと心配(過心配症)する程に。経過を観察していたパチュリーに「最悪の事態を覚悟しておく様に」と冗談を言われた時は白目を剥いて倒れたレミリアだったが、その心配は杞憂に終わった。


 異変終息から八日目にして何事も無かったかのような様子で目を覚ましたフランドールは、異変前の様子と何ら変わる事の無い『いつものフランドール』だった。『いつもの』ように、大好きな姉の反応をからかって遊び喜ぶ妹の姿がそこにあった。具体的な光景はというと、姉の半身を消し飛ばした張本人である妹が、その姉の不様な姿に腹を抱えて大笑いし、身動き取れない姉が荒れに荒れるという、微笑ましい様子だった。約一名(当の姉)を除いて。


「妹様の方も経過は順調のご様子でなによりですわ」


「順調でいて貰わないと困るわね………。もうあんな騒動は懲り懲りだわ。」


 微笑ましい光景の一言で済ますことが出来ない約一名ことレミリアが、その時の屈辱を思い出して苦い笑顔を浮かべている。言葉と語調は不機嫌一色ではあるが、その表情から彼女にとっては『妹が健在であること』だけで十分なのか。フランから仕掛けられる他愛ない悪戯や罵詈雑言など可愛いものとでも言わんばかりに、レミリアも『妹の方から持ち掛けられる触れ合い』に満足している様子である。


 フランドールが目を覚ましてから約三週間。彼女の身体からあの混沌の炎が再び現出する事は、今のところ気配も兆候も無い。毎日パチュリーによる魔力検査、魔導走査等の診察を受けているが、異常は全く見当たらなかった。


 逆に言えば、原因不明であるが故に再発の危険性も無きにしも非ずと言えたが、だからといって何か打てる手があるわけでもない。せめて毎日欠かさずフランドールと接触し、万が一にも再発した際に迅速に対応できるようにするだけである。


 その準備にも余念は無かった。対処法は既に判明しているのだから、その対処を滞りなく遂行できるようにすればいい。具体的に言うと、紅魔館の各所に常時大気中から微量な魔力素(マナ)を収集し魔力を蓄える魔力炉を設置してあるのだ。美鈴やパチュリーが戦闘不能に陥っても、これで代替できる。「そんな日が二度と来ない事を祈るわ」と、それらを設置する作業の傍らパチュリーが嘯いたのは余談。


 事件後の状況整理の末にパチュリーが命名した今回の事件は『紅魔館混沌異変』と名付けられた。フランドールを狂化させた、紅黒い炎が混沌と渦巻く様に由来している。異変の規模が紅魔館だけに限った事から、頭にその地名を付属している。


 原因は不明。推測だがフランドールが興味本位で『混沌』が封印された魔導書に手を出して端を発したのか、それとも何者かによる何らかの謀略か(パチュリーは後者であると睨んでいる)。当時の状況から得られた情報だけでは結論を導き出すに不十分である。現在もフランドールの経過を観察しているが、至って健康体であるという診断結果からは新たな情報を得る事は出来なかった。


 過ぎた事は過ぎた事として気にしない性格のレミリア、咲夜始め紅魔館住人には、それ以上の深入りをする様子は無かった。だが生憎と、パチュリーは魔法使いという種族の研究者である。これ以上ない興味深い研究対象が目の前にあるのに、それを放置しておくなど出来る筈が無い。それは同じ魔法使い(を志す人間)である魔理沙も同じである。


 普段は仲の悪い彼女らが共同で研究する日がここのところ増大している。『混沌異変』の原因究明。異変解決は本来巫女の仕事なのだが、今回彼女(霊夢)はこの異変に関わっていない。かてて加えて、今まで幻想郷を巻き込む規模で生じた異変はいずれも解決後にその原因も判明している。大抵は異変を起こした者を絞めて吐かせたという乱暴極まるものだが(もちろん絞めたのは霊夢)。


 だが今回の異変では、誰が何の目的でどのような手段で以って起こしたのかが皆目見当も付かない。異変は解決した後に、異変を起こした者がその手段と目的を白状しなければならない。というか白状させられてきた。今までは。


 犯人も原因も不明。この後味の悪さが、彼女たち研究者(魔理沙とパチュリー)には却って魅力的な研究対象に見えたのだろう。今でも図書館に行けば魔理沙の元気な声による考察を、パチュリーの静かな早口による反論の応酬を拝む事ができるだろう。門外漢には彼女らが何語を喋っているのか訳が解らないだろうが(一応日本語だが専門用語が飛び交う言葉の戦場である)。


 ともあれ、ほぼ毎日を足繁く図書館に通うことになった魔理沙は上機嫌、通われることになったパチュリーは不機嫌(主に本が盗難に遭わないか危惧しての危機感から来るもの)と、対象的な二人の共同研究は今も平穏に続いている。


(原因が不明といえば………アレも一体どういう原理だったのか解らないままだったわね………)


 レミリアが危惧する『アレ』、フランドールの狂化異変と時を同じくして―――というよりも連鎖反応的に引き起こされた『もう一つの異変』。誰もが弱小の妖怪だと信じて疑わなかったルーミアが、突如豹変し途方も無い力で狂化したフランを圧倒するという、あの異変の中で最もイレギュラーな存在の出現。


 本来は野良妖怪であるルーミアだが、彼女も今は紅魔館に住まわせている。もちろん、フランドールと同じく毎日検査を受けさせるために。ルーミアが懇意にしている『彼』が面倒を見ると言うと、本人は満面の笑みを浮かべて二つ返事で了承した。パチュリーの命令でルーミアの面倒を見ることになったその『彼』は複雑な表情をしていたが、今となっては慣れたものである。


「………………」


「お嬢様? 如何なさいましたか?」


「ん………、いや、なんでもないわ」


 それまで饒舌に、優雅に雑談に興じていたレミリアが急に考え込むように黙りこくってしまったので、咲夜は少し心配する様に己のご主人様の機嫌を窺う。何か気分を害する様なことでもあったのかと危惧していたが、返ってきた声には不機嫌な様子を示す色は何一つ含まれていなかった。


「そうですか」と返して、咲夜も深くは追求しなかった。レミリアも、詮無い推測で思案に耽っていても何も解決しないと、事の真相は専門家達に任せるとして、今はこの平穏無事に過ぎゆく静かな時間を満喫する。何事も起きない退屈な時間がこれほど素晴らしいものだったとは。


 五百年を生きた幼い吸血鬼が、大人の妖怪としての風格を少しだけ身に付けた、そんな昼下がりの紅魔館。運命を操る彼女が、再び波乱の運命を招き寄せる事になるのは、また少し先の話。






思えば紅魔編開始話から異変始まってたんですねー。

作品内時間でほんの3,4時間程度しか経ってないけど、

リアルタイムで半年以上掛かるとかおぜうさまにも『視え』なかっただろうな!(殴

てことで次話から日常編です。筆が進まないのでまったりお待ちください(切実

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