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第十五話『運命の縛鎖』

最後の切り札(作戦)を携えて、戦場に舞い戻った大図書館。

フランドールの暴走から始まったこの激闘に、遂に幕が下ろされるのか!?

一方その頃、レミリアは遠い過去へ想いを馳せていた………。

と言う感じで、お待たせ致しました、第十五話です!






 私があの子を地下室に隔離幽閉したのには、勿論れっきとした理由がある。


 私には生まれながらにして強大な能力(チカラ)に目覚めていた。


 運命を操る能力―――この世で起きる総ての因果を己が意のままに操ることが出来るという、神にも等しい存在となれる絶大な力。それに加えて吸血鬼の強靭な肉体をも持ち合せる私は、この世で最も優れた選ばれし者なのだと、当時5歳だった精神年齢は自惚れに浸っていた。―――あの子が生まれるまでは。


 運命を自由に操れると言っても、その能力の行使にはもちろん操作する運命の規模によって消費する魔力が多くなる。この世で本来『ありのままの流れ』で起こる筈だった因果を、己の意思で捻じ曲げる行為に対して必要となる魔力が少なくて済む訳が無い。


 生まれてから未だ5年―――人間とは比べものにならないほど永く生きる吸血鬼にとっては、人間にとって生まれ落ちてからまだ1秒にも満たない時間しか経っていない私には、まだまだ運命を操作する程の魔力など持ち合せていなかった。


 しかし、決められた運命―――この世で本来起こる『ありのままの流れ』を数日先程度のレベルで『視る』だけなら、当時の未熟な(といっても、吸血鬼の魔力は幼子でもその辺の普遍的な魑魅魍魎に比べて強大に余る程なのだが)私でも十分可能だった。


 そして、その運命を視た―――その瞬間から、私は『運命』の皮肉な悪戯に失笑するしかなかった。運命を操る程度の能力を持っていながら、結局はその運命に踊らされているのだと気付いたのだ。この世に神が存在するとしたら、私は余程その神とやらに嫌われていたのだろう。


 私の視た運命は、私に一人の妹が出来るという内容のものだった。普通の少女なら、新たな家族を迎え入れ、自分が『姉』になるという未知の感覚に大いに喜ぶ処だろう。だが、皮肉な運命は私を『普通の姉』にしてはくれなかった。その妹は、『普通の妹』ではなかったのだ。


 ありとあらゆるものを破壊する能力―――それが、私の妹が生まれながらにして持ち合せる能力(チカラ)だという。ありとあらゆるもの、である。この世に在る総てを破壊する力である。そのカテゴリの中には、当然『運命』という名のこの世で起きる総ての因果も含まれる。


 当然、私には視えた。視てしまった。私のちっぽけな能力などお構いなしに、総てを破壊して回る可愛い悪魔の姿が。あまりに強大な能力(チカラ)故に簡単に制御を失い、自分の心さえ破壊(こわ)してしまう自分の妹の姿を。気の触れた破壊の権化が世界を滅ぼす未来(運命)を。


 自分の運命を操る力さえ破壊してしまうような危険な妹を、この世に解き放ってはいけない。世界の滅びを危惧した感情ではない。単純に、生まれてもいない妹に対する、純粋な愛情から来る妹への憐憫の情。彼女が己の力の暴走で自分自身を傷付けるような事になってはならない。


 だから私は妹を閉じ込めた。全てを紅で彩られた屋敷の地下室に、生活するのに何ひとつ不自由しない彼女一人だけで完結した世界となる部屋に。私の能力(チカラ)で保護されたその部屋から出なければ、彼女は傷つかない。誰かを傷付けることで自分の心を傷付ける事は無い。


 もし当時の私に、彼女がそんな能力を持って生まれないように運命を操作出来るだけの魔力(チカラ)があったなら、どうしていただろう。当然、彼女の能力が齎す悲劇を未然に防ぐ為に、彼女がそんな能力を持って生まれないように運命を操作しただろう。


 だがその時の私には、一人の吸血鬼の人生を、生涯に通じるレベルで操作する技巧も魔力も持ち合せていなかった。妹の能力(チカラ)が齎す悲劇を見せるだけの能力(チカラ)。何が運命を操る能力だ。何が神にも等しい存在か。何が、この世で最も優れた選ばれし存在か。


 大切な存在()一人守ることすら出来ない無力な能力(チカラ)など、飾り物にも劣る。強大な潜在能力を秘めていたとしても、それを解放し意のままに操れるようにならないとまるで意味が無い。能力に踊らされるだけの愚者に過ぎない。


 その日から、私は魔力(チカラ)を求めて能力(チカラ)を磨く日々に明け暮れた。私の力があの子の力を超える強さを得る為に。いつの日か、私の能力があの子を破滅の運命から救い出す、運命を捻じ曲げる魔力を求めて。


 私は人間の血を吸って魔力の糧とする手法が苦手だった。別に人間の血が嫌いだという訳ではない。私は小食で一度に大量の血を飲めない品の良い吸血鬼だったのだ。相手が貧血になる程度まで血を吸っただけで満腹になり、零れた血が衣服を紅く汚す。これでは効率が悪かった。


 故に、私は同じ量の血でもそれ以上に濃い魔力を有している者達を襲う事にした。他でもない、私と同族たる吸血鬼達である。奇妙な弱点が数ある吸血鬼だが、その中でも取り分け致命的な弱点というのは、同じ吸血鬼に血を吸われることであった。


 他者の血を吸い己の糧とすることが吸血鬼の存在意義。血を吸う者が血を吸われるというのは吸血鬼としてのアイデンティティーの喪失に他ならない。その事に気付いた同族達は、我先にと人間よりも濃い魔力を持つ血を求めて吸血鬼を襲い始めた。後に他の妖怪達に語り継がれる、吸血鬼戦争の幕開けである。


 その時の私は生れてから二百年近くの時を経て、本当に赤子同然だった頃とは比べものにならない実力を有していた。如何に強大な存在たる吸血鬼といえど、運命に抗うほどの力を持つ者は居なかった。当然である。そんな力を持っているのは、私の妹だけで十分だ。


 今から遡ると三百年前の話になるか。遂に私は私たち姉妹を除いて最後の吸血鬼一族を滅ぼして、総ての吸血鬼の頂点に立つ力を手に入れた。手に、入れる筈だった。運命という名の大番狂わせが私の努力と悲痛と愛情を嘲笑うかのように横槍を入れて来なかったならば。


 度重なる戦闘に次ぐ戦闘に疲弊していた私は、あの子の部屋の封印を維持する力を殆ど失っていた。部屋から抜け出した妹は、親に向かって喜んで駆け寄る子供のように、私の許までやってきた。他でもない、窮地にあると見えたのだろう私を助ける為に。


 私は後悔した。彼女の能力(チカラ)の強大さを恐れるあまり閉じ込めておくのではなく、運命を操る力を磨いて彼女の力を抑えつけるのでもなく、能力(チカラ)の使い方を丁寧に教えてやるべきだったのだ。あの子の能力(チカラ)を一番恐れていたのは、他でもない私だった。


 使い方を誤った能力(チカラ)は容易にその威力を明後日の方向に暴発させる。本人が意図していなくても、『それ』は容易に彼女の意思を無視して破壊を撒き散らす。私が対峙していた数百人から成る敵吸血鬼の大部隊が、彼女一人の手によって数分で壊滅した。


 初めて他者へ向けた能力(チカラ)の発動に、彼女は大いに恐怖した。私と同じ人の形をした、私と同じ吸血鬼達を、私以上に容易に鮮烈に鏖殺してのけたのだ。彼女がその衝撃で狂い壊れ始めることは容易に想像できた。『視え』てもいたが、見なかったことにした。運命の嘲笑など聞きたくもない。


 彼女の目の前で突然繰り広げられた大虐殺。何が起こったのか理解できなくても、自分が『それ』を引き起こしたのだという感覚は確かにあったようだ。混乱して泣き始めた妹を、私は優しく抱きしめてから頸に手刀を一撃。眠った妹を抱えて逃げるように屋敷に戻った。


 妹を地下の部屋にあるベッドに寝かせて、それ以降、三百年の時が流れるまで彼女がその部屋から出てくる事はなかった。私の力で部屋に封印を施していたから、さしもの彼女でも破壊は不可能だったのだ。『運命を破壊出来ない運命』を重ね掛けして漸く、彼女を部屋に閉じ籠らせることが出来た。


 それ以降の事は良く覚えていない。人里離れた山奥にひっそりと隠れ住むように毎日を過ごしていた。不要な戦いで消耗し、封印が解けるような過ちは二度と犯さない。食料は稀に迷い込んで来る人間を捕らえて長期保存しながら凌いだ。小食の私には丁度良かった。


 そして、人間の世界から吸血鬼の存在が薄れてきた頃―――


 私たちは屋敷ごと幻想郷にやってきた。






 紅魔館正面玄関前大庭園。


 門番やメイド長が毎日欠かさず手入れしていた花壇や生け垣は、焼かれ焦がされ抉られ切り刻まれ消し飛ばされ挙句の果てには極限の太陽光を浴びて干乾びさせられるという無残な姿に成り果てていた。


「う、うぅ……すみま、せん……すぐに、手入れ、を……うぅぅぅ……」


「………………」


 正面玄関前の階段を下りて、自分のすぐ隣の足元でうなされている門番の寝言は無視して、パチュリーは魔力で編んだ糸を残りの3人に繋ぎ念話の経路(パス)を形成する。蝋燭の火一本分の魔力も惜しいこの状況だが、これから行う作戦を無事に成功させる為にはこの場に在る全員の協力が必要不可欠。意思の疎通が出来なければ始まらない(彼女の場合は身体も弱いので、下手をすれば大声を発した方が余計に消耗しかねない、というのは余談)。なけなしの魔力を払って全員に頭の中に直截響く声を送る。


「大庭園の中央、噴水(がさっきまで在ったはず……)の場所で私が魔力を錬成する。それまでの時間稼ぎと、それが完了した後に丁度良いタイミングで妹様を私の目の前に無防備な状態で誘導して頂戴」


《おいおいおいおい……えらく難解な問題をさも簡単そうに言ってくれるじゃないか》


《時間稼ぎまでならなんとか……誘導までは厳しいかもしれませんね……》


《うわっ、なんだこれ!? 頭の中に声が響いて……っ!?》


「これが私に出来得る最良の打開策なの。他に良案があるなら意見を募るわ」


 呆れの溜息に文句を混ぜる魔理沙と、極度の疲労に難色を示す咲夜に、パチュリーはこれ以上の手段は無いだろうという自信をもって断行の意志を返す。ちなみに念話は初めての経験だったらしい悠人の情けない狼狽は無視した。


《私がパチュリーを箒に乗せて、飛び回って攻撃を避けながら魔力をチャージ、フランに突撃しながら切り札を叩き込むってのはどうだ?》


「純魔力の錬成には普段よりも多大な集中力を必要とするの。貴女の手荒い運転じゃ、とてもじゃないけど集中なんて願えないわ」


《私の『固有時制御』で―――》


「なるべく速く魔力錬成を行ってみるけど、最低でも10分は持ち堪えて。準備が出来たら報せるわ。それまでは集中する為に一度念話を切っておくから。それじゃ」


 魔理沙の提案は確かに良案ではあるが、いかんせんパチュリーは遠距離特化の魔術師タイプの太極だ。運動神経に期待をかけるのは些か以上に無理がある。というか無理である。魔理沙レベルの運動神経や反応速度があれば可能だが、インドア派運動不足魔術師にそんなものは望むべくもない。フランドールに最接近するタイミングを測って極大の魔力放出を行うなど、困難以上に不可能である。やはり日頃から少しくらいは運動しておくべきだった、と思わない辺りパチュリーも根っからのインドア派である。ちなみに咲夜のパチュリーを殺す気満々の提案は気持ち良くスルーした。


 一方的に念話を切って(最後に悠人の雑音が混ざっていたが当然無視して)、すたすたと大庭園中央に据えられていた噴水が在った場所まで歩いてきたパチュリーは、問題の張本人が目を覚ますまでに錬成を完了させたいと思いながら詠唱を始め―――


 当然、そう易々と事を運ばせてくれない現実という名の悪魔の妹が、紅き激烈なる陽光(ロイヤルフレア)で焼き焦がされて気を失っていた身を起こして破壊活動を再開する。


 殆ど人工太陽の体を成していた陽の光は、吸血鬼の身体にかなりのダメージを与えたものの、決定打とは成り得なかった。並みの吸血鬼なら数十人が束になっても退ける威力だった日符は、狂化したフランドールを完全に止めるには至らなかったのだ。


「はぁ……っ、はぁ……っ!」


 それでもかなりの深手を負っているらしく、小さな肩で大きく息を荒げる姿には、これ以上に渡る長時間の戦闘続行は困難であると全身で体現していた。通常の弾幕ごっこだったなら、ここまで疲弊すれば疲れるか飽きるかしてさっさと眠りについてしまうのがフランドールの常なのだが。


 やはりというか、今のフランドールはその身を動かす支配権を己の意思総体に依らぬものに奪われていた。心も身体も悲鳴を上げて泣き叫んでいるのに、彼女を支配する意思はそんな事に気遣うでもなく彼女の身体に鞭を打って酷使する。身体の端、衣服の裾から、紅黒い火の粉がはらはらと舞い落ちて、次第にその量が増してくる。


 向こう(フラン)も決着を付ける気だと、その場に居る全員が直感で悟った。


 フランドールが懐から新たに取り出した一枚のカード―――言うまでもない、新たなスペルカードを、人差し指と中指で挟み摘まむ形で胸の前まで持ち上げた。カードの縁を紅黒い炎が火線と走り、大技の宣言を行う―――


「―――禁弾『デフューズリフレクション』―――戒禁」


「ん………?」


 ―――通常のスペルカードの宣言に、耳慣れない言葉が付与していたのを、耳聡く聞き咎めた魔理沙が怪訝の色をその顔に表す。一体何をしたのか―――その疑問に対する答えに自力で辿り着く前に、答えが示された。


 フランドールが手にしたガードが紅黒い炎に飲まれて燃え尽き、膨大な魔力の塊となって、弾けて、集まる。フランドールの前に突き出した右の掌に。


「………まさか―――?」


 魔理沙の疑問に応える様に、フランドールがかざした掌に集約した魔力の塊を、一息に、ぎゅっと握り込む―――


「―――Grip and(ぎゅっとして) Break down(どっかーん)―――」


 ―――瞬間、ルーミアを抱きかかえていた悠人の周囲が爆風と爆音に蹂躙されて消し飛ばされた。


「うおあぁぁぁっ!!?」


 弾幕を撃ち込まれた訳ではない。突然、その空間が弾け飛んだかのような爆発の起こり方だった。まるで予めその地面に爆弾でも仕込んで、拳を握ることでスイッチを入れて起爆したかのような、全く唐突な爆発の仕方だった。


 その爆発の範囲は半径約10メートル。対艦砲でも撃ち込まれた跡のような、クレーター状に生々しく地面が抉られた様な惨状に、ルーミアを抱きかかえる悠人は、


(もし巻き込まれたら確実に死んでいたな………―――)


 と思い、次いで、


(あれ、ていうか……なんで生きて―――?)


 と思い至り、自分が未だに生きている事に対する疑問に気付いた。確かにあの爆発の起点、爆心地は、自分の目の前、距離にして1メートルの至近に迫っていた。爆発の規模をこうして目の前に示されているのに、爆発に巻き込まれた筈の自分が何故生きているのか、不思議に思う悠人に浴びせられたのは、


「ったく、なぁにボサーっとしてんだよ」


 聞き覚えのある、生意気そうな少年の、力強い呆れの声。


 自分のすぐ背後に、自分の襟首を掴んで屹立している、魔理沙と同じくらいの身長しかない筈の小柄な少年・神楽疾風が、とてつもなく大きな存在に見えるほど、頼もしく仁王立ちしている。狂化したフランドールの変わり果てた姿を見て狼狽していた頃の名残は影も形も無い。


 後頭で結わえた茶髪と、身に纏う赤いロングコートを風にはためかせて、自称妖怪退治屋の少年が戦線に復帰したのだ。


「自称は余計だ!」


「お前………生きてたのか」


「勝手に殺すな!!」


「言ってる場合じゃないでしょう………」


 地の文と悠人のボケに律義に突っ込む疾風に咲夜がすかさず締める。紅魔館の数少ない人間従者勢による流れるような連携コントに、魔理沙は溜息を吐くしかやれることがない。


 とにかく、パチュリーが精神集中に入り戦況分析を行える猛者は自分しか居ない。疾風は幻想郷に来てからまだ日が浅いし、咲夜はしっかりしているように見えて呆けているからアテに出来ない。


 あまりやり慣れない、というか戦闘は一対一が基本である幻想郷ではチーム戦など殆ど行わない故に勝手が解らないが、とにかく自分がこの場の戦闘指揮を執らなければならない(悠人?あいつは戦闘員数に含めないだろ常識的に考えて)。


 とりあえず、集中しているパチュリーに代わって、魔理沙が念話の魔力回線を繋ぐ。魔理沙の魔法はその殆どを魔力を帯びた道具(マジックアイテム)に由来しているものだが、魔法の森に長年住んでいた恩恵により、普通の人間ながら身体にそれなりの量の魔力を帯びる半人半魔法使いのような存在に進化した(魔理沙の弁。本質的にはまだ普通の人間のままなのでこの場合は『変質』という)。故に、念話のような微量な魔力を消費するものなら道具に頼らなくても可能なのだ。暇があれば図書館に通って汎用性の高い魔法を習得しておいてよかったぜ。


「おいお前ら、のんびりしている暇はないだろう」


《それもそうね。さっきのアレは………やっぱりアレよね?》


「ああ、間違いなくアレだな。だが少し妙なんだよな……破壊の範囲が広すぎるだけじゃなくて―――」


《うわぁまた頭の中に声がっ!?》


《な、なんだこれ!? なんだこれ!!?》


「お前らうるせぇ黙ってろ!!」


 本来なら足手纏いは放っておくべきなのだが、こちらの作戦意図がしっかり伝わっていない事には逆に足手纏いになりかねない。嫌々ながらも回線を繋いだが案の定、まだ念話に慣れていないのか。というか疾風まで念話未経験とか聞いてないぞオイ。


 とにかく、と気を取り直して魔理沙は考察に入る。


 フランドールが放った先の攻撃。アレは明らかに通常のスペルカードではなかった。本来ならば禁弾『カタディオプトリック』が出てくるであろうタイミングで呟かれた、禁弾『デフューズリフレクション』―――。『Diffused() Reflection(反射)』の意味を持つことから、似たような性質の弾幕である前者の狂化版であることは想像に難くないのだが。


 スペルカードルールの弾幕戦に於いて、スペルカードの名前はそれが示す弾幕・攻撃・効果の特徴が直截的にも間接的にも関連するものでなければならない。総ての攻撃に意味を持たせる事、それがスペルカードルールの大前提だ。本来なら魔力の無駄遣いと思われかねない、相手の位置とは全く関係の無い場所にまで弾幕をばら撒くのは、その弾幕が持つ美しさを表現する為に必要な部品の一つであるからだ。スペルカードが表現する技に無駄なものは何一つない。故にスペルカードの名称はその攻撃(弾幕)の特徴と一致させるべきなのだ。


 狂化したフランドールが繰り出した今までの狂化スペルカードも、性能こそ遊びの範疇を逸脱したブッ飛んだ威力を持っていたが、それらはいずれもしっかりと名称と攻撃(内容)が関連付けられていた。性能はともかく。


(そういえば………『戒禁』って何だ?)


 あの一撃を繰り出した時のフランドールの言葉を、動作を、ありとあらゆる挙措の全てを記憶から蘇らせて検証の材料として分解し自分にも理解できるよう再構築する。図書館に通って得た知識を、ただそのままの知識として頭の片隅に保存しておくのではなく、その知識を検証し、分析し、別の知識と掛け合わせて更なる論理を展開し、破綻したらまた別の知識を用いて、成立してもまた別の知識を用いる。魔理沙の魔法の研究とは、知識と知識による加減乗除の四則演算。それは即ち理解分析力と理論構築力を普段から養っている事に等しく、故に―――


Grip and(ぎゅっとして) Break down(どっかーん)………効果と名称が不一致………そして―――!!)


 努力家の魔法使い・霧雨魔理沙には、フランドールの攻撃のカラクリを瞬時に―――時間にして僅か2秒足らずの間に、理解し、分解し、再構築して解明することが出来た。


「そういうことか―――!!」


《どういうことだ!?》


《そういうことよ》


《だからどーゆーことだよ!?》


 自分の論理が見事に矛盾も違和感もなく構築出来た事に自分で快哉の声を上げる魔理沙。うるさいだけの外野(悠人と咲夜と疾風)の声は無視して、彼女は即座に自分の身を跨らせて宙に浮かぶ愛用の箒に魔力を注ぎ、全開の推力を吐き出させる。自分の論理が正しければ、一つ所に停滞していると危険だ!


「お前ら全員散れっ!! アレはフランの能力だ!!」


《……っ! そういうことね―――!》


《《だからどういうことなんだ!?》》


 冷静に考えてみたら、答えは意外と近くに在ったのだ。


 フランドールの持つ能力―――ありとあらゆるものを破壊する能力(チカラ)―――それを使えば、その名が示す通り、ありとあらゆるものを破壊できる。


 この世に存在する全ての物質には『目』という最も緊張した部分が存在し、そこを何らかの手段で突くなり切るなりすれば、その物質は簡単に『その物質』としての存在を維持できず破壊されてしまうのだという。フランドールはその『目』を自分の掌中に自由に移動させる事が可能で、彼女の掌の上に持って来られた『目』を握り潰すことで、その物質は見るも無残な姿に変わり果てる(破壊される)らしい。


 魔理沙は実際にその能力を目にした事は数度しかない。フランドールに出逢ったばかりの頃はしょっちゅうお目にかかった気がするが、最近は力の制御も上手くなったのか、あまり見掛ける機会がなかった。あるいはそれが、このフランドールが現在進行形で行っている攻撃の仕掛けの分析を阻害する陥穽だったのかもしれない。


 フランドールの眼に、その『目』がどのようにして、どんな形で見えているのかは知る由も無いが、魔理沙の分析する限りでは、今のフランドールが破壊しているものは―――


「フランの奴、そこに在る『空間そのものを破壊』しているんだッ!!」


《なっ―――!?》


《………?》


 魔理沙の下した結論に驚愕の声で応えた疾風にも漸く理解できた(ちなみに悠人は理解できなかった)。彼もフランドールの能力は数度目にした事があるが、それらはいずれも『物質を破壊する』という形で示されていた。まさか、何も無い空間を破壊するとは―――否、『そこに在る空間』それ自体を破壊しているのだとすれば、それは脅威以外の何物でもない。それはまさしく、先のルーミアによる『斬撃による空間の消滅』と殆ど同義である。あの半径10メートルにも及ぶ範囲内に入った状態でその能力(チカラ)を振われれば最期、存在自体が消えて無くなるだろう。


 だが、『目』すら存在しない『空間』を、どのようにして彼女の能力(チカラ)で破壊しているのか。破壊出来ないものを破壊する―――その不可能を可能にしたのが、『戒禁』―――禁を解く、の解禁ではない処が気になるが、恐らくは同音異字で内容は同じなのだろう。フランドールとてスペルカードルールに慣れ親しんで結構経つ。単語の意味よりも字面の格好良さを気にし始めても無理はない(混沌の炎に侵食されている人格は、恐らくフランドールと混在状態に在り、彼女の記憶にも密接に絡んでると魔理沙は睨んでいる。そしてその予測は的中していた)。


(つまり、スペルカードを発動させた直後に強制終了し、その殆どフルチャージ状態の残存魔力を転用して、強引に破壊の『目』を創り出し、改めてそれを破壊してるってワケだッ!!)


 無から有を創り出し、創り出したモノを起点()にして周囲の空間を破壊する。それが、フランドールの『空間そのものの破壊』―――この世の概念を書き換えるレベルの規格外な能力行使に、その論に辿り着いた魔理沙自身、戦慄を禁じ得ない。


 だが、そうなるとひとつの疑問が浮かび上がる。フランドールの能力―――この世のあらゆる総てを破壊する能力は、確か対人・対生物にも行使できたはずだ。生物は呼吸をして活動しているが、それは言い換えると無数の有機物が複雑に絡み合い構成された物質である。物質であるが故に、当然フランドールが視ている『目』も存在する筈だ。無から有を創り出して破壊する一手間を費やすよりも、既に在る『目』を握り潰せばこの場に在る全員は成す術もなく、人間の残骸として肉片を撒き散らす事になるだろう。


(いや―――だから、か………?)


 そうしないのは、この手間の掛かる絶対破壊は、フランドールになんらかの意図があっての行動ということになる。確実に相手を殺す(壊す)事が出来る能力を振わず、敢えて虫けらを弄ぶような手法を執った理由。それは―――


(そうか………フランも、抵抗しているのか………)


 混沌の炎に己が身の自由を奪われて、望まぬ破壊を撒き散らしている事は、美鈴が彼女の身体に纏わり付く紅黒い炎を吹き散らした際に、一瞬だけ彼女本来の自我が表出したことから明らかである。フランドールも、先の豹変したルーミアと同じなのだ。自分の身体の支配権を取り戻そうと、残された心が必死に抵抗している。故に、直截的な破壊ではなく、わざわざスペルカードを浪費してまで無差別な破壊を行っている。


「………………」


 と、しばらく悠人(正確には悠人の腕に抱かれているルーミア)の様子を窺うようにじっと静止していたフランドールだったが、不調に一時停止していたカラクリ人形が突然再起動するかのように、懐からまた新たなカードを取り出して胸の前に掲げる。


(スペルカード1枚での破壊範囲は直径20メートル強、か………待ってろよ、すぐに助けるからな。………パチュリーが)


 新たなスペルカードを取り出したという事は、先の空間破壊を行う際に抽出したスペルカードの魔力を使い切った事と同義である。スペルカード1枚分の威力は推定できたが、先の攻撃はあくまで試し撃ちに過ぎない。慣れないワン・プロセスを追加した能力の新たな使用法を模索する目的で撃たれたものなのだろう。次からは範囲を絞って確実に狙ってくる。


「―――禁弾『狂いの時計針』―――戒禁」


 ―――来た!


 手にしたカードが紅黒い炎に飲み込まれ、魔力の塊と化してフランドールの狂化した能力を振う贄となる。掌の上に集束した混沌の炎の形をしたそれを、再びルーミアに狙いを定めて、掌を握り込む少女が、破壊の力を遺憾なく発揮する、その直前―――


「させ……っ、るかァァァァァーーーッ!!!」


 魔理沙が吠えた―――!!


 裂帛の咆哮を雄叫びと上げて、彗星と化した魔理沙がフランドールに突撃する。空気を切り裂く轟音を響かせて迫り来る破壊の彗星に気付いたフランドールは、即座に目標を変更する。箒に跨る少女の進行方向、その直線上を彼女が通過する瞬間を見計らって、掌を僅かに加減して握り込む。


 魔理沙は全くの勘で、フランの迎撃を読み、彗星を螺旋を描くようなロール軌道に切り替えて、フランが予測した魔理沙の通過点のすぐ隣を通過すると同時に、その空間が炸裂した。破壊の直径は約2メートル。風に流れるスカートの端が少し消し飛ばされたが、魔理沙は怯むことなく勢いを殺さずフランドールに狙いを定めてまっしぐらに飛ぶ。先ほどの彗星突撃を受けた痛みを思い出したのか、フランも背中の歪な翼を一打ち、空に飛び上がり直撃を避けるべく空戦に応じた。


 彗星にあるまじき複雑な軌道を描きながらフランドールと付かず離れずの距離を保って牽制する魔理沙。ここまでで、魔理沙の狙いの半分は完遂された。現在戦闘可能なメンバーの中で一番機動力に富む自分がフランの攻撃を引き付ける囮となる、それが彼女の狙いである。


 フランのこの技は燃費があまり良くないらしく、スペルカード1枚分の魔力で半径10メートルの破壊が限度。今の威力と同程度の破壊を行うとして、次のスペルカード(魔力補充)を使わせるまでに単純計算で残り9回分。スペルカード(魔力の源泉)使い切らせ(枯渇させ)れば、フランに残される攻撃手段は己の肉体に頼った攻撃のみ。吸血鬼である彼女はそれだけでも脅威だが、問答無用の破壊の力に比べれば断然温い。


魔力(カード)を使い切らせるまで耐えて……その後、一気に畳み掛けるッ!!)


 フランドールの―――様々な負の情念が紅黒い炎として混沌と渦を巻いている―――瞳から目を逸らすことなく注視する魔理沙が、再び攻撃(破壊)の予兆を感知する。伊達に数年、フランドールと遊んできただけはある。彼女の根底にある動作の予兆―――攻撃する瞬間の癖を読んで回避を行うなど容易い。


 ふと、半歩間違えば消滅()に直結する命懸けの耐久スペルのようだと、悠長に思いを馳せてしまった魔理沙の鼻先に、破壊の真球が閃く。


「うお、っとぉぉぉッ!!?」


 自ら消滅への門を潜る処だった魔理沙は箒の柄を強引に持ち上げて急速上昇、軌道を180度ループ、180度ロールを瞬時に行うインメルマンターンを決めて危うく回避した。高速空中機動力に長けている魔理沙ならではのマニューバ(空戦機動)である。飛行速度を極力殺さない急激な進行方向の変更は人間の身体には負荷が大き過ぎる。この方法ならば回避時間・エネルギー効率が良い為に、とっさの思い付きでやってみたのだが、上手く決まって良かったと、フランの攻撃を無事に回避できた事と並行して安堵する。


(魅せプレイに励んでいる場合ではないんだがなぁ………)


 不意に自嘲が漏れてしまった。その通り、今は遊んでいる場合ではない。フランドールを正気に戻して、元に戻ったフランと再び遊ぶ為に戦っているのだ。気持ちを切り替え気を張って戦闘に集中する。


 魔理沙とフランドールの空中機動戦は、蠅のように飛び回る魔理沙を、フランが破壊の力という名の蠅叩きで叩き落とそうと躍起になっている風情である(微妙にアレな喩えだが)。どちらが有利なのか一概には判別し難い。半身を掠めただけでも魔理沙には致命傷となる蠅叩き(破壊の力)だが、ちょこまか飛び回る目標に当てることも儘ならない状況にフランドールも余裕はない。隙あらばヘッドオン―――高速で飛翔する両者が正面から接近する体勢―――から星弾を機関銃のように撃ち込んで来るのだ。多少の被弾なら今の狂化したフランドールにとっては痛くも痒くも無いが、集中は乱れる故に彼女も自分の身体を回避させるか、破壊の力で以って防御するしかない。


 そんな攻防が続く中、ここぞとばかりに魔理沙が仕掛けた―――!!


「行くぜ、フラン!! お前の大好きな星空の世界へご招待だッ!!」


 大音声で笑う様に言いながら、魔理沙が懐から一枚のカードを切った。


「―――流星『トゥインクルスター』!!!」


 魔力を充填させて真名解放(スペル宣言)したカードを、箒の房部分にザクッといった具合に突き刺した、その時―――彗星の如く飛翔する魔理沙の航跡が、その名が示す通りの現象を引き起こした。具体的な状況を言うと、魔理沙と箒が文字通り彗星と化したのだ。


 今までは戦闘機(外の世界から流れてきた本に載っていた空を飛ぶ鉄の鳥で、後部から火を吹いて超高速で空を翔けるらしい)のように、箒の房部分に据え付けた八卦炉からアフターバーナー(その本に載っていた、戦闘機を超加速させる為の技術だとか大技だとかなんとか)の如く火を吹いているだけだったそれが、天体の彗星が如き長大な光の尾を航跡に残すような飛び方に変貌したのだ。


 その場に在る誰も、そのスペルを見た事が無かった。それも当然、このスペルは最近になって魔理沙が編み出した新たなスペルカード。対処法の全く分からない初見技なのだから。


 見た目がますます彗星っぽくなった魔理沙は、本物の彗星がそうであるように、航跡に残す光の尾―――宇宙空間に漂う氷や塵を見立てた大量の星弾を撒き散らしながら流星の如く高速飛翔する。ランダムでばら撒かれる星弾は高密度の弾幕と化し、紅魔館大庭園の上空から地上に降り注ぐ星弾の雨が、その場を星の海に変える。


 その動きはまるで―――


「まるで天狗の新聞記者が使う『幻想風靡』みたいね………っていうか、またパクり?」


 どこかで見た事のある弾幕かと思ったら、やはりまた他人の技を拝借したのか。既知感に思考を巡らす咲夜が気付いたのは、魔理沙の造り出した星の海が、知り合いの天狗が使うスペルカードにそっくりな性質を持っていることだった。大きな星弾が落下の途中で割れて小さな星弾として分散し弾密度を上げたり、レーザーまで紛れ込ませてる辺り悪辣なアレンジが施されていると、魔理沙の一種清々しいまでの根性に呆れと苦笑の溜息を吐く。


「既存の魔法()尊重(リスペクト)し、私色の改変(アレンジ)を施す―――それが、私の流儀(スタイル)だぜッ!!」


 咲夜の声が聞こえていたかのように(念話回線は開いているのだから聞こえていて当然である)絶妙なタイミングで、やはり大音声で解説する魔理沙は、こんな状況下にあってなお楽しそうである。相手(フラン)の攻撃は依然驚異的だが、そんな状況下にも魔理沙は楽しみを見出している。『如何なる状況でもそれを楽しむ』という天狗のモットーに良く似たそれは、魔理沙が妖怪化し始めた前触れであろうか。


(まぁ、実際妖怪染みてるし、下手な妖怪より強いからねぇ………)


 自分も割と人の事をとやかく言えないか、と苦笑しながら、咲夜はパチュリーのすぐ傍で魔理沙の放つ無限の星屑から、魔力錬成に集中して周りの状況が目に入らないパチュリーを防衛する任にあたっていた。円盤の外周にローマ数字で1から12までを等間隔で配置したそれは、時計の形をした時間停止フィールド。その円形領域に侵入したものは、生物・非生物・弾幕であろうと問答無用で時間を停止させるスペルカード―――時符『咲夜特性ストップウォッチ』。


 咲夜を中心に放射状に展開したそれらが、魔理沙彗星から降り注ぐ星弾を片っ端から時間停止の網で捕まえ、パチュリーに直截被弾する恐れのあるものだけを咲夜がナイフで一つ一つ丁寧に撃ち落としていく。あの星屑の魔法使いは周囲への損害と言うものをまるで考えていない。他の者が後始末に走る状況を自ら創り出すなんて、本当自分勝手な奴だわ、と。咲夜も心中で毒づきながらも『楽しそうに』その後始末に精を出している。あの豪快さが、しかし何故か心地良い。


「………チッ!」


 徐々に反撃の姿勢に入ってきた魔理沙達の足掻きに、しかしフランドールは当然それを楽しむ余裕などない。先ほどから自らの身体が変調を来たしている事を自覚した。その不調が自らの意思を無視して勝手に動き始めているのだ。


 少女の奥深くに潜む心の闇。惨劇のトラウマを起点に憎悪、憤怒、悲嘆、悔恨などのあらゆる負の情念を彼女の人格に上書きした、破壊衝動の解放に特化した新たな意思総体による少女の身体の支配権が、再び元の人格に取り戻されつつある。


 魔理沙の予測した通り、本来のフランドールが彼女自身の身体の中で抵抗していたのだ。


 破壊衝動に特化した人格は、破壊の効率や力の制御など考えない。自身持つ力の中で『最も破壊に特化した力』を最大の力で奮う事、それに全力を傾注する。フランドールが元から持つ能力を、スペルカードに蓄えられている魔力を用いて増幅、『本来破壊に適さないモノすら破壊できる程の強大な力』をそこに示すことで、今のフランドールの主人格となっている破壊衝動は、飛んで火に入る夏の虫の例えの如く、条件反射でそれに飛び付いたのだ。圧倒的な破壊の力を撒き散らすも、非効率故にいつまでも相手を仕留められない状況に焦燥感が募って行く。


 その隙を突いて、本来のフランドールの人格がここぞとばかりに身体の主導権を取り戻そうと意思力を振り絞っている。妖怪が死ぬ時は、自分が自分であると認識できなくなる時。故に彼女は、必死に生きようと足掻いている。足掻こうと思えるほどの意思力を、幻想郷に来てから、幻想郷で出逢った人達からたくさん、たくさん貰ったのだ。ここで死んだら、彼女達に顔向けできない。なによりも、彼女達ともう二度と遊べなくなるのは嫌だ!


「………っ!? う、ぐ………っ!!」


「―――っフラン?」


 フランドールの様子がおかしい事に、その場に居る全員が気付いた。皆を代表して声を漏らしたのは疾風。両手に双剣を構えて、『フランに向かって』いつでも飛び出せる体勢を解かない姿には、もう地下で見せた、恐慌のあまり自分を見失う情けない姿など微塵も残ってはいない。


《様子がおかしい。また何か仕掛けて来るかもしれない、注意しろ!》


 上空から星の海を造り出すスペルカードの操作を維持しながら、魔理沙が空中警戒管制機(AWACS)の指揮官の様な早口で全員に念話による警告を飛ばす。総員が気を張り詰める中、フランドールが行動を起こした。懐からまた新たにスペルカードを取り出した。その手には―――


(フランの残りのスペルカードはあと2枚………そして―――)


 今、そのフランドールの手に握られているスペルカードも、2枚。


「―――秘弾『そして誰もいなくなる』―――戒禁」


 全員に、本日最大級の戦慄が衝撃を伴って走る―――


「―――QED『500年の波紋』―――戒禁」


 立て続けに戒禁される2枚のスペルカードが生み出した膨大な魔力の塊は、1枚分で放出される魔力量の比ではない。単純な二倍でもない。同時戒禁による相乗効果で、その総量は二乗された状態に近い。その事実が意味するところは―――


「全員逃げろぉぉぉおおおおお!!!!!」


 魔理沙が上空から大音声と大念声で全員に退避を指示する。スペルカード1枚で直径20メートルを消滅させる力を発揮したとなれば、二乗されたその破壊の規模は単純計算で直径400メートル。紅魔館がまるごとこの世から欠落するのに余りある大規模破壊だ。


 もはやフランドールに魔力を叩き込んで混沌の炎を吹き散らす作戦の続行など不可能と見た魔理沙は、上空から急降下した。その刹那の間に大庭園中央に居るパチュリーと咲夜、正面玄関前に居る美鈴、疾風と悠人、ルーミア―――全員を一度に拾い上げて離脱するには時間的な猶予が圧倒的に足りないと悟り、それならば、撃たれる前に撃つと、今にも破壊の力を解放せんと右手を前方に突き出して拳を握り込むフランドールに向けて乾坤一擲の突撃を敢行した。


 自分勝手な彼女が、自分一人だけ撤退する道を選ばなかった、どころか選択肢にすら含まなかったのは、一体どういう風の吹きまわしか。自嘲する代わりに箒に全身全霊の魔力を注ぎ込み、単身フランドールに特攻を仕掛ける魔理沙。彼我の距離は25メートル強―――!


(半秒―――間に合わねぇ………っ!!)


 魔理沙がフランドールを弾き飛ばす、その予測通り半秒前に、フランドールの小さな手が―――総てに破壊を齎す手が―――握り込まれた。


「―――ッ!!?」


「うおおおあああああッ!!?」


 紅魔館とその周辺一帯を巻き込んで、ありとあらゆる総てを破壊させる筈だったフランドールの小さな身体が、魔理沙(彗星)の突撃を受けて高空に弾き飛ばされた。


 紅魔館も、その周囲も、魔理沙に突撃される前の姿と寸分違うところはない。


 確かに掌を握り込み、破壊の魔力を解放したフランドールは、しかし何ひとつ破壊してはいない。


 その理解不能な事実に、一番驚愕していたのは、弾き飛ばされた姿のままで宙を舞う、フランドール自身だった。


 まさか破壊される前に攻撃が届くとは思わず、自分の突撃が決まった後に驚きの叫びを上げた魔理沙も、何が起こったのか分からない様子で紅魔館の外周を、徐々にスピードを落としながら旋回する。


 魔理沙の目にもはっきりと映っていた。フランが拳を握り締め、確実に魔力を破壊の力に変換して、彼女の全周囲に破壊の力を解き放とうとしている姿を。


 破壊の力は確かに発動条件を満たしていた。本来なら、今頃は、この紅魔館は既にこの世に存在しないことになっている筈だ。その筈なのだが、現実に紅魔館は確かに存在している。大庭園中央では未だに悠長に魔力錬成を行っているパチュリーと彼女を護衛する咲夜の姿が。正面玄関前ではルーミアを抱える悠人と彼の前に陣取る疾風、階段を枕に惰眠を貪る美鈴。フランとの戦闘に参加した全員(馬鹿男二名除く)が、五体満足平穏無事な姿をそこに残している。


 決死の覚悟で特攻を決めて、まかり間違えて生存すると、人は命を拾った喜びよりも何故生き延びる事が出来たのかと疑問に思う気持ちの方が強くなるのだと身を以って体験した魔理沙だったが、疑問は疑問として彼女の心中を埋め尽くす。普段から何にでも疑問を持ち魔法の役に立ちそうな素材を見つけると研究課題にしてしまう習性が、こんな時でも発揮されていた。


「な、何だ………? 一体、何が起きたんだ………?」


 声に出して呟いてみるも、誰の口からも答えは返ってこない。この場に在る全員が、現在の魔理沙と思考と心情を全く同じにしていた。まるで、まだここで死ぬ運命(さだめ)ではないと、神にでも救われた気分―――


(―――っ、運命………?)


 心中に閃いた一つの単語が、自分の知る何かと繋がったと感じた魔理沙は、自分の頭が急速に正解へと論理を構築している事を自覚した。


 出来る―――その気になればフランドールの破壊の力を無効化せしめる力を持つ者が、この紅魔館には居たのだ。その気にならない、なれないと分かっていたので戦力としてはアテにしていなかった、運命を操る紅い悪魔が!






 紅魔館最深部、主の部屋。


 本来の設計図には無い筈の天窓からは、外の様子が風の音に乗って良く耳に届く。


 どうやら、無事に危機は去ったらしい。半身が消し飛んだ残りの半身に集中していた緊張を解いて、紅魔館の主、紅い悪魔―――レミリア・スカーレットは脱力して天蓋付きの豪奢なベッドの布団の上に身体を沈み込ませる。額どころか全身から噴き出す汗が、本来なら嫌悪感を齎すそれが今は逆に達成感を満たして心地良い。荒い呼吸を整えもせずに無理矢理、独り言を呟く。


「はぁ………はぁ………フッ、フフフッ………見て、くれたかしら、パチェ? 私は………やったわよ………」


 私はいつまでも、あの子に恐れているだけの情けない姉ではないと、その身を呈して証明したレミリア。フランドール(最愛の妹)を守る、その為に、その為だけに―――彼女の能力、『運命を操る能力』によって、フランドールのありとあらゆる行動の悉くを無効化する、『無為無策の運命』を強いる―――それが、レミリアの身体に僅か残された全力を振って、フランドールの攻撃から紅魔館(と、ついでに客人含む住人達)を救った、親友が命を賭して挑む切り札への、彼女なりの手向けだった。


(なんだ………やれば、できるじゃない………)


 こんな簡単な事が、なぜ今まで出来なかったのか。


 出来なかったんじゃない―――やらなかっただけだ。


 私はもう、あの子を恐れる必要など無い―――これからは………


 満足げに微笑んで、破壊を撒き散らす少女の姉は、気を失う様に眠りに就いた。




決着詐欺って言うな……言う、な……っ!(泣

とりあえず、事実上決着は付いたようなモンなので(ォィ

真の決着は次話へ!次の話は少し特殊な開幕をやってみます。

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