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第十四話『混沌の炎、虚無の闇』

悠人の危機に際して突如として豹変したルーミア。

彼女の身に一体何が!?そして混戦の行く末は―――!!

―――って感じでお送りします、第十四話。ここに開演!!

今回いままで我慢してたインフレ厨二バトル成分を多分に含んでおります(ry





 紅魔館の最深部に在る城主の部屋。吸血鬼であるこの館の主は陽の光を嫌う為、必然的にその自室は四方の壁と天井に窓が無いのは当然、光の屈折で陽の光が届くことも無いように配慮されている為、間取りは館の中央部、最も屋根の強度が高く重厚に設計された三階に配置されている。


 今、紅魔館の頭脳として居候している魔女、パチュリー・ノーレッジは、その部屋の主、即ちこの屋敷の主が半身を消し飛ばされた姿で天蓋付きの豪奢なベッドの上で仰臥している光景を前にして、彼女を睨み付けるように黙って見つめ返してくるその真紅の瞳に目を合わせ、黙って見ていた。


 本来なら窓が無い筈のこの部屋の屋根に特大の天窓が開いている事にも特に気遣わず、何故か床にも天井と同じ径の丸穴がぽっかりと口を広げている事にも言及しない。仮に訊いたところで、ベッドの上で不様に転がっているこの部屋の主、レミリア・スカーレットの口からは『ただの落とし穴よ』みたいな言葉しか返って来ないであろう事が容易に予測できるからだ。


 でも、敢えて訊いてみるのも面白いかもしれない。いやいやそんな事やってる暇も時間も無いでしょう、と心中でセルフツッコミをしながら、結局言ってみることにした。普段はこちらの気配に気付いただけで何も言わなくとも勝手に話しかけてくるレミリアが、今日に限っては黙りこくってしまっているのだから、会話を始めるきっかけになる、何か適当な話題が欲しいのだ。


「少し見ない間に通気性が良くなってるわね。部屋も、貴女も」


「ただの落とし穴よ」


 これから赴く戦場では、自身の命を賭けることになる。余程の事が無い限り感情を乱さない仏頂面のパチュリーでも、百年以上生きた魔法使い並みに緊張することだってある。見た目の表情は普段そのままだが、彼女の内面の細かい部分も大雑把に把握できる長年の親友は、当然そんなことはわかっているので、世間話に見せ掛けた皮肉の言葉にも、正確に冗談めかした様に見せ掛けた『自省』の言葉を返す。まさか本当に予測していた字面通りの言葉で返ってくるとは思わなかったが。


 なんだかんだで互いにまだ少し余裕があると両者は同時に感じ取って、ほんの少しだけ、同時に表情を硬くしていた緊張をほぐして本題に入る。


「状況は判っているわね?」


「ああ……『虚無と混沌がぶつかる』ところまでは視えたよ」


「……? とりあえず、私は今から『私自ら作戦』を決行する為に、あちらへ向かうわ」


「パチェには荷が勝ち過ぎているんじゃないの?」


「貴女がそんな体たらくだから仕方なく私が行くしかないのよ」


「フッ……不肖の姉で申し訳ないねぇ」


「そう思っているのなら、貴女も少しは動きなさいな」


「努力はするよ」


「………………」


 パチュリーもレミリアも、普段の調子と全く変わらぬ様子で、打てば響くの例え通りに全く淀みなく流れる様に会話を続けた。余人が聞いて理解できる内容の会話ではなかったが、当人たちの間では通じているようなので問題は無い。パチュリー的には耳慣れない『虚無』という単語が気になったが、のんびりしているように見えて時間は切迫しているので、言いたい事だけさっさと言って、魔女は最後に数秒だけ、親友の顔を見つめる。普段の子供っぽさが濃く残る強気の表情を―――その内面に渦巻いている忸怩たる想念の欠片も余さず―――正確に読み取って、目に焼き付けて………そして全ての用事は済んだと言わんばかりにきっぱりと、動作は常の様にゆるりと踵を返す。


 背を向けて死地に赴く親友に、


「パチェ」


「何?」


 静かに声をかけたレミリア。静かに聞こえて内心は動揺に揺れまくっている声をかけられたパチュリーは、釣られて動揺しないように努めて平静に一言だけで返す。何を言われるのか、当たり前の様に感じ取って。


「死んだら承知しないわよ」


「努力はするわ」


 言われるまでも無い親友からの注文を受け取って、もちろんそのつもりで臨んでいる魔女は、自分自身の心構え云々による成功率の変化等の要素は差し置いて、単純に状況を客観的に見た数値で導き出された成功率を基準に、その数値が軽く請け負えるほどの信頼性を持てない程度の確率だったので、当たり障りの無い返答に留めておいた。知性的な行動を旨とするパチュリーにとっては、根性論に訴える不確定な要素で計算された結論を口にするのはいささか不服である。それに、魔理沙みたいな性格になったわね、なんて言われたら恥ずかしい。もとい、遺憾である。


「それじゃあ」


「ええ」


 お互いに「行ってくるわ」と「気を付けて」を省いた短い言葉で、省かれた部分も余さず聴き留めて、パチュリーは部屋を後にし、レミリアはその紫髪の少女の後ろ姿が見えなくなるまで見守り続けていた。






 それは、果たして『戦闘』と呼べる行為と言って良いのだろうか。


 ほんの数分前まで紅魔館正面玄関前大庭園で繰り広げられていた、狂化したフランドールの一方的な虐殺劇(ワンサイドゲーム)だったその戦場は、今や別の意味でフランドールの独演場の様相を呈していた。


 紅魔館の庭園の隅に突如として発生した大規模というも生温い異常な規模の力の発現を見咎めたフランドールは、攻撃対象を防戦一方回避専心の構えだった魔理沙と咲夜から、その新たな歯応えのありそうな獲物に切り替えていた。


 肩の辺りまでの長さのボブショートだった金髪は、今や肩甲骨辺りまで伸びて風に、相手の撃ち出す弾幕と自分の剣戟が生み出した風圧で煌く様に揺れている。ただ、揺れているだけで、棚引くほどの動きは見せない。セミロングの髪が棚引くほど、その少女は身体を動かす必要が無かった。


 新たな獲物の出現に際してフランドールが新しく切ったスペルカードが生み出した、壁のような弾幕。フランドールを中心に放射状に展開するその弾壁は所々に僅かな隙間を残し、それが連続的に放たれることで弾幕の迷路を形作っている。そのスペルカードは禁忌『恋の迷路』をベースにしているようで、しかしそれより更に隙間が少なく狭い、上位スペルと化していた。フランドールが宣言したそのスペルの名は、禁忌『ロストラブラビリンス』。狂化したフランドールが今まで繰り出してきた強化スペルの例に違わず、その難易度は通常時のものと比べて遙かに高く、脅威的だった。


 脅威的である―――筈なのだ。本来ならば。その弾幕を受けるのが、魔理沙や咲夜であったならば。


「これは……一体どういうことだ……?」


「私には、ちょっと解らないわね………」


 フランドールが新たに標的に選定した獲物―――流れ弾の直撃を危うく喰らいそうになった悠人を己が身を呈して庇い、重篤な傷を負った筈の妖怪少女・ルーミア。彼女の出現で、これまで一方的な優勢を保っていたフランドールの立ち場が完全に逆転していた。攻撃を繰り出す者としての立場は何一つ変化はしていないが、精神的な優位性が完全に消滅していた。


 彼女が新たなスペルカードを展開してから、ルーミアが行っている事は、どこからともなく取り出した、彼女の身の丈を遙かに超える巨大な剣を、まるで小枝で葦の茎を斬り払うかのような重量を感じさせない軽い動作で無造作に振り回している事、それだけだった。それだけの動作で、フランドールの狂化スペルはルーミアにとって脅威足り得ない存在に堕していた。


 闇の様な漆黒の刀身、その大剣の巻き起こした剣風、その剣筋に残る残像、それらに接触した弾壁が、その剣の持ち主に襲い掛かる前に、その姿を消していた。斬り裂かれ、叩き潰され、打ち返された、そんな類の消え方ではない。その闇色の大剣に触れた全てが、最初からそこに存在していなかったとでも言わんばかりの、存在の名残りすら見せない程の消え方だった。


 相手の攻撃を相殺させる程度なら、魔理沙や咲夜にでも出来る。魔理沙の方がやや得意だが。


 通常、攻撃を相殺するというのは、文字通りその攻撃に対し同等の威力を以って打ち消す事である。大上段から竹刀で打ち込んで来る相手の攻撃を受けるには、こちらも同威力の切り返しで打ち返すか、それ以上の力を溜めて受け留めるしかない。魔法や妖術を行使するのに、その術の規模に見合った魔力・妖力を消費しないと術を発動できないのと同じ原理である。


 その等価交換の法則を、ルーミアの防御はまるで無視しているように見えるのだ。そう思えるのも当然か、これほどの規模の弾幕―――もはや壁に近い―――の『消滅』を、それに見合う対価を払っている様子を欠片も見せない涼しい顔でやってのけているのだ。大きな効果を得るには大きな対価が必要であることを解っている二人には、些か以上に理不尽な現象を見せ付けられている気がしてならない。ちなみに小さな魔力で大きな火力を得られる魔理沙の火炉は、少々特殊な存在なのでここでの説明は割愛する(魔理沙談)。


「ルーミア………お前、一体………?」


「………………」


 そのルーミアのやや背後、彼女の振り回す大剣の斬撃が届かないギリギリの位置で片膝を突いて見ているだけの悠人―――直前の、ルーミアに庇われた際の衝撃からまだ完全に立ち直る事ができていないのだ―――が、呆けたような声で、少女の小さな背中に声をかける。だが、返事は無い。迎撃に意識を集中している様子には見えない。ただ、なんとなく応え辛い、という気配だけが伝わった。


 原理は判らないが、今のルーミアは、ルーミアであってルーミアでない存在に変化している。この場に居る誰もが(フランドールに、ルーミアとの面識の有無は定かではない。どちらにしろ今は狂化しているフランドールも常のフランドールではない)理解している。


 原因は、なんとなく把握は出来る。悠人を庇った衝撃で全身に重傷を負った、それが今のルーミアへ変化させたのだろう。かつて魔理沙が、脅威的な力を発揮するルーミアを見た時も似たような状況だったのだ。だが、原因がわかったところで彼女たちにどうこう出来る訳でもなかった。


 戦況を一瞬で、たった一人でひっくり返してしまった今のルーミアを、今のフランドール―――当のルーミアにまるで弄ばれている風情である―――にすら敵わなかった彼女たちがどうして止められようか。魔理沙と咲夜が危惧しているのは、既にフランドールの暴走が及ぼす影響ではなく、フランドールの身の安全―――ルーミアに命の危機に晒されている彼女の身命をこそ心配していた。


 元より彼女たちはフランドールに危害を加えるつもりなど毛頭無い。暴走しているフランドールを助ける為に、力ずくで彼女を止めようと奮戦していただけだ。手加減して勝てる相手ではないが、全力を出さないと止められない、全力を出しても止められないかもしれないと、一応の覚悟は決めていた。


 だが………しかし―――


「強過ぎる……って、レベルじゃないわね……」


「ああ……『あの時』とは比べものにならない位に、な……」


 今のルーミアは、咲夜の言う通り、魔理沙の予測通り―――強過ぎる、などという言葉で形容できない力を見せ付けている。まさしく、文字通りに次元が違う。その表現こそが正しかった。


「……ッく――!」


 これ以上、攻撃を続行しても無意味だと悟ったフランドールは、スペルカードを自ら強制終了して次のスペルに移行する。自分の周囲に展開していた魔法陣(スペルカードの規模と残存魔力の大まかな目安である)を左手に新たに構えた符に集束、残り時間分の繰越魔力を追加した、狂化スペルを更に強化した次なるスペルを。


「禁弾―――『スターボウアクセラレーション』」


 新たなる(スペルカード)が紅黒い混沌の炎に包み込まれて火の粉と散る。


 そこから溢れ出た強大な魔力がフランドールの身体、背に生えた歪な形をした翼に輝く七色の宝石の羽根に宿る。それぞれ赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の光を宿した二対の七色、計十四枚の羽根が激しく光り始め、輝度が白の限界を超えた瞬間―――


 フランドールが翼を大きく振り上げる。ほぼ垂直に振り上げられた翼、その七色の羽根から閃光が迸る。七色の閃光は一瞬、フランの背後を虹の翼で飾った後に、光が集まり凝縮され、高密度の光弾となる。七色の光弾が不正列の虹の七色を彩色している様は、常のフランが使う禁弾『スターボウブレイク』を彷彿させる。


 スターボウとは光速に迫るスピードで航行する宇宙船から船外(宇宙、星空)を眺めると、ドップラー効果と特殊相対性理論の効果によって、星の見かけの位置が進行方向前方に移動し、進行方向を中心とした同心円状に星の色が変化して虹のように見える、といわれている現象である。レインボウ(Rainbow)が「雨が作る弓型」なら、星が作る弓型はスターボウ(Starbow)という割とわかり易い造語である。


 実際にその現象を幻想郷では観測された訳ではないが、その現象、即ち形成された虹を破壊し弾幕としてばら撒くことで、フランドールは『星虹の破壊(スターボウブレイク)』の名を持つスペルカードを考え、常の遊び(弾幕ごっこ)で使用していた。遊びで用いるものである故に、スターボウが示す現象をそのまま再現(彼女にそれを引き起こすほどの力があるのか不明だが、不可能と断じる事は出来ない)するとなると遊びが成り立たなくなるので、ブレイクすることで手加減としたのだろう。


 しかし―――そう、言わずもがなの確認だが、今のフランドールに―――


「―――手加減なんて無いよな、避けろッ!!」


「っ、悠人が!!」


 加速した星が造る虹(スターボウ)更に加速させる(アクセラレーション)


 このスペルがどのような効果を持っているのかは、スペルカードの名前を、弾幕の初期展開を見て少し考えれば、この遊びの熟練者には読み解く事は容易い。魔理沙と咲夜は故にそのスペルカードがどれほどの威力を有しているのかはっきりと思考するより速く感じ取る事が出来た。


 フランの背後で緩やかに浮かぶように滞留する虹色の弾幕が、不意にその動きを止めた。


 仕掛けてくる!!


 攻撃の予兆を感じ取った咲夜だが、彼女にとって看過できない存在が、妹様の攻撃対象のすぐ傍に居る。


 フランドールの現在の攻撃対象・ルーミアの背後で―――この期に及んで一体いつまでそこでボーっとしているつもりなの、と咲夜が心中で叫びたくなるほどのんびりしている様に―――待機している悠人だ。


 彼が紅魔館を訪れたのは今日が初めて。フランドールとの面識も無い。彼女がどのようなスペルカードを使うのかもわかっていない。当然それの対処法も知る由が無いし、知っていたとして今の彼の実力では対処できない。つまり、大ピンチの状況にあって身動き一つ取れないでいる悠人を、咲夜は全力を賭して救出しに向かいたいが、出来ない。


 厳密には、『行動する事』、それ自体は出来る。しかし、彼女の時間停止の能力に加えて彼女の体内時間を加速させる『固有時制御』を併用しても、フランドールの弾幕が降り注ぐ前に悠人を救出するには間に合わないと、今までの経験談と彼女に残された魔力・体力から導き出された計算の結果が告げていた。時間停止の能力は万能に見えて、一度の時間停止で時を止める時間は彼女の感覚で最大5秒が限度。時が止まっているのに5秒とはややこしい表現だが、時間停止を連続で行うには、その5秒が過ぎて一度時間停止を解除し、一呼吸の間を置いて再度時間停止を行う必要がある。そして咲夜が予測する限りでは、フランドールの弾幕はその一呼吸の時間さえあれば悠人と、そこに駆けつけた咲夜を諸共に肉片一つも残さず轢殺することが出来る程の弾速を有している。しかも、『固有時制御』による『揺り戻し』で咲夜の肉体には多大な負荷が掛る。そんな状態で呼吸を整え、連続で時間停止を行うなど不可能である。


Time(固有時) alter(制御)―――」


「ッ馬鹿! 死ぬ気かっ!?」


 不可能であっても自分は決行するのだろうと、意識とは離れた心と体が、その口を動かして呪文を詠唱する―――、その肩を、寸でのところで魔理沙が掴んで阻止した。先に時間停止をしてから『固有時制御』を使うんだった、と益体も無い事を心中で呟きながら、咲夜は一呼吸の時間の後にフランドールの弾幕で粉微塵にされる悠人の姿を―――


「―――っ!」


 見るまいとして瞼を閉じかけて―――しかし、『その時』が訪れるのを想像して、覚悟していた現象が、予測していたものと違っていたので、ゆっくりと開く。


 刹那の直前に射出されていたフランドールの弾幕は、まさに光速で悠人―――正確には本来対象にしているルーミアへ向けて、一直線に虹の軌跡を描いて殺到していた。ルーミアの持つ大剣に触れれば弾幕が消されてしまうのなら、大剣の斬撃が間に合わない速度で撃ち込めばいい。彼女はそう考えたのだろう。その考えは短絡的だが確かに間違いではない、最適解だった。


 だが―――今回は相手が悪過ぎた。


 フランドールが星虹弾幕を射出する、更にその一瞬前。ルーミアがその手に持つ大剣を前方で円を描く様に回転させた、その軌跡が真円の薄闇を展開、更に遠心力(なのかどうかはわからないが、傍から見るとそう見える)で領域を拡大、弾幕が齎す破壊の射程圏内に入っていた悠人をも守る障壁を形成した。


 その後の顛末は言うまでもない。ルーミア達に襲い掛かるはずだった光の虹の嵐は、その壁に触れる端から先と同様、影も形も残さず消え去るのみ。まるで境界を操る妖怪・八雲紫がスキマを開いて弾幕を受け流す現象を再現しているようだった。そう思わせるほど自然に、そうなる事を予定されていたかのような消滅の仕方だった。


「…………っ!」


 流石の狂化したフランドールも、こればかりは絶句するしかない。必殺のつもりで繰り出した弾幕を、大した苦労も見せずに一掃してのけたのだ。明らかに、魔理沙や咲夜―――そして恐らくは自分すらも凌駕する次元の存在。フランには今のルーミアをそう思わずにはいられない。


 まるでどちらが狂化しているのか分からなくなるような理不尽な状況の連続に、ルーミアの新たな動作が追い打ちを掛ける。


「悠人には………手を出させない………」


「――ルーミア……?」


 悠人の耳にか細く届いた少女の声は、力強い決意を以って彼を守る覚悟を示すものではなく、どこか弱々しく悲しみのような感情を含んでいる様に聞こえた。悠人の訝る問いかけに、やはりルーミアは応えない。代わりに別の―――フランドールにとって致命的となるであろう言葉を宣言する。


「闇剣―――………っく!」


 それは、スペルカードの宣言。大した力の発現すら行っていない(ように見える)状態ですら、フランドールの狂化スペルを2枚も無効化してみせたルーミアが、大技(スペルカード)を発動させる。その場に在る全員が、嫌な予感に総身を震わせる。


 しかし、その場に在る中で最も少女の近くに居た悠人には、嫌な予感以外の気配も感じ取っていた。ルーミアの声の端に微か匂う、それは抵抗の意思。即ち、彼女には本来、悠人を守る以上の行動をする意思はない。彼女がその身を遙かに超える大剣を大上段に振り上げた動作は、少女が意図して行っている事ではない。


 そうと感じた瞬間、悠人の身体は既に動いていた。


 ルーミアに向かって―――少女を止める為に―――


「ルーミア―――ッ!!」


「あのバカ―――ッ!!」


「ッ―――『魔剣』!!」


「クソッタレ――ッ!!」


「―――だめぇぇっ!!」


 その動作を皮切りに、残りの四者も一斉に動き出す。


 悠人がルーミアに向かって伸ばす、その手を咲夜―――時間停止で瞬時に距離を詰めた―――が強引に取って引き剥がしながら後退。発動中のスペルカードを強制終了させた残存魔力で『魔剣』を再構成して迎撃態勢に入っていたフランドールを、横っ面から彗星と化した魔理沙が乱暴に過ぎる手法(体当たり)でその小さな体をルーミアの予測攻撃射線内から弾き飛ばす。そして、ルーミアが悲鳴を上げながら大剣を振り下ろした、その射線軸上、斬撃の延長線上に、虚無の闇が亀裂と走り、数瞬前までフランドールが居た空間を、空間ごと消滅せしめた。


 これらの動作・行為・現象、その結果が示されるまでに要した時間は、僅か2秒(咲夜にとってはプラス5秒)。


 ルーミアが斬り開いた空間の裂け目は、喪われた空白を埋めようと周囲の空気が怒濤の勢いで流れ込み、一瞬で長さ50メートル幅5メートルに及ぶ空間の消滅を成し得た虚無の斬撃が生み出した痕跡を、穿たれた大地、貫かれた外壁を遺して―――怖気を誘う、飲み込まれた先が何処に繋がるのか想像出来ない吸引力の恐怖を一同の心に残して―――それ以外の一切は、跡形も残さず無に帰していた。


 先ほどまでルーミアの『闇剣』がその威力を見せ付けていた、「斬り裂いた空間に存在するあらゆるモノを消滅させる」効果を、ただの一振りでこの規模にまで拡大させるなど、悪い冗談―――悪夢以外の何物でもない。しかも、その攻撃はルーミア本人(恐らくはこちらが普段のルーミアの人格なのだろう)が本来の力を抑制した真名解放されていない、つまりスペルカードに成り損ねた不発弾の様な有様だった。不発でこの威力というのだから、本来の力が発揮されていたらどうなっていたのか、想像もつかないそ、したくもない。


 だが、今は「もし~だったら~」などと詮無い議論を展開している場合ではなかった。


「ルーミア……っ!!」


 全力を繰り出そうとしていた体を、彼女の僅かに残った自我たる心が必死に力を抑制した結果、ルーミアの手に握られていた巨大な剣が霞みの薄れるように、空間に溶け込んでいくような茫漠たる輪郭を残しながら消えていった。と同時に、身体から一気に力が抜けたかのように少女は前のめりに倒れ込んだ。


 とさっ、と―――少女の見た目通りの体重を感じさせる軽い音が、今や見る影も無くなった紅魔館正門前大庭園の荒れ果てた一角の地に落ちる。咲夜が死ぬ気で救助に来なければ、自分もあの虚無の闇に飲み込まれていたかもしれないというのに、そんな事に気を留める暇も惜しいのか、悠人はすぐさま倒れ伏したルーミアの傍に駆け寄る。


 抱き抱え上げたルーミアの身体は、いつか悠人が似たような状況に陥った時、彼女をそうして抱き上げた時よりも、軽くて―――彼女の本質を成す『何か大切なもの』が抜け落ちたかのように軽くて、


「………ッ―――!」


 大切な少女を喪うという危機感の恐慌に再び囚われ―――


「大丈夫、気を失っているだけよ………」


 かけた心を、悠人の隣に駆け寄った咲夜が、根拠は無いながらも「そうなのか」と安心できる不思議な風韻を含んだ声で、引き止めた。


「よかった……ルーミア……」


 あまりの安堵に意図せず涙声になってしまって、一瞬遅れて我に返った悠人はこの上ない情けなさに咲夜の方へ向き直って今の事とついさっきの事の二つに対するお礼の言葉を言えなくなってしまった。喉の奥に飲み込んだその感謝の言葉の代わりに浮かんできたのは、えも言われぬ疑問。何故自分は、ルーミアやフランドールに対して問答無用で身体が思考を無視してこれほどまでの無茶をやらかすのか。何故、ルーミアやフランドールの命の危機に際してあれほどまでに心乱す恐慌に囚われたのか。


 後者は良く分かる。つい先ほど、地下で『そうなった』少年と一戦交えたばかりだった。あの時は理性的に行動出来ていた(と思い込んで無意識のうちに感情的な行動に走っていた)自分が正気で、彼には散々バカだの馬鹿だの言ってきたが、あの流れ弾から始まった悠人の恐慌の度合いは、疾風に匹敵するかそれ以上の荒れ様だった。


 しかし、『どうしてそうなったのか』が、依然解らない。「大切な人を失いたくない」という疾風のフランドールに対する想いと、悠人のルーミアに対するそれは全く同種のもの。だが、そこには厳然たる差異が存在する。


 疾風の場合、彼が幻想入りした直後にフランドールに命を救われた云々の話から、彼が妹様に並々ならぬ感情を抱いている事は目に見えて明らかだ。疾風は約一ヶ月前に幻想郷に来たという話を、地下での雑談で聞いた覚えがある。一ヶ月もあれば少年が少女にそういう想いを抱くのは至極自然な成り行きで、しかもその相手は命の恩人ときている。疾風がフランドールを失う事態を恐れるあまり心の均衡を崩す自体はなんら不思議な事ではない。


 だが、悠人の場合はどうか。紅魔館で執事の仕事を始めてまだ初日。一度も面識の無いフランドールに対し、悠人は何故一人で疾風と対峙することを決意させる程の感情的な行動に出たのだろうか。ルーミアに対しても、たった半日の人間の里散策で打ち解けて行き、正体不明の強敵と対峙した時に身を張って彼女を庇おうとしていた。一夜を共にした仲(文字通りただ『一緒に寝た』だけであり、深い意味は一切無い)ではあるが、それは悠人に懐くルーミアが、まるで―――


(―――まるで………なんだ………っ?)


 回想に想いを馳せる悠人の思考―――頭の中に突然、真っ白い閃光が弾けたような感覚を覚えて、彼の預かり知らぬ記憶―――失われていた記憶が、明確な形として復元されようとしている。今まで不明瞭だった記憶の断片が、ハッキリとわかる形として描かれる。不揃いだったルービックキューブが全ての面を一色に揃えるように、悠人の頭の中で、一つの思い出が―――


「ボサッとしてんなコラァーッ!!!」


「ちょ!?」


「ッ!!?」


 蘇る、その一瞬前で、記憶の復元作業―――パズルの最後のピースを嵌める直前で、もの思いに耽る頭に氷水を浴びせられたかの如く打ち破られた。水ではなく、極光の極太レーザー(マスタースパーク)として。50メートル近くの距離を隔てていながら鼓膜を打ち破る程の大音声を発した魔理沙もある意味規格外である。ちなみに悠人が『それ』に気付く数瞬前に漏らしたのは咲夜の声で、魔理沙の怒声ではなく突然の極光レーザーに対する驚愕である。


 もちろん警告のつもりで撃ったマスタースパークだったが、本来の用途は、油断しきって隙だらけだった彼らを頭上から狙っていたフランドールの弾幕を消し飛ばす為に撃たれたものである。魔理沙の彗星突撃によってルーミアの攻撃を、痛苦と引き換えに命を拾う幸運に恵まれたフランドールは、横っ面をぶっ飛ばされた衝撃に眩む頭を目覚めさせるや、真っ先に自分をここまで追い詰めた少女の姿を探して、見つけた。


 見知らぬ男の腕に抱かれて意識を失っているらしい少女の姿を見咎めた瞬間、フランドールは即決で問答無用の攻撃(弾幕)を繰り出した。彼女を圧倒的な実力の差で追い詰めた事実には、本能的な危機感を抱かざるを得ない。相手がどのような状態―――例え既に戦う意志も無く気を失っている様子―――であろうとも、危険因子は徹底排除しておかなければならない。


 そうと断じたフランドールは、図書館での初撃に用いた手拳サイズの米粒の様な形状をした弾丸を連射する。あの時とは違い、ショットガンの如き散弾として広範囲を爆撃するものではない。大量の弾丸を狙いを定めた一点のみに集中したフルオートによる連射だ。超高速で飛来するその弾丸群は毎秒120発に及ぶ連射速度で一直線に列(ワインダー)を成してルーミアと、彼女を腕に抱く悠人をまとめて木端微塵に粉砕しようとしていた。


 それら銃弾の集中豪雨は、魔理沙の放った光の障壁によって間一髪、悠人達に届く前に遮られたが、極太レーザーと一点集中のフルオート連射、魔力の消費量は前者の方が遙かに多いのは明白で、5秒もすればレーザーの径が小さくなり、出力が落ちてきている事が目に見えて明らかになってきた。この分だと、あと3秒後にはフランの狂弾がレーザーの防壁を貫く結果が容易に予測できる。


(くそっ………もう、保たねぇ………っ!!)


 残存魔力を絞り出すようにマスタースパークを維持するも忍び寄る限界に歯噛みする魔理沙―――


(『固有時制御』―――ダメ、間に合わない………っ!!)


 度重なる能力行使で既に限界に達した身体が意識について来ないもどかしさに苦悶する咲夜―――


(―――ッ、ここまでか………っ!!)


 最後まで役立たずでしかなかった己を悔いて身を呈して庇うようにルーミアを腕に抱く悠人―――


 窮地に立たされた3人が最悪の結果を覚悟した、その時―――


「―――我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、其に捧げるは激烈なる陽光―――」


 耳に届いたのは、高速詠唱で紡がれる呪文の言葉。


 それが誰のものなのか、当たり前のように理解した。


「―――日符『ロイヤルフレア』!!!」


 呪文の結びをスペルカードの宣言とし、両手を振り上げ頭上に目を焼く光を生み出した、七曜の魔女の編み上げた日属性系統最高位の魔法『紅き激烈なる日(ロイヤルフレア)』―――能動と攻撃を司る日属性の真髄、あらゆるモノを燃やし尽くすその力が、紅い月明かりを受けて紅い闇に染まる紅魔館周辺の夜を、真昼の陽の光よりも激しく眩い光で隅々まで照らし上げ、フランドールを彼女の撃ち出す弾幕諸共、太陽の光で焼き尽くした。


「ふぅ………なけなしの魔力を無駄遣いさせて………」


 溜息を吐いて愚痴なのか安堵なのか判別しかねる独り言を呟く紫髪の少女が、着衣の裾を手で叩きながら紅魔館正面玄関前の階段をゆっくりと降りてくる。その時の紅魔館が誇る七曜の魔女・パチュリー・ノーレッジの姿は、彼女の光に助けられた4人の目にはさながら太陽神の如き後光を幻視した事だろう(実際に彼女が発動させたスペルカード(ロイヤルフレア)の残存魔力が残光として燻っていたのだが)。


「待たせたわね」


 そう軽く呟いて、しかし内心はこれから行うことへの緊張と重圧に押し潰されそうな重さを抱いて、それでも、揺るがぬ覚悟を決意した魔女の瞳に灯るのは、親友との約束を果たすべく全力を尽くさんと燃え盛る闘志の炎。


「さて―――そろそろ終わらせるわよ」


 狂化したフランドールを止め得る唯一無二の秘策を握るパチュリーが、静かに、力強く、決着を宣言する。




圧倒的な力を見せ付ける狂化(?)ルーミアがなんとか鎮まった時、

激戦に終止符を打つ切り札を携えて、遂に動かない大図書館が動く!!

次回、紅魔編―――決着!!(仮)

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