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第十三話『闇よりの使者』

ついに反撃の糸口を見出した魔理沙と咲夜。そして覚悟を決めたパチュリー。

重大な戦力低下にもめげずに強大な敵へ立ち向かう少女達。

一方その頃、あの新人執事は……って感じで始まります第十三話。

久しぶりにあの子が登場する一大転機、ご照覧あれ!





 紅魔館の正門前大庭園で繰り広げられていた戦いで紅美鈴が名誉の戦死を遂げた頃(生きてます)、本日より紅魔館の新人執事として勤務していた外来人・國崎悠人は、今日一日を掛けて清掃作業に奔走した屋敷内部の構造を極度の疲労により完全に忘れていた。つまり道に迷っていた。


 そもそも紅魔館は城主であるレミリアが夜行性である吸血鬼ということで基本的に窓が少なく、内部はさながら迷路の様相を呈している。慣れない者が案内も無しに勢いに任せて無闇に進むのはまさに自殺行為以外の何物でもなく、悠人が漸く外の空気の流れを感じて進んだ先に見つけた扉を抜けた先は―――


「あれ………どこだここ………」


 昼間に紅魔館へ訪れた時に見た、正面玄関前の見事な整形庭園の威容は影も形も無く、夜の闇に翳る薄暗い雑木林だけが視界一面に広がっていた。その雰囲気から察するに、ここは―――


「裏口だったか……まぁいいや」


 屋敷の外周を辿っていけばそのうち正面玄関に辿り着くだろう。裏口から出てきたこの雑木林一帯には閑散とした空気に包まれており、とてもではないが魔理沙達があの暴走したフランドールと戦っているとは思えない。よく耳を澄ませば、屋敷の反対側で盛大な爆発音が聞こえる。彼女たちは間違いなく正門側に居る。


 そう結論付けた悠人は足早に駆け出した。この地上に上がって来る前、互いの信念の激突から戦うことになった神楽疾風との戦闘で負った傷の大半は、彼の治癒魔術と悠人自身の能力「感情の昂りをあらゆる力に変換する能力」によって、『痛む傷に対する怒り』を自然治癒力の増幅に用いていた為、今の悠人の身体は完全に治りきっていない傷が少し目立つだけの、掠り傷程度の負傷具合である。戦闘行為の続行に支障は全く無い。もちろん、悠人が戦力になればの話だが。


(俺が行ってどうにかなるとも限らない……ただの足手纏いになることだってあるかもしれない……)


 事実として、地下図書館での戦闘では悠人は殆ど足手纏いだった。自分の不覚で咲夜に―――上司に無用な怪我を負わせるなど、部下として男としてこれほど情けない事はない。ロクに戦えもしない自分が戦場に出て、また同じ過ちを繰り返さないとも限らない。否、繰り返す可能性の方が高いだろう。


(だけど……それがなんだってんだ――!)


 自分が戦闘で役に立つか立たないかなど、今の悠人には関係ない事だった。彼は託されたのだ。フランドールを心から大切に想っている奴から、同じくフランドールを守りたいと想っている自分に、フランドールを止めてくれと。


 具体的にどうすれば良いかなんてわからない。いくら強大な能力(チカラ)を持っているからと言っても、それは使いこなすことで初めて真価を発揮するものである。使えなければ意味が無い。実戦経験が圧倒的に不足している悠人には、まだまだ十全に使いこなせる能力ではない。


(それでも―――行くんだよ!!)


 これはもう意地になっているなと、自分でもわかる。何が自分をここまで突き動かすのか、悠人自身にもそれが判らない。地下での戦闘の時もそうだった。半ば恐慌に囚われた疾風を足止めする為に、たった一人で未熟な身を戦いへ駆り出したあの時の感情。


 細かい理由なんて判らないが、自分は確かにフランドールを守りたいと想っている。だから疾風との圧倒的な実力差のある戦いにも挑む気迫が生まれた。結果としてそれが実力差を覆す運を呼び込み奇跡的な勝利を彼に齎したことに繋がったのなら、自分はまだ戦える。


 素人の運任せの(ビギナーズラック)出たとこ勝負(テイクアチャンス)にしては、あまりにも危険な賭けである。そう何度も都合よく運命の女神が彼に微笑むとは限らない。今度は魂を狩り獲る死神が彼の首を刎ねに来るかもしれない。


(そういえば……前にもこんなことがあったような……)


 あれはいつの事だったか。幻想郷に来てからの毎日は慌ただし過ぎて、今まで起きた全ての事柄を記憶できるほど生温い環境ではなかった。しかし、その中でも心に確として残る出来事が、確かにあったはずだ。絶対に勝ち目の無いと判る敵と相対して、それでもなお敢然と立ち向かう事を無意識のうちに決意していたあの出来事。そう、あれは確か、ルーミアが―――


「ゆーとー!」


「うぉあぁっ!?」


 紅魔館の裏口側の敷地を全力疾走していた悠人は、突然目の前に現れた闇の球体によってその足を止められ、間髪入れずにその闇から飛び出してきた金髪の少女の襲撃で、疾走の速度をそのまま体当たり(相手からしてみればただ抱き付いてきただけなのだが)の威力転換に利用された。


 闇から突然悠人を襲撃してきたのは彼の胸の高さより低い身長の幼い少女だったが、妖怪の飛翔に対して普通の人間が真っ向から突撃しても絶対に勝ち目はない。体格差云々の問題ではなく、人間と妖怪とではそもそもそこに存在している力の差が―――


「る、ルーミア……!?」


「こんばんはー♪」


 仰向けに倒れる悠人に馬乗りになって抱き付いてきているこの少女の名はルーミア。かつて悠人が幻想郷に迷い込んできた直後に初めて出逢った妖怪で、ファーストコンタクトの後、即捕食し捕食されそうになった関係である。また、一時悠人が人間の里に訪れた際に、幼い妖怪の教育をも行う里の『先生』こと上白沢慧音に頼まれて一緒に里を練り歩き、短い触れ合いとはいえとても親密な関係になった、悠人にとって幻想郷で初めて出来た『妖怪の友人』である。


 ちなみに悠人は幻想郷に来る以前、また来た直後の記憶を失っており、前者の事柄がそれに該当する。奇しくも今の二人の状態はまさにその妖怪少女の貴重な捕食シーンを再現した光景になっているわけだが、悠人にはその時の記憶が無く、ルーミアも悠人を捕食する気など無くしているので意識はしていない。実に奇妙な偶然の一致だが、それは余談として置いておいて、悠人は即座に上体を起こし、当然訊くべき事を目の前で喜色満面といった風情のルーミアに訊く。


「どうしてお前がこんなところに居るんだっ?」


「んー、里でせんせーとお話ししてたら、いきなり空が真っ赤になったから気になって見に来たのー♪」


 抑揚のあまり感じられないのんびりした口調はまさにいつものルーミアだった。この少女と話していると自分まで緊張感を解かれて心地良い気分になるのだが、もちろん今は天然妖怪娘の癒し効果でリラックスしている場合ではない。


 悠人は少女の両脇を両手で掴んで身体を浮かせる。ルーミアは小柄で重いと感じるほど体重は無いように思われるが、男としてこのままの体勢は危険と判断して彼女を隣に立たせる。続いて自分も一度立ち上がり、一瞬だけ伸びをしてすぐに片膝を突いて目線をルーミアに合わせる。慧音もルーミアと立ち話をする時はよくこうしていたのだという。


「ルーミア、ここは危険だ。今、とても強い妖怪が暴れている。巻き込まれたらタダじゃ済まないんだ」


 真剣な表情と声で、目の前できょとんとしている少女を説得する。こう見えてルーミアも一端の妖怪であり、妖怪退治に慣れている魔理沙をして『普段は雑魚だが本気を出させるとかなり強いかもしれない』と言わしめるほどの実力を秘めているらしいが、それとこれとは話が別である。


 今ここにルーミアが現れる直前に回想していた出来事。ルーミアと人間の里を散策している時に遭遇した、強大に過ぎる相手を前に彼女を庇うようにして自分がその相手と対峙した時の出来事。何故かルーミアだけを狙っていたその襲撃者に対し、あの時の自分は確かに立ち向かう気迫を見せ、ルーミアを守り抜く覚悟を決めていた。


 同じである。あの時のルーミアを守りたいと想った気持ちと、いまこの時のフランドールを守りたいという想いは全く同じである。何故その想いが湧いたのかは依然不明だが、とにかく、そう思っている。自分はフランドールとルーミアを守りたい。その気持ちだけは本物だと、今はっきりと判った。


 だから、悠人はこれから赴く危険な戦場へルーミアを連れて行くことには断固として反対の意思を示し―――


「でもわたしはゆーとより強いよ?」


「………………」


 反対の意思を示そうとしたその決意を、少女の放った何気ない悪意無き無慈悲な一言(一撃)で、八割くらい撃ち砕かれた。ような気がした。


「いや、まぁ、そりゃ……」


 認めざるを得ないのか! 認めざるを得なかった……。厳然たる事実として、目の前に可憐に佇む少女は妖怪で、それなりに良い体格をしていると言えなくもない自分は普通の人間である。妖怪がその身に秘める力に、体格差の有利は意味を成さない。小柄な体躯で巨岩をも砕くと言われる、その条理の外にある存在は、決して普通の人間には到達できない領域にある存在なのである。


 だからこそ、幻想郷にはその人間と妖怪の力の差を埋める決闘方式「スペルカードルール」が存在するのだ。


 しかし、地下図書館での戦いを思い出す。あの暴走したフランドールの攻撃は明らかにスペルカードルールの埒外にある威力であると、魔理沙達の会話から推測できる。これから向かう戦場では、そのルールの適用されない無法地帯と化している可能性も十分にある。そんな所に、ただ魔理沙の言葉だけを信じてルーミアを伴って飛び込んでも良いのだろうか。だがしかし、それを言うのなら自分も同じである。役立たずの度合いで言うなら自分の方が遙かに役立たずだ。


「大丈夫。ゆーとはわたしが守るから♪」


「………ルーミア」


 金髪を赤い月の光に煌かせる少女は、朗らかで無垢な笑顔で悠人にそう請け合った。まったく、そんなに緊張感の無い顔と声で、そんなことを言われるとこちらの肩肘まで力が抜ける。悠人の口から思わず苦笑が漏れた。本当は自分こそがこの子を守ってやりたいのだがな、と心中で自嘲して、彼は静かに立ち上がり、機械仕掛けの大剣を担ぎ直して、傍らのルーミアに微笑みかける。


「行くか、ルーミア」


「うんっ!♪」


 少女からの満面の笑みを受け取って、二人は紅魔館の正面庭園へ続く裏手の雑木林を駆け出した。


「危なくなったら俺に構わずすぐに逃げろよ!?」


「わかったー! 悠人を連れてすぐ逃げるのー!」






 紅魔館正面玄関前の大庭園。


 金髪禍翼の少女が横薙ぎに一閃した紅黒い炎を纏った魔杖から無数の炎弾が放射状に撒き散らされる。地面に着弾しては爆発を起こし、空中で不意に破裂して威力半径を拡大するそれら狂気の魔弾の驟雨をすばしっこく掻い潜り、また瞬間移動しながら避け続けているのは、白黒の魔法使いと、青いメイド服の従者。


「良く考えれば、攻略法が解ってもそれを実行する手段が無かったぜ……!」


「私たちは所詮、普通の人間だからねぇ……っ、と。そろそろパチュリー様から何か対策が―――」


 白黒の魔法使いこと霧雨魔理沙が箒に跨り機敏なジグザグ飛行で炎弾の隙間を巧みに躱して、青いメイド服の従者こと十六夜咲夜は時間停止の能力を使いながら弾幕の薄い安全地帯に退避しながら攻撃を凌ぐ。二人とも普通の人間を自称していながらやっていることは常人離れしている。だが、いくら回避の手際が優れている二人でも、攻撃に転ずる手段は持ち合せていなかった。


 美鈴乾坤一擲の一撃で、狂化した金髪禍翼の少女ことフランドール・スカーレットの体内に大量の気を流し込み闘気を炸裂させて、内部から彼女を狂わせていると思しき炎を吹き散らすあの絶技は、普通の人間には到底実現できない。それを理解している魔理沙と咲夜は、それを実行できる筈の人物が何か対策を考えてくれるだろうと期待して、今までとにかく攻撃を避け続けて時間を稼いでいた。


 そんな時だった。念願の朗報が念話として届いたのは。


《魔理沙、そして咲夜、聞こえてるわね? 妹様を正気に戻す方法が判ったわ》


「待ち侘びたぜ、パチュリー!」


「それで、どうやって妹様にアレを打ち込むのでしょうか?」


 止むを得ない状況で決死の大技を放ち、今まで休息しつつ戦況を観察し対策を考えていた、パチュリー・ノーレッジからの思念会話(魔力を伝達する経路(パス)を互いの間に結び思考を魔力振動として相手に伝える、魔法の糸電話のような魔術の一種である)を受け取り、快哉を挙げる魔理沙と、既に『何をすればいいのか』把握していた咲夜は『どうやって行うのか』という実践的な結論を急く。三人共に消耗は少なくない。さしもの咲夜でも長話に興じている暇は無いと悟っているのだ。


 そんなことなど重々承知しているパチュリーも、常のように早口で先を続ける。


《結論から言うと、私が妹様に大量の魔力を叩き込む役を担うわ。ただ、それには問題があるの》


「今更一つや二つ問題が増えたところで大して変りないぜ」


「………………」


 微量の苦みが含まれる魔女の声音には、それが簡単には解決できない問題なのだということを雄弁に物語っている。魔理沙は半ば開き直った強気な姿勢で、咲夜は黙って続きを聞く。彼女には恐らくその問題とやらを把握出来ているのだろう。


《問題は二つ。一つは美鈴の発剄並みの魔力を充填するにはかなりの時間がかかること。もう一つは美鈴の様に充填した後に相手の元まで動いて打ち込むなんて芸当は到底無理であること。つまり、あの妹様の目の前で長々と時間を掛けて魔力を溜めて、一歩も動かず零距離から純魔力の気を叩き込む必要があるわ》


 淡々と早口で語られるパチュリーのその方法を聞いて、魔理沙が真剣な声で問う。


「………出来るのか?」


《無理に決まってるじゃない》


 即答で返したパチュリーに、ですよねー、と続けた魔理沙の後を継いで、咲夜が真剣な声で問う。


「さっきみたいに私の『固有時制御』でパチュリー様の時間を加速させて、瞬間で妹様に魔力を打ち込むという方法はどうでしょうか……?」


《………貴女、私を殺す気?》


 今度はややあって返答したパチュリーに、ですよねー、と続ける咲夜に、念話越しに溜息を吐く。




 紅魔館正面玄関前大庭園―――現在、狂化したフランドールと魔理沙達が死闘を繰り広げている戦場を見渡す事が出来る二階の空き部屋。窓の少ない紅魔館に存在する数少ない窓付きであるその部屋の窓際に移動させた椅子に腰かけているパチュリーは、手段と方法面で手詰まりとなったこの状況を打破する為に、紅魔館の頭脳と謳われるその思考を最大加速させてなんとかして解法を捻り出そうと頭を捻る。だがどの手段に訴えても危険度が高い方法ばかりが浮かんでくる。安全面を重視した作戦に出ても相対的に成功率は低くなり、結局はこちらが危険に陥る局面になるのは避け得られない。


《せめてレミリアお嬢様が出てきてくれさえすれば……》


《あー、あいつは無理じゃないか……? 屈折した妹恐怖症はまだ克服出来てないんだろう?》


「………………」


 諦観の念を含んだ咲夜の秘策は、しかしその諦観を抱かせる原因を知っている魔理沙の指摘に難色濃厚の事実を改めて思い知らされる。パチュリーが送る念話(念話は微量の魔力を消費するれっきとした魔術だが、二人は回避に専念しているため、また戦闘中の作戦会議でもある今この時は常時念話の魔力経路を繋げている)の沈黙には、それ以外の何か別の事情から来る気不味さのような異物が含まれているような気がしたが、二人がそれに気付く由もなく、また事実気付いていない。


 もし気付かれれば二人の士気にも影響が少なからず出るであろう。故にパチュリーは敢えて黙っておく。現状に於いて最大の戦力となるであろう紅魔館の城主にして夜の王(自称)、赤い悪魔ことレミリア・スカーレットは既に、戦わずしての戦線離脱(リタイア)をしている事を。


(私がレミィに魔力供給を行っても、流石に半身消失の重傷をたった数分で治癒など望めない……そんなにのんびりとしていたらあの二人は確実に殺される……)


 生粋(妖怪)の魔法使いであるパチュリーの身体はその構成・機能の大半を魔力によって構築・活動されている。彼女に限らず妖怪と呼ばれる者達の殆どはその身体を形作るのに強大な妖力(魔力)、つまり意思力を用いている。意志の力は『自分という概念』を形作る力となる。故に妖怪達は自己を確固とした一つの存在と認識し、己が持つ妖力で『自分の存在をそこに形作る』ことで一個の身体を存在せしめることができる。だから妖怪達は四肢や半身を消し飛ばされる重傷を負おうとも簡単には死ぬ事は無い。強大な妖力で『自分という存在』を強く意識することで簡単に失った身体を再生させる事が出来るからだ。


 パチュリーもレミリアもその種族に分類される『独立した意志力の概念存在』である。魔力・妖力・霊力と言葉は違えど元を質せば『意志力』という根源的な存在に立ち帰る。前者二つは妖怪同士ならその力の遣り取りも容易い(後者の一つは知識外の項目なのでいつか巫女にでもその性質を聞いてみようと知識欲旺盛なパチュリーは考えている)。だが、容易いとは行っても供給しなければならない魔力量は身体を構築する半分である。しかもレミリアは身体の頑丈さに定評のある吸血鬼で、その身体に満ちる魔力の密度はパチュリーの比ではない。もしかしたらパチュリー数人分の魔力を用意しても賄いきれない程の差があるかもしれない。彼女に出来るのはあくまで親友の自己再生の速度を促進させてやる程度である。


(やらないよりはマシだけど、そうなると今度は『私自ら作戦』を実行する余力も無くなる。そうなると完全に手詰まりだわ………)


 そう。今の彼女たちに何よりも不足しているのは時間だった。


 先にパチュリーが魔理沙達に説明した『私自ら作戦』こと、フランドール(狂化して目に付く全てを破壊し尽くそうと本能同然の暴走をしている状態)の目の前で悠長に魔力を錬成し零距離で彼女に打ち込む作戦も、パチュリーが魔力供給の補助をしてレミリアを戦闘可能な状態にまで回復させ彼女を戦いに参加させる作戦も、どちらを実行するにしても時間が足りない。


 前者はパチュリーの身に降りかかる危険度(リスク)が高過ぎるし、後者は単純に時間が足りなさすぎる。短く見積もっても失った半身を再生させるには最低でも一週間は必要だろう。そんなに待っていたら、今戦ってる二人の少女(魔理沙と咲夜)はもとより、紅魔館が消滅の憂き目に遭うかもしれない。なにより、レミリアが復調を遂げたとして今のフランドールとまともに向き合えるかどうか………。


 レミリアはフランドールの姉である。普段のフランドール、外見年齢に見合った精神年齢の持ち主で、普段は子供っぽく我儘で言う事をあまり聞かない困った子だが、レミリアは別段そんな妹が嫌いだという訳ではない。むしろ溺愛の部類に入るほど愛している。弾幕勝負を持ち掛けられたら面倒臭そうな対応の仕方と裏腹に内心では嬉々として受けて立っている様子をパチュリー(と恐らく咲夜はじめ紅魔館の住人全員)は見抜いている。


 だが、フランドールが定期的に発症する情緒不安定な精神状態(紅魔館の住人はこの症状を『発狂』と称して対策の符号としている)に陥ると、レミリアは何故かフランドールに近寄れなくなる。近寄らないのではなく、近寄れない。苦しんでいるフランドールの悲鳴にも似た狂声を聞くと身体が震える。一刻も早く静めてその苦しみから解放してやりたいのに、それが出来ない。身体が自分の意思に反してフランドールから遠ざかる行動を取る。


 発狂しているフランドールの姿が見えなければ、普段の尊大な態度と余裕を崩さずに居られるが、その外面とは裏腹に内面では焦燥と恐怖が渦巻いているのだ。助けに行きたいのに、助ける事が出来ない。情けない自分の身体を、矜持(プライド)だとか威厳(カリスマ)などという安っぽい鎧で包み隠して、必死に平静を装うその姿には、妹様とは別の意味で『発狂』しているように見えると、長年レミリアの友人をやっているパチュリーには感じられた。


 故に、レミリアを復帰させてフランドールにぶつけるという作戦は、成功率が低いとパチュリーは断じた。それより僅かに成功率の高い、程度の差で言えば五十歩百歩の確率だが、彼女自身の命を賭した大博打に出るしか道は無いと決した。


(気乗りはしないけどね……でも紅魔館が無くなるという事は、私の図書館、私の大切な本達も無くなってしまう訳で、そう考えるとどちらの作戦が失敗しても私に待つのは死と、死より辛い絶望だけ……失敗した時の苦痛(リスク)が等価なら、僅かでも成功する確率が高い方を選んだほうがより価値がある。……いや、違うわね……)


 不意に、あの白黒の勝ち誇った笑みを思い出して、心が湧き立った。


「負ける気でいる奴は、必ず負ける……か」


《あー? どうした、なんか良い案でも浮かんだか?》


 そういえばまだ念話は繋がっていたわね、と意味も無く苦笑しながら、ゆっくりを腰を下ろしていた椅子から立ち上がる。たまには、あの常に勝つつもりで生きている奴に倣ってみるのも悪くはない。


「いいえ、なんでもないわ。もうすぐそちらに向かうから、それまで時間稼ぎの方、お願いね」


《出来るだけ早めに頼むぜ。あんまり長くは保ちそうにない》


「負けるつもりでいると負けるわよ」


 ここぞとばかりに普段の鬱憤を晴らすつもりで言い返してやった。口に出して言ってみると意外と気持ちが良いものだと気付いたが、その当人からの返答は無い。どうやら回避に専念しているようだ。邪魔するのも悪いし、なにより時間稼ぎの駒が減るのは作戦に支障が出る。パチュリーは黙って念話を切って扉のドアノブに手を掛けた。


(そういえば、あいつは自室でノビてるって言ってたわね……一言くらい文句でも言ってやろうかしらね)


 戦力としては役に立たなくなった親友に、万が一の為の遺言でも聞かせてやろうと考えながら扉を空ける。縁起が悪いと文句を言われたら、誰の不手際のせいでこうなったのかと愚痴の一つでも言って黙らせてやろうと考えながら部屋を出る。


「いやいや、そうじゃないでしょう」


 努めて明るく声に出して呟いてから、姉の不様さを際立たせる為の戦勝報告でも考えながら意を決したパチュリーは、走ると息切れするので飛翔して、親友が不様に転がっているであろう紅魔館城主の部屋へ向かう。






 紅魔館本館の外壁を回り込み漸くというほどの間もなく、悠人とルーミアは正面玄関前の大庭園に辿り着いた。そして、そこで繰り広げられている壮絶な戦闘に絶句した。無意識のうちに傍らにあるルーミアを引き寄せて彼女を守る体勢を取ったが、実は守られるのは自分になるのではないかと思った途端、どうにも自分からルーミアに縋ったような感覚になって少し情けない顔になる。ルーミアの方からも悠人の袖口をその小さな手でしっかりと握り締めているから、今更振り払う気にもならなかったが。


「魔理沙達、大丈夫か――危ない! あ、避けられたか……咲夜のあの手品は凄いな」


 まるで解説役になったような心境の悠人だが、実際に今の彼にやれる事と言えばそんな程度の事しかない。魔理沙達と狂化したフランドールとの戦いは、素人が飛び込んでどうにかなるレベルの戦いではないのだから。まるでショットガンの散弾の様な高密度の弾幕を魔理沙がマスタースパークの様なレーザー(ナロースパークという、マスタースパークより低威力だが低燃費で隙が少ない技である)で焼き払いながら撃ち漏らした弾幕を器用に掻い潜り、弾速は遅いが滞留して回避の邪魔になる炎弾を咲夜がナイフで切り裂き掃除しつつ、高密度の弾幕が襲ってきたら瞬間移動で弾幕の薄い地帯へ避ける。二人とも人間離れした超絶技巧であのフランドールと対抗している。


 が、戦況が魔理沙達に不利である事は、遠目からでも素人目でも察する事が出来た。フランドールの口からは狂気に歪む哄笑が、魔理沙達の表情は苦悶の色も濃い。そもそも攻撃を繰り出しているのはフランドールばかりで、魔理沙達は防戦一方である。これを見てどちらが有利で不利なのかを把握するのは素人でも出来ることだ。


「とりあえず、遠距離から様子を見よう。余計な手を出すと邪魔にしかならない―――」


 そう悠人が口にした時だった。


 まさにこの時を待っていたかのような絶妙なタイミングで、悠人に向けてそれは超高速で飛来した。


(―――っ、な!?)


「避けろぉぉぉッ!!!」


 魔理沙の悲鳴の様な警告の叫びが耳に届くとほぼ同時に、それ―――運悪く悠人への直撃コースを辿っていた流れ弾が、彼の眼前で爆発した。


(流れ弾だとッ――!!?)


 戦場に於いて最も警戒するべきもので、最も対策を取り難い要因の一つ。不意打ちも同然に飛来してきた流れ弾に悠人が気付けたのは、フランドールの挙動と彼女から放たれる弾幕に意識を集中していたから。しかし、例え気付けたとしても、突然の奇襲に対し咄嗟の対応が取れるのは熟達した経験者だけである。


 少し前の地下図書館での疾風の奇襲に対し悠人が運良く対応出来たのは、単に警戒心を最大限に発揮し『自分一人で』襲撃が来ても切り抜けよう、切り抜けて見せるという覚悟があったからだ。


 しかし今回はその時とは立場が微妙に違った。戦っているのは自分ではなくフランドールと魔理沙達。自分は所詮傍観者に過ぎないと、心のどこかで勝手に戦力外判定を自らに下していた。『警戒中の油断』とはまさにこの事である。


(―――………ぐっ、うぅ………あれ? 俺、生きてる………?)


 狂化して強化されているとはいえ、通常弾でありながらその流れ弾の爆発は、悠人の放った『エクスプロージョン』の衝撃の半分程度の威力を有していた。それほどの衝撃波を至近距離から受ければ、戦慣れしていない普通の人間ならショック死している処である。現にあの技を放った後の自分も満身創痍の体だったのだから。


 だが、自分は生きている。自分の身体がそこにあると確かに認識している。認識している意識がある。意識があるということは、即ち死んではいないということだ。


 あれほどの爆発を至近で受けて、何故―――


 そう理由を考えようとしていた思考が―――止まった。


「っ、ルーミア!!?」


 自分の目の前―――自分に向って飛来した流れ弾の爆発が生じた丁度中間地点―――に崩れ落ちた、金髪の少女。衣服の大部分が爆発の衝撃で解れ焼き裂かれ、白いブラウスに赤い血が滲んでいる。絶対にこんな姿にはしない、させたくないと誓った、ルーミアの―――自分の事を身を呈して庇ったルーミアの姿を見て、悠人の思考は止まった。厳密には、他に何も考えられなくなった。ルーミアの事で―――あれだけ守ると心中で豪語していながら、結局守られる結果になって、そして守る事が出来なかったルーミアの事しか考えられなくなった。


「ルーミア! ルーミア!! おい! しっかりしろ!!」


 全身に酷い傷を負った―――その傷は自分が付けたも同然だ―――ルーミアを急いで、しかし優しく抱き抱えて、泣き喚く様に少女の名を叫ぶ。闇の妖怪のくせに太陽みたいに明るかった笑顔を見せてくれた顔は、激痛の苦悶に歪められて―――彼女にその激痛を与えたのは自分だ―――苦痛に喘ぐ呻き声が―――彼女にその苦痛を味わわせているのは自分だ―――小さな口から微かに零れる。ルーミアの金髪を飾っていた赤いリボンのような布が、その動作でほどけてはらりと地に落ちる。


 あるいは、それが引き金(トリガー)だったのだろうか。


「あ……あぁ、ぁぁあ………ああああああああ―――!!!」


 全身が(おこり)のように激しく震えて、何かが壊れたかのように、喉の奥から擦れたように出てくる呻き声は喉が張り裂ける程の絶叫をほとばしらせ、悠人の中で彼を繋ぎ止めていた何かが切れる―――


「大丈夫―――」


 ―――寸前に届いた。


 声が―――守りたかった少女の、守れなかった少女の声が、自分の中に在る何かを解き放とうとしていた自我を、呼び覚ました声が聞こえた。


「ルー………ミア………?」


 自分の目の前に、静かに立ち上がる小さな身体。赤いリボンの髪飾りが解けた金髪を風に揺らして、確たる存在感を漲らせる少女が。


「大丈夫――。悠人はわたしが守るから」


 小さな背中越しに聞こえてくる声は紛れもなくルーミアのそれで、大きな存在感を放つ身体から漂う雰囲気はまるでルーミアとは別人のようだった。


「あれは……あの時の……っ!?」


 この場で唯一人、『今のルーミア』の姿を見たことがある魔理沙が、フランドールに対抗出来る戦力を得られるかもしれない喜びを通り越して、それ以上の危機感をそのまま音にしたかのような声を発した。


『あの時』とは若干雰囲気に差異があるが、『あのルーミア』は間違いなく、以前魔理沙に生物としての根源的な恐怖を味わわせてくれた『ルーミアであってルーミアでない』存在だ。


「ルーミア……? お前は―――」


 後一歩で取り返しの付かない何かを暴発させる恐怖に囚われていた悠人の、そんな自分を瀬戸際で引き戻してくれたルーミアに問い掛けようとした言葉は、中途で止めざるを得なかった。


「虚無より来たれ―――我が力」


 ルーミアの声が紡いだ二節の言葉と、それが呼び出した身震いを起こす程に膨大で圧倒的な魔力が『なにもない筈の空間』から開いた切れ目から一振の大剣を抜刀した衝撃波で、身体が呼吸以外の動作を行う事を封じられたからだ。


「闇剣『無天鏡(むてんきょう)』―――開帳」


 ルーミアの小さな手に柄を握られているその剣は、悠人が持つ大剣などとは比べ物にならない程の巨大な両刃剣だった。闇の如く漆黒の刀身は水晶の様な透明感を持ちながらも反対側の景色を透けさせない不可思議な材質で構成されているようで、刃渡りだけでルーミアの身長の倍に達する長さを持ち、幅は彼女の小さな身体など軽く隠しおおせる程の広さを誇る。刃金の縁をなぞるように刻まれた溝は幾何学的な紋様を形成し、唾や柄頭を飾るのは質実な剛健と絢爛な豪華を両立させる意匠の黄金細工。


 それは、人の手に拠って造る事など適わない、全く別次元の存在であることを全身で体現しているような武器だった。


 その大剣を、見た目に反して全く重量を感じさせない軽やかな動作で、巨大な刀身の剣尖を自分の真正面―――突如として場に顕現した強大と言うも生温い圧倒的な存在に、半ば強引に戦闘行為を中断させられていたフランドールに向けて、ルーミアであってルーミアでない何者かがルーミアの声で宣言する。


 闇夜の静寂の様な静かな声で、


 開戦の号砲を―――


「闇より深き昏い、黒の夢に眠るがいい―――」




意外とバトル自体は少なかった今回ですが、状況は劇的に変化しました。

さあ、このピンチをどう乗り切る!?そしてルーミアは一体どうなったのか!(棒)

という感じで、次回は今まで我慢してた厨二全開でぶっ飛ばします。

次回、デスぺラード・フランドールVSエクストリーム・ルーミア!!

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