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第十一話『守護者』

執事と執事が互いの信念を賭けた激突をしていた頃、

暴走するフランドールと相対していた魔理沙、咲夜、パチュリーは―――

って感じで始まる第十一話です。どうぞ、ご照覧あれ!

正直第九話で燃え尽きた感が否めない(ry



 それは、悠人と疾風の――傍から見れば無為だが当人たちにとってはわりと意義のあった――戦いが終息する、その数分前―――




 通常の「レーヴァテイン」の数倍の密度と出力を誇る暴走する魔剣を振って紅魔館の地下から屋上までを一息にブチ抜いたフランドールは、地獄の業火もかくやとばかりに燃え盛る灼熱の焔剣を軽く構えて、相対する魔理沙とパチュリーを狂気に彩られた不敵の微笑で威圧する。


「さて、どうしたものかねコイツは……」


「力で押し返すのは不可能と見て間違いないわね」


 相手の得物は、こちらの攻撃はおろか防御障壁すら紙切れ同然に斬り裂く、どころか燃焼させ蒸発させ消滅させる程の火力を有していると、先の一撃から二人の魔女は推測し、そしてその推測は当たっていた。頭上に綺麗に穿たれた円形の孔、屋根の向こうの夜空がはっきりと確認できるその即席の天窓をこしらえた事から容易に察しが付く。


「つまり、一発でも当たったら即・終了(ゲームオーバー)。まぁいつもやってる遊び(弾幕ごっこ)と変わらんな」


「問題なのは、その一発の有効射程(当たり判定)がとんでもなく大きいのと、余波に触れただけでも人生からもゲームオーバーという処が泣けるわね」


「逃げ場が限られているこの場所(地下)じゃ、追い詰められる側(私達の方)が圧倒的に不利、ね」


 負傷からある程度立ち直った咲夜も加わり、三人の少女はそれぞれ一言ずつの確認と目配せだけで、現状打破への足掛かりとなるべく状況を分析し最適解を導き出した。その突破口を切り開く一番槍を担うことになるであろう魔理沙は、箒の後部座席に座るパチュリー共々、一度床上に着地する。これから行う強行突破作戦は、荷物を背負ったままで達成できるほど生易しいものではない。


「やる気なの? 魔理沙……」


「他に手が無いからな。私の飛翔と彼奴(フラン)の斬撃、どちらが(はや)く相手に迫れるか。サポート頼むぜ、二人とも」


「もし失敗したら、私達のせいってことにしてもいいわよ」


 パチュリーの今更の確認、魔理沙の行動への決意、咲夜の挑発的な作戦成功への自信。三者三様に示される表情と声色には、緊張に強張ってはいても弱気に沈むものは何一つ含まれていない。これからやろうとすることを思うなら、その最大の障害となるのは弱気、そしてそこからくる躊躇なのだから。


 意を決したら行動は即決、迅速。『地上の暴走彗星』を自負する魔理沙は、今この時もその威名(周りからは皮肉の込められた渾名であることは勿論自覚している)に恥じぬ突撃を、彼女は断行する。目には目を、突撃には突破を―――


「―――星符!!」


「『破滅を齎す(アサルト・オブ)―――」


 魔理沙に攻撃の予兆を読み取ったフランは、脊髄反射で右手に持つ赤黒い炎を纏う大剣を振り被り、迎撃の構えを取る。彼我の距離は十数メートル弱。先のフランの攻撃を見て、構えてから射出(斬撃、という形容はどう見ても合わない)までのタイムラグは、恐らく半秒にも満たない。その「有るか無いかの一瞬」の間に、魔理沙の攻撃が先んじてフランへ至る状況を作るには、こちらも光の速度で応戦するしかない。これはいわば、ガンマン同士の早撃ち(クイックドロウ)


 しかし、この対峙は魔理沙にとって圧倒的に不利な状況である。彼女が頻繁に用い最も信頼する技・マスタースパークは、破壊力と弾速に関しては申し分ない威力を誇るが、現状に於ける問題はそこではない。魔理沙の魔砲は確かに高威力で高初速である。しかし、今回の相手はそれすらも軽く上回る破壊の権化とも言える化け物じみた魔剣が相手である。両者の技が中間でかちあった場合、その怒濤の威力に押し負けるのは魔理沙(マスタースパーク)の方であろう。


 しかし―――故に、これより魔理沙が放つのはいつもの魔砲(マスタースパーク)ではない。現に、スペルカードの系統を示す接頭語からして既に違う。マスタースパークを示す恋符ではない。魔理沙が示す、彗星の魔砲は―――


「―――『エスケープベロシティ』!!!」


「―――災厄の剣(レーヴァテイン)』!!!」


 流れ星―――それは地球の引力に誘われ大気圏で燃え尽きる宇宙(そら)から落ちてきた儚い星屑。魔理沙は空に浮かぶ星々の中でも、この流れ星が最も好きである。レーザーのように一瞬で流れて消える、そんな姿に魅せられて、彼女は星を模した魔法を多く使うようになった。


 だが、そんな魔理沙が、儚い星屑であるなどと、誰が思えようか。


 この姿を見れば、誰だって理解する―――『地上の暴走彗星』の異名を。


「がっ―――は、っ!!?」


 胸郭が砕け折れる程の大打撃を受けた様な声を漏らしたのは、フランだった。


 魔理沙とフラン、互いに必殺を期した一撃は、一瞬の誤差も無く同時に繰り出された。当初の見立て通り、フランの斬撃は半秒も待たすことなく、魔理沙を―――四半秒前まで魔理沙が居た場所を斬り払った。その間に、魔理沙の箒の柄頭が、フランの胸に深々と突き立っていたのだ。


 絶大な効果範囲と余波に掠めただけでも大打撃を受ける斬撃を攻撃と同時に躱す手段。それが『撃たれる前に打つ』という、実に魔理沙らしい、まっすぐに過ぎる作戦。


 長年に渡り魔力を蓄え続けたのは、何も魔理沙の身体に限ったことではない。魔理沙が魔法使いを(魔法の森に住み)始めた時から常に彼女と共にあった箒は、いわば魔理沙の相棒にして化身。既に枯死した筈の竹竿から時々葉が生えてくる程度に奇妙な変貌を遂げたその魔法の箒は、持ち主の魔力を得て様々な効果を発揮する。主に飛翔手段として。そして、今この場に於いては、重力に逆らって大気圏外を目指す宇宙ロケットとして。


 フランを直撃した魔理沙の攻撃()は、そのまま勢いを衰えさせることなく上昇を続けた。実際に、フランが攻撃を受けたと自覚したのは、既に箒の推力が衰え始めた直後。時間にして1秒にも満たない間に、魔理沙はフラン共々、図書館の最下層から天井に穿たれた穴を通って、紅い月が地上を照らす紅魔館の上空にまで躍り出ていた。


 フランが魔理沙の攻撃を避けるのを阻害する為に進路妨害の魔法の準備をしていたパチュリー、同じく魔理沙の攻撃が届く前にフランの攻撃が先んじて魔理沙を焼き払う局面になった場合に時間操作で補佐しようとした咲夜は、霧雨魔理沙(地上の暴走彗星)の出鱈目な勢い(パワー)に一瞬呆れて、すぐに二人の後を追ったのだった。




「さて、これで逃げ場の確保と大事な本に被害が拡大する恐れは無くなったな」


「私にとってはその大事な本が未だ窃盗の危機に晒されているという不安が拭い切れないのはどうしてかしらね……」


「とはいえ、これ以上アレを無闇に撃たせ続けると、被害はお屋敷の外にまで拡がってしまいますわ」


 紅魔館の屋根に降り立った三人の少女は、夜空を紅く照らす紅い月を背にする悪魔の妹のシルエットを見上げながら、次の一手を考えはじめる。一撃必殺の大破壊力を持つ地獄の魔剣、その攻撃圏内から逃れられる余裕を得られたのは確かに大きいが、状況は未だに彼女たちにとって不利である。


 先ほどの魔理沙の攻撃は、確かに強力無比な打撃力でフランドールの身体を諸共にこの屋敷の外にまで連れ出すことに成功はしたが、『ダメージを与える』という点では力不足だったと言わざるを得ない。フランの保有するスペルカードの質と量、そしてそれらは彼女を包みこんで狂化させている紅黒いオーラによって数段上のランクにまで強化されていると考えると、あの狭い図書館内での戦闘続行は長期的に見てこちらが圧倒的に不利な情勢に追い込まれる。そこまで考えて魔理沙は、敢えて攻撃を打ち破る(スペルブレイクの)チャンスを棄てて、フランをここまで連れ出したのだが……。


「フランを殴り付けた時の手応えから察すると、アレ(魔剣)を撃てる余力は後一回ってところか。全力で回避に徹するべきか、それとも先手必勝作戦に出るか……」


「恐らく、さっきと同じ手はもう通用しないでしょうね。暴走しているように見えて、アレからは確かに理性の片鱗というか、戦闘の機微を読む洞察力が残ってるわ」


 フランドールの手の内を熟知している二人の魔女が対策を考えている時、彼女らの隣に在る咲夜は宙に浮かび最後の一撃を繰り出してくるフランドールの機微を事細かに観察していた。その挙動に、違和感―――というより危機感―――即ち、行動の予兆を感じて、咲夜は咄嗟に叫んだ。


「来るわ!!」


「!?」


 右手に魔剣を構えるフランの空いた左手が、一枚の新たなカードを持っている。それがスペルカードであることに疑いの余地は無く、予期せぬ新たな攻撃発動の前触れに三人は最大級の警戒を以って身構える。


「順番通りなら、次は『フォーオブアカインド』だな……3対4で戦闘員数的にも逆転されて、苦戦は免れないぜ」


「もしかしなくても、多分それも強化されてるから3対40だったりして」


「あーあーあーあー聞こえなーい! 今この場で言う冗談にしては笑えなーい!」


 魔理沙と咲夜が無駄口を叩いている間に発動した、果たしてそれはフランドールの第三スペル『フォーオブアカインド』だった。少なくとも、見た目の上では。


 左手に構える(スペルカード)に魔力を送り、大技(スペルカード)を発動させたフランは、当初の予測通り、4人に分身した。まるで最前に居るフランと動作を完璧に同期させる3人のフランが後に控えていたかのように、ディーラーが4枚重ねたカードをテーブル上に広げるように、派手な演出も無ければ大仰な仕草も無い、滑り出るかのように自然な立ち居振る舞いで。


「禁忌―――『ファイブオブアカインド』」


 フランの小さな口から紡がれる、可憐な声に混沌の穢れが混じる音が、スペルカードの発動を宣言する。


 魔理沙の予測通り、それは『フォーオブアカインド』の上位スペルと思われる暴走級(オーバードライブ)スペルカード。しかし、妙である。『ファイブ(5枚)』の単語に置き換えた割には、フランの姿は4人しか居ないように見える。分身は通常のフォーオブアカインドの時と同じように、3体しか現れていない。スペルカードの名前を示すなら、ここで現れるべきフランの総数は5人でなければならないはずだ。


 何かが怪しい。このスペルは、先に使用された二つのスペルカードと違って、力技に訴えるタイプではなく搦め手でこちらの虚を突くタイプであると、スペルカード戦に慣れきった魔理沙達は感じ取っていた。


「最後の『魔剣』を撃たなかったのは、次のスペルにその余力を持ち越す為の繰り上げ発動だったのね」


「分身全員が『魔剣』持ちって処が、悪辣っていうか……容赦無いな」


 通常、フォーオブアカインドで出現した4人のフランの内、3人はダミーである。フランドールと交戦経験のある者なら誰もが熟知していること。だからこそ尚更怪しい。スペルカードの名称は、その技の挙動・外見・効果を象徴したものでなければならない。『ファイブオブ(5人の)アカインド(フランドール)』の名を持ちながら、目に見えているフランドールが4人しか居ないのは、甚だ解せない話である。


「――『破滅を(アサルト)」「齎す(オブ)」「災厄の(レーヴァ)」「魔剣(テイン)』――」


 しかし、悠長に思案に耽っている猶予を、フラン達は与えてはくれなかった。


 スペルカードの効果で4人に分身したフラン達が、直前のスペル効果を引き継いで未だに顕現させている右手の『魔剣』。本来なら焦熱の業火燃え盛る炎の剣の勢いは、分身に伴って四等分されて然るべき処であろうはずが、何の冗談か、密度も火力も分身する前にフランが携えていたそれと寸分違わぬ状態を維持している。


(一発分の余力を残して次のスペルを発動させた、これが狙いか……っ!!)


 四方から同時に、四倍化された火力・密度・効果範囲を誇る死の魔剣が、魔理沙達に一切の逃げ場も与えず迫り来る。打てる手はもう無い―――万事休すか!


Time(固有時) alter(制御)――double(二倍) accel()


 絶体絶命を覚悟して両の目を閉じた魔理沙の耳に、二節の呪言が届いた。


「―――汝、静寂の祝福賜らば、我その闇夜を、月陰の蒼光に繋ぎ止めん―――」


 次いで耳に届いたのは、唯でさえ早口で喋るパチュリーの、常の二倍の速度に迫る高速詠唱。その呪詞が紡ぎ出した、上級魔術(スペルカード)は―――


「―――月符『サイレントセレナ』!!!」


 魔理沙達の足元から、蒼白い光を輝かせて現出する光の魔法陣。地下の図書館で疾風が披露したそれとは比べものにならない規模の二重の七芒星を包む多重円環型魔法陣。そこから輝き立ち上る閃光は極光(オーロラ)の如き光のカーテンとなって、あらゆる攻撃を打ち払い弾き返す障壁となる。


 間一髪の際どさで展開された攻勢防御の大魔術(スペルカード)に、4人のフランが放った必殺を期した魔剣の炎は、その悉くを柔らかに見えて絶対防御の力を秘める朧光の衣で弾かれ、受け流され、相殺され、打ち消された。


 これぞ、七曜の魔女・パチュリー・ノーレッジが繰る月属性系統最高位の魔法『蒼き静寂なる月(サイレントセレナ)』。受動と防御を司る月属性の真骨頂、あらゆる攻撃から身を守るその力は、圧倒的な破壊力を見せ付けたフランの『魔剣』の四連撃を同時に受けて尚揺るぎなく蒼い光を輝かせている。


「す、すごいぜ……!」


 同名のスペルを何度か見た事がある魔理沙だったが、この魔法にまさかこんな使い道があったとは思いもよらなかった。その絶大な効果に喝采を送る魔理沙だったが、次の瞬間、月光の防壁を造り出した守護者(パチュリー)の表情を見て愕然となった。


「お、おい……パチュリー!?」


「……っ、だい……じょうぶ、っ……げほっ、げふっ……がはっ!」


 どう見ても大丈夫そうには思えない。ただでさえ日陰で毎日を過ごしている色白の顔色は血の気の失せた蒼白の様相を呈し、呼吸が整わないままに無理して喋る様子はあまりにも痛々しく、咳き込む喉の奥からは血痰まで吐き出される有様だった。これで一体どの口が大丈夫などと言えようか。


「やっぱり、パチュリー様には荷が重過ぎでしたね……」


「? どういうことだ……?」


 沈鬱な表情で呟く咲夜に、怪訝な声音で問う魔理沙。彼女がパチュリーの今の様子を見て心を痛めない訳がない。パチュリーのあの咄嗟の防御魔法が発動できたのは、咲夜の秘策があったればこそなのだから。


「私の時間加速の能力を、パチュリー様の体内に限定して発動させて、詠唱時間を短縮させたのよ……」


「なん……だと……?」


 本来なら咲夜の時間操作能力は彼女以外の外界に対してその効果を発揮させるものである。時間停止等がその顕著な例で、時間の止まった世界を能力者たる咲夜だけが自由に行き来することで瞬間移動のような芸当を可能にしている。


 しかし、咲夜の時間を操る能力は、何も外界に対してだけのものでは勿論ない。時間操作の効果範囲を自分自身に限定して発動すれば、自分の身体だけがその影響を受けることになり、常人の目から見て倍速のスピードで行動、攻撃することが可能となる。


 だが、この用法で能力を行使した場合、通常速度で進行する世界の流れに倍する生体活動を行うことになり、彼女の身体に多大な負荷が掛かってしまう。この自分自身に限定して時間操作をすることを彼女は『固有時制御』と称しているが、そのメリットは能力行使に要する魔力と所要時間が、外界の時間操作に比べて格安且つコンマ秒以下の術式構成で済む程度でしかない。


 今回、この限定時間操作能力をパチュリーに対して行ったのは、まさにその時間が欲しかったが故の苦肉の策であった。外界の時間停止を行っただけでは、四方から迫る『魔剣』の斬撃範囲からは到底逃れ得ない状況だった。咲夜の得意とする手品(瞬間移動)は、移動先までに身体が通れる隙間が無ければ成し得ないという弱点(タネ)が存在するのだ。この窮地を打破する為には、『魔剣』の破壊力を超える防御力を発揮し得る「反撃による絶対防御」を、『魔剣』が彼女らを焼き尽くすまでに発動せしめる詠唱時間が必要だった。その切り札を握っていたのがパチュリー、そしてそれを切る状況を作り出せるのは咲夜だけだった。


「っ、無茶しやがって……!」


 魔理沙が苦渋に満ちた表情と声音を漏らしながら、吐血混じりの喘息の嗚咽に喘ぐパチュリーを庇う様に抱き締める。元々身体が弱く、更に喘息持ちである彼女には『固有時制御』の副作用――加速された体内時間が効果終了と共に世界の流れに再整合する「揺り戻し」のダメージは致命的と言っても過言ではない。その事を誰よりも自覚しているのはパチュリー自身だというのに、どうしてこんな自殺行為を……。


 もちろん、魔理沙にはパチュリーを、パチュリーに強要されて仕方なく能力を行使した咲夜をも、責める気は毛頭無い。確かにこうでもしなければ、あのまま三人とも仲良く揃って灰すら残さず消滅していただろう。今は友達の限度を超えた無茶を叱るのではなく、彼女が命懸けで作り出した退避のチャンスを最大限に活かすべきだ。


「咲夜、こいつ(パチュリー)を連れて出来るだけ離れてろ……私が足止めする」


「…………わかったわ」


 一瞬の躊躇を経て、咲夜は頷きパチュリーを抱えて痛む体に鞭打って魔理沙から離れる。


 一人で大丈夫か、無茶をするな、などと偉そうに言えた立場でないのは咲夜も同じだった。『固有時制御』はあくまで使用者自身に効果を発揮する秘術。その効果を他人にまで及ぼそうとするなら、まずもって対象に接触した状態で自分自身に『固有時制御』を行い、その余波で接触している対象に同等の効果を与えることになる。パチュリーが受けている反動のダメージは、咲夜も同様に受けていたのだ。


「さて…………」


 手負いの少女二人が退避したのを見計らって魔理沙は、宙に浮かびこちらに8つの殺意の視線を向けてくる4人のフランドール達に向き合う。『魔剣』の余力は先の一斉攻撃で費えたのか、彼女らが右手に握っているのは禍々しい魔剣ではなくいつもの悪魔の尾のような杖のみ。普通のフォーオブアカインドなら、魔理沙一人でも対処のしようはある。


 だが―――


(ファイブオブアカインドってなんだ……?)


 やはりというか、魔理沙は未だにその謎について思案を巡らしていた。「スペルカードの名はその体を表すものでなければならない」という、スペルカードルールの鉄則を遵守する彼女にとっては、このファイブ(5人)を名乗っておきながらフォー(4人)しか現れていないフランの姿に苛立ちの様なものを感じていた。もしくはそう思わせることが、このスペルの真の狙いなのか……。


(そもそもファイブアカインドってのは、ファイブカードの事で………―――)


 その時、魔理沙の思考に電流が奔った。


(なるほど、そういうことか―――!!)


 ファイブオブアカインド―――ファイブカードとは、同一ランク(数字)のカード4枚から成る組み合わせにワイルドカード(大抵はジョーカーを用いる)が含まれた役の事を指す。ジョーカーはしばしば道化師(トリックスター)としての意味合いを宛がわれ、トランプカードのデザインにも用いられている。数あるトランプゲームでも一部ではそれが最高位の切り札として扱われてもいる。


 即ち―――


(このスペルカードの弱点、それは―――)


 紅魔館の屋上、その中でも最も高い構造物―――大時計塔。


 その屋根の頂上に、居た。5人目のフランドール(ワイルドカード)が!


「そこだァーッ!!」


 魔理沙の必殺武器・ミニ八卦炉から放たれる超弾速のレーザー光線イリュージョンレーザーが、射止めた目標を貫く。4人の分身を出現させて、本体だけは安全圏に退避するという、まったく曲者染みた(トリックスターな)スペルカードである。


(仕留めた!!)


 その確信を抱いた―――その時だった、


(―――ッ!?)


 かつて味わった事がないほどの激痛が、背中に電流の如く走ったのは。


「―――がっ、ぁ?」


 状況が飲み込めず、混濁する意識の中で見たのは、背後から魔弾を撃ち込んだ、フランドールの邪悪に歪んだ微笑。混沌の炎に犯された瞳に宿る、狂気の灯火。


(偽、者……だと……っ!?)


 時計塔の上に配置されていたフランドールは、安全圏に退避した本物と見せかけた偽物だったのだ。何度もフランドールと交戦経験(遊んだ事)のある魔理沙なら、フォーオブアカインドの特性を熟知し対処する方法を知っているだろうと。分身を一体分増やしただけでしかないファイブオブアカインドの名称を深読みして、その陥穽(トラップ)に引っ掛かるだろうと。


 混沌に呑まれたフランドールは、かつての友人相手にすら、全くの容赦をしなかったのだ。


 完全なる不意打ちを受けた魔理沙は、そのままバランスを崩し屋根から転落して―――


「っ、と……間一髪」


「あ、ぐっ……咲、夜……?」


 時間を操作して魔理沙の落下予測地点まで先回りしていた咲夜に危うく受け止められた。


「悪いな、助かったぜ……」


「ええ、貸しにしとくわね」


 他愛ない軽口を交わす二人だが、切迫したこの状況に対する危機感を薄れさせてはいない。そのことは、言葉の随所に覗く隠し切れない声の震えと、やや強張った「無理して強がっている」と判る笑顔からありありと見て取れる。魔理沙の笑顔は背中を蝕む激痛でやや涙目気味だが、それでもまだ戦意は潰えていない。


「………………」


 瀬戸際で戦線離脱(リタイア)を免れた魔理沙の姿を見て、一人が欠けた5人の分身たる4人のフランドール達は、それぞれが追撃の姿勢を取る。あれほどの大威力を撃ち放った後であるにも関わらず疲労の色を一切見せないのは、『魔剣』の余力による賜物か、フランを包み込む混沌の炎によって魔力体力が強化されているからか。


 自分達の士気を鼓舞する為にも前者であると断定して、咲夜は迎撃の為にナイフを構える。とはいえ、彼女自身も図書館での戦闘の疲労が未だに残っているのは否めない。病弱な身体に鞭打って自分達を守ってくれたパチュリーは安全な個室に退避させている。それなりに強烈な痛打を受けた魔理沙もまだ万全とは言い難い。状況はどう見ても不利―――というより絶望的である。


(………これまで、か―――!)


 こうなったら、最後の力を振り絞ってでも時間停止を行い、せめて魔理沙だけでも安全圏に退避させるしか方法は無い。攻撃力でフラン達に伍し得る能力を有しているのは、今は負傷して万全ではない魔理沙とパチュリーのみ。自分は精々サポート程度の役にしか立たないのだから、そのサポートに徹して、最後の役割に殉じて果てる。


(お嬢様……最期までお仕え出来ず、申し訳ありません……)


 意を決した咲夜が、己が身命を顧みず最大の力を発揮させる―――


 彼女の挙動を見て、4人のフランが一斉に咲夜目掛けて迫る―――


 時の流れが永遠を錯覚する刹那の間、その間隙に―――


「それには及びませんよ―――」


 力強く響く少女の声が、割って入った。


 そうと気付いた時には既にフランの一人が、天に翔る龍が如き壮絶な跳び蹴りの直撃を喰らって吹き飛ばされ、屋敷の門扉に連なる塀に激突し紅黒い炎となって散っていた。


 突然の奇襲に瞠目した残り三人のフランは、必殺の好機を邪魔してくれた柳色の中華風衣装を着込んだ赤髪の少女に、憎悪の視線を照射し、それを合図に攻撃対象を切り替える。


 殺意の勢いに乗って襲い掛かる三人のフランドールを前に、中国風の少女は長い三つ編みにした揉み上げを揺らして、清々しい程に強気な笑みを湛えて、迎え撃つ。


 真正面から魔杖を振り被って斬りかかってきた一人に対し、前上方に跳躍して円弧を描く蹴りを通り抜け様、頭上に叩き込む。そのまま着地の勢いを殺さず地に足を撃ち付ける震脚で反発力を増幅、瞬時に振り返り、脳天に受けた打撃に悶える背を見せたままの相手に気を練り込んだ短剄を撃ち込んだ。常人ならば全身の筋肉骨格が砕け散る大打撃を受けたそのフランは、先に炎となって散った分身と同じくその身を紅黒い炎と散華させる。


 あまりにも鮮やかに、自分達を死の窮地から脱してくれた少女に、咲夜が『普段の彼女』には絶対に掛けないであろう言葉を送る。


「ありがとう、美鈴……助かったわ」


「いえいえ。紅魔館の住人を守るのが、門番の務めですからっ」


 久方ぶりに労いの言葉をかけてくれた『普段は怖い上司』に、心から嬉しそうな笑顔を加えて敬譲の意を返す。たまにこうして優しさを見せてくれるから、多少の辛い仕事も頑張れるというもの。


「助けられたついでに申し訳ないけど、少しの間だけで良いから、時間稼ぎをして貰えるかしら?」


知道了(承知しました)!!」


 是非も無いことだった。元より彼女はそのつもりで馳せ参じたのだ。


 残るフランは二人。その内のどちらかが本物。だが恐らく、彼女は躊躇しないだろう。


 暴走したフランドールの相手を最も多く受け持ってきた(押し付けられたとも言う)彼女にとって、この程度の威力でフランドールが死ぬことなど有り得ないと、その拳が確信を以って覚えているのだから。


「さぁ、遊びましょうか―――フランお嬢様」


 故に、彼女はいつものように、いつもフランドールと遊ぶ時と同じように、遊戯の誘いを持ちかける。


「これより先は、紅魔館が守護者(門番)―――紅美鈴がお相手します!」




多くの二次創作でネタ要因に甘んじていることが多々ある門番さんに

ここぞとばかりに美味しい所を持って行かせた理由は―――

特にない!! 八極拳を使わせたかった。それだけ←

次回、美鈴無双……と行きたいところですね(ry

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