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第十話『執事VS執事』

大変―――大変長らくお待たせ致しました―――

言い訳の方は活動報告にて存分にさせていただきますので、

まずは読んで落ち付いて欲しい(殴




 ―――あの時の事は、今も(たま)に夢に見る。


 何の因果でこの世界(幻想郷)に飛ばされたのか、今となってはその原因を詮索する意味もない。


 この幻想郷は人間も妖怪も何もかもがとにかく暢気で、俺が一ヶ月前まで生活していた世界とは過ごし易さが桁で違っていた。あまりにも暢気過ぎて最初は退屈な日常の訪れに戸惑いすら感じていたけど、それは杞憂だった。ある意味では今までの生活以上にスリリングでハードな日常を、俺は過ごすことになった。


 そんな危なっかしく激しい、それでも充実した毎日を俺に与えてくれたのは―――俺の破滅の運命を破壊して、俺に明日を生きる光を差し伸べてくれたのは―――吸血鬼の妹を名乗る少女の、小さな手。


 俺がその手を取った時、決めたんだ。


 何があっても、この子だけは必ず守り抜くと―――






「フランには―――指一本触れさせねぇッ!!」


「―――ッ!!」


 雄叫びと共に振り抜かれた神楽疾風(はやて)の赤い刃が、國崎悠人の頬を紙一重の際どさで掠めた。悠人が視認出来ていたのは疾風の斬撃が繰り出される予備動作だけで、刃の軌道は目視どころか予測すら出来ていなかった。たまたま掠り傷で済んだのは、疾風の攻撃は牽制に過ぎなかっただけで、運が良かっただけだと言わざるを得ない。


 そしてその運は、次なる疾風本命の一撃に対し悠人を利する方向へ運ぶことは無かった。


「はあッ!!」


「ぐっ、あ……っ!!」


 振り抜かれた斬撃の勢いを殺さず、踏み込んだ左足を軸に瞬時に反転、死角となっている悠人の右斜め後方から、右脚によるハイキックを叩き込む。側頭への直撃コースだったその蹴りは、初撃で体勢を崩していた悠人の右肩を強打した。致命的な隙を作り出すはずだった打撃は、悠人を数メートルの距離から吹き飛ばすだけの結果に終わったが、追い詰められる(悠人の)側にしてみればそれでも未だ戦況は相手(疾風)にとって甚だ有利である。


 そもそも、戦う相手からして悠人の不利は歴然だった。片や妖怪退治屋を自称する戦闘のプロ相手に、片や戦闘の戦の字すらロクに理解していない素人である。戦局が一方的な展開になるであろうことは、疾風はおろか、悠人自身も予測はしていた。


 ここに至るより前の遭遇戦でも、彼の実力は本物であると本能的に感じ取っている。あの時に、もし咲夜が助けに入ってくれなければ、自分は今頃、切り刻まれた元人間の残骸に成り果てていただろう。それ程までの実力の差を、体で感じて、頭で理解して、思い知らされて……それでも尚、悠人は一人で疾風に挑む道を選んだ。勝ち目の無い戦いに。


 何故そう思ったのか、実のところ悠人にもよく判っていなかった。彼自身、あの時は口が勝手に喋り出し、体が勝手に動きだしたとでも言いたい心境だった。


 だが、しかし、ひとつだけ確かな事は―――あった。


 フランドールを守りたい。その意志だけは確として存在していた。


 何故そう思ったのか、それもよく判らない。理由など無いのかもしれない。


 暴走したフランドールと遭遇する前の僅かな間に、咲夜とパチュリーに妹様の事について聞けることだけは聞いておいた。


 フランドールが495年間、この紅魔館の地下に幽閉される形で殆ど独りで生活していた事。数年前に、幻想郷を騒がせた異変に乗じて、閉じ込められていたフランドールが外出(脱走)しようとしていた事。その際に、フランドールが霊夢と魔理沙と出逢い(遭遇し)、ひとしきり遊んだ(戦った)事。その出来事が、フランドールにとって初めて『友達と遊ぶ』行為となった事。それから、少しずつだがフランドールが他人(姉も含まれる)と打ち解けていった事。そして、疾風と出会った時の事を。


 その話を聞いて悠人は、心に自覚できない何かを感じた。フランドールの事を放っておけない、力になりたい、助けたいという想いが、意志が生じた。もしかしたら、失われた自分の記憶の中に、何か関係する事柄があったのかもしれない。フランドールの様な妹が居たのかもしれない。


 全ては推測でしかない。


 しかし、心に生まれた想いは本物である。


 フランドールを、レミリア()の妹を、紅魔館の執事として守ると―――


「お前がやっている事は、フランドールを守る事とは真逆の愚行だ!」


 体勢を崩した悠人に、容赦無く斬り掛かる疾風の蒼刃。だが、底力を総動員して踏み留まった悠人は手に持つ大剣の平でそれを危うく受け止め弾き返す。その底力が湧いた感情の昂ぶりを、疾風を諭す怒声に変えて吐き出す。


「うるせぇ! フランを傷付けようとするテメェらこそが正気じゃねぇ!!」


 予想外の抵抗に瞠目するも一瞬で立ち直り、武力ではなく言葉で与えられた痛打に大音声で反攻し返す。勿論、言葉だけではなく行動にも表して。


「正気じゃないのはどっちだ! いい加減目を覚ませこの馬鹿が!!」


 すぐさま体勢を整え、その名の通り疾風の如く突進してくる馬鹿(疾風)を正面に見据える悠人は、大剣を大上段に構えて真っ向から迎え撃つ姿勢を取る。


「うるさい! うるさい、黙れッ!!」


 最早感情の爆発でしかない罵声を吐き散らしながら、まるで子供が大人に反抗するように、疾風は目の前に立ちはだかる『フランを傷付けようとしている敵』に対して、全力で斬り掛る―――


「―――ッ!!」


「ッ!?」


 疾風の刃が悠人を捕らえる殺界(有効射程)に届く数瞬前、先に動いたのは悠人の方だった。大上段に構えた大剣を、渾身の力で目の前に振り下ろそうとしている。その予備動作を感じ取ったのだ。


 いくら感情が千々(ちぢ)に乱れ冷静な判断力を失っていたとしても、それはあくまで感情面での話である。歴戦の狩人たる疾風は戦闘に関しては本能同然に戦局の変化を感じ取り対応することが出来る。頭で考えるよりも先に、経験によって刻み込まれた体が反応するのである。意識とは別の生存本能による直感が、疾風の身体を悠人への直進軌道から僅か傾ける。


 疾風は本能的に感じ取った。悠人の動作が、攻撃を命中させるには速過ぎるタイミングだった事を。そのまま振り下ろしても、大剣の刃は疾風の目の前を通過するだけで、そうなれば攻撃後の隙をむざむざと晒すだけの結果になるであろう事を。


 その結果は疾風を利する事にはなっても、悠人を利する事になるとは思えない。本来なら、このまま斬り込んでも構わないはずだった。相手は戦闘のド素人、目測を誤って先走っただけなのかもしれない。ただ一歩のタイミングの誤差で事故死していった素人ハンター達の姿を、疾風は今までに何人も見てきたのだ。


 しかし―――


(何だ――?)


 今回は違った。素人(悠人)の判断ミスではない。疾風の本能がそう告げる―――


(何を―――)


 悠人の目が、何かを狙っている―――まるで、狩人のように―――


(下―――?)


 悠人の口が、笑みの形に歪められている―――まるで、


(―――ッ!!)


 まるで―――策に嵌った獲物を捕らえる、狩人(ハンター)のように―――


(―――あれはッ!?)


「爆符ッ――!!」


 自身の狙い()に気付き驚愕する疾風を横目に、悠人はスペルカードの宣言と同時に、大剣を目下の床に叩き付ける。そこに刻まれていたのは―――先刻、疾風が雷符『紫電旋風陣』を放つ為に刻み込まれた円環型魔方陣の残滓。そこには未だに雷電の竜巻を発生させた魔力が燻っていた。


 悠人の持つ大剣が微弱な魔力で強大な火力を生み出す八卦炉と呼ばれる特殊な火炉を内蔵している事、そして悠人がその身に怒りの感情をあらゆる力に変換する能力を秘めている事を、実際にその効果と威力を模擬戦という形で体験した魔理沙から、フランドールと遭遇する前に交わした雑談として聞き及んでいた。


 悠人が今、行おうとしている事―――魔力の残滓が燻る魔方陣の跡、悠人の能力―――そして、企ての成就を確信した悠人の強気な表情―――それら全てが結び付き、その行動が齎す結果を感知し、疾風の戦術的直感、即ち戦闘本能が身体を自然と悠人の振り下ろす刃の射線上から退避させる。


「―――『ノンディレクショナルブラスト』!!!」


 疾風の直感は的中していた。


 悠人の振り下ろした大剣は刀身の材質を魔力伝導効率の良いミスリル合金で構成された特注品であり、刀身を叩き付けた衝撃で魔方陣の残存魔力が活性化、機関部に内蔵された八卦炉から送り出された火種がそれに引火し、かつて地を割り砕き無数の岩塊を撃ち出して魔理沙を追い詰めた技と同様の効果を発揮した。


 しかし―――対処は、間違っていた。


(瓦礫を撃ち出す……じゃない―――! この爆発は―――ッ!!)


 悠人はこの(スペルカード)を、どのような名称で宣言したか。


 全方位無指向性(ノンディレクショナル)―――そう、つい先ほど魔理沙が披露したレーザーが乱舞する逃げ場の無いスペルカードが冠する形容詞を、悠人は『爆破(ブラスト)』というレーザーより更に凶暴で逃れようの無い印象の名詞に掛けている。その名が示す結果がどのような現象であるのか、疾風にはこれも直感で感じ取っていた。感じ取り予測出来て―――しかし、対応を誤った。


 直進の軌道を逸らすのではなく、後退するべきだったのだ。


 否……それでも、疾風の攻撃続行は不可能だったかもしれない。


 常人である悠人の身体から僅かに絞り出された魔力―――この紅魔館に来るまでの数日間、魔法の森の近くに在る香霖堂で生活していた彼は、僅かながら身体に魔力が染み込んでいた―――、その小さな火種を元に八卦炉という名の増幅器が大火を生み出し、雷の属性から成る魔方陣の魔力と反応し、瞬間的な大破裂を引き起こしたのだった。


「がっ―――ぁ――――!!」


 円環型に配置された魔法陣が、爆発の指向性を全方位に広げる。悠人を中心に放射状に拡散する衝撃波を至近で受けた疾風は、その小柄な体を爆風に抗うことすら出来ず吹き飛ばされるしかなかった。そうでなくとも、ただの強風ではない、全身に満遍なく強烈な打撃を受けた様な状態なのである。その大打撃を爆心地の眼前で受けて意識を保っている事は逆に称賛に値されるべきものだった。


「ぐっ、ぅ――ッ!!」


 意識を保つだけで精一杯、爆風に吹き飛ばされるがまま、姿勢制御の余裕さえ残されていない身体は、あと2秒もしない間に背後に迫る書架に叩き付けられて、今度こそ行動不能の痛打を受けるであろう。今の疾風が採れる対策は、全身に防護の魔力を送り込み少しでもダメージを軽減させることだけだった。


 だが―――


「炎符――!!」


 疾風は防御ではなく、攻撃の為の魔力を繰った。右手に持つ紅い刀身の短刀、燎炎刀(りょうえんとう)紅焔(べにほむら)』に灼熱の赤光が溶岩の滾る様に輝く。先の交戦で悠人の肩を炙った炎弾を撃ち出した技と同様の、内包する魔力は先のそれの倍以上の威力を有すと判る規模の、疾風の護身を棄てて繰り出されんとする決死の大技(スペルカード)―――


「―――『煌焔連牙弾(こうえんれんがだん)』!!!」


 宣言と同時に振り抜かれた『紅焔』の刃から、『煌焔弾』の炎弾の実に三倍の規模と火力を孕む炎の塊が三つ同時に投げ撃たれた。


 本来ならこの技は、『煌焔弾』の半分程度の炎弾を、連続で振り抜かれる『紅焔』から無数の弾幕として連射する用法だったのだが、二太刀目を繰り出す前に、疾風の体は迫る書架に叩きつけられていた。そうなると解っていた疾風は、連射する猶予が無いならばと、錬成した魔力を凝縮して巨大な炎弾三つを撃ち出す事にしたのだ。一発分に纏めなかったのは、三方に射出することで逃げ道を封じ、確実に討ち取る為。また、元来連射用途の技だったので、術式の改編が間に合わなかったという事情もあった。


 いずれにせよ、これで片付く。素人だとナメて掛かったが故に予想外の手痛い逆撃を受けてしまったが、これで痛み分けである。弾数を大幅に減らしたが、それが逆に一発あたりの威力増強になっている。素人の突発的な奇襲に驚かされはしたが、この一撃で(悠人)は火だるまだ。こちらも背中を書架に強打して全身が衝撃で痺れているが、立ち直れないレベルのダメージではない。数分休んだら、改めてフランを助けに―――


(………?)


 数瞬の間にそこまで考えて、疾風の目に有り得ない、というより信じがたい光景が映し出されていた。


 炎弾が悠人を直撃する刹那の直前、その悠人が、手に持つ機械仕掛けの大剣を、切っ先を迫り来る炎弾に向けて構えている光景を―――悠人の顔に顕れている、この絶望的な状況で、未だに強気な笑みを見せている顔を―――


「―――爆符」


 疾風には見る余裕がなかったのだ。悠人が『ノンディレクショナルブラスト』を繰り出した直後に、刀身を展開させた大剣の機関部、八卦炉の銃口(マズル)にあたる部位に、一発の弾丸を装填していた事を。


 疾風には知る由もなかった。こればかりは魔理沙の話にも出て来なかったのだから。あくまで魔理沙が疾風に話したのは『自分と悠人の対戦』の経緯それのみで、魔理沙にとってはいくら“自分も開発に携わった”とはいえ、そこまで話す必要もなかったから話さなかっただけである。


「―――『エクスプロージョン』!!!」


 自身が身に秘めし、不可思議ながらも強大な能力(ちから)、今はまだまだ使い(こな)せていないそれの一部を総動員して、目の前の分からず屋(馬鹿)に対する怒りの感情を大技(スペルカード)の宣言として叫び、それを受け取った八卦炉銃装剣が増幅し、弾丸に込められた炸薬に引火する。


 剣尖から放射状に炸裂した大威力の衝撃波が、残り僅かな距離まで迫っていた炎弾を一瞬で掻き消した、のみならず直撃コースから外れていた残り二つの炎弾をも巻き込み消し飛ばして、そのついでのように疾風にトドメの爆風を浴びせかけた。


(そんなん、ありかよぉ……っ!!)


 書架に叩き付けられた体を更に押し付けんとする暴風に蹂躙されながら、自身にとって全てが敵として襲いかかって来るような錯覚すら覚えるこの顛末に、疾風は心中で文句を吐き捨てることしか出来なかった。




 外の世界から幻想郷に迷い込んだ國崎悠人は、霊夢のように生まれ持っての霊力も、魔理沙のように魔法の森で生活して身体に染み込ませた魔力も持ち得ない、普通の人間である。故に、いくら小さな魔力で大きな火力を生み出す機能を備える八卦炉が内蔵された大剣を手にしていても、それを得物として使いこなす事は適わない。


 長い年月を修行すれば、そのうち身体が幻想郷に馴染んで魔力を内包することが出来るようになるかもしれないが、周知の通り、彼はここ(幻想郷)にやって来てまだ十日程度しか経っていない。火の無い所に煙は立たない。折角の稀有な能力(魔法の火力に拘る魔理沙の言である)も、火種が無ければ宝の持ち腐れである。


 そこで考え出されたのが、素となる魔力をカートリッジとして携帯し、必要な時にそれを用いて技・攻撃を繰り出せるようにした、魔力の外部供給方式である。


 魔理沙の使う魔法の殆どは、これと同様に魔法の元となる道具(マジックアイテム)を用いた物である。八卦炉の火力増幅原理(省魔力で大火力を生む)をヒントに考案された、魔力の貯蔵量に限界のある人間の魔法使いならではのアイデアで、彼女が火力に拘りを持つ理由の一つでもある。


 人間は妖怪と比べて体力だけでなく魔力でも大きく劣る。一度の詠唱で繰れる魔力の総量も、その身に貯蔵できる魔力の最大値も然り。これを補う為には、生み出される魔法の威力を維持したままの省消費魔力に努める以外に無い。彼女はその研究を長年(と言っても、未だ十年にも満たないと聞く)続けてきたのだった。


 そんな折に、『自身の抱く怒りの感情をあらゆるパワーに変換して増幅する』という、これ以上ない便利な……もとい参考になる能力を持つ人物が現れた。それが國崎悠人である。


 一週間前の香霖堂での模擬戦を終えた後、互いの戦い方を振り返って見出した、互いの弱点とそれの克服に向けての目標を定める際に、両者の利害は一致した。即ち、自身の能力で強化・増幅する火種となる魔力を欲した悠人、魔力効率を重視した強化・増幅の原理を研究したい魔理沙。


 お互い、第一印象は最悪に近い展開で出逢い、その後の相性も良い方だとは言えない間柄であったが、悠人は香霖堂で働くことになり、そこへよく遊びに来る魔理沙と結局ははち合わせることになるということで、どうせ顔を合わせるくらいなら口喧嘩ついでに一緒に魔法と能力の研究をしたらどうか、という霖之助の薦めも手伝って、しばらくは協力することになったのだ(それからしばらくする間もなく、悠人がクビになるとは誰も思わなかったらしいが)。


 そうした経緯で、八卦炉銃装剣専用の外部魔力源となる魔弾が開発された。込められた魔力の量に比例して威力を増すという、魔理沙の研究の中でも最も大きな成果を上げている調合魔法薬を粉状にし、外の世界から流れてきた「12.7×99mmNATO弾」という名前(霖之助の『道具の名称と用途が解る程度の能力』で判明した)らしい銃弾の空薬莢に充填。同様の薬品を固形化させた炸裂魔法弾を弾頭代わりに装填することで完成した、魔理沙の魔法研究成果と、霖之助の分析から得られた知識、そして悠人の思い付いた武装運用法が結晶した、これが爆符『エクスプロージョン』のカラクリの正体。


 魔力を持たない人間の身で、疾風の技の残り滓と外部燃料たる魔弾、これらを利用して素人の身に余る二連撃を可能にした、二重のトラップ。


 熟練者故に相手(素人)の手管を見落としていた、これが疾風の敗因だった。




 図書館の一角に濛々と立ち込める埃の中、爆発の余韻なのか耳鳴りなのか判別が付かない、聴覚の不調を頭を振って追い払う悠人が、片膝立ちの姿勢から地面に突き立てた大剣を杖にしてゆっくりと立ち上がる。


 流石に自分でも無茶をしたと思った。一撃目は咄嗟の閃きで、二撃目もその場の勢いで、立て続けにスペルカード(といっていいのだろうかアレは)を繰り出して、既に身体はボロボロである。爆発の反動をモロに受け止めた両腕は激しい痺れに襲われて、剣柄を握ることすらままならない。足腰もガクガクで、普通なら立ち上がるのではなく、その場に倒れ込んで眠ってしまいたい程の脱力感が全身を苛んでいる。身に纏うメイド服(ああ、そういえばこんなの着てたな、と今更ながらに自分の境遇を自嘲する)はボロ雑巾の風体で、衣服としての機能は、隠すべき場所を隠しているだけ、という有様だった。


 本来なら、既に彼に戦う力は残されていないのだ。


 大爆発を生んだ魔弾は先ほど使った一発限りしか用意されていない。


 歩くどころか、武器を握ることすら出来ない程、負傷している。


 だが―――それでも、悠人は立ち上がる。立って―――行かなければならない。


 フランドールを止める為に。フランドールを助ける為に。


 この、足元に転がっている疾風(馬鹿)の代わりに。


「……ったく、無駄に、手こずらせやがって…………」


「………………」


 悠人の消え入る様に掠れた愚痴の声には、沈黙で返す疾風。


 悠人と戦う前に、戦ってる最中に、抱いていた焦燥感。フランは自分が守らないといけないという強迫観念染みた衝動が、今は何故か薄れていた。悠人(素人)の放った大爆発に、狂騒という名の熱気を吹き飛ばされて冷静になったのだろうか。自分ではフランを救えないという、諦観の落胆に沈んだせいなのか。


 そうじゃない、と……はっきり判った。


 この、自分を打ちのめした悠人も、フランを助けたいという想いを確かに抱いていると判ったのだ。『フランに危害を加える敵』じゃないと判れば、必死になって喰ってかかる必要もないのである。


(…………なんだってんだよ、畜生……俺って奴は、ホント……馬鹿だなぁ……)


 まったく今更な認識を心中で呟いて、それから疾風は自嘲にも似た微笑を浮かべて悠人に―――素人の分際で、自分と同等にフランを守りたいと思っている新人執事に、擦れた声で呼び掛ける。


「なぁ……俺のやり方は、間違ってたのか……?」


「少なくとも、この状況では完全に愚行だったな」


「………………」


 予想していた通りの答えが返ってきて、バツが悪そうにおぼろげな視線を宙に泳がせる。自分は一体何をあれほどの恐慌に至る程に恐れていたというのか。答えは判り切っている。フランを助けることができず、フランを失うことが怖かったのだ。ただ、それだけ。他には何もない。その想いだけに突き動かされて、その想いだけを燃やして、自分はあんな馬鹿をやらかしたのだ。


「…………悠人」


「?」


 地面に刺さった剣をなんとかして引き抜こうと、自由の利かない痺れる手に鞭打って悪戦苦闘している悠人を、疾風が床に仰臥した姿勢のまま呼びかける。何事か訝る悠人は疾風の方を見やるが、それ以上の言葉は無い。極度の疲労で既に大きな声を出せないのだろうか。仕方が無く、様子を窺おうと疾風のすぐ傍まで近付くと、突然脚を掴まれてバランスを崩しそうになった。


「っおい、何を―――」


 振り解こうか蹴り飛ばそうか対応を考えている間に、脚を掴まれたその手から、唐突に熱い力の奔流が身体の中に入り込み駆け廻った。魔力を活力に変換して肉体の疲労を回復する治癒魔術。常に生死を賭した狩り場で生きていた疾風にとっては習得していて当然の技術である。


「フランを、任せたぜ。俺も少し休んだら、すぐ行くからよ」


「……ああ。お前が復帰するまでには、なんとかしておくさ」


 疾風のフランドールへの偽り無き想いを力と受け取った悠人は、体中に漲る活力を動員して地に刺さった大剣を引き抜くや、すぐに魔理沙達の掩護に向かう為に駆け出した。


(そういや、フラン達、随分と静かだな……? 向こうも、もう終わったのか?)




うん、すまない。またgdgdなんだ。

まだ本調子じゃないから、という言い訳は置いといて。

大混戦の予感に心震える次回を乞うご期待!

(むしろ震えるのは俺の執筆する手とか色々ry)

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