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第八話『もう一人の執事』

お待たせしました。第八話です。

戦闘描写は少ししかないのに13000字を超えているということは、

その分gdgdということなのですね!わかりかねます(

それではどうぞ!あ、オリキャラ出ます(遅



「まったく……困ったものね、あの聞かん坊は」


 紅魔館深部、主の部屋で従者の報告を受けたレミリアは、声は呆れ気味に、しかし表情はなぜか楽しそうに、自身の妹の破天荒ぶりに苦笑を漏らした。


「一足先に、悠人を様子見に向かわせています。私もすぐに向かいますが……」

「そうね。早く行ってあげないと、あの新人執事もたないわよ」


 まるで他人事のように事態を楽観視している風なレミリアの態度に、咲夜は特に何を感じる事も無い。彼女の主がこういう性格だという事は従事し始めた時から把握していた。それに、今起きている騒動は、何も今回が初めてというわけでもなかった。数ヶ月に一度の頻度で起こる、予定された事故の様なものなのである。故に、レミリアの言葉に対する咲夜の返事は、


「畏まりました」


 ただそれのみである。この手の事件が起こる度に繰り返されてきた遣り取り。その遣り取りの様子が、常と少しだけ違っている事に、レミリアは気付いていた。


「やっぱり心配なのかしら?」

「……えぇ、まぁ……私も初めての時は、少し怖かったものですから……」


 照れ隠しのつもりの苦笑に、僅かに覗く不安の影。非常時における部下への決められた命令だったわけだが、やはり一人で行かせたのは不味かっただろうか、と。今の彼にかつての自分を重ねて、常の瀟洒な振る舞いを焦燥が乱している。


「じゃあ、尚更早く行ってあげないと」

「はい」


 自分の内心を正確に察してくれている敬愛する主に、密かに感謝の意を込めた返事をして、メイド長は部下の元へ向かう、


「でも、そんなに心配する事はないでしょ。あの子がどれだけ危険か、ちゃんと教えたのでしょう?」

「あ」


 その足が、彼女の主の何気ない一言で一気に最大加速を得て、恐らく命の危機に陥っているであろう部下の元へ急がせた。


「相変わらず抜けてるわねぇ」


 そんなところが可愛いのだけれど、と微笑みながら、レミリアは紅茶を啜る。


 ところが、完全で瀟洒なメイド長(笑)の悪い予感は、別の意味で外れていた。






 時はほんの数刻前の紅魔館地下大図書館。


「ここに、例の“妹様”が居るのか……?しかし薄暗いな……」


 咲夜の指示通りに地下の様子を窺いに来た國崎悠人―――メイド服をその身に纏う新人執事―――は、その広大な空間に広がる闇、そしてそこに漂う殺伐とした雰囲気に圧倒されていた。紅魔館正面エントランスより最も遠い場所に位置する広間より地下へ下りると、そこは上階と同じ様式ながらも照明の少なさによって不気味さの増した全く違う空間のように感じられた。そして、更にその奥にある大扉を開けて現れた景色に、悠人は度肝を抜かれた。


「なん、だ……これ……っ?」


 彼の目の前に現れたのは、闇の中に広がる広大な空間。通常の建物の五,六階層分はあろうかという程の高い天井と、その天井に届かんばかりの高さをもつ巨大な書架が、壁面を覆い尽くしていた。その全ての書架には言語時代様式種々雑多の書物が溢れんばかりの量、詰め込まれている。


 この光景を見るに、この空間が図書館の類であり、その蔵書は膨大に過ぎる量を誇っているということが一見しただけで窺えた。実際、書架に入りきらない分の書物が床に積まれている辺り、膨大を超え莫大な量の書物を溜めこんでいるのだろう。


「紅魔館に、こんな場所が……凄いな、この本の数」


 こんな量の本、とてもじゃないが掃除なんてできないぞ、などと微妙に暢気な事を考えながら、辺りに注意を払う。咲夜に借りたランプの光はせいぜい十数メートル先しかはっきりと照らせない。この『大図書館』と言って差し支えない空間は、明らかにその程度の光源で全体を照らせるほど狭く小さいものではなかった。


(つまり、奥まで踏み込まなきゃいけない、ってことだ……)


 不自由な視界の中、全方位を暗闇に囲まれた状況で、突然例の“妹様”に襲われでもしたら万に一つも勝ち目はない。抵抗することさえできないだろう。自分に出来得る限りの警戒態勢を取り、全方向への僅かな変化も見逃さないよう神経を集中させる。


「………………」


 コツ、コツ、コツ、と歩を進める度に聞こえてくる自分の足音以外、何も聞こえない静寂と暗闇の中を手探りで進んでいく。一体どれ程の広さなのか、進んでも進んでも反対側の壁に辿り着く気配がしない。実際は悠人の歩みが亀並みの速度であるのがその原因なのだが、勿論本人は緊張のあまり自覚していない。


「………………」


 もうそろそろ部屋の中央付近には到達しただろうと、まったくの勘で現在の自分の位置を推測する悠人(その勘と推測は偶然にも当たっていた)。歩みを止め、周囲に注意を向けようとした、


 その刹那―――


「―――っ!?」


 ザッ、という床を強く踏みしめる音が聞こえた。それは、明らかに攻撃の意思を持ってこちらに接近してくる音だった。理由も理屈も何もない。単純に自分の本能と勘のみを総動員してそう判断した。判断して、その向かってくる何者かに抵抗する為に、手に持つ大剣を音がした方に向けて防御姿勢を取る。その動作が完了するか否かの瀬戸際で、


 ッガギィン!!


 と、硬い金属同士がぶつかり合う音が、静寂と暗闇に包まれた空間に響き渡った。あと少しでも防御が遅かったら、恐らくは攻撃をまともに受けていたであろう。大剣を通して腕に伝わる衝撃が、その攻撃が致命傷を齎す威力だったであろうことを示し、悠人の背に戦慄の冷や汗を流す。


「くっ!」

「ちっ!」


 両者、苦悶の唸りと不覚の舌打ちを同時に交わし、互いの持つ武器に力を込める。悠人は大剣を前方へ押し込むように力を込め、その勢いを利用し薙ぎ払う。襲撃者は悠人の反撃の力をそのまま利用し、薙ぎ払いの最大加速時に悠人の大剣に合わせていた武器に力を込め、吹き飛ばされる形で一気に悠人と距離をとる。これら、数秒にも満たない交錯を経て、両者は暗闇の中で正面から向き合う。


「ふんっ、やるじゃねぇか」


 最初に口を開いたのは、襲撃者の方だった。ランプの僅かな明かりが照らすシルエットと、声変りも間もない声の高さから察するに、どうやら十代半ばの少年の様である。しかし、その構えの隙の無さと、先の襲撃の手際から、この少年がただ普通の少年ではない事は明白だった。


「俺の奇襲を防いだ奴は、お前でー……何人目だっけか?」

「貴様、何者だ……っ? 妹様、じゃないな」


 この状況で真面目なのかふざけているのかよくわからない軽口を叩いている姿は、普通の少年のようにも見えるが……。その少年に対する悠人の対応は、自分を突然襲った危険人物であるという直前の事実も手伝って、ひたすら剣呑である。


「人に名前を尋ねる時は、まず自分が名乗るのがマナーじゃないのかい?」


 今朝にも同じような事を言われた気がしたが、その時と今とでは、怒りのボルテージの上昇量が桁で違った。突然襲撃を仕掛けてきておいて、このふざけた態度に加え、(自覚はしていないが)自分が敬意を表している咲夜と同じ台詞を吐いた事に、途方もない怒りを燃やしていた。


「あぁ、そうだな」


 襲撃者の少年の言葉に、笑みを漏らしながら返す悠人。その笑みが、まったく友好的なものでないことは、そのドスの利いた声音で分かり切っていた。


「俺は、國崎悠人」


 静かに名乗りを上げながら、大剣を右の腰溜めに構え左手を柄頭に添える。その動作に合わせ、左足を前に出し半身に構え、右足に跳躍の力を込める。飛び掛かりながら右脇から左への薙ぎ払いを繰り出す為の構え。


「そして、紅魔館の執事だ……っ!」


 その叫びを気合の一声とし、右足に溜め込んだ力を一気に爆発させ襲撃者の少年に飛び掛かる。


「っ!?」


 一見すると素人の様な剣の構えからは想像もできない、凄まじい勢いを持った悠人の攻撃に、少年は反応を一瞬遅らせた。大剣の大きさから重さを推し量り受け止めるのは不可能な威力と断定。普通に避けても間に合わない。中途半端な回避では斬撃の餌食になる。ならば―――


 ギャリッ!


 少年は自分の持つ得物―――炎か落雷をモチーフにした様な、エッジの鋭い双剣―――を悠人の斬撃に合わせ、同時に後方へステップを踏む。薙ぎ払いの勢いを利用した緊急離脱行動。攻撃を仕掛けた側が逆転しただけの、先の動作と全く同じ光景が繰り返された。大きく吹っ飛ばされた少年は空中で手足を大きく振り重心を操り姿勢を制御、まるで軽業師の様に床に手を突きバック転を繰り返す。ほとんど人間離れした身体能力だった。


「ヒュウ、やるねぇ……素人にしては上出来じゃん」


 悠人から十数メートル離れた地点で素早く体勢を立て直し双剣を構え直す少年。この期に及んでもまだ軽口を叩ける余裕を残している。そして悠人が素人である事を当然のように見抜いている。最早、この少年が只者ではない事は確定事項の様だ。


「じゃあ、俺もお返しに自己紹介させてもらうぜ」


 まるで緊張感の無い声だったが、それで油断するほど悠人も間抜けではない。少年が軽口の間に手首のスナップだけで振り回している両手の剣、その刃から僅かに光が零れ始め、振り回す毎にその明度が増してきている事に気付いたからである。


「俺は外の世界から迷い込んで、この紅魔館で住み込み執事をさせて貰っている―――」


 紅い刃の剣からは空気を燃焼させ紅く燃える炎が、

 蒼い刃の剣からは空気と摩擦し紫電を撒く雷光が、

 それぞれ刀身の輝度を真っ白に染める程、密度を増した時、


神楽(かぐら)疾風(はやて)―――妖怪退治屋さッ!!!」


 名乗りの声の切りを合図に、前方で交差させた双剣を一瞬一気に振り払い、刀身に溜め込まれた炎と雷を高速で飛来する光弾として解放する。標的は当然、素人なりに攻撃を警戒してはいたが、あまりに予想外の攻撃に驚いている紅魔館の新人執事。


「ぐっ、あぁぁぁ!!!」


 反射のみで、雷弾を大剣の平で受け止める事はできたが、炎弾は剣のガードを超えて悠人の左肩を灼熱の炎で炙る。余りの激痛に悲鳴を上げ片膝を付く悠人に、神楽疾風と名乗った少年は勝利を確信し、トドメの追撃を繰り出さんと急接近する。


「これでぇ、一丁上がりッ!」


 身動きの取れない悠人の数歩手前で大きく跳躍、上空から逃れようの無い一瞬二撃の斬撃を繰り出し、狩人(ハンター)は獲物を狩る―――


 ―――はずだった、世界が停止した。


「!?」


 一瞬の違和感の後、必殺のつもりで繰り出した疾風の斬撃は虚しく空を斬っていた。本来ならそこに居て斬撃の餌食となっていた筈の悠人の姿は、影も形も無い。こんな現象に、このような芸当をやってのける人物に、疾風は心当たりがあった。


「邪魔すんなよ、咲夜ぁ!」

「咲、夜……?」


 放心から目覚めた悠人は、先程居た場所から数メートル離れた位置で、彼の上司にしてメイド長の十六夜咲夜の腕に抱かれていた。一体どんな手品を使ったのか、一秒にも満たない一瞬の間に、一人の男をこの位置まで引き摺ってきたらしい。一方、絶好のチャンスに水を差された疾風は怒声を張り上げて咲夜を糾弾する。


「私の部下を傷付ける者は、例え貴方でも容赦しないわよ」


 疾風の非難の声に全く堪えた様子を見せず、逆に確固たる決意を感じさせる双眸から、可憐瀟洒な姿からは想像もできない、壮絶な戦闘の意思を放出していた。その尋常でない姿に、彼女の細い腕に抱かれている悠人だけでなく、あれ程の余裕を見せていた疾風さえも戦慄を禁じ得なかった。


「それはこっちのセリフ! フランに手を出そうとする奴は誰の部下だろうと―――」


 そこまで言って、自分の言葉の中に違和感を感じる疾風。


「ん? 部下……? あれ……それ、咲夜さんの、部下?」

「最初に名乗っただろ……紅魔館の執事だって」

「え、えぇ、と……あるぇ~?」






「まず、何故突然、俺を攻撃してきたのか説明して貰おうか?」

「いやまぁ~話せば長く……はならないか」


 咲夜の介入で冷静に話をするきっかけを得た疾風は、悠人を襲った動機と経緯を話した。彼が言うには、事件の犯人である“妹様”ことレミリアの妹、フランドール・スカーレットが、疾風と遊んでいる最中、突然暴走を始めたとのことである。まるで何かに怯えるように、周囲に破壊を撒き散らし、その騒ぎに乗じて行方を眩ませた。そこに、タイミング良く(あるいは悪く)現れた悠人が、フランドールを発狂させた犯人だと勘違いし、襲撃するに至った―――


「―――と、いうことさ」

「それはまた見事な早合点だったわね」

「ロクに確かめもせず襲いかかるのはそれ以前の問題だと思うが……」


 お気楽な自称妖怪退治屋のあまりに単純な思考回路に咲夜と悠人は呆れるしかなかった。


 この神楽疾風は、悠人より少し先に、悠人と同じ様に幻想郷に迷い込み、紆余曲折を経て紅魔館に居候することになった少年である。咲夜によって危うく主達の食糧になりそうだったところを、フランドールに気に入れられ命拾いした、という経緯である。


「まぁ、いきなり襲い掛かったのは悪かった、謝るよ。ところで、その格好はどういう類の趣味なんだい?」

「執事の制服だ。これ以上は訊くな」


 疾風の、まるで反省の意思を感じられない軽い謝罪と、今一番訊かれたくない事柄についての詰問(今の悠人にとっては『詰問』に感じる)の言葉を二言で黙らせる悠人。その時、ふと気付いた。先の疾風襲撃の際の彼の名乗り。あの時、彼は自らの事を何と称したか。


「お前も執事って言ったよな? なんで私服なんだ?」

「なんでって、紅魔館には男用の執事服なんて無いって言うから」

「俺もそう言われてこの服を着せられているんだが……」


 そこまで言って、悠人は傍に立って静観していた(様に見せかけて内心で笑いを押し隠していた)咲夜に視線を送る。悠人の無言の圧力に大して堪えた様子も無く、紅い悪魔の(スカーレットデビル)従者(メイド)は困ったような面白がっているような笑みを浮かべて、


「お嬢様のご命令でしたので」

「…………」


 の一言で、悠人の無言の訴えに応えた。ああ、まぁそんな事だろうとは思ってましたよ。内心でそう思いながらも返す返事は沈黙のみの悠人。もうここまでくると怒りを通り越して呆れるしかない。


「ん~…でも、よく見りゃケッコー美人だなぁ~」

「お前は死んでくれ……」


 疾風の明らかにふざけていると分かり切っている戯れ言には取り合わず一言で斬って捨てる。まったく……紅魔館にはロクなヤツが居ない。一見真面目だと思っていた咲夜も実はアレな種類の人間(霊夢や魔理沙と同類)だったと判明したし(無論、アレなお嬢様の命令だったという事は考慮に入れてはいるが云々)。


「って、そうじゃないだろ。今は他にやるべきことがあった筈だが……」

「そうだったわね。疾風、妹様はどちらへ向かわれたのかしら?」


 疾風の襲撃を契機に本来の目的から脱線しまくっていた事にようやく気付いた悠人は、この忌々しい空気もついでに払拭するつもりで話を本題に戻す。そのことに言われて気付いたのか、最初から気付いて黙っていたのか、判断に困る咲夜の声音と態度が気になったが今はそんなことを詮索している場合ではない。


「それが、実は俺も見失っちまって……地上には出てないと思うぜ。地下の奥に進んで行ったから」

「よりにもよって下層に……」


 訊かれた疾風はややバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。普段は天真爛漫で無邪気であるという妹様の、常とは明らかに異質な発狂の様子に面喰って、流石の養育係(玩具係ともいう)である疾風も彼女の失踪経路を見失ったのだろう。疾風の返事に、その意味する処に気付いた咲夜は紅茶と間違えて渋い緑茶を飲んだような苦渋の表情を表した。


 広大な敷地を誇る紅魔館は、その地下にも大規模な施設を擁していた。今、悠人達が居るこの大図書館は地下上層。ここより更に下に存在するのが、普段は使われていない道具や読まれていない本を収蔵している倉庫たる地下下層。件の妹様はそこに逃げ込んだと咲夜は予想した。


「何か不味いモノでもあるのか?」

「いいえ。ただ、地上階に比べて掃除が百倍大変な状態に常に晒されている、と言えば分かるんじゃないかしら?」

「………………あぁ」


 その地上階の掃除を終えて満身創痍となった経験をつい数刻前に体験した悠人には、咲夜のその言葉の意味を十二分以上に汲み取ることが出来た。なるほど、確かに厄介だ。否、厄介極まりない。この大図書館の、書架に収まりきらない程に本が溢れている状況すら、清掃作業の難易度は地上階の比ではないだろう。それすら凌駕する光景など、想像するだに身の毛がよだつ。


(なんか、掃除に対して変なトラウマが出来たな……)


 などと微妙に暢気な事を考えつつも、今後の行動方針を定める為にこれから自分達がどう動くべきなのか話し合う事にしよう。悠人がそう考えて、


「ともかく、その下層に行くしかないだろうな」


 口を開いた、その時だった。


「無闇に今の妹様に近付くのは自殺行為よ」


 鈴の鳴る音の様に可憐な、しかし不思議な存在感を感じさせる風韻を持つ、少女の声が暗闇の大図書館内に木霊した。声量自体は小さく、しかも少し早口だったため聞き取り辛い筈なのだが、なぜか声ははっきりと一同の耳に届いてその言葉の意味を伝達していた。


 同時に、暗闇の中から薄らと滲み出るように声の主の姿が明るみに出る。尖端を幾つかのリボンで纏めた膝下まで伸びた長いストレートヘアーは目元で綺麗に切り揃えられ、眠そうな風貌で半開きになっている目をほど良く隠している。頭には三日月の装飾があしらわれたドアキャップの様な形をした帽子を被っており、紫と薄紫の縦縞が入った、各所を青と赤のリボンで飾られたゆったりとしたワンピース構造の服を着て、その上から更に薄紫のローブの様なものを羽織っている。歳の頃は十五、六歳といったところか。魔理沙とはまた違うタイプの、魔法使いの様な雰囲気を纏っている。


 パチュリー・ノーレッジ―――


 紅魔館と共に幻想郷へ流れてくるより以前に、紅魔館の館主であるレミリア・スカーレットと親友の間柄にある齢百歳を超える魔女。この膨大な書物で埋め尽くされた大図書館の所有者にして管理者であり、それらの本から得られた膨大な知識を有する紅魔館の頭脳(ブレイン)と呼び称される少女である。


「パチュリー様、お出掛けになられていたのですね」

「レミィの処へ少しね。明かりを消していたから分かっていると思ったのだけれど」


 その声の主が、自身が仕える主君の親友であると気付いた咲夜は、深刻な状況で危険を感じさせる言葉を投げかけられたにも関わらず、暢気な態度で恭しく対応する。勿論それは完全で瀟洒な従者として、無駄に、必要以上に動揺することを良しとしない信念の元に取られた態度である。


「危険だと分かっていても、行かないわけにはいかないだろう」

「そうだぜ! 今日のフラン、なんだか少し様子がおかしかったんだ……俺が行って止めてやらねーと……!」


 突然現れた少女・パチュリーの言葉に、この状況を解決する義務を負う悠人、この状況を生み出した張本人に想い入れのある疾風は、共に声を合わせて反論する。先まで敵対していた間柄ではあるが、そうも言っていられない状況であることは二人にも分かっているのだ。


「考え無しに動いてもその身を危険に晒すだけ、と言っているのよ。何の対策も無しに今の妹様を止めるのは不可能だわ」

「その根拠は?」

「統計よ」

「統計、って……」


 感情に任せて動こうとする二人を制するように、パチュリーは事実を告げる。しかし、自己紹介すら交わしていない相手を信用できるほど、他人に心を開いていない悠人は論より証拠を求める。騒動の原因(妹様)に関しては相手の方がキャリアのある専門家であるのだが。そんな悠人に対しパチュリーは、一言で即答する。そのあんまりな答えに肩を落として呆れで応えた悠人に、専門家(パチュリー)は事実という名の統計を示す。


「今までに発狂した妹様を鎮められた者は、白黒と紅白……そしてレミィくらいしか居ないわ」


 白黒と紅白を服の色で表しているのだとすれば、それはそれぞれ魔理沙と霊夢ということになる。この二人は異変解決のスペシャリストであり、人間でありながら幻想郷内でもかなりの実力を有し、スペルカードルール下に於ける戦績は最上位に位置する猛者である。


 そしてレミィ―――パチュリーはレミリアをこの愛称で呼ぶ―――ことレミリア・スカーレットは、五百年を生きる吸血鬼である。吸血鬼は比較的近世に現れた新しい妖怪であるが、その持てる力は絶大と言っても過言ではない。腕力・速力・再生力、どれを取っても単一種族が持つには強大な力である。レミリアはその吸血鬼の中でも王とまで呼ばれたほどの力を持っており、そして妹様ことフランドールは彼女の妹なのである。その力は言うまでもなく、レミリアに匹敵する。


「私が何を言っているのか分かるかしら?」

「………………」


 それらの事実が示す事……パチュリーはつまり『あなた達には無理よ』と言いたいのだろう。全く以って正論である。妖怪退治屋としてのキャリアを持つ疾風はともかく、悠人は幻想郷に来てまだ十日にも満たない、スペルカードルールの弾幕戦ですら数回しか行った事のない、言うなればド素人である。


 そんなド素人が、幻想郷でも最高位の力を誇る吸血鬼・レミリアの妹―――しかも今は発狂して手が付けられない状態にあるフランドールを相手に、一体何が出来るというのか。他の者達、戦慣れしている咲夜やパチュリー、疾風の足を引っ張ることは出来ても、到底戦力には成り得ない。邪魔をする事しかできない足手まといでしかないだろう。


「……確かに、妹様の対処に慣れていない者が行くのは危険ね」

「………………」


 咲夜も、オブラートに包んではいるがパチュリーの意見に賛同する。これはもちろん悠人の身を案じての配慮だったのだが、彼としては自分を否定された様な感覚に陥りなんとも居た堪れない心情である。


 悠人も馬鹿ではない。自分の力量くらいしっかりと弁えているつもりだ。だが、しかし……ここで素直に引き下がれないのは、負けず嫌いな性格故か、ちっぽけなプライドの成せる業か。


 とはいえ、ここで無為に張り合っていても時間の無駄であることは承知している。一刻も早く、発狂した妹様を止めなければ被害は拡大するだろう。彼女は基本的に紅魔館からは出られないとのことだが、万が一ということもある。厄介事は早期に片付けた方が良いのだ。


「………―――」

「別にいいんじゃないか?」


 悠人が意を決して身を引こうと帰還の言葉を口にしようとした、まさにその時。背後から投げかけられたまた別の少女の声がそれを遮った。悠人にとっては聞き覚えのある―――どころか既に慣れ親しんだとさえ言える程、聞き慣れた声。


「魔理沙……一体何の用、ぁだっ!?」

「何の用とはなんだ、何の用とは」


 その声の主、霧雨魔理沙に向き直り、簡潔に用件を訊こうとした悠人は、挨拶代わりに彼女の手に持つ箒による上段からの打撃を受けて危うく床と熱烈な口付けをするところだった。寸でのところで踏み止まり、しかし衝撃に痛む頭を押さえて蹲る。相変わらず物理的な挨拶に定評のある白黒魔女である。


「で、何の用なのかしら? 貴方が盗んで行った本の返却なら年中無休で受け付けているわよ」

「悪いが今日の処は返却する本は持ってきてないんだ。ちょっと他の用事を頼まれてな」


 悠人の代わりに、魔理沙と旧知のパチュリーが彼女の要件を雑談を交えて訊く。訊かれた魔理沙も他意無く雑談を交えて簡潔に返す。魔理沙は五年ほど前からこの大図書館に入り浸るようになり、興味のある魔導書やら雑学書やらを片っ端から(勝手に)借りて(盗んで)いるらしく、パチュリーとも親しい仲なのだという(借りられる(盗まれる)側のパチュリーとしては色々複雑な思いもあるらしいが)。


(だとしても、同じ事を訊いてこの対応の差は一体何なんだ……)

「それより、どういう事なのかしら? 何が『別にいい』のか詳しく教えて貰いたいわね」


 いささか理不尽な魔理沙の対応差に二重の意味で頭を抱える悠人は無視して、後ろで腕を組んでいた咲夜が、魔理沙が最初に口にした言葉の意味を問い質す。微妙に声音が剣呑で表情も鋭く引き締まっている様に感じるのは、悠人を危地へ送り出すことに抵抗が無いような事を言う魔理沙への反感が込められていた為なのだが、睨まれつつ訊かれた魔理沙はそれを気にするでもなく、悠人の能力を評価した上での事実を告げる。


「ああ、こいつ(悠人)、結構妙な能力を持っているみたいでな。模擬戦とはいえこの私を倒した事もあるんだ。もしかしたら万が一の時に役に立つんじゃないかと思ってね」


 『模擬戦とはいえ』という言葉が含まれていてなお、咲夜とパチュリーは内心で大いに驚いた。異変解決の専門家(スペシャリスト)、博麗神社の巫女・博麗霊夢と並び古くから幻想郷の異変解決に奔走していた凄腕の魔法使い・霧雨魔理沙を相手に、幻想入りして間もない、ド素人の悠人が勝利したという驚愕の事実に。なによりも、“あの”負けず嫌いで有名な魔理沙が、そのド素人に負けた事をあっさり認めた事に。


(ド素人ド素人うるせぇよ、ちくしょう……)


 内心で悪態を吐く悠人も、実は密かに驚いていた。魔理沙が筋金入りの負けず嫌いである事は彼女の言う先の模擬戦の際にはっきりと理解(というより体感)している。決着直後に半ば反則的な追加攻撃を受けて悠人はのされたわけだが、確かに彼女は試合には負けたのだ(勝負には勝った、という予防線を張っているのかもしれない)。そんな魔理沙が、自分が負けた事をあっさりと他人に言えるものだろうか。


「その能力ってのは、どんなものなんだい?」


 魔理沙が他人を高く評価するという予想外の事態に面食らう一同を置いて、この場で唯一、そんな魔理沙の性分を知らない疾風が気になっていた事を訊く。彼はこの紅魔館で悠人より一足早く住み込みの執事をしており、主な役割は件の妹様―――フランドールの遊び相手だったという。彼女は多くの場合、地下を生活の拠点としていた為、必然的に図書館が遊び場になることも多々あり、その際、同所へ遊びに来ていた魔理沙とも何度か面識はあったが、特に親しく話していたという訳でもなく、彼女の性格については熟知していなかったのだ。


「感情の昂りを力に変換するとか、そんな感じだったかな。下手すりゃ幻想郷の存続さえ危ういって紫のお墨付きだぜ」

「それほどまでの力を……」

「この悠人が、ねぇ……」


 そんな疾風の事情も気にせず、魔理沙は平然と答える。彼女は他人に遠慮することがない。遠慮されて一方的に距離を取られることを嫌っているのだ。故に、何を遠慮するでもなく普通に魔理沙が悠人の持つ能力について簡単に説明する。使い方次第では人の身に余る強大な能力を、この何の変哲もない青年がその身の内に秘めているという事に、驚きと困惑を等分に混ぜた表情で視線を同じくする咲夜とパチュリー。


 実年齢はともかく、外見はかなり可愛い部類に入る少女二人に見つめられて、そんな状況じゃないと分かっていながら微妙な気恥かしさを感じる悠人はふいと視線を逸らして『まだ上手く扱えないけどな』と小声で呟いた。照れ隠しである。


「でも、やっぱり私は同行させるのは反対だわ。どんなに強大な力を持っていても、使いこなせなければ意味がない。制御できない力はあらゆる災難を呼び込む危険性を孕んでいる。貴女も魔法使いならそれくらい解っているでしょう?」


 それでもなお、パチュリーは理路整然とした反論を魔理沙に突き付ける。彼女は百年以上魔女として魔法の研究を続けているが、己が身に余る(魔法)を習得しようとした事は一度もない。彼女の言うように、己の所有する魔力の許容値を超えた強過ぎる力はその身を破滅させるだけ。ともすれば周囲にも甚大な被害を与え得る可能性もある。


「それはお前が本だけ読んで得た知識の範囲内でしか行動する術を持ち合せていないからだろう? 実際に自分で動いて、実戦の中でしか体得できない経験もある。むしろそっちの方が重要だと私は思うがね」


 対する魔理沙は、非常に彼女らしい能動的な論理で反論する。魔理沙は異変が発生した際にあちこち飛び回って出会った者達と戦っていくつもの技を見て学んだ(盗んだとも言う)。これは実戦の中でしか得られないものであり、知識だけではどうにもならない。経験値は家の中で溜めるんじゃない、現場で溜めるんだ、と。アクティブな魔理沙らしい答えである。


 確かに、現実にあの模擬戦の場で悠人はその能力を発現させている。あれは実際に戦闘中の緊張感の中に身を置かねば得られない感覚だった。この一点でも魔理沙の論は説得力を持っている。


「それに―――」


 そして、魔理沙は更に言葉を続ける。


 その場に在る誰もが、己が耳を疑う言葉を―――


「何かあったら、私が守ってやるよ」


 これには咲夜やパチュリー、悠人のみならず疾風まで表情を驚愕に固めて黙るしかなかった。


 あの魔理沙が……あの、魔理沙が……!!


 利己的で見栄っ張りで負けず嫌いで自分が良ければ他人はどうでも良い自己中心的で人を小馬鹿にしたような態度ばかり取りおおよそ誰かの為に働く事に喜びなど欠片も感じそうにない、あの……魔理沙が―――!!


 あろうことか……『私が守ってやると』という言葉を口にするとは―――!!!


「なんか、凄く酷い言い様だぜ……」


 魔理沙の衝撃的な爆弾発言……というより核爆発言により、パチュリーは反抗の意を削がれた気分になり溜め息一つ、


「そこまで言うのなら、止めても無駄の様ね……」

「そう、ですね……」


 これから確実に一戦やらかす前だというのに無駄に疲れた風に呟くパチュリーに、咲夜も苦笑しながら同意する。彼女も魔理沙に中てられたわけではないが、心の内では半ば開き直ってもいた。確かに、“二人で”守ればなんとかなるか、と。


「いやぁ、随分と男前だねぇ。こりゃ俺も負けてられないな!」

「いや、だけど……なんか複雑だな……」


 見た目は小柄な少女なのに、今の一同にはマッチョな大男よりも頼りになりそうな存在に見えるイケメンな魔理沙に、疾風も謎の対抗心を燃え上がらせる。そして話題の中心にある筈なのに妙に存在感が薄い、守られる対象たる悠人はひたすらに複雑な心境である。下手をすれば、役立たずとして大人しく退場していた方がマシなのではなかったのか、とすら思える程度に。


(それにしても……)


 事ここに至って初めて悠人は気付いた。なんだか魔理沙は妙に自分に対して気を利かせてくれる、ような気がするのだ。


 幻想郷に迷い込んで人喰いの妖怪に襲われる洗礼を受けている最中に割り込んで命を救ってくれたばかりか、その後も細々とした支援や雑事を受け持ってくれたりと、何かと都合を利かせてくれる。慧音や霊夢が言う処の『面倒臭がりで自分勝手、自己中心的で他人を馬鹿にする』魔理沙像と、あまりにもかけ離れている。


 他人の吹聴する言葉、知識だけでは推し量れない事―――そう、確かに魔理沙は、実際に接し話さなくては本性を読み取れないタイプの人間だったのだ。


(それとも、まさか―――)


 それとは別の、もう一つの可能性。男が抱くいい気な妄想である可能性を考察しようと思考を流し始めた悠人は―――


「ってことで、行くぜド素人! 精々盾くらいには役に立ってくれよ!」


 バシィッ! と、その魔理沙に、思いっきり背中を叩かれて目を覚ました。


(あー、まさかなー……)


 その可能性を考察するまでもないという事実に気付き、自分に自分で呆れる。


「守るんじゃなかったのかしら」

「あー、そうだったぜ」

(あー、そうだったな)

「どうでもいいから早く行くわよ」

「なーんか面白いなー、お前ら」


 咲夜の的確なツッコミに、口と心の声をシンクロさせる魔理沙と悠人。まったく、気が合っているのかそうでないのか。三バカトリオのコントは無視して、パチュリーは一同を促しつつ目的地である下層へと続く扉へと歩みを進める。どうでもいい一言を言い置いて後に続く疾風を無視して、悠人も立ち上がり、


(―――『私が守ってやるよ』―――)


 一つの言葉を胸の内に反芻させて、前を見据える。


 せめて、足を引っ張る事だけはしないように、


 守られるだけの存在にはならないように、


(その言葉、そっくりそのまま返してやる)


 身の程知らずな野望を抱いて、一歩を踏み出した。



 





 闇の深淵にて重苦に藻掻き蠢く混沌は、


 破壊の力と狂気の心を孕む少女を捉えた。


 少女の奥深くに潜む闇、家族、惨劇、幽閉、


 拭い去れない恐怖(トラウマ)に膝を抱えて震える心を、


 混沌は愛情を錯覚する優しさで包み込み迎え入れる。


 破滅を齎す力の枷を打ち砕く甘美な衝動に心()わせて、


 力を、心を、全てを解き放つ一線を踏み越えさせる。


 ―――そして、


 混沌が、少女を真の姿に変える―――




もう主人公魔理沙でよくね?(マスパ

次回こそ本格的な戦闘が始まる!っていうとまた始まらないフラグになりそうだからあまり言わないでおこう(蹴

次回は第九話だけど第⑨話にならないことを祈るんだな!(斬

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