十月三十一日のその日のお話
世の中には、幸福な偶然というものが存在します。
思いがけない出会い、予期せぬ幸運、そして努力が報われる瞬間。人々はそれらを人生の彩りと呼び、時には運命などという大層な名前をつけたりもするのでしょう。
もっとも、私に訪れた幸運は、そんな美しいものとは少々異なっていたようですが。
十月三十一日。ハロウィーン。
街は仮装と菓子と商業主義に彩られ、子供たちはお菓子を求めて歩き回ります。年に一度、合法的に他人へ菓子を要求できる日。実に素晴らしい文化です。できることなら私も参加したいところですが、残念ながら年齢と羞恥心という二つの障壁が存在します。
そんな秋の一日、私は近くの小学校で開催されていたフェスタへ赴きました。
同行者は先輩が一人、男友達が一人、女友達が二人。総勢五名の小さな一行です。
秋風が吹き、校庭には人々の声が響いていました。子供たちは走り回り、大人たちはそれを見守る。平和という言葉を具現化したような光景です。
もっとも、平和というものは、たいてい退屈と紙一重なのでしょう。
会場では学校外の友人にも出会いました。どうやら人間の生活圏というものは、私が思っているほど広くないらしいです。世界は広大だと教わってきましたが、休日の行動範囲に限っていえば、ずいぶんと狭いものです。
さて、会場を歩いていると、プログラミング部のゲームを見つけました。
どうやら得点を競う催しのようです。
私は挑戦しました。
そして、一位になりました。
二位とはかなりの点差。圧倒的な勝利といって差し支えないでしょう。人間、時には自分の才能を誇ってもよいのです。謙遜ばかりしていては、せっかくの栄光がかわいそうですから。
ところで、表彰にあたって係の人から名前を尋ねられました。
私は答えました。
「ぱそたろう」
実に簡潔で、覚えやすく、どこか愛嬌のある名前です。偽名としては申し分ありません。
しかし、後ほど表彰台を確認したところ、そこには驚くべき文字が記されていました。
**ぽそたろう**
……。
どうやら私の名前は、係の人の手によって一文字ほど改造されてしまったようです。
ぱそたろうが、ぽそたろうへ。
たった一文字。されど一文字。
人類の歴史を振り返れば、一文字の違いが大きな意味を持つこともあるのでしょう。しかし、今回の場合はただの誤字です。歴史的な意義などありません。
それでも、一位という輝かしい記録に刻まれた名前が「ぽそたろう」だったという事実は、なかなかに味わい深いものがあります。
私の栄光は、どうやら誤字とともに後世へ伝えられる運命にあるようです。
さて、名誉ある誤字を背負った私は、お昼ご飯にピザをいただきました。
円形の生地に、溶けたチーズ。人類が生み出した食文化の中でも、なかなかに優秀な発明品です。
私はそこへタバスコをかけました。
少々、多めに。
ええ、少々です。
少々という言葉の定義については、今後議論の余地があるでしょう。
結果として、ピザは辛くなりました。
当然です。
何を期待していたのでしょうか。赤い液体を大量にかけておきながら、甘美な味覚の楽園が訪れるとでも思ったのでしょうか。
人間とは、時に自ら災難を招き入れ、それを不運と呼ぶ生き物なのです。
食事を終えると、女友達二人がアニメイトへ行こうと言い出しました。
私は少々意外に思いました。
というのも、先輩とは昼食の際に別れており、その後は男友達と行動をともにしていたからです。てっきり、この後も二人で適当に会場を回るものだと思っていました。
ところが、どういうわけか。
男友達は女友達二人とともに、アニメイトへ向かうことになったのです。
……。
あれ?
私は一瞬、状況を理解するのに時間を要しました。
つい先ほどまで一緒に行動していた友人が、何の躊躇もなく別の一行へと合流していく。まるで渡り鳥が季節に応じて群れを変えるかのような、実に見事な身のこなしです。
そして、気がつけば私一人が取り残されていました。
なるほど。人間関係というものは、時として驚くほどあっけないものなのでしょう。
別に寂しくなどありません。
……いえ、少しは寂しかったかもしれません。
しかし、ここで感傷に浸ったところで、アニメイトに向かった三人が戻ってくるわけでもありません。私は潔く帰路につくことにしました。
帰りの交通手段はバスです。
バス停で待つ私の姿は、さながら戦場から一人帰還した兵士のようでした。もっとも、戦場で失ったのは仲間でも名誉でもなく、単に午後の同行者だったのですが。
やがてバスが到着しました。
私は乗車し、窓の外を眺めました。
秋の景色が流れていきます。
実に平穏な光景です。
ただ、私の心には一つの疑問が残っていました。
**あの男友達は、一体どれだけハーレムになりたいのでしょうか。**
女友達二人とともにアニメイトへ向かうその姿は、まるで自ら恋愛ゲームの主人公にでもなろうとしているかのようでした。
いやはや、羨ましい限りです。
もっとも、本人にその自覚があるのかどうかは知りません。もしかすると、ただアニメイトに行きたかっただけなのかもしれません。
しかし、残された私からすれば、そんな事情は知ったことではありません。
まったく、世の中というものは不公平にできているのでしょう。
こうして私は、一人バスに揺られながら帰宅したのでした。
ハロウィーンの日に得たものは、ゲームの一位と、誤字だらけの称号。そして、友人の意外な行動に対する一つの疑問でした。
人生とは、まことに予測のつかない旅なのでしょう。
こうして、ハロウィーンの一日は幕を閉じました。
一位を獲得したゲーム。誤字によって生まれた新たな名前。タバスコによって失われたピザの平穏。そして、なぜか女友達についていくことになった午後。
振り返れば、実に多彩な出来事に恵まれた一日だったといえるでしょう。
人生とは旅のようなものです。
目的地を定め、道を選び、時には予期せぬ出来事に遭遇する。
そして、時には自分の名前すら正しく記録されない。
けれど、それもまた旅の醍醐味なのでしょう。
ただし、ひとつだけ訂正しておきたいことがあります。
私の名前は「ぽそたろう」ではありません。
**「ぱそたろう」です。**
この違いだけは、どうかお間違えのないように。
ところで、このどこか懐かしくも愛嬌を感じられる様な素敵な文章を書いていたのは一体誰でしょう?
そう、私の後輩です。




