【第3話】使命
「じゃあ、改めて。皆さん、はじめまして。木蓮翔哉です。俺は皆さんみたいに映画一筋ってわけではなくて、中高とバスケをやってきました。でも、映画は好きでよく見ていて、特にアニメ映画が好きです。『千年女優』とか『パトレイバー』とか。家でも暇なときは、アニメを見て過ごすことが多いですね。もちろん実写映画もそれなりに見てますけど。出水さんに声をかけられる前は、中規模の配給会社で劇場営業をやっていたので、こっちでもその経験が生かせたらなと思ってます。よかったら気軽に、下の名前で『翔哉』って呼んでください。よろしくお願いします」
そこまで言ってお辞儀をした木蓮さんに、私たちも心ばかりの拍手で応える。
優しく手を叩きながら、私は「木蓮という名字は珍しいな」と感じる。その名字を聞いて思い浮かぶ人が、私には一人だけいる。一通り自己紹介が終わった後で、さりげなくその話題を出してみようかと思った。
そして、私たちの視線は最後の一人、眼鏡の男性に集まった。その男性は和やかな笑みを浮かべていて、この顔合わせの場にも緊張はしていないようだった。
「皆さんとは、今日がはじめましてになるんですかね。どうも、四谷圭二です。そこにいる出水とは大学が同じで、学部は違ったんですけど、同じ映画研究会に所属していたこともあって、学生時代は仲良くさせてもらってました。卒業してからは少し疎遠になってたんですけど、でも今回こうして連絡をもらって、まず驚いたというのが正直なところです。でも、僕も映画業界には興味があったので、返事に迷うことはありませんでした。僕はここに来る前は広告代理店でデザインの仕事を手がけていたので、ポスターや広告といった宣伝デザイン、アドバタイジングの分野で力になれるかと思います。好きな映画はチャップリンの『ライムライト』で、趣味は映画鑑賞と旅行です。皆さん、これからよろしくお願いしますね」
自己紹介を終えた四谷さんに拍手を送りながら、私には全員が揃う前に出水さんと四谷さんが親し気に話していたわけが、腑に落ちた。学生時代に親交があったのなら、久しぶりに会って積もる話もあったことだろう。
全員が自己紹介を終えて、私は立石さんたちの名前を頭に刻み込む。三人ともが印象が良くて、これから一緒に働くにも、人間関係の面で困ることはあまりなさそうだと感じられた。
「じゃあ、全員の自己紹介も済んだことだし、ここからは弊社epoch makingのことについて少し話したいんだけど、みんないい?」
全員が自己紹介を終えてから、出水さんが私たちに再び声をかける。まだお肉や具材を注文する前だったけれど、数分くらいならと三人は頷いていたし、私もそれに続く。今すぐお肉を口に入れたいほど、空腹というわけでもなかった。
「みんな、ありがとう。じゃあ、まずは私がこの会社を立ち上げた経緯について少し話させてね。今、この国では年間千本を超える映画が公開されてる。洋画や邦画、大作からインディーズまで多くの映画が公開されていて、多くの人がその気になれば、バリエーション豊かな映画を観ることができるの。でも、今はSNSの影響もあって売れる映画と売れない映画が二極化してきていて、多くの良作が埋もれてしまっている。洋の東西を問わずにね。そんな状況を何とかできないか。まだ世界には多くの知られていない良作があって、それを届けるためにはどうしたらいいか。そう考えたら、西宝で自社製作の大作映画の配給や宣伝を手がけるよりも、いっそのこと自分で会社を作って、自分たちの眼で選んだ作品を配給した方がいいと思ったんだ」
話し始めた出水さんに、私たちはじっと耳を傾ける。
ヒットしなくても、良い映画はある。それは毎週のように映画館に足を運べている私にも頷けるところだった。
「私たちの理念としては、自分たちの眼で選んだ良質な映画を、一本でも多く配給すること。それは間違いない。でも、理想を掲げるだけじゃやっていけないのも事実。映画にはビジネスとしての側面もあって、かけた製作費等を回収できないと、次の映画が作りづらくなってしまう。私たちが配給・宣伝した映画が赤字になって、みんなが苦しい思いをしましたってなったら、それこそ申し訳なさすぎるし、目も当てられない。だから、私たちが目指すのはビジネスとしても成功する会社。一つ一つ実績を積み重ねていって、やがては名実ともに日本一の配給会社になる。どうせやるなら、私はトップを目指したい。それはみんなにも事前に話したし、今ここにいるってことは、それに同意してるってことだと思うから」
出水さんの言うところに口を挟んだり、異を唱えたりする人は、誰もいなかった。私は出水さんから「日本一の配給会社になる」という目標を事前に聞かされていたし、それは他の三人も同じことだろう。
私たちは出水さんが抱くビジョンに共感して、今ここにいるのだ。
「だから、いつまでも小規模経営で細々とやるつもりは私にはない。まず最初の目標として、一年間で配収三億円、週末の興収ランキング一位を早急に達成する。そして、経営が軌道に乗ったら、社員も配給する映画も少しずつ増やしていく。そうして、ゆくゆくは一〇〇人規模で社員を抱える、大手配給会社へと成長していく。これはこうなったらいいなって願望じゃない。絶対にこうするっていう使命なの」
出水さんの言葉は力強くて、今自分が掲げた目標を絶対に達成するという決意に溢れていた。配収三億円も、興収ランキング一位もいずれも高いハードルには違いないが、それでもやってやろうという気概がなければ何も始まらない。
実際、私たちの間には高いモチベーションが存在していることが、私には出水さんの他にも三人の引き締まった横顔から感じられた。
「とはいえ、私たち配給会社の仕事は、配給する映画がないと何も始まらない。だから、ここからは実際の仕事の話になるんだけど、皆にはまず買い付けたい、配給したい映画を一本ずつ選んでもらう。私も含めて買い付けたい映画を五月の末にある会議で発表して、皆で話し合って、まずは一本の映画の買い付け・配給・宣伝に全力を尽くす。今の規模だと、同時に何本ものプロジェクトを抱えるのは難しいと思うから。まずは一本。その一本で配収三億円、週末の興収ランキングで一位を獲る。それを目標に進めていこうと思ってるんだけど、みんないいよね?」
「あの、その買い付ける映画ってどうやって探せばいいんでしょうか? 私、映画の仕事が初めてなので、よく分からなくて」
それまで出水さんの話にじっと耳を傾けていたなかで、ふと尋ねたのは立石さんだった。立石さんや四谷さんは、異業種からの転職なのだ。疑問に思うのも無理はないだろう。私だって、買い付け業務はまだ担当したことがない。
でも、立石さんの疑問にも出水さんは引き締まった表情をし続けている。そう訊かれることも織り込み済みのように。
「確かに立石さんがよく分からないのも当然だよね。詳しいやり方はまた追って伝えるけれど、まずは国内外の映画祭に足を運んでみて、これだ! っていう映画を見つけてみたり、制作会社に連絡をして、何か動いている企画はありませんかって訊いてみたりする。そうやって情報を集めて、買い付けしたい映画を探していくの」
「なるほど。そうなんですか。大まかにですが分かりました」
「うん。お金も労力もかかると思うけれど、その分全てのスタートとなる大事な仕事だから。買い付け額とかビジネスの側面も考慮しながら、それでも立石さんたちのセンスに基づいた選択をしてほしいな」
立石さんの返事は「はい!」と明快で、今までやってきた仕事とはまったく違う映画の買い付けにも、前向きな姿勢を持っていることが窺えた。新しいことにも物怖じせず、むしろワクワクする性格なのかもしれない。
でも、そうでなければスタートアップではやっていけないだろうなと私は思う。私だって新しい仕事に期待を抱いている部分はある。少なくとも、今の誰にでもできるような仕事よりも。
「うん。それじゃあ、みんなも。初めての仕事で心配に思う部分もあるかもしれないけれど、私はみんなだったら大丈夫と思って声をかけたわけだから。会社を作ったばかりで色々と大変なこともあるだろうけれど、それでもみんなで力を合わせて、良い映画を一つ一つ観客に届けていこう。会社もどんどん大きくしていこう。私はこのメンバーだったら、それができるって信じてるから」
改めて出水さんがかけてくれた言葉に、私たちは全員で大きく頷いていた。「信じてる」という言葉は少しプレッシャーではあったものの、それ以上に出水さんが私たちにかけてくれる期待に応えなければと思える。個室の雰囲気も燃えるようなやる気と、新たな仕事への期待に満ちている。
出水さんがふっと笑う。「じゃあ、少し長くなったけど、みんなお肉とか具材頼んで。今日は私のおごりだから」と言われて、立石さんや四谷さんは我先にとメニュー表を取っていた。
私も少ししてからメニュー表を回してもらう。どのメニューも、私がたまにいく焼き肉チェーンの倍ほどに高くて、思わず目を瞬かせそうになる。
でも、「まずは定番の五種盛りかな」と言う出水さんはこの店にも来たことがあるようで、私はやっぱり出水さんほどのキャリアになると、貰っている給料も違うのだなと、少し下世話なことを思った。
(続く)




