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【第2話】顔合わせ


 その日は、昼間の東京でも雪がちらつく一段と寒い日だった。だから、私はなかなか布団から出られなくて、ようやく起き出した頃にはもう正午を回っていた。


 着替えてメイクを整えて家を出る頃には一時を過ぎていて、私は寒い中急ぎ目に歩く。それはお腹が空いていて昼食を食べたいと思ったことも大きかったけれど、それ以上に今週封切られた映画を観たいからでもある。


 やはり映画会社で働いているからには、映画は観なければならない。会社の先輩にはそれを義務的に感じている人もいるようだが、私はこの仕事をしていてもなお、純粋に映画を楽しみに思う気持ちを持ち続けていた。


 駅前のシネコンで映画を二本観ると、終わって外に出た頃にはもうすっかり日は暮れて、辺りは暗くなっていた。映画は一本は面白くて、もう一本はそこまでだった。


 でも、そんななかでも私は目の前の映画に集中できたとは、あまり言い難かった。それは今日この後に控えている予定が大きくて、特に二本目はそこまで惹きつけられなかったこともあって、私は終盤には映画とは関係のないドキドキを感じていた。まだそこに着いてもいないのに、今から心臓が早鐘を打っていくようだ。


 私は最寄り駅へと歩き出す。人の往来が多い駅前は、様々な店から漏れる明かりで眩しいほどだった。


 最寄り駅から地下鉄に乗って、初めて利用する駅で降りる。スマートフォンのナビアプリを頼りに歩くと、その店は出口から一〇分ほど歩いたところにあった。こぢんまりとした外観が、離れのような印象を与える。


 店内に入ると、私はやってきた店員に「出水で予約してるんですけど」と告げた。了承した店員は、私を店内の奥へと案内していく。


 今日、私が訪れている場所。それは、全席完全個室の焼肉店だった。


 廊下を歩いているだけで背筋が伸びそうな雰囲気があるなか、店員は私を店内の一番奥に通した。


 意を決してドアを開けると、暖かな茶色でまとめられた個室が目に入る。インテリアの一つ一つが落ち着いた雰囲気を放っていて、私は息を呑まずにはいられない。


 テーブルの周りに置かれた椅子は五つ。そして、そのうちの一つには、出水さんが座っていた。ドアが開いたのに気づくやいなや立ち上がって、私を迎え入れてくれて、その姿に私は少し気が引けてしまった。


「理歩ちゃん、来てくれたんだ。ありがとね」


「ま、まあお呼ばれしたからには。それよりも他の方はまだ来てないんですか?」


「うん。でも、予約した時間までにはまだ一五分もあるからね。いずれ来てくれるでしょ」


「あの、私早く来すぎたでしょうか……?」


「ううん、そんなことないよ。行動が早いっていうのは良いことだし。それよりもありがとね、理歩ちゃん。私の話を受けてくれて」


「いえいえ、出水さんのお話は魅力的でしたし、私も本格的な配給や宣伝の仕事がしたかったですから。正直少し考えはしましたけど、どんな人生を送りたいかと考えると、迷う必要はありませんでした」


「うん、ありがと。理歩ちゃんのその思いに恥じないような会社にしてくよ。さ、座って。どこでもいいから」


「は、はい」と返事をした私は、入り口から一番近い席を選んで座った。


 今日私たちの他にどんな人が来るのかも、私は出水さんから事前に聞いている。だから、一番年下である私が下座に座るべきだろうという判断が働いた。


 そこからはスマートフォンを見るのも気が引けて、緊張を紛らわすように視線を部屋のあちこちに向けたり、出水さんと少し話したりしながら、私は他の三人がやってくるのを待った。


 すると、私が入ってきて数分もしないうちに、再びドアが開けられる。


 入ってきたのは、眼鏡をかけた男性だ。少し腹は出ているものの、発せられる雰囲気には誠実さと清潔感を感じる。


 その男性は私たちに軽く挨拶をすると、私の二つ隣の席に座っていた。出水さんともあけすけに話していて旧知の仲のようだったけれど、私はその間にはなかなか入ってはいけなかった。


 次にドアが開いたのは、手持ち無沙汰になった私がテーブルの上に置かれているメニューを手に取った、まさしくその瞬間だった。


 入ってきたのは女性だった。私たちよりもいくぶん小柄な身体に丈の長いコートが似合っていて、後ろで束ねられた長い髪が目を惹く。


 その女性は出水さんの隣、私の斜め前に座ると、さっそく私に話しかけてきた。声優かと思うほど可愛らしい声をしたその人は、「立石(たていし)です。よろしく」と名乗っていて、私も「真鍋です。よろしくお願いします」と答える。


 最近見た映画など軽く話していても、発せられる人の良さをひしひしと感じて、私としても感じている緊張は少しずつ解けていくようだった。


 立石さんと私。出水さんと眼鏡の男性・四谷(よつや)さん。自然と私たちが二つに分かれて話していると、ドアが開いて最後の参加者が入ってきたのは、予約時間まで五分を切った頃だった。


 少し息を切らしていたから急いで来たのだと分かるその男性は、一八〇センチメートルは超えていそうな長身で、髪の毛を明るい茶色に染めていた。


 でも、入ってくるなり「遅くなってすいません!」と私たちに頭を下げてきていたから、見た目ほど軽薄ではなさそうだ。


 出水さんが「いいよ、謝らなくて。間に合ってるんだし」と言うと、「ありがとうございます!」と部屋中に響くような声で返事をする。その様子に身長も高いし、学生時代は何かスポーツをやっていたのかなと、私は思った。


 その長身の男性が私の隣に座ると、出水さんが「じゃあ、集まったことだし、まずは何かドリンクを頼もっか」と言って、私たちにメニューを回す。


 でも、手に取って見たメニューは一番安い生ビールの中ジョッキでも八〇〇円して、私はこの店の価格帯やターゲット層を改めて思ってしまう。個室には何となく「やっぱり最初はビールでしょ」という空気が流れていて、私も素直にそれに従う。


 注文してから五分と経たずにやってきたビールを手に取って、私たちは出水さんの音頭で乾杯をした。ジョッキを突き合わせる小気味いい音が、浮かんで消える。


 私も全員とジョッキを突き合わせてから、ビールを口に運んだ。普段あまりお酒を飲まないから、口に広がる刺激に、少し顔をしかめそうになった。


「それじゃあ、改めて自己紹介をしましょうか。まずは私からで、それからは時計回りで進んでいくって感じでいい?」


 そう言った出水さんに、私たちも全員で頷く。そして、出水さんは座ったまま、一つ改まったように咳払いをした。どうやら立ち上がって喋る必要はないらしい。


「じゃあ、改めて。みんな、今日は集まってくれてありがとう。四月一日始業の映画配給会社『epoch making』で代表取締役社長を務めます、出水初子(いずみそめこ)です。好きな映画は『ポンヌフの恋人』で、映画以外の趣味はライブやカラオケに行くことです。ゼロからのスタートということで、みんなドキドキしてるとは思うけど、全員で力を合わせて多くの良質な映画を観客に届けられる、そんな会社にしていきましょう。よろしくお願いします」


 簡単に自己紹介を終えた出水さんが小さく頭を下げると、誰からともなくささやかな拍手が飛んだ。テーブル席だったら周囲に顔をしかめられそうだったけれど、個室だから私も気にせず手を叩くことができる。


 出水さんが少し照れくさそうな顔を浮かべている一方で、「じゃあ、次は私ですね」と立石さんが口にする。そして、私たち全員を軽く見回してから、立石さんは口を開いた。


「えっと、皆さんはじめまして。立石結(たていしゆい)と申します。生まれは鹿児島で、学生の頃からよく地元のシネコンやミニシアターに通ってました。こっちに出てきたのは大学に入ってからで、卒業後はWEBデザインの会社で働いていました。でも、前々から映画に関わる仕事には興味があったので、今回出水さんに声をかけられて、思い切って飛び込んでみたという感じです。ですので、映画のホームページやネット広告といった分野で、皆さんのお力になれると思います。あっ、好きな映画は『アジョシ』で、趣味は映画鑑賞の他にはゲームです。よろしくお願いします」


 そう言って同様に小さく頭を下げた立石さんにも、部屋にいる全員から暖かな拍手が送られる。私も手を叩きながら、それでも次に控える自分の番に緊張が高まっていく。


 拍手が止むと、四人の視線が一斉に私に向いた。そのことに竦み上がりそうになりながらも、私はどうにか柔和な表情を心がける。


 そして、一つ息を吸って吐くと、思い切って話し出した。


「は、はじめまして。真鍋理歩です。私は生まれも育ちも東京で、子供の頃からよく映画を観ていたこともあって、学生時代は自主映画を撮っていたこともあります。同じ西宝に勤めていた縁で、今回出水さんに声をかけていただいたのですが、この業界での経験も浅いので、これといった得意分野は正直まだありません。でも、やる気だけは誰にも負けないほどにあるつもりなので、どんな仕事でも私にできるものならば、全力で当たらせていただきます。えっとそうですね……、好きな映画は『愛がなんだ』で、映画鑑賞以外の趣味は特にありません。若輩者ですが、よろしくお願いします」


 そこまで言い終わってから、私は前の二人よりも気持ち深めに頭を下げた。この中では、私が一番年下だ。


 でも、そんな私にも出水さんたちは、ささやかな拍手を送ってくれる。それが私には受け入れられている証のように感じられて、顔を上げると一つ小さく息を吐くことができた。


 誰かから「どんな映画撮ってたの?」と訊かれたらどうしようかとも思っていたのだが、そんな雰囲気は室内にはなく、どうやら最初に全員分の自己紹介を済ませておくらしい。


 私の隣に座る茶髪の男性が、「じゃあ、次は俺の番ですね」と言う。ひとまず自分の自己紹介を終えたこともあって、私はいくらか落ち着いた状態でその男性の話を聞くことができた。



(続く)

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