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08.口先だけの人と、行動で応えてくれる人の違い

 ユリウスは一瞬、目を細め、そして得意そうに口元を緩めた。


「ふふ……わかってくれたなら何よりだよ」


「最下位の駒……つまり兵士って、盤上では一番控えめな存在よね。でも、まっすぐ進んで最後まで辿り着けば、女王にだってなれるのよ。まさに、未来への可能性だわ」


 彼が続きを言うより早く、私は笑みを崩さずに言葉を継ぐ。

 そして、一拍置いてシュプラウトに視線を落とす。


「育成課程にぴったりの発想ね。あなたが、そんなふうに私のペアのことを高く評価してくれているなんて……ふふ、私も鼻が高いわ」


 一瞬、ユリウスの口元が引きつったのを、私は見逃さなかった。

 止めを刺すように、さらに続ける。


「でも、私からも忠告させていただくわね。あなたの物言いは少し回りくどくて、誤解を生みやすいわ。せっかく先見の明に満ちたあなたが、一手先しか読めない人だと思われてしまうなんて……それこそ、もったいないもの」


 ユリウスの表情に、うっすらとしたひびが入る。

 それでも、彼はすぐに取り繕うように微笑み直した。

 けれど、その笑みは先ほどまでの余裕とはわずかに異なる。

 目元だけが笑っていない。口元の角度も、ごくわずかに強張っていた。


「……ふふ、相変わらずだね、カルディナート嬢」


 ユリウスはそう言って、肩をすくめた。余裕の演技は崩さないつもりらしいが、どこか詰めの甘い役者のように見える。


「君のそういうところ、時に周囲を疲れさせるかもしれないけれど……まあ、それも君らしさか。僕は好きだよ。面白いもの」


 まるで大人の余裕を装うように、皮肉混じりの言葉を残して、ユリウスはくるりと背を向けた。


 その後ろ姿に、誰も声をかけようとはしない。

 教室に漂う空気は、静かに、しかし確実に変わっていた。


 私は深く息を吐き、目の前に置かれた鉢へと視線を戻す。

 けれど、わずかな間の後、そっと隣に座るグレンの方へ顔を向けた。


「……ごめんなさいね。私と組んだせいで、余計な視線を集めることになってしまって」


 謝罪の言葉は、意図的に低く抑えた。

 これは、私の事情に彼を巻き込んだことへの責任だった。


 だが。


「お気になさらず」


 即座に返ってきた声は、静かで、それでいてどこか芯があった。


「あなたの申し出を受けたのは……僕です。自分の意思で選びました。それだけのことですから」


 穏やかなその瞳には、ためらいや迷いの色はなかった。

 私はしばし、その言葉の余韻を胸に落とし込む。


 ──静かで、けれど確かに強い意志。


 この世界が、もし乙女ゲームの舞台だとしたら。

 乙女ゲームといえば、イケメンたちに囲まれてチヤホヤされる、夢のような恋愛イベントの連続……とは限らない。

 選択肢を間違えれば地雷を踏み抜く。

 攻略対象たちは心に問題を抱え、ヒロインはそのカウンセラーとして駆り出される。

 イケメンの顔をした問題児たちに振り回される展開の連続。


 きっとこの世界も、その類なのだろう。

 だから私は、見極めようとしていた。誰が一番マシか。誰が地雷か。そして──誰となら先を見据えて組めるのか。


 そんな中で、彼は……このグレン・ベルマーは。

 自分の機嫌は自分で取れる男だった。

 誰のせいにもせず、誰の顔色もうかがわず、それでいて相手を尊重する余地を持っている。

 ……ずいぶんと面倒の少ない、希少種じゃない。


 私は、彼の横顔をそっと見る。

 決して目立つ容姿ではない。感情の起伏も控えめで、発言も少ない。

 けれど、彼の言葉には言い訳や見栄とは別のしっかりとした芯があった。


「……あなたって、ほんとうに不思議ね」


「僕が、ですか?」


 グレンは少しだけ首を傾けた。その仕草が妙に真面目で、思わず口元が緩みそうになる。


「ええ。落ち着いてるし、空気も読めるし……一緒にいて、安心できるの。こんなふうに思う相手、学園にはそう多くないわ」


 ぽつりと零した言葉に、グレンの手がぴたりと止まる。


 あ、と思う。私はただ、ペアとして扱いやすいという意味で言ったのだけれど……。

 言い回しが、少し誤解を生むような響きになっていたかもしれない。


 彼はすぐに手元に視線を戻したが、その耳の端が、ほんの少し赤くなっているのが目に入った。


「……そう言っていただけるのは、光栄です。僕なんかで、足を引っ張らなければ良いのですが」


「引っ張るなんて、思わないわ」


 私は静かに、けれどはっきりと言った。


「あなたと組めてよかった。そう思ってるのは、私のほうよ」


 それは、お世辞ではなく、本心だった。

 ペアを組んだのは偶然ではないけれど、単なる計算でもない。

 自然とこの人を信じてみたいと思えた、その感覚。


 グレンの手が、そっと鉢の縁に触れる。息を詰めたような間のあと、小さく呟く。


「……ありがとうございます」


 その声音の、ほんのかすかな揺らぎが、心に残った。


 やがて昼休みが終わる頃、前方の教壇に教師が戻ってくる。

 手元の名簿を一瞥しながら、教室全体へ向けて声を発した。


「さて、明日からの本格的な育成に向けて、まずは《土》を用意してもらう」


 その一言で、生徒たちの視線が一斉に前へ向く。


「調達手段は三種類。配布される基本土を使っても構わないし、購買部で好みのものを購入してもいい。山の裏手で採集してくるのも許可されている。どれを選ぶかは、各ペアの判断に任せる」


 教室にざわめきが走る。


「詳細はこれから配布する一覧表を確認するように。午後の授業は、調達したペアから各自解散とする」

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