16.旧鉱山跡、少し奥まで行きすぎました
転移門を抜けた瞬間、ひやりとした空気が頬を撫でた。
目の前に広がるのは、荒れた岩肌の山腹だった。
あちこちに削られた跡が残り、斜面にはいくつもの坑道の口が黒く開いている。
──旧鉱山跡。
かつて魔石を採掘していた場所だと聞いている。
採掘そのものはすでに終わって久しいが、地中にはまだ魔力の名残が残っている。低品質の魔石なら、今でも見つかるという。
今日のフィールドワークの目的は、その鉱石の魔力特性を観察し、魔力を取り込むこと。
杖の核を、より安定させるためだ。
強すぎる魔力は、かえって核の流れを乱してしまう。
それに、強い魔力には魔物が引き寄せられる。
その点、この鉱山に残っているのは低品質の魔石ばかりだ。
魔力が弱い分、強い魔物が寄りつくこともない。
なるほど。
確かに、この場所なら適している。
すでに最初のグループは坑道へ入っている。
少し離れた場所では、二番目のグループが出発の準備をしていた。
私たちは、三番目だ。
フィールドワークは二組のペアが合同で行う。
今回は、殿下と私のペアと、ユリウスペアがグループとなる形だった。
「……思ったより広いな」
ローレンス殿下が周囲を見回して呟く。
風が通るたび、乾いた草が擦れる音がした。
人の気配が少ない場所特有の、静かな空気だ。
「採掘は止まっていますが、魔石が完全に枯れたわけではありません。低品質のものなら、まだ普通に残っているはずです」
ユリウスが説明しながら、岩肌を観察している。
「もっとも、入口付近はほとんど掘り尽くされています。奥へ行けば、もう少しだけ魔力の強いものが見つかるかもしれませんが」
「なるほど。奥なら、もう少し魔力のあるものが見つかるかもしれないのか。なら、見てみる価値はありそうだな」
殿下が頷いた。
私はその会話を聞き流しながら、視線を横へ向けた。
ユリウスのペアは、一年生の女子生徒。
確か、子爵家の娘だったはずだ。
背筋は伸びているけれど、肩に少し力が入っている。
「緊張してる?」
声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。
「い、いえ……」
慌てて首を振る。
それから少し困ったように笑った。
「ただ……殿下やノエリア様とご一緒できるなんて、私には光栄すぎまして……。もし何かありましたら、私が盾になりますので……!」
……まあ。
私は思わずまばたきをした。
「盾に?」
「はい。この中では、私が一番身分が低いですから」
公爵令嬢、王太子、宰相の息子。
そう考えれば、彼女なりの覚悟なのだろう。
「そんなに構えなくても大丈夫よ。魔物は滅多に出ないし、出ても強いものではないと聞いているわ」
それでも、まだ少し緊張は残っているらしい。
私は周囲を見渡した。
少し離れた場所には教師が立っている。
その後ろには公爵家の護衛たち。
彼らが囲む籠の中で、リーヴが静かにこちらを見ていた。
護衛はあくまでリーヴの警護だ。この場全体の安全を守るためではない。
とはいえ、何かあればリーヴに危険のない範囲で彼らも動くだろう。
もっとも、危険な場所ならそもそも教師がフィールドワークを許可しないでしょうけれど。
そのとき、教師の声が響いた。
「三番目のグループ、出発していい」
私たちは顔を上げる。
「行こう」
ローレンス殿下が歩き出した。
私はその後ろに続き、旧鉱山跡へ足を踏み入れた。
入口の内側は思ったより広く、足場もそれほど悪くない。
かつて採掘が行われていた場所らしく、人の出入りを前提に整えられていたのだろう。
壁面にはところどころ鉱石が露出していた。
小さなものばかりだが、淡い光を帯びている。
ユリウスがそれを眺め、岩肌に手をかざす。
「色の出方がはっきりしていますね。魔力の流れも安定しています」
そう言いながら、彼はゆっくりと坑道の奥へ進んでいく。
入口の方を見ると、他のグループはまだ近い場所で立ち止まり、壁の鉱石を観察している。
どうやらそのあたりで試すつもりらしい。
だがユリウスは構わず先へ進む。
坑道は緩やかに曲がり、入口の光が次第に遠ざかっていった。
人の気配も薄れていく。
私は思わず声をかけた。
「ずいぶん奥まで行くのね」
「もう少し先を見ておきたいだけです」
ユリウスは振り返りもせずに応える。
理屈としては、間違っていない。
ただ──気づけば、周囲にはもう他の生徒の姿は見えなかった。
しばらく進んだところで、ローレンス殿下が足を止めた。
壁面に露出している鉱石を見ている。
「……確かにここは違うな」
入口付近のものより、光がわずかに濃い。
魔力の流れも、少しだけ重い。
ユリウスが満足そうに頷く。
「悪くありません。この程度なら、杖の核を整えるには十分でしょう」
そう言いながら、ユリウスはペアの女子生徒に向き直った。
「このあたりで一度、魔力を確かめてみて」
言われた彼女が一歩前に出ようとしたところで、私は口を挟んだ。
「ユリウス・ヴァルドレイン。あなたも一緒にやるのよ」
彼がきょとんとする。
「観察は二人で行うもの。ペアでしょう?」
そう続けると彼は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく肩をすくめた。
「……そうでしたね」
ようやく壁の鉱石へ近づき、女子生徒と並ぶ。
ローレンス殿下は鉱石に手をかざし、魔力の流れを確かめていた。
入口とは違う。
確かに、ここは魔力が濃い。
どうやら、少し奥まで来すぎたらしい。
そのときだった。
坑道の奥から、低い唸り声が響いた。
私たちは思わず足を止める。
この鉱山に出る魔物は、弱いものばかりだ。
驚かせれば逃げていく程度──そのはずだった。
だが。
闇の奥で、巨大な影が動いた。
岩を引きずるような音とともに、それがゆっくりと姿を現す。
こちらを見ている。
──逃げる気配がない。




