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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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13.風が従ったのは、殿下ではありませんでした

 四人同時に測定を開始する。

 杖の先に集めた魔力が、丘の上の風に触れ、わずかに揺れた。


 丘を渡る風は一定のようでいて、どこか落ち着かない。

 先ほどから、地面の奥で流れがわずかにざわついているのが感じ取れる。


「……右から、細い流れが二本」


 一年生の女子が、息を整えながら告げる。

 声は小さいが、迷いがない。

 細かな変化を拾うのは、確かに得意なのだろう。


「その奥に、少し強いのが来ます」


 視線は真剣だ。

 だが、次の瞬間。丘を横切るように、太い流れが走った。

 女子の杖先がわずかにぶれる。

 強い流れに対しては、まだ体が追いついていない。


「じゃあさ」


 オズワルドがすぐに口を挟む。


「強いのが来たら、俺がそれ押し返す。その間、黙ってるのは? 細かいの読むのは得意なんだろ」


 力任せのようでいて、意外と理にかなっている。


「そんなことをせずとも、制御すれば──」


 ローレンス殿下が言いかける。

 だが。


「まあ、素晴らしい提案ですわね」


 私はにこやかに言った。


「強い流れを受け止める役と、細部を読む役。役割を分けるのは合理的ですわ」


 ローレンス殿下の言葉が、そこで止まる。

 視線だけが、こちらを見た。

 不満そうに。

 けれど、反論はしない。


 あの力任せで無神経だったオズワルドが、ペアと協力しようとしている。

 しかも、相手の得意不得意を踏まえたうえで。


 ──成長している。


 本気で、そう思った。

 だからこそ、きちんと認める。


「よく考えましたわね、オズワルド・グランシェ。ご自分の強みを、きちんと役割に落とし込んでいますわ」


「お、おう……」


 照れたように頭をかく。

 その様子を見て。


「……それなら」


 ローレンス殿下が、わずかに声を強めた。


「君たちが杖に魔力を込める時、周辺の制御は僕が見てやろう。強弱の偏りが出ないように整える」


 少しだけ、殿下の顎が上がる。

 褒められたオズワルドを見て、自分だって、と言わんばかりの対抗心に見える。

 私は、すぐに頷いた。


「まあ。さすが殿下ですわ。強い流れを受け止めるだけでなく、周囲まで整えてくださるのですね。殿下ほどのお力をお持ちの方が、見ていてくださるなんて……なんと贅沢なことでしょう」


 ほとんど目を輝かせるようにして言う。


「やはり、上に立つお方というのは違いますわ。自ら前に出るだけでなく、全体を支えることもお出来になるのですもの。殿下がいてくださるなら、安心して挑めますわね。わたくしたちは、きっと守られておりますわ」


 ローレンスが一瞬、言葉を失う。

 過剰なまでに持ち上げられていることがわかったのだろうか。


「……当然だ」


 そう返す声には、わずかな戸惑いが交じっていた。

 釈然としない表情の奥で、しかし確かに口角が上がっている。


 ローレンス殿下の気が変わらないうちに、私はさっさと合図を出した。


「では、始めましょう。測定を優先いたしますわ」


 間を与えれば、また別の最善を思いつきかねない。そう判断してのことだ。


 四人がそれぞれ位置を取り、杖を構える。

 丘を渡る風が、一定の方向から吹きつける中、ローレンス殿下の魔力が周囲へと広がった。


 確かに、制御は安定している。

 強弱を均し、偏りを削り、暴れかけた流れを押さえ込む。

 その精度は高い。

 殿下の制御は、最適解に近い。だがそれは平均にとっての最適解だ。


 豪快に流れを掴むオズワルドの魔力も、細い揺らぎを読む一年生女子の繊細な感覚も、まとめて同じ高さへ揃えられていく。

 整ってはいるが、それぞれの呼吸に合わせているわけではない。

 殿下自身が扱いやすい形へ、全体を寄せているだけだ。


 他人のために動こうとしただけ、進歩とは言えるだろう。

 けれど、胸の奥には別の感覚が浮かんでくる。


 グレンだったら。


 何も言わなくても、合わせてくれたはずだ。

 一方だけが寄せるのではなく、どこが最も滑らかか、どこで重なるのがより良いかを探りながら、自然と互いに形を変えていっただろう。

 押さえつけるのでも、均すのでもない。溶け合うように。


 もしグレンがペアだったなら、どんなに楽だっただろう──そんな思いがよぎった、その瞬間だった。

 丘の向こうから、強い突風が吹き抜けた。

 四人の杖先が同時に揺れる。


「右から強い流れ!」


 一年生女子が声を上げる。

 オズワルドが咄嗟に押し返そうとするが、ローレンス殿下の均一な制御と干渉し、流れがわずかにねじれた。

 私の杖の中で、魔力の循環が不安定に震える。


 しまった、と胸の奥で思う。

 現実を見るべきだ。

 いくら合わなかろうと、今のペアはローレンス殿下なのだ。

 この状況で最善を尽くすしかない。


「四人で合わせますわ。強弱を揃えず、それぞれの幅を保って──」


 指示を出しながら、必死に重心を探る。

 だが微妙に噛み合わない。

 協力しようとしているのに、方向が揃わない。

 丘を渡る風が、さらに唸る。


 制御が崩れかけた、そのときだった。


 丘の下、護衛に守られた位置に、小さな影が見えた。

 リーヴだ。

 遠くからでも、目を開けてこちらを見つめているのがわかる。


 その小さな体が、かすかに揺れた。

 風とは違う、しかし風に紛れるような揺らぎが、丘を渡る。


 私の杖の中で暴れかけていた流れが、自然な位置へと戻った。

 無理に押さえつけられたのではなく、本来あるべき重心へと落ち着いた感覚。

 四人の魔力の境界が、ほんのわずかに滑らかになる。

 完全ではない。だが、崩壊は免れた。


 私は丘の下へ視線を向ける。

 リーヴは、もう一度、小さく体を揺らした。

 胸元の淡い光が、瞬いたように見えた。


 今のは、偶然だろうか。

 それとも──。


 胸の奥が、静かに波立つ。

 未熟なはずの存在が、確かに今──何かを整えた。

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― 新着の感想 ―
 リーヴがいい所で活躍してくれて、しかも第一章という前提があるからそこに説得力もあって良かったです。  そしてあの当時は途中退場する脳筋だと信じて疑わなかったオズワルドがここまで成長するなんて…
 パパの遺伝を感じるね(笑)
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