13.風が従ったのは、殿下ではありませんでした
四人同時に測定を開始する。
杖の先に集めた魔力が、丘の上の風に触れ、わずかに揺れた。
丘を渡る風は一定のようでいて、どこか落ち着かない。
先ほどから、地面の奥で流れがわずかにざわついているのが感じ取れる。
「……右から、細い流れが二本」
一年生の女子が、息を整えながら告げる。
声は小さいが、迷いがない。
細かな変化を拾うのは、確かに得意なのだろう。
「その奥に、少し強いのが来ます」
視線は真剣だ。
だが、次の瞬間。丘を横切るように、太い流れが走った。
女子の杖先がわずかにぶれる。
強い流れに対しては、まだ体が追いついていない。
「じゃあさ」
オズワルドがすぐに口を挟む。
「強いのが来たら、俺がそれ押し返す。その間、黙ってるのは? 細かいの読むのは得意なんだろ」
力任せのようでいて、意外と理にかなっている。
「そんなことをせずとも、制御すれば──」
ローレンス殿下が言いかける。
だが。
「まあ、素晴らしい提案ですわね」
私はにこやかに言った。
「強い流れを受け止める役と、細部を読む役。役割を分けるのは合理的ですわ」
ローレンス殿下の言葉が、そこで止まる。
視線だけが、こちらを見た。
不満そうに。
けれど、反論はしない。
あの力任せで無神経だったオズワルドが、ペアと協力しようとしている。
しかも、相手の得意不得意を踏まえたうえで。
──成長している。
本気で、そう思った。
だからこそ、きちんと認める。
「よく考えましたわね、オズワルド・グランシェ。ご自分の強みを、きちんと役割に落とし込んでいますわ」
「お、おう……」
照れたように頭をかく。
その様子を見て。
「……それなら」
ローレンス殿下が、わずかに声を強めた。
「君たちが杖に魔力を込める時、周辺の制御は僕が見てやろう。強弱の偏りが出ないように整える」
少しだけ、殿下の顎が上がる。
褒められたオズワルドを見て、自分だって、と言わんばかりの対抗心に見える。
私は、すぐに頷いた。
「まあ。さすが殿下ですわ。強い流れを受け止めるだけでなく、周囲まで整えてくださるのですね。殿下ほどのお力をお持ちの方が、見ていてくださるなんて……なんと贅沢なことでしょう」
ほとんど目を輝かせるようにして言う。
「やはり、上に立つお方というのは違いますわ。自ら前に出るだけでなく、全体を支えることもお出来になるのですもの。殿下がいてくださるなら、安心して挑めますわね。わたくしたちは、きっと守られておりますわ」
ローレンスが一瞬、言葉を失う。
過剰なまでに持ち上げられていることがわかったのだろうか。
「……当然だ」
そう返す声には、わずかな戸惑いが交じっていた。
釈然としない表情の奥で、しかし確かに口角が上がっている。
ローレンス殿下の気が変わらないうちに、私はさっさと合図を出した。
「では、始めましょう。測定を優先いたしますわ」
間を与えれば、また別の最善を思いつきかねない。そう判断してのことだ。
四人がそれぞれ位置を取り、杖を構える。
丘を渡る風が、一定の方向から吹きつける中、ローレンス殿下の魔力が周囲へと広がった。
確かに、制御は安定している。
強弱を均し、偏りを削り、暴れかけた流れを押さえ込む。
その精度は高い。
殿下の制御は、最適解に近い。だがそれは平均にとっての最適解だ。
豪快に流れを掴むオズワルドの魔力も、細い揺らぎを読む一年生女子の繊細な感覚も、まとめて同じ高さへ揃えられていく。
整ってはいるが、それぞれの呼吸に合わせているわけではない。
殿下自身が扱いやすい形へ、全体を寄せているだけだ。
他人のために動こうとしただけ、進歩とは言えるだろう。
けれど、胸の奥には別の感覚が浮かんでくる。
グレンだったら。
何も言わなくても、合わせてくれたはずだ。
一方だけが寄せるのではなく、どこが最も滑らかか、どこで重なるのがより良いかを探りながら、自然と互いに形を変えていっただろう。
押さえつけるのでも、均すのでもない。溶け合うように。
もしグレンがペアだったなら、どんなに楽だっただろう──そんな思いがよぎった、その瞬間だった。
丘の向こうから、強い突風が吹き抜けた。
四人の杖先が同時に揺れる。
「右から強い流れ!」
一年生女子が声を上げる。
オズワルドが咄嗟に押し返そうとするが、ローレンス殿下の均一な制御と干渉し、流れがわずかにねじれた。
私の杖の中で、魔力の循環が不安定に震える。
しまった、と胸の奥で思う。
現実を見るべきだ。
いくら合わなかろうと、今のペアはローレンス殿下なのだ。
この状況で最善を尽くすしかない。
「四人で合わせますわ。強弱を揃えず、それぞれの幅を保って──」
指示を出しながら、必死に重心を探る。
だが微妙に噛み合わない。
協力しようとしているのに、方向が揃わない。
丘を渡る風が、さらに唸る。
制御が崩れかけた、そのときだった。
丘の下、護衛に守られた位置に、小さな影が見えた。
リーヴだ。
遠くからでも、目を開けてこちらを見つめているのがわかる。
その小さな体が、かすかに揺れた。
風とは違う、しかし風に紛れるような揺らぎが、丘を渡る。
私の杖の中で暴れかけていた流れが、自然な位置へと戻った。
無理に押さえつけられたのではなく、本来あるべき重心へと落ち着いた感覚。
四人の魔力の境界が、ほんのわずかに滑らかになる。
完全ではない。だが、崩壊は免れた。
私は丘の下へ視線を向ける。
リーヴは、もう一度、小さく体を揺らした。
胸元の淡い光が、瞬いたように見えた。
今のは、偶然だろうか。
それとも──。
胸の奥が、静かに波立つ。
未熟なはずの存在が、確かに今──何かを整えた。




