12.殿下には、殿下にふさわしい扱いを
私たちは無言で丘の上に向かった。
丘の上に立つと、風が一定の方向から吹き抜けている。
「ここでいい」
ローレンス殿下が即断する。
「僕とオズワルドで先に測定する。風量を把握してから、残りは追従すればいい」
説明も相談もない。
決定事項として、言い切った。
「了解!」
オズワルドが勢いよく頷き、前に出ようとする。
一年生の女子が、反射的に一歩引いた。
──あら。
私は、そこで初めて口を開く。
「殿下」
声は柔らかく、けれどはっきりと。
ローレンス殿下とオズワルドが、こちらを向いた。
「よい案のように聞こえますが、それではこの実習の目的を外れてしまいますわ」
「何が問題なんだ?」
苛立ちではない。
本気で、分からないという顔。
「四人一組で行動する意味は、それぞれが確認し、お互いに修正することです。一人だけ後方に置いてしまえば、観測ではなく見学になってしまいますわ」
私は一年生の女子を見る。
彼女の肩が、びくりと揺れた。
「それに、殿下の杖だけに魔力を込めるのではありません。全員、それぞれに合わせる必要があります」
ローレンス殿下に視線を戻し、きっぱりと言い切る。
「殿下に合わせるのではなく──殿下も、他人に合わせる必要がありますのよ」
一瞬、風の音だけが丘を渡った。
ローレンス殿下は、すぐには何も言わなかった。
不満そうではあるが、怒ってはいない。
理解できない、という顔だ。
「……効率が悪いだろう」
「ええ。殿下お一人で進めるなら、そうでしょう」
私は、あくまで肯定する。
「ですが、今回は合同作業です。四人で動く意味がある実習ですわ」
否定しない。
殿下の考えを間違いとは言わない。
──ただし、通さない。
ローレンス殿下は、口を開きかけて、閉じた。
明確な反論ができない。
教師の説明と、実習の目的を思い出しているのだろう。
その様子を横目に、私は続ける。
「測定自体は必要ですわね。殿下のお考えは正しいと思います。ただ、順番を変えましょう。四人同時に測定し、それぞれの魔力との相性を確認する。それから杖に込めるのはいかがかしら?」
ローレンス殿下は、すぐには頷かなかった。
視線が、私から丘の先へ、そして再び私へと戻る。
「……僕のやり方では、いけないと?」
やや不貞腐れたような声音だった。
私は首を横に振る。
「いけない、とは申しませんわ。殿下お一人で完結する場であれば、最善でしょう。ですが今回は、四人で学ぶ場ですもの。目的が違えば、選ぶ方法も変わります」
ローレンス殿下の眉が、わずかに寄る。
「たとえば……オズワルド・グランシェ。あなた、緻密な制御は得意かしら?」
「え? あー……細かいのは、苦手!」
名指しされて、オズワルドはあっさり答えた。
「俺は勢いで押すタイプだ。細かいのは、彼女が得意さ!」
キラリと白い歯を輝かせて親指を立てながら、オズワルドは隣の一年生女子を見つめる。
突然振られ、彼女はびくりと肩を震わせたが、懸命に言葉を紡ぐ。
「わ、私は……風の揺らぎを読むのは、比較的……好き、です。ですが……強い流れに一度に触れると、少し乱れやすくて……」
消え入りそうな声だが、内容は明確だ。
私はゆっくり頷く。
「ありがとうございます。十分ですわ」
それから、ローレンス殿下へ視線を戻す。
「殿下は?」
「……制御精度は問題ない」
短い答え。自負も滲む。
「ええ、存じております」
私は即座に肯定した。
「殿下は強い流れでも安定して扱える。けれど、今お二人がおっしゃった通り、それぞれ得手不得手が違います」
風が強く吹き抜ける。
「同じ方法を四人に当てはめるのは、少々乱暴ではありませんこと?」
問いかけは穏やかだが、逃げ道はない。
ローレンス殿下の視線が、オズワルドへ、そして一年生女子へと移る。
事実は明白だ。
「……確かに、同じやり方では、効率が落ちる可能性はある」
ローレンス殿下は渋々、といった調子で答えた。
私はにこりと微笑む。
「ええ。その通りですわ。きちんとご理解なさっていますのね。さすが殿下ですわ。素晴らしい」
ローレンス殿下の眉が、ぴくりと動く。
「……君は」
言葉が続かない。
褒められているが、どこか引っかかるといったところだろうか。
私は涼しい顔で続ける。
「殿下はお力があります。ですからこそ、他人を従わせるだけでなく、他人の力を見極め、活かすこともお出来になるはずですわ。先ほどのご判断も、全体を把握しようという意図でしたのでしょう? でしたら──」
わずかに首を傾げる。
「殿下が率先して周囲を見て差し上げればよろしいのです。他人に合わせさせるのではなく、他人の力を踏まえたうえで導く。それこそ、上に立つ方の采配ではありませんこと?」
ローレンス殿下の表情が、はっきりと揺れた。
否定すれば、自分は従わせるだけの人間だと認めることになる。
肯定すれば、今のやり方を修正せざるを得ない。
「……」
短い沈黙ののち、殿下は息を吐く。
「……分かった。四人同時に測定する。その上で、互いに確認しよう」
「ええ。賢明なご判断ですわ、殿下」
柔らかく頷く。
内心で、静かに思う。
──えらいえらい。きちんと考え直せましたわね。
風が丘を渡る。
ローレンス殿下は、わずかに居心地悪そうに杖を握り直した。
以前、グレンもローレンス殿下のことを「プライドの高い子どもを相手にするのと、そう変わらない」と言っていたわね。
……ええ。対等に向き合う必要は、もうありませんわね。
殿下には、殿下にふさわしい扱いを。




