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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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10.初回フィールドワーク終了、その視線はもう揺らがない

 転移門を抜けると、見慣れた学園の敷地が広がっていた。

 聖域の静けさとは違う、人の気配と魔力の流れ。

 フィールドワークが終わり、日常に戻ったのだと、はっきりわかる。


「本日の授業は、ここまでとする」


 教師の声が響き、生徒たちの緊張が、少しだけ緩んだ。

 枝の入った籠が職員の手によって運ばれていき、生徒たちは解散していく。


 その流れの中で、私はリーヴのもとへ歩き出す。

 私と同じように、グレンもリーヴの方へ向かっていた。

 教師に抱えられていたリーヴは、私たちを見つけた途端、わずかに身を起こす。

 さっきまで不安そうだった表情が、ほっとしたように緩んだ。


「お疲れさまでした、カルディナート嬢」


「ありがとうございました」


 引き渡される瞬間、リーヴは小さく身じろぎし、私の方へと体を傾けた。

 力は弱く、どこか気が抜けている。


「……眠そうね」


 腕の中で、リーヴは目を細め、すぐにまた閉じてしまう。

 淡い光も、先ほどより控えめだ。


「今日は、刺激が多すぎたのでしょう」


 傍らで、グレンが静かに言った。


「環境も、人も、魔力の流れも。大人でも疲れます」


「ええ……そうね」


 自分でも気づかないうちに、声が少し低くなっていた。


 リーヴを抱えたまま、私たちは学園の門を出る。

 用意されていた馬車は、公爵邸の紋章を掲げていた。


 先に私が乗り込み、続いてグレンが向かいに腰を下ろす。

 馬車が動き出すと、揺れに合わせて、リーヴの体がわずかに沈んだ。

 完全に、眠りに落ちている。


「……すぐに寝ましたね」


「ええ」


 胸元で、規則正しい呼吸を感じる。

 指先が、私の衣服を軽く掴んだまま、ほどけない。


「ノエリアさま」


 グレンが、少し声を落とす。


「今日は……お疲れではありませんか」


「そう見える?」


「ええ」


 即答だった。

 それから、ほんの一瞬だけ視線が揺れ、グレンは続ける。


「授業は、無事に終わったように見えましたが……それでも、ノエリアさまは、ずっと気を張っていらしたように思えて」


 私は、小さく息を吐いた。


「……よく見ているのね」


「遠くからでも、わかる程度には」


 淡々とした声だった。


「無事に終わったからこそ、今になって疲れが出ることもありますし」


 その言葉に、私は思わず苦笑する。


「そうね。緊張していたのは、確かだわ」


 フィールドワーク。

 枝の選定。

 ローレンス殿下とのやり取り。

 そして、リーヴを預けるという判断。


「グレンのほうはどうだったの? ミアとのフィールドワーク」


「問題ありませんでした。枝も無事に選べましたし、教師からも特に指摘はなく。ミアさんも、落ち着いていました」


「そう。それならよかった」


 胸の奥に、静かに安堵が広がる。

 同時に身体が少し重たく感じる。

 落ち着いたことで、疲れを実感してしまったのかもしれない。

 グレンの言う通りだ。


「……今日は、早めに休むわ」


「それがよろしいかと」


 馬車は、一定の速度で進んでいく。

 窓の外、学園の建物が遠ざかり、やがて公爵邸に到着する。


 公爵邸の玄関をくぐった瞬間、空気が変わった。


 私の腕の中で、リーヴが眠ったまま、少しだけもぞもぞと動く。

 何かを感じ取ったのだろうか。


 その正面に、長老が立っていた。

 視線は、まっすぐこちらへ──正確には、私の隣に立つグレンへ向けられている。


 隠そうともしない、露骨な不快感。

 それでも、以前のような敵意を帯びた言葉はない。


「……お戻りになりましたか」


 形式的な挨拶だけが落ちる。

 リーヴを抱いたままの私に、長老は一瞬だけ視線を移し、すぐにまたグレンを見る。

 試すような目。


 だが──。


「ただいま戻りました」


 グレンは、淡々と頭を下げた。

 表情も、声の調子も、変わらない。


 怯えも、弁解もない。

 そこにあるのは、静けさだった。


 長老は、わずかに眉を寄せた。

 思っていた反応ではなかったのだろう。

 だが、何も言わない。

 言える立場ではないことを、理解している。


「戻りましたわ。これからお父さまにご報告に行きますわ」


 私がそう告げると、長老は一瞬だけ口を開きかけ──結局、何も言わず、踵を返した。

 その背を見送りながら、私は執務室へ向かう。

 今日は公爵家の護衛も動かしたのだから、父に結果を報告しておくべきだろう。


 執務室に入ると、私はリーヴを抱いたまま、一礼する。

 父は書類から顔を上げ、簡潔に問いかけた。


「フィールドワークは、問題なかったか」


「はい。予定通りです」


「護衛も動かした。リーヴに異変は?」


「ありません。少し疲れただけです」


 父は短く頷いた。

 そのやり取りを見届けてから、グレンが一歩前に出る。


「閣下」


 父の視線が向く。


「以前、いただいたお言葉について……お礼を申し上げたく。誇りとは血筋ではなく、何を守ると決めたかで生まれるものだ、と」


 グレンは、まっすぐに言った。


「……あの言葉のおかげで、道筋が見えたように思います。ありがとうございます」


 父は、しばらくグレンを見つめていた。

 評価でも、試験でもない。ただの確認。


「そうか」


 それだけ言い、視線を書類に戻す。


 肯定も、賞賛もない。

 だが──否定もなかった。

 それで十分だと、私は思った。


 腕の中のリーヴは、変わらず静かな寝息を立てている。

 今日一日が、確かに無事に終わったことを示すように。

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 ( ;•̀ω•́)φ.。o○(孫(←)が無事でよかった...)
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