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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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09.フィールドワーク開始、管理されるつもりはありません

 朝の空気は澄んでいて、少しだけひんやりとしていた。

 学園の敷地を抜け、フィールドワーク用の転移門をくぐると、視界が一気に開ける。


 そこは「聖域」と呼ばれる場所だった。

 魔物はおらず、魔力の流れも穏やかで、学園の実習で使われる中でも特に安全性が高い区域。

 今日の目的は、杖の材料となる木を選ぶことだ。


「最初は枝を一本分けてもらうだけだ。焦る必要はない。落ち着いて行うように」


 教師の説明に、周囲から小さく頷く気配が返る。

 あくまで導入。いわば、慣らしのようなフィールドワークだった。


 少し離れた位置で、リーヴは教師と公爵家の護衛に囲まれていた。

 籠の中にちょこんとリーヴが座り、常に視界の中に人がいる配置だ。


 リーヴはきょろきょろと周囲を見回し、不安そうに身を寄せる。

 けれど、ふとこちらに目を向け、私を見つけると小さく光が揺れた。

 ……見える位置にいる、それだけで違うらしい。


「心配しすぎだ」


 隣から、落ち着いた声がする。

 ローレンス殿下だ。

 私と彼は、今回のフィールドワークからペアとして行動する。


「このあたりは完全に管理されている。教師も護衛も十分だ。君が逐一気を配る必要はないだろう」


「承知していますわ」


 私はそう答えながらも、視線を外さなかった。


 理屈ではわかっている。

 安全で、管理されていて、想定外は起きにくい。

 今日は魔力を込める工程はない。

 この場所でリーヴが何か反応する可能性は低いと、教師も言っていた。


 それでも、見ておきたいと思うのは──理屈の問題ではない。

 初めて、短い時間だけ他人の手に委ねる。

 泣かないか、怖がらないか、ちゃんと戻ってくるとわかっていても、目が離せない。


 ……これは、慣らしなのだ。

 リーヴにとっても、私にとっても。


「それより、先に進もう」


 殿下は当然のように歩き出す。

 私が従う前提で。


 ……ええ、ペアですものね。


 小さく息を整え、私は並んで歩いた。


 森の中は、静かだった。

 高く伸びた木々が陽光を遮り、地面にはやわらかな苔が広がっている。


「好きな木を選ぶといい、と言っていたな」


「ええ。樹種に制限はありませんが、枯れ枝ではなく、生きた枝を一本分けていただく形です」


「なら、迷うこともないだろう」


 殿下はそう言って、まっすぐ一本の木へ向かう。

 迷いがない。というより──選択肢を吟味するという発想がない。


「このあたりが無難だ。硬さも均一で、癖がない」


「無難なのは、殿下にとって、でしょう?」


 私がそう返すと、殿下はわずかに眉を動かした。


「君も扱いやすいはずだ」


 悪気はない。

 本気で、そう思っているのだろう。

 けれど、それは「君に合う」ではなく、「自分が扱いやすい」が基準だ。


「私は、少し別の木も見てみますわ」


「時間をかける必要はない」


「課程の一部ですもの。急ぐ理由もありません」


 一瞬、空気が止まる。

 殿下は私を見下ろし、何か言おうとして──やめた。


「……まあいい。好きにするといい」


 許可を出すような言い方。

 私は何も言わず、歩を進めた。

 少し離れた場所では、他のペアたちがそれぞれ枝を探している。


 オズワルドは、候補の木を見つけては剣士らしい目で幹を叩き、「こっちのほうが丈夫だろ?」などと、相変わらず元気だ。


 ユリウスは木陰で腕を組み、「杖の出来は素材より今後だよ」などと、興味なさげに言っている。


 エミリオはというと、「どれでも同じじゃない?」と言いながら、ペアの女子に即座に却下されていた。


 そして──少し離れた場所で。

 レオニールは、ペアの女子と並んで、一本の木をじっと見つめていた。

 この二人は一学期とペアが変わっていない。


 手には、小さな布包み。

 一学期の終わりに残った、あの種だ。


 声は聞こえない。

 けれど、二人とも、どこか慎重で、静かな表情をしている。


 ……変わったわね。


 一学期の出来事を経て、彼はようやく「育てる」ということを考えるようになった。


 視線を戻すと、グレンとミアが、やや奥で教師の説明を聞きながら木を選んでいるのが見えた。

 グレンが何かを指し示し、ミアが小さく頷く。

 落ち着いた、穏やかなやり取り。

 その様子を見ていると──胸の奥が、少しだけ痛む。


「……決まったか?」


 ローレンス殿下の声で、意識が戻る。


「ええ。この木にします」


 少ししなやかで、けれど芯のある枝。

 触れた瞬間、わずかに魔力がなじむ感覚があった。


 殿下は、私の手の先にある枝を見て、はっきりと首を横に振った。


「それはやめておけ」


 即断だった。

 検討する余地すら与えない口調。


「君が選ぶには、まだ早い」


「……理由を伺っても?」


 私がそう返すと、殿下は当然だというように答える。


「杖作成は、結果がすべてだ。感覚に任せる段階ではない。特に今回は、学園が注目している課程だ。失敗は許されない」


 その視線が、私ではなく枝に向く。


「君が不用意な選択をして、評価を落とす必要はないだろう。ここは、無難なものを選ぶべきだ」


 無難、失敗しない、評価を落とさない。

 つまり、殿下の管理下で。


「君は優秀だ。だからこそ、余計なことはしなくていい」


 守るような言葉で、縛る。


「判断は、僕がする。君は、言われた通りに進めばいい」


 その瞬間、はっきりとわかった。

 これは忠告ではない。

 従属を前提とした命令だ。


「殿下──」


 私が何か言う前に、別の声が入る。


「いや、良い選択だと思う」


 振り向くと、近くで様子を見ていた教師が立っていた。

 私の手元の枝を一瞥し、穏やかに頷く。


「確かに均質ではないが、魔力への反応は素直だ。杖作成課程では、素材との相性を見ることも重要だよ」


 教師は殿下にも視線を向ける。


「特に、ノエリア嬢のように制御精度の高い生徒なら、問題ない。むしろ、良い経験になるだろう」


 一瞬、ローレンス殿下の表情が、はっきりと曇った。

 反論しかけて、言葉を飲み込む。

 教師の前で、学園の判断を否定するわけにはいかない。


「……そうですか」


 絞り出すように言い、口元に薄く笑みを貼り付ける。


「では、学園の方針に従おう」


 その声は、表向きは穏やかだった。

 けれど、隣にいる私にはわかる。


 ──不機嫌だ。

 自分の判断が通らなかったこと。

 そして、それを私が選び、教師に肯定されたこと。


 殿下はそれ以上何も言わず、視線を逸らした。


「では、この枝を採取するといい」


 教師がそう告げ、私は頷いて両手で木に触れる。

 どうか枝を分けてくださいと願うと、ぽとりと枝が落ちてきた。


「ありがとうございます」


 私は枝を胸に抱え、静かに息を整えた。




 枝は、それぞれ布に包まれ、帰還用の籠に収められた。

 フィールドワークの終了を告げる合図が出て、各自が転移門へ向かい始めた。


 私は人の流れを確認してから、リーヴのいる方へ足を向ける。

 籠の中で、不安そうに身を縮めていたはずのリーヴが、私に気づいた瞬間、ぱっと表情を変えた。


 目が大きく見開かれ、淡い光が揺れる。

 まるで、こちらへ駆け寄ろうとするかのように。


「……もう少し、待っていて」


 戻るまでが授業だ。

 今は、過剰に近づくべきではない。


 そう判断して歩みを緩めた、そのときだった。

 リーヴが、籠の中から小さな手を伸ばす。

 指先が示したのは──枝の収められた籠。


「……何かあるの?」


 問いかけると、リーヴはきょとんとした顔になり、そのまま首を傾げた。

 そして、ぽてん、と。

 何事もなかったかのように座り、視線をこちらへ向ける。


 答えはない。

 ただ、静かな仕草だけが残った。


 枝は、まだ布に包まれたままだ。

 魔力を込めてもいない。

 けれど、これから杖の核になる素材だ。


 そういうものに、反応すること自体は──あり得なくはない。


「……やっぱり、何か感じ取っているのかしら」


 私は首を傾げるが、リーヴはそれ以上何も反応を示さない。

 今はまだわからないと、籠から視線を外した。


 転移門が、淡く光を放っている。

 帰還の準備は、すでに整っていた。

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― 新着の感想 ―
教師が助けてくれたのではなく、ペア強制を回避出来なかった罪の内、ほんの数%程度を返しているように見えます
 王子サマは本当にもう…ミアとペア組んでいた頃からなんも学んでないな。  あんたの杖じゃないんだから、あんた基準で選んだモノを押し付けようとするな。
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