07.王太子殿下とペアを組むそうです
二学期の始業を告げる鐘が鳴り、学園に日常が戻ってきた。
久しぶりに集まった教室は、ほどよくざわついている。
休暇中の話題が飛び交い、笑い声が交じり、けれどどこか落ち着かない──そんな空気。
私は席に着き、さっと教室を見渡した。
ローレンス殿下は、すでに前方の席にいる。
姿勢も表情もいつも通りで、休暇など存在しなかったかのようだ。
ユリウスは相変わらず優雅に椅子に座りながらも、どこか気だるげな雰囲気を漂わせている。
ぼんやりとして見えるのは、休暇明けだからだろうか。
一方、オズワルドは朝から落ち着きがない。
夏の間も鍛錬を続けていたのだろう。日焼けした肌と、白い歯がキラリと輝く笑顔が眩しい。
最後にレオニール。
魔術式が書き込まれた研究ノートを睨むように読んでいる。相変わらず、自分の世界に入り込んでいる。
──本当に、変わらない面々。
「二学期ですね」
隣から、穏やかな声。
グレンだった。
夏休みの間もずっと公爵邸に滞在していたから、いつも顔を合わせていたはずなのに、学園で並ぶと少しだけ感覚が違う。
「ええ。ようやく、という感じね」
「紅魔病も、その後は特に問題ありません」
そう言って、控えめに微笑む。
経過は安定している──それだけで十分だった。
「そういえば……二学期は、もう杖作成課程が始まるのね」
私の呟きに、グレンが小さく頷いた。
「例年通りなら、二年生だけの課程ですね」
「ええ。でも、今年は少し違うって言っていたわね。一年生との合同授業。実験的な試み、だったかしら」
「はい。シュプラウト育成の結果を受けて、という話でしたね」
夏休み中に訪れた教師の話を思い出し、整理する。
一学期の成果を踏まえて、次に繋げる──学園らしい判断だ。
「それに、今回は記録が重視されるとも聞きました」
そう言って、グレンは机の中から一枚の用紙を取り出した。
シュプラウト育成の記録用紙とは、明らかに違う書式。
けれど、どこか通じるものがあった。
場所ごとの魔力特性と、注入量に対する反応。
杖材の変化と、安定までの経過。
余計な項目はなく、必要な情報だけが整然と並んでいる。
「……もう、正式に決まったのかしら」
「はい。この様式で統一されるそうです」
結果の良し悪しだけでなく、どの地点で、どんな魔力をどう与えたのか──その過程を残すための記録。
夏休みのあいだ、グレンがこの用紙を何度も書き直していたことを、私は知っている。
教師と相談しながら、項目を削り、順序を入れ替え、表現を詰めていく。
私は口を出さなかった。
これは彼が引き受けた仕事で、彼自身が形にするべきものだったから。
聞かれたときだけ、思ったことを言ったけれど、それだけ。
「学園も、本気なのね」
「……ええ。今回は実験ですから」
グレンはそう答え、用紙を丁寧にしまった。
フィールドワークへのリーヴ同行については、正直に言えば──少し不安が残っていた。
学園側は「教師が責任をもって保護する」と言っていたけれど、それだけで割り切れるほど単純ではない。
結局、公爵家からも護衛を出すという条件で、学園は正式に了承した。
表向きは「安全確保のため」。
実際のところは──公爵家の機嫌を損ねるつもりがない、という判断も含まれているのだろう。
学園としても、リーヴが特別な存在であることは理解している。
教師が付く。結界も張られる。危険な場所には近づけない。
それでも、念には念を入れておくに越したことはない。
そう自分に言い聞かせて、私は前を向いた。
すると、グレンが小さな声で呟く。
「フィールドワーク……具体的には、どう進むんでしょうね」
「場所ごとに魔力を込めていく、とは聞いているけれど……細かい手順までは、まだわからないわね」
「段階制でしょうか。いきなり深部には行かないと思いますが」
「ええ。様子を見ながら、でしょうね」
声を潜めた、ほんの軽い会話。
特別な意味はないはずなのに、どこか穏やかな気持ちになる。
記録用紙も揃っている。
準備は整っている──少なくとも、そう思っていた。
そのとき、 教師が入室し、教室は静まる。
教師が教壇に立ち、教室を見渡した。
「静粛に。これより、二学期の課程について説明する」
グレンと視線を交わし、私は背筋を伸ばす。
「今年の杖作成課程は、例年とは異なる方式で行う」
教室の空気が、わずかに引き締まる。
「すでに聞いている者も多いと思うが、今年は実験的に一年生との合同授業とする。目的は、魔力循環の安定化と基礎制御の底上げだ」
ざわめきは起きなかった。
その程度の情報なら、事前に共有されている。
「授業はフィールドワークを中心に進める。各地点で杖に魔力を込め、その反応と適応を記録する」
私は小さく頷いた。
ここまでは、想定の範囲内。
「そのため、今年の杖作成課程はペア形式で行う」
これにも、驚きはない。
むしろ当然、という空気だ。
周囲を見渡しても、皆静かに聞いている。
誰と組むかを思い浮かべている者はいるだろうが、騒ぐほどのことではない。
……と、思っていたのは、次の一言までだった。
「なお、今回のペアは──学園側で指定する」
ん?
一瞬、意味を取り違えたかと思った。
指定? 今、指定と言った?
教室のあちこちで、小さな気配が揺れる。
視線が交錯し、空気が微妙にざわついた。
私も、思わずグレンのほうを見る。
彼も同じように、わずかに眉を動かしていた。
シュプラウト育成のときは、それぞれが自由にペアを決めた。
わざわざ学園が決める、というのは予想外だった。
教師はその反応を意に介した様子もなく、名簿を手に取る。
「では、二学期の杖作成課程のペアを発表する」
教室が、しんと静まり返った。
「まず──」
一拍。
「ローレンス・アークフェルド殿下と……」
胸の奥が、わずかにざわめく。
殿下の名前が最初に出るのは、まあ、そうだろう。
けれど。
「ノエリア・カルディナート嬢」
──え?
一瞬、音が消えた。
耳に届いたはずの名前が、現実として結びつかない。
視界の端で、グレンが顔を上げる気配がした。
教室の空気が、凍りつく。
教師の声だけが、やけに明瞭に響いていた。




