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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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06.一人で抱えないと決めた日

 教師の視線が、再びリーヴへと向いた。

 穏やかだった空気に、探るような色が混じる。


「……それと、もうひとつ。君たちの育成で生まれたこの存在についても、少し相談がありまして」


 私は腕の中のリーヴを抱き直した。

 小さな体がわずかに震え、光が胸元で瞬く。

 ──さっきまでの穏やかさとは違う。

 胸の奥に、かすかな緊張が生まれた。


 教師は一拍置いて、丁寧に言葉を選ぶように口を開く。


「次の課程──杖作成のフィールドワークのことです。今年は一年生との合同で行う予定ですが、その際……リーヴも同行させていただけないかと考えております」


「……リーヴを?」


 思わず問い返すと、教師は頷いた。


「もちろん、カルディナート嬢やベルマーくんに付き添わせるわけではありません。不公平との声が上がるでしょうから、現地では私たち教師が責任をもって面倒を見ます」


 穏やかな言い方だったが、胸の奥で何かがざらりと波立った。


「どうして、そのような……」


「古代種族と魔力循環の関係を研究している学派があります。シュプラウトも、古代種族の魔術構造に近い特性を持つ。杖に魔力を込める地──あの場所でリーヴが何か反応を示すかもしれない。それを観察できれば、学術的にも大きな成果になります」


 教師の言葉は理路整然としていた。

 けれど、その冷静さがかえって不安を掻き立てる。

 「観察」という響きが、どこか冷たく聞こえた。


 腕の中でリーヴが身じろぎをした。

 小さな指が、私の服の端をぎゅっと掴む。

 ……まるで、手放さないでと訴えているように。


 私は無意識に抱き締める腕に力を込めた。


「……考えさせてください」


 声がわずかに震えたのを自覚する。

 教師は深く頷き、席を立つ。


「もちろんです。強要するつもりはありません。ただ、もし承諾いただけるなら、責任をもって保護と観察にあたります」


 そう言い残し、教師は丁寧に頭を下げた。

 扉が静かに閉じられ、応接室に再び静けさが戻る。


「ノエリアさま……」


 隣から、グレンの静かな声。

 見上げると、彼は私の腕の中のリーヴを見つめていた。


「リーヴは、あなたのことを信じています。だからきっと、どんな選択をしても大丈夫です」


 その穏やかな言葉が、ほんの少しだけ心を落ち着かせた。

 それでも私は、抱いたままのリーヴから視線を離せなかった。

 ──同行、という言葉のはずなのに。

 なぜか胸の奥では、「引き離される」という感覚にすり替わっていた。


「でも……リーヴを手放すなんて、できるはずがないわ……」


「ノエリアさま、落ち着いてください。先生の提案は、フィールドワークへのリーヴの同行です。その間、教師たちが預かるだけで、一時的なものです」


 グレンの言葉に、はっとなる。


「そう……そうよね……手放すわけではないわ。どうして、そんな風に考えてしまったのかしら……」


 私はリーヴを撫でながら、深呼吸する。


「……グレンはどう思うかしら? リーヴを同行させたほうがよいと思う?」


「僕の意見としては……同行させたほうが、よいと思います」


 一拍置いて、グレンは続ける。


「先生は観察や研究という観点から話していましたが……それとは別に、リーヴ自身の経験にもなるのではと思うんです」


「リーヴ自身の経験……」


「はい。託児所で預かっている子が、周りの子たちの影響を受けながら、新しいことができるようになっていくのを見ました。先生が言っていた、リーヴが何か反応を示すかもしれないということは、リーヴにとっては新たな刺激を受けることにも繋がるんじゃないかと」


 託児所という言葉を聞いて、何かがストンと落ちるような気がした。

 そうよね……前世で考えると、保育園に預けるようなものよね……。


「だからといって、同行させないというのも間違いではないと思います。フィールドワークが絶対に安全とは言い切れない。自分自身の手でしっかり面倒を見たいというのも、正しい答えの一つだと思います」


 そう言いながらも、グレンは少し心配そうな目を私に向けてきた。


「でも……ノエリアさまは、全部自分で背負おうとしているように思うんです。だから、一緒に考えましょう。リーヴにとって、何が一番よいかを……二人で」


 胸の奥に、温かいものが満ちていく。

 きっと前世のワンオペ経験から、一人で全部やらなくてはいけないと思い込んでいた。

 人に頼るなんて、そもそも選択肢が浮かばなかった。

 でも……今は一人じゃない。グレンが一緒に考えてくれる。


「ええ……一緒に、考えましょう」




 結局、私とグレンは顔を見合わせて、同じ結論に辿り着いた。


「……託児所に預けるようなもの、よね」


「ええ。一時的に、守る目が増えるだけです」


 翌日、私は教師に承諾の返事を送った。

 リーヴを託すことを選んだのは、無責任だからではない。

 守るために、世界を狭めすぎないと決めたからだ。


 その少し後、公爵邸を訪ねてきたミアは、私の話を聞くなり言った。


「ノエリアさま……一人で抱え込まないでください」


 思わず苦笑する。

 ──それ、私があなたに言った言葉じゃない。


 助けを受け取ることや人に託すことも、強さの一つ。

 頭ではわかっていたはずなのに、できていなかったのは私のほうだった。


 こうして、静かな夏休みは終わりを迎えた。

 リーヴの成長とともに、私たちもまた一歩前へ進む。


 そして──二学期が、始まる。

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― 新着の感想 ―
研究者にとっては研究が何より大事で、それを理解しない愚か者に何ら気兼ねする理由にはならない。 たまたま生まれた珍しい生き物ごとき解剖して調べ尽くして当たり前だろう。 結論、あずけるのはやめた方が良い。…
教師の発言、責任をもって。この教師、もしリーヴか失われた場合とのようにして責任を取ると言うのだろうか。 前例の無い個体だけに、具体的な責任の取り方を明示する必要があると思う。でなければ責任者を叱責して…
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