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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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05.穏やかな午後、教師の言葉が風向きを変えた

 扉を叩く音が遠ざかると、温室の中にまた静けさが戻った。

 けれど、さっきまでの穏やかさとは少し違う。

 ──風の向きが、わずかに変わったような気がした。


「学園の教師……」


 私は小さく呟き、リーヴを抱き上げた。

 「二学期の課程について」と言っていたけれど、わざわざ公爵邸まで訪ねてくる理由があるとすれば──きっと、この子のことだろう。


 リーヴは私の腕の中で、きょとんとした顔をしている。

 まるで、自分が話題の中心だと察しているかのように。

 胸元の光が、ふわりと優しく脈打った。


「リーヴも一緒に行きましょう。あなたのこと、聞かれるかもしれないもの」


 グレンが机の上の書類をまとめながら、静かに頷く。


「記録の控えを持っていきましょう。成長経過の報告も、きっと求められます」


「ええ。念のために」


 私はリーヴを抱き直した。

 腕の中の小さな身体が温かく、息のような光が頬をかすめる。

 その温もりが、妙に心を落ち着かせてくれる。


 廊下を歩くあいだ、リーヴは私の肩に頬を寄せ、静かに目を閉じていた。

 グレンはその横で書類の束を抱え、歩調を合わせてついてくる。

 床に並ぶ三つの影が、窓から差す光にゆるやかに揺れていた。


 ──もし学園が、リーヴを正式に研究対象として引き取りたいと言ってきたら。

 そんな考えが一瞬、胸をよぎる。

 けれどすぐに打ち消した。

 この子は課題の延長ではなく、私たちの手で育てると決めたのだから。


「……緊張していますか?」


 隣を歩くグレンの声が柔らかく響いた。


「少しね。学園の教師が自ら訪ねてくるなんて、そうあることではないもの」


「大丈夫です。僕たちの記録には、何の不備もありません」


 その言葉に、思わず微笑む。

 そうね──彼が言うなら、きっと大丈夫。


 応接室に入ると、教師は立ち上がって軽く一礼した。

 白衣の襟元を指先で整え、少し汗を拭うしぐさ。

 真夏の日差しの下を歩いてきたのだろう。


「お忙しいところ、突然の訪問をお許しください。カルディナート嬢、そしてベルマーくん」


「いえ。学園からの方を歓迎しない理由はありませんわ」


 私はリーヴを膝の上に抱え、対面の椅子に腰を下ろした。

 グレンも少し離れた席に座り、控えめに姿勢を正す。


「二学期の課程について、ご相談がありまして」


 教師は書類を取り出し、卓上に整然と並べた。

 その目には、いつもの柔らかさの奥に研究者らしい真剣さが宿っている。


「──例年、二年生は杖作成課程に進みます。もちろんカルディナート嬢やベルマーくんも対象です。杖作成過程についてはご存じですか?」


「ええ。自分の魔力に合う素材を選び、魔力を込めて育てていく授業ですわね」


 私が答えると、教師は満足げに頷いた。


「その通りです。正式に魔術師として認められた者には、長杖の所持が許されますが、学園で行うのはあくまでその前段階──短杖の作成です。短杖は訓練用であり、魔力の制御を学ぶためのもの。とはいえ、完成すれば個人に固有の魔力特性が宿り、卒業後も基礎杖として使えるほどの精度を持ちます」


 グレンが小さく頷いた。


「短杖でも、自分の魔力に馴染めば、術の発動効率がかなり上がると聞きました」


「ええ。ですから、全ての二年生にとって重要な課程なのです。杖の完成は、魔術師としての自立の第一歩ですからね」


 教師は言葉を区切り、書類を少し指で叩いた。


「ただ──今回の課程には、新しい要素を加える予定です」


「新しい要素?」


「はい。今年は一年生との合同授業として実施します。本来、杖を作るには魔力量の安定が不可欠ですが……」


 教師の視線が、ふと膝の上のリーヴへと移る。

 柔らかな光を宿すその小さな体が、まるで聞き耳を立てるように小さく揺れた。


「──今回のシュプラウト育成で、私たちは一つの発見を得ました。ペアによる魔力循環が、未熟な魔力をも安定させるという事実です。君たちの観察と記録が、それを裏づけました」


「つまり、私たちの育成結果が、新しい授業の基盤になったということですのね」


「まさしく。ペアでの相互作用を応用すれば、一年生でも安全に杖を作成できる可能性があります。──そしてもうひとつ。君たちの観察記録用紙が非常に精密で、教師たちの間でも高く評価されました」


 教師の視線が、静かにグレンへと移る。


「ベルマーくん。君の記録は、どの担当教員も驚嘆していました。魔力変動の数値化、感情反応の補足、時間経過の追跡──どれも緻密です」


 教師は一枚の記録用紙を取り上げ、指先で軽く叩いた。


「これまでも杖作成課程は毎年行われてきました。しかし、過去の記録は杖の完成度をもとにした総括が中心で、経過を逐一残すものではなかったのです。つまり、どうして上手くいったのか、あるいはなぜ失敗したのか──その過程が曖昧なままでした」


 グレンが静かに頷く。


「……確かに、僕たちの記録も最初はそうでした。でも、シュプラウト育成では、毎日数値を取らないと傾向が見えなくて……」


「ええ。その日々の記録こそが鍵なのです」


 教師は微笑みながら続けた。


「今回、新たにペア要素を取り入れるにあたって、これまでの単独作成とは異なる要素──魔力の共鳴、情動の同調、魔力循環の同期率など──が発生します。そのため、従来の記録形式では対応できません」


 そこでいったん言葉を区切り、教師はまっすぐグレンを見つめる。


「ペア育成を実際に行った君たちなら、どんな項目が必要かを実感しているはずです。 来期の標準記録用紙の雛形を、ぜひ君に作ってほしい」


 グレンがわずかに息を呑む。

 驚きと戸惑いが表情をかすめ、手の上で指先がわずかに動いた。


「僕に……ですか」


「ええ。観察者としての客観性と、記録の整合性。どちらも見事でした。ペア育成を経験した者でなければ気づけない点が多いでしょう。他の教師たちとも協議しましたが、異論はありませんでしたよ」


 その言葉に、グレンの肩がわずかに震えた。

 視線が机の上を彷徨い、握った指先に力がこもる。


 ──不安と、誇り。

 その両方が入り交じった沈黙。


 私は何も言わなかった。

 ただ、彼が顔を上げたときに、静かに頷くだけ。

 「あなたの答えを信じている」と、言葉ではなく目で伝える。


 グレンは小さく息を整え、まっすぐ教師を見据えた。


「……はい。お受けいたします」


 その声は震えていなかった。

 教師は満足げに微笑み、記録用紙の束を整える。


「ありがとうございます。正式な依頼書は後日お届けします」


 私はその横顔を見ながら、胸の奥が静かに温まるのを感じた。

 グレンが自分の力を信じ、声に出して受けた。

 ──そのことが、何より嬉しかった。


 けれど次の瞬間、教師の視線が再びリーヴへと向いた。

 穏やかだった空気に、研究者特有の探るような光が差す。


「……それと、もうひとつ。君たちの育成で生まれたこの存在についても、少し相談がありまして」


 私は腕の中のリーヴを抱き直した。

 小さな体が、わずかに震えながらも光を宿している。


 ──次に告げられる言葉が、穏やかな午後の空気を変えていく予感がした。

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― 新着の感想 ―
なるほど功績を積み上げて身分差を無くしていくと。 しかしこんな母性父性育ててしまうカリキュラム、カップリング量産しそう。 そうなるとペア組みが強引になり、混乱を招き、また親からもペアについて身分差軋…
正直に言って教師たち・・・そんなことも自分達で出来ないなら辞めたら?
 これが後の世に引き継がれていく『ベルマー文書』である…。  ( ; °Д°)まさかロリコン…?
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