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04.ヒロインを囲む地雷男子四人を一人で黙らせる

「ノエリアさまは、私を気遣ってくださっただけなんです……!」


 ミアの声が、緊張で少し震えていた。

 けれど、誰よりも真剣だった。


 それでも。


「こんな女の肩を持つなんて、ミアは優しいな」


 王太子ローレンスの低い声が、空気を切り裂いた。

 制服の第一ボタンまできっちりと留めた完璧な姿勢、整った顔立ち、背筋を伸ばして立つその姿は、教科書通りの王子様だ。


 そして彼の背後には、当然のように生徒会の男子たちが控えていた。

 騎士団長の息子、宰相の息子、魔術師団長の息子。

 彼らは王太子の一歩後ろに並び、まるで隊列でも組んでいるかのように私を見下ろしている。


 ──ええと……私、たった一人なんですけど。


 この場に居合わせたのは、私と、ミアと、生徒会の四人。

 この構図を、外から見たらどう映るだろう。

 男たちが揃って一人の女子生徒を糾弾しているなんて、恥だとは思わないのかしら。


「相変わらず執念深いな。そんなことをして、私の気を引くつもりだったのか?」


 ……来ましたわね、王太子様のご高説。

 まるで、私がいまだにあなたを追いかけていると信じて疑わない様子。どれだけ自己評価が高ければ、そんな思考になるのかしら。


「ご心配なく。もう二度と、あなたを追い回すことなどございませんから」


 静かに、でもはっきりと告げた言葉に、ローレンスは一瞬きょとんとした。

 まるで、予想外すぎて処理が追いつかないといった風情。


 だが、間髪を容れずに他の生徒会メンバーが口を挟んでくる。


「ノエリアさま、先ほどの発言、いささか感情的すぎるのでは?」


 宰相の息子。涼しげな顔で、冷静ぶっているが、声にはしっかりと棘がある。


「人前でああいう調子では、貴族のたしなみとして疑問符がつきますよ」


 そう続ける彼に、私は微笑みを返す。薄い、意味のない笑み。


「相手の誤解を解きたいなら、ちゃんと正面からぶつかっていかないとダメだろ!」


 赤髪の騎士団長の息子は、親指を立てる勢いで前のめりに言ってきた。

 筋肉に似合わぬほど真っ直ぐでまぶしいその視線は、私ではなく、彼の中にある正義に向けられている。


「……くだらない」


 小さく吐き捨てたのは、魔術師団長の息子。

 まったく関心のなさそうな口ぶりだが、だからこそ、場に冷たい波が走る。


 ──はいはい、予想通りの地雷オールスターズ。


 私は静かに息を一つ吐く。


「そうやって事情も知らないまま、四人がかりで私を囲んで、糾弾なさるおつもり? ……実に見事な構図ですわね」


 場に、ぴりりとした緊張が走る。


「せめて敵を定めるなら、もう少し体裁を整えてからなさったらいかがかしら? 男子四人が寄ってたかって女子一人を責めるなんて、騎士道精神もあったものではございませんわね」


 ローレンスの顔が強張った。

 他の面々も言葉を失ったように沈黙する。


 ──ようやく静かになったところで、少し話しましょうか。


 沈黙の中、私はゆっくりと視線を巡らせる。


 王太子ローレンス。私をまだ自分に未練がある女と決めつけた、その無神経さ。

 騎士団長の息子。女性を守る騎士でありたいのだろうが、相手の言葉を聞こうとしない、独善的な優しさ。

 宰相の息子。理性を装いながら、結論を誘導しようとする言葉選びが、あまりに露骨。

 魔術師団長の息子。無関心という冷たさで、誰の痛みにも鈍感なふりをするのは、一種の逃避だ。


 ──はっきり言って、どれも御免こうむりたい類の男たち。


「ご忠告、ありがたく受け取っておきますわ。でも、申し上げておきます」


 私の声に、彼らが再び注目する。


「たとえば、人の話を最後まで聞かずに決めつけるのは、無礼ですわよ。どれほど身分が高くても、それは変わりません」


 ローレンスの眉がぴくりと動いた。


「気合いや努力で何とかなるとおっしゃるのは簡単ですが、誰もが同じ条件で戦えるわけではありませんわ」


 今度は、騎士団長の息子が口を開きかけ──そして、言葉を飲み込んだ。


「常に正論ばかり並べて、正しさの盾に隠れるのも、見苦しいですわ。討論の場ではなく、人と人との対話の場なのですから」


 宰相の息子の唇がわずかに引き結ばれる。


「……無関心は、責任の放棄と紙一重。どれだけ頭がよくても、誰もいない部屋で語るだけなら、ただの独り言ですわね」


 魔術師団長の息子の目だけが、わずかに細められた気がした。


 私は、くるりと視線を転じて、ミアに柔らかく微笑みかける。


「ミア。少し騒がしくなってしまって、ごめんなさいね。もう、あなたの邪魔をするつもりはないわ」


 彼女はぱちぱちと瞬きをして、それから小さく首を振る。


「ノエリアさま……」


 その声を遮るように、私は立ち上がった。


「ごきげんよう、皆さま。少し空気を入れ替えることをおすすめいたしますわ。とくに、頭のほうを」


 そう言ってくるりと踵を返す。

 唖然とした空気が背後に残されたまま、私はその場を離れた。


 ……やっぱり、駄目ね。

 あの連中は、人としての基本的な配慮や成熟が決定的に足りない。

 確かに彼らは、使用人に囲まれて育ったのかもしれない。だから身の回りのことを自分でやる必要はないのでしょう。


 でも、それ以前の問題よ。

 他人の立場に立って物事を考えることすらできないなんて。

 どれだけ華やかな血筋でも、そんな人間に家を任せる気にはなれないわ。


 はあ……と、小さくため息をついたそのとき。

 背中に、嫌な気配を感じた。


 振り返るまでもない。

 今にも「待て」と言わんばかりの気配で、王太子ローレンスがこちらへ向かってきているのが、足音と視線の圧でわかる。


 ──いい加減にしてくれないかしら。


 そう内心でため息をついた、その瞬間だった。


「カルディナート嬢。失礼いたします」


 その気配を遮るように、間に一人の男子生徒がすっと割り込んできた。

 黒髪の少年──グレン。入学式の裏方で働いていた、例の地味な生徒だ。

 前髪が長くて、相変わらず顔はよく見えないけれど、妙に落ち着いた雰囲気がある。


「先ほどの第三教室の件で、実技担当のクラリッサ教官より、伝言を承っております」


 淡々とした口調だが、視線だけは一瞬、王太子の方をかすめてから、私に向き直る。

 その立ち位置は、あきらかに意図的だった。

 私とローレンスの間に、自然な形で空間をつくるように。


「……教官から?」


「ええ。本日の講義資料について、補足説明があるとのことです。もしお時間が許せば、職員室までお越しくださいと」


「……わかったわ。ありがとう、案内してくださるかしら?」


「かしこまりました」


 私が軽く頷くと、グレンは一礼し、そのまま進路を示すように数歩先を歩き出す。

 自然な誘導に従い、私もそちらへ歩を向ける。


「……っ、ノエリア!」


 後ろから、ローレンスの苛立った声が追いかけてきた。


 でももう、振り返らない。

 その声に応じる義理は、もうどこにも残っていない。


 しばらく歩いたところで、講堂の柱の陰に入った。

 視線も届かず、声も届かない、静かな空間。


 すると、グレンが立ち止まり、こちらを向いて小さく頭を下げた。


「……教官の件は、嘘です」


「え?」


「申し訳ありません。お困りのようでしたので……咄嗟に口実を」


 それでも彼の声音は静かで、言い訳がましいところは一つもなかった。


 私はわずかに目を見開き、それからふっと息をついた。

 ほんの少し、肩の力が抜ける。


「……いいえ。助かりましたわ。ありがとう」


 長い前髪の奥で、彼の目がわずかに見開かれ、次いで安堵の色が浮かんだ気がした。


「お役に立てたなら、何よりです」


 そう言って、彼はまた静かに一礼する。


 押しつけがましくもなく、誇るでもなく、たださりげなく差し出された好意。

 私はその無言の気遣いに、少しだけ心が温かくなるのを感じていた。


 すると、グレンがふと思い出したように口を開く。


「ちなみに、教官の用件は嘘でしたが……僕は本当に、職員室に用がありまして。授業準備の手伝いをしていたんです」


「授業準備?」


「ええ。今年から新設された育成課程のことで、教官たちが少し慌ただしくしていまして。……一・二年生合同で行う授業になるそうです」


「合同授業……?」


「はい。内容までは知らされていませんが、今までにない試みだと。手探りで準備しているようでした」


 彼はそれだけ言うと、視線をそっと空に向けた。


 育成課程。合同授業。今までにない試み。

 ──何かが、動き出している。

 そんな予感が、胸の奥をかすめた。


 私は、そっと呟いた。


「育てるって……何を?」

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