34.あのモラハラ野郎が反省モードに入ったらしい
──あの騒動から、数日が経った。
レオニールのシュプラウトが突如暴走した出来事は、学園全体を揺るがす大事件となった。
教師は「危険ではあったが、極めて貴重な記録となった」と結論づけた。
……まあ、無事に終わったからこそ言えることね。
何よりも印象に残ったのは、必死に声を上げ、聖なる光でシュプラウトを鎮めたミアの姿だ。
教師たちからは「立派だった」と称賛され、授業の合間にも「君のおかげで救われた」と感謝の言葉をかけられているのを何度も目にした。
生徒たちの間でも、彼女を見る目は明らかに変わりつつある。
一方で、暴走してしまったレオニールたちの鉢も、まだそこにあった。
以前よりもひとまわり小さくなってしまったけれど、淡い光を脈打つように瞬かせ、必死に生きている。
その様子を、レオニールはぎこちないながらも気にかけていた。
鉢をのぞき込み、眉をひそめながら「水は足りているのか……?」と呟く姿など、これまでの彼からは想像もつかなかった。
ペアの女子もまた変わっていた。
以前のようにただ怯えて黙り込むのではなく、「少し控えたほうがいいと思います」と、はっきり声を出す。
レオニールも反発することなく「……そうか」と短く返す。
そのやりとりはぎこちないものの、確かに対話が生まれていた。
鉢の小さな光が二人の間を繋いでいるようで、見ているこちらまで不思議と胸が温かくなる。
……やはり、あの出来事は多くのものを動かしたのだろう。
そして──ミアの評価も、日に日に高まっていった。
これまで平民であることに加え、王太子ローレンスをはじめとする生徒会の面々に気にかけられているせいで、彼女はどこか遠巻きにされていた。
けれど今は違う。
「次の授業で隣にならない?」
「一緒に課題を見直さない?」
そんな声をかけられる姿を、私は何度も目にした。
ぎこちなくも応じるミアの笑顔は、以前よりもずっと柔らかい。
戸惑いながらも受け入れられていく彼女を見ていると、こちらまで頬が緩むようだった。
……ようやく。
ようやくミアは、自分の力で認められ始めたのだ。
その姿を眺めていると、胸の奥が温かくなる。
心から喜ばしいと思う。
けれど、ほんの少しだけ寂しさもあった。
これまでは、私が近くで見守ってきた。
孤立しかけた彼女に声をかけ、居場所を作れるよう手を差し伸べた。
けれど、もう私の助けは要らないのかもしれない。
……いいえ、それでいいのだわ。
自分で歩き出せるようになったのなら、それは何よりも嬉しいことだから。
けれど、不思議なこともあった。
ミアがこうして周囲から受け入れられつつあるというのに、ローレンスの反応は驚くほど鈍かったのだ。
以前なら、すぐに口を挟んできてもおかしくない場面だった。
「自分が認めているからこそ」などと、得意げに言い出すに違いないと身構えていたのに……彼はただ、遠くから見ているだけ。
声を掛けることもなく、表情も乏しい。
……最近、どこか元気がないように見える。
あれほど強引に振る舞っていた人が、影を潜めてしまったかのよう。
その理由を考えずにはいられなかった。
ただの気まぐれ? それとも、私に言われたことが胸に刺さっている?
もしそうだとしたら──。
……いや、期待してはいけない。
あのモラハラ野郎が、そう簡単に変わるはずがないのだから。
けれど、彼が黙り込んでいる姿を目にするたび、胸の奥がざわついた。
これまでにない違和感。
その正体を、いずれ確かめることになるのだろう。
そんな折──。
「ノエリア。少し話がある」
放課後、背後から声をかけられた。
振り向けば、ローレンスがまっすぐに立っている。
整った顔立ちはいつも通りなのに、その声色は妙に落ち着いていて、逆に不気味だった。
背筋にわずかな緊張が走る。
……あの殿下が静かな声で呼ぶなんて、嫌な予感しかしない。
胸の奥でそっと息を整え、私は黙って頷いた。
彼と並んで歩き出す。
中庭へ向かう足取りは、普段なら彼の自慢や持論で埋め尽くされるはずなのに、このときばかりは不自然なほど静かだった。
靴音だけが石畳に響き、その沈黙がかえって緊張を募らせる。
やがて中庭に出ると、風がさらりと頬を撫でていった。
木漏れ日の下で、ローレンスは足を止め、ゆっくりと振り返る。
その視線に射抜かれ、思わず息をのんだ。
「先日、中庭できみに言われたことを……ずっと考えていた」
低く、抑えられた声音。
いつもの誇らしげな調子とはまるで違っていて、不意を突かれたように足が止まった。
「とても痛い言葉だった。けれど……この国の未来を思うからこその諫言だと、僕にもわかる」
ローレンスの瞳は真っ直ぐだった。
そこに見栄や虚勢は感じられない。
まるで、欠点を自ら認めようとしているかのように見えて──。
「確かに、僕は少々、責任を果たそうとするあまり、視野が狭くなる傾向があるようだ」
その言葉に、胸の奥がわずかに熱くなるのを否定できなかった。
ローレンスが……自分を省みている?
「殿下……」
気づけば、声が震えていた。
まさか、あのモラハラ野郎がこんな内省をするなんて──。




