表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第一章 シュプラウト育成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/44

33.助けたいと願った全員の想いが、奇跡をつないだ

 張り詰めた沈黙が教室を覆っていた。

 女子生徒の必死の声は、空気を震わせ、誰の耳にも強く残っている。

 レオニールは赤い瞳を揺らし、言葉を失っていた。


 ──その時。


「あの……」


 おずおずとした声が背後から上がった。

 振り向けば、ミアが胸の前で手を組み、勇気を奮い立たせるように一歩踏み出していた。


「私なら……少しだけ、この子の魔力を落ち着かせるお手伝いができるかもしれません」


 小さな声だったが、その響きは教室全体に届いた。

 驚きとざわめきが広がり、皆が彼女を見つめる。


 ミアは俯きかけた顔を上げ、真剣な眼差しで言葉を重ねた。


「でも……これはお二人の力を注がれた子です。お二人の魔力に一番反応するはず。私の力は、その補助にすぎません」


 か細くとも揺らがぬ声。

 聖属性の光を宿す少女の決意は、場の空気を変えていった。


 ミアの言葉に、レオニールは一瞬、息を呑んだ。

 その赤い瞳が揺らぎ、女子生徒とミアを交互に見やる。


「……そんなことが、本当にできるのか……?」


 掠れた声。

 諦めと恐れに縛られていた彼に、女子生徒がすぐさま頷いた。


「できます! この子は、きっと応えてくれます!」


 その必死な声に押されるように、レオニールは奥歯を噛み、掌の炎を消した。


「……分かった。僕も……試してみる」


 ミアがそっと一歩前へ進む。

 淡い光が彼女の手のひらに宿り、揺らぐシュプラウトへと差し伸べられた。


 ふわり──と、教室の空気が変わった。

 荒れ狂っていた光がわずかに揺らぎを弱め、鉢を叩きつけていた枝葉の動きが、戸惑うように止まる。

 乱れていた脈動も、かすかに落ち着きを取り戻し始めた。


 暴れるように見えていた姿が、ほんの一瞬、安らぎを求める子どものように見えた。

 教室に張り詰めていた空気がわずかに緩み、生徒たちから小さな息が漏れる。


「大丈夫です。私が少し、魔力の流れを整えます。その間に……お二人で、この子に語りかけてあげてください」


 ミアの言葉に、レオニールと女子生徒は向き合い、同時に鉢へ両手をかざした。

 赤と青、二つの魔力がぶつかり合うように溢れ、しかし次第にミアの聖なる光に導かれ、ゆるやかな循環を描き始める。


「……落ち着け……僕たちの声が聞こえるだろう……」


 レオニールの声が震えていた。

 女子生徒も涙を浮かべながら、必死に呼びかける。


「大丈夫……あなたは独りじゃない。私たちが一緒だから……!」


 暴れ狂っていた脈動が、ほんの少しずつ収まっていく。

 荒々しかった光も弱まり、枝葉の震えが止み、鉢の中がしんと静まり返った。


 ──静けさが戻った。


 けれど、その静けさは安らぎではなく、最期の眠りを思わせた。

 膨れすぎていた胴は急速にしぼみ、しおれた蔓が鉢の縁を垂れ下がっていく。

 あまりに小さく、弱々しくなった姿は、呼吸のような動きすら途絶えたように見えた。


 教室を覆うのは、ひときわ深い沈黙。

 誰もが声を飲み込み、ただ重苦しい空気の中で立ち尽くしていた。


「……助けられなかった……?」


 女子生徒の瞳から、堰を切ったように涙がこぼれた。

 震える手で鉢を抱きしめ、嗚咽を洩らす。


「私がもっと、しっかりしていれば……」


 かすかな独白は、聞く者の胸を締めつけた。


 その横で、レオニールが血の気を失った顔で立ち尽くしていた。

 赤い瞳は揺れ、肩はかすかに震えている。

 やがて奥歯を噛みしめ、掠れた声を押し出した。


「……僕の、せいだ」


 強がり続けてきた彼が、初めて弱さをにじませた瞬間だった。

 その声は教室の隅々まで響き、誰もが息を呑む。


 ──その時。


 かすかに、鉢の中から淡い光が瞬いた。

 しおれきったはずのシュプラウトが、微かに脈動を刻んでいたのだ。


「……生きて……る?」


 女子生徒が息を呑み、涙で濡れた瞳を大きく見開く。

 萎んでしまったけれど、まだ消えてはいなかった。


「……生きていてくれて……ありがとう……」


 震える声で紡がれた言葉と同時に、彼女の目から新たな涙があふれた。

 それは悲嘆の涙ではない。胸の奥を温め、溢れ出した喜びの涙だった。

 一滴がぽとり、と鉢の中へ滴る。


 その雫に応えるように、シュプラウトはふっと光を強め、また静かに瞬いた。


 その光を目にしたレオニールが、はっと息を呑む。

 赤い瞳が大きく見開かれ、驚きとともに揺らいでいた。


「……まだ……生きているのか……」


 低く漏れた声は、安堵と戸惑いが入り交じっていた。

 強く結ばれていた拳がほどけ、肩がかすかに震える。


「……ありがとう……本当に……」


 掠れた声で吐き出されたその一言は、誰に向けたものか。

 女子生徒にか、シュプラウトにか、それとも両方にか──。

 だが、その響きは確かに、これまでの彼とは違って聞こえた。


 私はその横顔を見つめながら、胸の奥で小さなざわめきを覚えていた。

 傲慢で強引にしか見えなかった彼が、こんな表情を見せるなんて。

 地雷としか思えなかった攻略対象にも、確かに変化の兆しがある。


 ──紅魔病に似た異変と、そこから得られた気づき。

 そして、彼自身の心にも芽生え始めた何か。


 そのすべてが、これから先へ続く道を示しているように思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ