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【書籍化・コミカライズ決定】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ


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32/43

32.正しさがぶつかった。どちらも間違っていないからこそ

 暴走したシュプラウトに、女子生徒が必死に手を伸ばした。


「お願い……落ち着いて……」


 震える声は、必死に届いてほしいという思いを帯びていた。

 けれど次の瞬間、枝のような腕が激しく振り払われ、その手を弾き飛ばした。


「きゃっ──!」


 甲に赤い線が走り、血が滲む。

 女子生徒は顔をしかめ、鉢の縁にしがみつくように身をよじった。


 周囲から小さな悲鳴が漏れる。

 誰もが助けに駆け寄りたいのに、暴れる枝の一撃を恐れて足がすくんでいた。

 教室の空気は熱と光に満たされ、息をするだけで胸が焼けるようだ。


 ──そんな中で、ただ一人。


 迷わずに前へ出たのは、レオニールだった。

 はっと目を見開くと、女子生徒とシュプラウトの間に割り込む。


「下がれ!」


 鋭い声が響く。

 恐怖に縛られて動けない周囲の生徒たちとは対照的に、彼だけが即座に彼女を庇っていた。

 その背は怒りに燃えるというより、ただ必死に守ろうとする意志に突き動かされているようだ。


 ──地雷男とはいえ、やはり攻略対象というだけのことはある。


 彼は右手を振り上げ、魔力を収束させた。


「僕が止める……!」


 その掌には炎の気配が揺らぎ、今にも暴走したシュプラウトを焼き尽くさんとしていた。


「駄目です!」


 女子生徒が叫んだ。

 傷ついた手を庇いながら、それでも必死にレオニールの前へ身を乗り出す。

 赤い瞳に射抜かれ、一瞬は怯んだように肩を震わせた。

 それでも、恐怖に呑まれることなく声を張り上げた。


「燃やしてしまったら、この子は……!」


「危険なんだ!」


 レオニールの声が鋭く響く。

 炎の揺らめきが彼の掌で大きくなり、教室の空気が熱を帯びる。


「これ以上は誰かを傷つけるかもしれない。僕が焼き尽くすしかない!」


 その背中には、怒りよりも焦りがにじんでいた。

 彼はただ壊そうとしているのではない。女子生徒を、そして周囲を守ろうとしている──その必死さが伝わってくる。


 だが、女子生徒も引かない。


「いいえ!」


 彼女は恐怖を押し殺すように拳を握り、涙をにじませながらも声を張り上げた。


「この子が苦しんでいるのは、私たちの責任です! 見捨てるなんて……絶対にできません!」


「責任だと……? なら、周囲を守ることこそ責任だろう!」


 赤い瞳が怒りに燃え、女子生徒を睨みつける。

 互いの言葉が衝突し、教室の空気は張り詰めていく。

 誰も口を挟めず、ただ息を呑んで見守ることしかできなかった。


 ──彼の言葉は、間違ってはいない。

 苦しむ存在を終わらせ、周囲を守る。残酷ではあるが、正しさの一つでもある。


 けれど、女子生徒の想いもまた、強い真実。

 完璧な正解など存在しない、互いの正しさがぶつかり合う。


 私は奥歯を噛み、最適解はないものかと思いを巡らせる。

 現実的な正しさ、情としての正しさ。両方を対立させることなく、まとめる方法はないものか。


 机の上のシュプラウトを見つめたとき、胸の奥にざらりとした違和感が走った。

 荒れ狂う光、乱れる脈動──それは暴れているのではなく、体の内側から悲鳴を上げているかのようだった。

 ひしゃげた手足が鉢の縁を打ち、膨れすぎた胴は震え、抑えきれない力を持て余して軋んでいる。


 ──助けを求めている。


 そうとしか思えなかった。

 暴力ではなく、苦痛に耐えきれず暴走しているだけ。必死に訴えかける姿に、胸の奥が強く揺さぶられる。

 どうにかして、この子を救う方法はないのか。


 その時、ふと脳裏にひとつの可能性がよぎる。

 まだ確信には至らないが、このまま黙ってはいられない。


「──待って!」


 私は二人の間に声を投げかけた。

 レオニールの掌に宿る炎が揺れ、女子生徒の必死な瞳がそれを拒む。

 張り詰めた空気を断ち切るように、一歩踏み出した。


「焼き尽くすのではなく……別の方法があるはずよ」


 ここのところ、紅魔病の話を聞く機会が多かった。

 だからこそ、結びついたのだ。


 紅魔病。

 強すぎる魔力が、流れを乱して自らを蝕む病。

 発症した者は、魔力を安定させてやれば回復する。


 ──同じはず。

 このシュプラウトも、魔力が乱れているだけ。整えてやれば落ち着くはず。


「紅魔病と同じよ。魔力の流れを整えれば、この子は……!」


 そう告げると、レオニールが赤い瞳を揺らした。

 けれどすぐに首を横に振る。


「ここまで暴走したら……もう無理だ。終わらせてやるしかない」


 諦めの響きを帯びた声。

 彼の背中には、誰かを守ろうとする必死さと、どうにもできない苛立ちが滲んでいた。


 だが、その隣で女子生徒が唇を強く噛みしめ、声を振り絞った。


「……手遅れなんて、そんなことありません。どうか……やり方を教えてください!」


 血のにじむ手をかばいながらも、彼女の瞳は真っ直ぐだった。

 その必死の声に、教室全体が息を呑む。


 ──この状況で、彼女は諦めない。

 それが皆の胸に強く刻まれる。


 レオニールは言葉を失い、赤い瞳を揺らした。

 張り詰めた沈黙の中、誰もが次の瞬間を待っていた。

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