32.正しさがぶつかった。どちらも間違っていないからこそ
暴走したシュプラウトに、女子生徒が必死に手を伸ばした。
「お願い……落ち着いて……」
震える声は、必死に届いてほしいという思いを帯びていた。
けれど次の瞬間、枝のような腕が激しく振り払われ、その手を弾き飛ばした。
「きゃっ──!」
甲に赤い線が走り、血が滲む。
女子生徒は顔をしかめ、鉢の縁にしがみつくように身をよじった。
周囲から小さな悲鳴が漏れる。
誰もが助けに駆け寄りたいのに、暴れる枝の一撃を恐れて足がすくんでいた。
教室の空気は熱と光に満たされ、息をするだけで胸が焼けるようだ。
──そんな中で、ただ一人。
迷わずに前へ出たのは、レオニールだった。
はっと目を見開くと、女子生徒とシュプラウトの間に割り込む。
「下がれ!」
鋭い声が響く。
恐怖に縛られて動けない周囲の生徒たちとは対照的に、彼だけが即座に彼女を庇っていた。
その背は怒りに燃えるというより、ただ必死に守ろうとする意志に突き動かされているようだ。
──地雷男とはいえ、やはり攻略対象というだけのことはある。
彼は右手を振り上げ、魔力を収束させた。
「僕が止める……!」
その掌には炎の気配が揺らぎ、今にも暴走したシュプラウトを焼き尽くさんとしていた。
「駄目です!」
女子生徒が叫んだ。
傷ついた手を庇いながら、それでも必死にレオニールの前へ身を乗り出す。
赤い瞳に射抜かれ、一瞬は怯んだように肩を震わせた。
それでも、恐怖に呑まれることなく声を張り上げた。
「燃やしてしまったら、この子は……!」
「危険なんだ!」
レオニールの声が鋭く響く。
炎の揺らめきが彼の掌で大きくなり、教室の空気が熱を帯びる。
「これ以上は誰かを傷つけるかもしれない。僕が焼き尽くすしかない!」
その背中には、怒りよりも焦りがにじんでいた。
彼はただ壊そうとしているのではない。女子生徒を、そして周囲を守ろうとしている──その必死さが伝わってくる。
だが、女子生徒も引かない。
「いいえ!」
彼女は恐怖を押し殺すように拳を握り、涙をにじませながらも声を張り上げた。
「この子が苦しんでいるのは、私たちの責任です! 見捨てるなんて……絶対にできません!」
「責任だと……? なら、周囲を守ることこそ責任だろう!」
赤い瞳が怒りに燃え、女子生徒を睨みつける。
互いの言葉が衝突し、教室の空気は張り詰めていく。
誰も口を挟めず、ただ息を呑んで見守ることしかできなかった。
──彼の言葉は、間違ってはいない。
苦しむ存在を終わらせ、周囲を守る。残酷ではあるが、正しさの一つでもある。
けれど、女子生徒の想いもまた、強い真実。
完璧な正解など存在しない、互いの正しさがぶつかり合う。
私は奥歯を噛み、最適解はないものかと思いを巡らせる。
現実的な正しさ、情としての正しさ。両方を対立させることなく、まとめる方法はないものか。
机の上のシュプラウトを見つめたとき、胸の奥にざらりとした違和感が走った。
荒れ狂う光、乱れる脈動──それは暴れているのではなく、体の内側から悲鳴を上げているかのようだった。
ひしゃげた手足が鉢の縁を打ち、膨れすぎた胴は震え、抑えきれない力を持て余して軋んでいる。
──助けを求めている。
そうとしか思えなかった。
暴力ではなく、苦痛に耐えきれず暴走しているだけ。必死に訴えかける姿に、胸の奥が強く揺さぶられる。
どうにかして、この子を救う方法はないのか。
その時、ふと脳裏にひとつの可能性がよぎる。
まだ確信には至らないが、このまま黙ってはいられない。
「──待って!」
私は二人の間に声を投げかけた。
レオニールの掌に宿る炎が揺れ、女子生徒の必死な瞳がそれを拒む。
張り詰めた空気を断ち切るように、一歩踏み出した。
「焼き尽くすのではなく……別の方法があるはずよ」
ここのところ、紅魔病の話を聞く機会が多かった。
だからこそ、結びついたのだ。
紅魔病。
強すぎる魔力が、流れを乱して自らを蝕む病。
発症した者は、魔力を安定させてやれば回復する。
──同じはず。
このシュプラウトも、魔力が乱れているだけ。整えてやれば落ち着くはず。
「紅魔病と同じよ。魔力の流れを整えれば、この子は……!」
そう告げると、レオニールが赤い瞳を揺らした。
けれどすぐに首を横に振る。
「ここまで暴走したら……もう無理だ。終わらせてやるしかない」
諦めの響きを帯びた声。
彼の背中には、誰かを守ろうとする必死さと、どうにもできない苛立ちが滲んでいた。
だが、その隣で女子生徒が唇を強く噛みしめ、声を振り絞った。
「……手遅れなんて、そんなことありません。どうか……やり方を教えてください!」
血のにじむ手をかばいながらも、彼女の瞳は真っ直ぐだった。
その必死の声に、教室全体が息を呑む。
──この状況で、彼女は諦めない。
それが皆の胸に強く刻まれる。
レオニールは言葉を失い、赤い瞳を揺らした。
張り詰めた沈黙の中、誰もが次の瞬間を待っていた。
 




