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10.「見た目で判断するな」と言ったけれど、見てすらいなかったなんて

 教室内には、あちこちで相談の声が飛び交っていた。


「俺は購買部の一番高いやつにするかな。効果もいいらしいし」


「ねえねえ、いっしょに買いに行かない? うちの親、金を惜しむなって言ってたし!」


「配布土で充分だろ。無駄に金かけるの、アホらしいって」


 それぞれのペアが話し合うなか、私は配布された一覧表に目を通していた。

 少し考えた後、隣に座るグレンに視線を向ける。


「私は……採集に行きたいのだけれど、どうかしら?」


 そっと問いかけると、グレンはわずかに目を見開いた。けれど、すぐに表情を引き締める。


「カルディナート嬢は……てっきり、購買部のものを選ばれるのだと」


 口調に非難はない。ただ純粋な意外の色がにじんでいる。


「たしかに、購買部の土は品質も安定していて、効果も高いようだわ。選ぶ人が多いのも納得できる。配布土にも、最低限の必要性は満たされているでしょうしね」


 私は少し考えながら、目の前の鉢に視線を落とす。


「でも、これは育成であると同時に、魔力の循環や成長の傾向を観察する課程でもあるでしょう? それなら、できる限り状況に合わせて調整できる素材を選んでみたいの。……少しでも、この種の個性が見えたらと思って」


 その言葉に、グレンは静かに頷いた。


「……僕も、採集を考えていました。自分の目で確かめながら選んでみたくて」


「それなら、ぴったりね。よかったわ」


 そう微笑むと、彼はわずかに困ったように視線を伏せた。


「でも……採集に行くとしても、僕一人で行くつもりでした。カルディナート嬢をお連れするような場所でもありませんし、ご負担になるかと」


「負担だなんて思わないわ。私たちはペアでしょう? 一緒に選びに行く。それだけよ」


 きっぱりと告げると、グレンはほんの少し目を見開いた後、ゆっくりと頷いた。


「……わかりました」


 その声音には、戸惑いとともに、静かな誠意が宿っていた。




 私たちは裏手の山道を歩いていた。


 学園敷地の外縁部に位置する採集許可区域は、最低限の整備しかされておらず、草をかき分けながらの前進になる。

 湿った土と落ち葉の匂いが漂い、木漏れ日がまだらに足下を照らしていた。


 先客の姿もちらほらと見える。

 しゃがみこんで土をすくい、指先で感触を確かめる生徒たち。


「このあたりを調べてみますか?」


「いえ。もう少し先に進んでみたいわ。よいかしら?」


「もちろんです」


 言葉少なに会話を交わしながら、私たちは一緒に歩いていく。

 しばらく山道を進むと、道の先に一人の男子生徒の姿が見えた。

 スコップを手に、腕まくりをして勢いよく土を掘っている。赤色の髪が日差しを反射して揺れ、その動きには妙なリズムすらあった。


 騎士団長の息子、オズワルド・グランシェ。


 地面に這いつくばるような格好で、力任せに土を削る彼の姿に、私は思わず足を止める。


「……ずいぶん熱心ね」


 そう呟いたのは、単なる皮肉ではなかった。

 彼のこうした直情的な姿勢には、一定の真剣さが見て取れる。


「体力があるぶん、自分の長所を活かそうとしているのかもしれませんね」


 隣のグレンが、静かに言った。

 なるほど、確かに。こうして現場で汗を流している限りは、文句のつけようもない。

 土質を見分ける繊細さには欠けるかもしれないけれど、行動そのものは育成課程に対して前向きとも取れる。


 ──その熱意と努力は、評価に値するのかもしれない。


 一瞬だけ、私はそんな風に思いかけた。

 そのとき。


「おお、そっちも採集組か! 奇遇だな!」


 元気のよすぎる声が響く。赤髪を風に乱しながら、オズワルドがこちらに気づいて立ち上がった。


「カルディナート嬢! まさか、あんたが採集を選ぶとはな! てっきり購買部の一番高いやつをポンと買うもんだと思ってたぞ!」


 爽やかな笑顔と琥珀色の瞳に、悪気は微塵も感じられない。ただ、思ったことをそのまま口にしているだけなのだろう。


「それに……なんつーか、不思議だよな。いつも王太子殿下の横にいたあんたが、そんな地味な奴とペア組むなんてさ」


 横目でグレンをちらりと見ながら、あっけらかんと言い放つ。

 隣のグレンは反応を示さず、ただ静かに表情を保っていた。

 けれど、私はオズワルドの言葉に軽く眉を寄せる。


「……見た目だけで、人を判断するのは早計よ」


 声色は穏やかに整えたが、棘を含ませるのを隠しはしなかった。


「静かで地味に見える人の中にこそ、芯の強さがあることもある。あなたのように派手に動いていれば目立つけれど、目立たないことと、価値がないことは違うわ」


「え、あ……いや、そういうつもりじゃ……」


 慌てて手を振るオズワルドに、私は視線を向け直すことなく、ふとその背後に目をやる。

 そこで初めて、彼のペアの姿が目に入った。


 ──明らかに、様子がおかしい。


 木の根元に立っているのは、細身の一年生らしき少女だ。

 頬は青白く、口元には力がなく、額には脂汗がにじんでいる。

 立っているのがやっとのような体勢で、彼女はただ無言でオズワルドを見ていた。


 私は、じっとその光景を見据えた。数秒の沈黙ののち、再び口を開く。


「……見た目で判断できるものではない、と言ったばかりなのだけれど」


 視線は動かさないまま、わずかに語調を強める。


「あなた、見た目すら、ろくに見ていないのね」


「え……?」


 オズワルドが戸惑ったように振り返り、ようやく自分のペアに気づいた。けれど、その顔に浮かんだのは気遣いではなく、ただの困惑だった。


 顔色が悪いことくらい、目を向ければすぐにわかるはずだ。

 彼女が息を切らし、無理をして立っていることくらい、気づけたはずだ。

 それすらも見ようとしなかった。


 ──ああ、やっぱり駄目ね。


 一瞬でも見直しかけた自分を、ほんの少しだけ恥じた。

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― 新着の感想 ―
パートナーの令嬢が具合悪くしてるのに心配するだけの知能すら無いとか、下手すると悪意のある奴らより更に凶悪ですね…。 令嬢が倒れても「根性がない」で片付けて手当てすらしなさそう。
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