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アルバート・ルイ

 一階の掃除は、すでに終わりを迎えようとしていた。

 ローレンスはクラークを書斎に残し、一階を見回ることにした。

 木床の汚れは一切が落とされ、棚に並べられている銀色の食器は反射するほどに磨かれていた。

 キッチンを抜け、書斎の隣にある書庫に顔を出す。

 いつもの埃っぽい空気は払われ、新鮮な木々の香りが室内に漂っている。使用人と挨拶を交わしながら、ウォークスルーしていく。

 最終的に広間にたどり着くと、家政婦長がローレンスを見て、近づいてくる。

「お待ちしておりました」

「保管庫での仕事は終わったのか?」

 家政婦長は、前の別れ際に、保管庫に居ると言ったのだった。

「はい。使用人の管理業務もローレンス様のお陰で大分作業を軽減できましたが、一応報告をと」

「それで」

「はい。まずは広間、書庫、ギャラリーのカーテンを替えさせていただきました。どうやら古くなっていたようですので。寝室の布団の類もすべて交換させていただく所存です。そして一階の掃除が終わり次第、二階に上がらせていただきたいのですが」

「ああ、許可する」

「ありがとうございます」

「妻は屋根裏部屋で寝ているから、静かに頼む」

「承知いたしました」

「ありがとう」

「いえ。それと、お酒をおやめになられたのですね」

「はは、保管庫を見るだけで分かるのか? まあ、私も長生きをしたくなったからな……それでは、残りの仕事も頼んだ。私は書斎で仕事をしている。何かあったら、報告してくれ」

「承知いたしました」



 クラークに助言をもらいつつ仕事に時間を費やしていると、すぐに夕刻が過ぎようとしていた。

 書斎の扉がノックされる。

「入れ」

「失礼いたします」と家政婦長が顔を出す。

「大掃除の終わりのご報告に参りました」

「そうか、ご苦労だった。ありがとう」

 家政婦長は一礼し、

「では、帰宅の準備を進めます。必要なものがあれば、お話しください。来週の物資の輸送に携帯させますので」

「それでは子供用の服、木剣、真剣、食料類。加えて必要そうなものをお願いする」

「承知いたしました。失礼いたします」

 家政婦長は書斎を出る。

 怪訝な顔をしたクラークがローレンスを見ていた。

「彼女には話して大丈夫だ」

「そうなんですか?」

「どうやらシーツのシミやら、食料品やらで全てお見通しらしいからな」

「では――」

「安心するといい。彼女はこちら側だ」

「で、ですが、何故そうお思いに?」

「とても長い付き合いだからな。きっと、彼女は裏切るくらいなら舌を切るだろう」

「ご学友だったのですね」

「まあな……どうやらお別れの時間がやってきたようだな。クラーク、今日は楽しかった、また会える日を楽しみにしている」

「光栄です。私の方こそ、伝え聞くハートランド家の才覚を目にする機会をくださり、そして、信頼していただき、ありがとうございます……学園では教鞭を開くつもりですので、アーサー様の到来を心待ちにしていますね」

「ははっ、最高レベルの問題を提供してやれ」

 両者はニヤリと微笑む。

「承知いたしました。それでは、また次の機会を楽しみにしています」

「ああ」

 ローレンスはやはりシャツ一枚の格好で、冷え込む空気を物ともせず、外の馬車に乗り込む使用人や、クラーク、家政婦長の姿を見届ける。

 門扉をあけると、御者が馬を歩かせた。

 ローレンスは馬車の姿が見えなくなるまで、見届けた。

 全身から湯気が沸き上がる。

 ローレンスはわくわくしていた。

「新しい時代がすぐそこに……この身で、感じてみたかったものだな」



 黄金に輝く王城。

 ありとあらゆる芸術家や著名な建築家が世界中から結集し、およそ百年もの年月をかけて作られた、大陸一の建築物。

 柱の一つでさえ、繊細な模様が彫られ、見たものはただその壮麗さに口を閉ざした。

 他国の重鎮は度重なる招待に参じ、そのたびに悟るのだ。

 

 ――エルデリオン王国には逆らえまい。


 その一室にて、クラークは冷や汗を垂らしていた。

 クラークはルイ王の第二児として命を授かったアルバートと対面中だった。

「……せ、正解です」

「ふむ。それでアルバートは?」

「て、天才でございます! わずか生後八か月で今年度の初等部選抜試験の問題を解いてしまわれたのです! 健康上も何も問題はございません!」

「ほう、それほどか。我が子、アルバートは」

「さようでございます」

 クラークはアーサーを思い浮かべながら、答えた。

「本当に、赤子であるのかが不思議なほどでございます」

 ルイ王は腕を組む。

「兄の方はどうだ?」

「レオニス様も勤勉で、日々知見を深め、心身ともに成長なされております。きっと偉大な王になられることでしょう」

 何がおかしいのか、ルイ王は額に掌を乗せ、笑い始めた。

「クックックッ――さて、王になるのはどちらであろうか」

「っ⁉ お二人を、争わせるおつもりですか」

 しかしルイ王は笑うだけで、答えなかった。

「……人が時代を切り開く。私もどうか、この子の切り開く未来を見てみたいものだ」

「私も、同感です」

「どうだ、不老不死の薬はできそうか?」

「たとえハートランド家の心臓をもってしても不可能です」

「はっはっは! 中々どうして、面白いことを言うじゃないか! 私が友の心臓を奪うとでもいうのか?」

「滅相もございません。日々、ローレンス様は衰えを感じられておられるようです」

「そうか……大陸最強も、これで終わりか……死ぬ前に一度、足を運んでみようか」

 ルイ王は窓の外、切り揃えられた芝生と噴水の広場を眺めた。

 豪奢な服を着たいくらかの貴族が歩いていた。

「さて、お互い執務に戻ろうか。ご苦労だった、クラーク博士」

「ルイ王様のもとで働かせていただけることを、心より光栄に存じます」

「そうか。ならば仕事の量を十倍に増やしてみせよう」

「……」

「あっはっはっは! 冗談だ、そんな深刻そうな顔をするな」

「あ、……あはははッ――」

 乾いた笑いが、子供部屋に響きわたった。

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