誕生
産声を上げる。
小さな赤ん坊が男の両腕に包まれながら、無邪気に暴れ泣いた。
男は近くの台に備え置いたハサミを取り、女に繋がるへその緒を切った。
すぐ赤ん坊を台に乗せ、熱湯につけてあるタオルを取った。絞り、熱を冷ます。それから丁寧に赤子の皮膚に張り付いた粘膜を拭き取った。
男は必要な処置を正確に、そして迅速にこなしていった。
ひと段落すると、男は赤ん坊を抱きながら、女の袂に寄せた。
「……エレナ、見て、私たちの子供だ」
疲れ切った表情の女は子供の顔を見るなり、目の端に涙を浮かべた。
「よかったわ……本当に、本当に」
「……ああ、本当に、よかった」
そうは言うものの、男の表情には隠し切れない翳りがあった。
「大丈夫よ、きっと」
男を気遣うように、女は落ち着いた表情で答えた。
「ああ、なんとかしてみせる。これからも、沢山やることがある。だけど今は、しっかり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます、あなた」
男は女の額にそっと口づけした。
「アーサー、またね」
アーサー・ハートランド。
それが、生まれてきた赤ん坊につけられた名前だった。
ゆりかごの中、赤ん坊は天井を静かに見つめながら、男の声をじっと聴いていた。
「――……それから、王子様は王女様を呪う悪魔を払いのけ、二人は幸せに暮らしたとさっ」
赤ん坊はまるで感心するかのように「うぅ~」と唸り声をあげた。
「アーサー、面白いかい?」
男が問うと、赤ん坊は両手を振り回しながら笑顔になった。
「あなた見てっ。アーサーが笑っているわ! まあ、なんて愛くるしいんでしょう」
「本当に、読み聞かせが好きなみたいだ」
「そうね。アーサーったら、読み聞かせをした瞬間にすぐに泣き止むんだもの」
「そうだな。次はハートランド家について、話そうか?」
「そ、の、前にっ」
女は手に持っていた真っ白な洋服を男の前に提示した。
「カーテンの布で作ったの、どうかしら」
それは、布を重ねることで濃淡を演出し、小さな体にも馴染むようなワンピースドレスだった。
「素晴らしいよ、エレナ。なんて繊細な洋服なんだ」
「うふふ、アーサーの為に張り切って作ったの」
「アーサーも喜ぶだろう」
二人の視線がアーサーに注がれた。
ぶー、と赤ん坊は声を上げた。
「ふふふっ、嬉しいみたいね」
「どうやらそのようだ」
ぶー、ぶー、とアーサーは声を上げ続けた。
女がドレスを着せようと試みる。しかしアーサーの動く手が邪魔し、中々どうして、遅々として着替えは進まない。
男も手伝い、ようやくと赤ん坊にワンピースをはめた。
「思った通り……」
「ええ」
「「可愛い」」
アーサー・ハートランドは男だった。
両親の金髪と青目を引き継いだ、宝石のような赤子だった。
母親譲りの丸みを帯びた輪郭と、父親譲りの大きな瞳が、まるで女性のような雰囲気を醸し出している。それ故、真っ白なドレスが何よりも似合った。まるで物語に登場する王女様のように。
アーサーは初めての服の窮屈さに驚いたのだろう……大きな涙粒を垂らしたあと泣き始めた。