第9話 登録完了! 初仕事何にしよう?
愛想笑いを一つ、そして気合いを入れ直し、そそくさと空いているカウンターに向かうと、赤髪を背中でまとめた女性の受付嬢さんが気だるげにあくびを噛み殺していた。
「おはようございます」
配信用の笑みのまま話しかける。
ちなみに私の前に浮かんでいるボードは現状他人には見られない仕様だ。
「あ、ごめんごめん。用件はなに?」
カウンターについていた肘を上げて受付嬢さんがのろのろと起き上がる。緩いなー。
わたしはアミュレットとゴブリンの凝血石を取り出してカウンターに置きながら尋ねた。
「グリムガードになりたいんですが、ここで受付してもらえますか? あと凝血石の買取も」
「オッケー、【身体活性】は持っているね? ゴブリンを倒してるし、一等級から開始だね」
わたしの言葉が終わらないくらいに、カウンターの凝血石を一べつした受付さんは棚から紙を一枚取り出してこちらに差し出してきた。
こっちにくる前に頭をいじられたせいか問題なく文字も読める。でも細かい。
眉間に皺を寄せていると、細い指先が書類の上をつつーと滑っていった。
「この辺りはグリムガードの要件とか書いてあるけど無視していいところだから、で、確認してもらうのはここ」
トントンと指先が紙を叩く。
「注意事項:失敗及び受けた仕事を途中で放棄した場合報酬の三分の一を罰金とする」
「隊商護衛において、隊商長・隊商長官は怠慢を理由に追放できる。この場合報酬は発生せず、等級も一ランク落ちる」
などなど全て口にして読んでいった。じゃないと組員がわからないからね。
リスナーへの配慮は大事。
すると、紙にアミュレットを載せられ上から朱肉のようなものでポンポンしていた受付嬢さんが感心したように顔を上げる。
「律儀だねー声に出して読むなんて」
「あはは……」
現実で不自然になってもいけないのが難しいところ。
愛想笑いをしつつボードをチラリとみる。できるだけ組員の要望も拾わないと。あーいそがし。
:うん、簡潔でわかりやすい
:罰金式ね、あるある
:隊商長と隊商長官って違うん?
確かにそれは気になっていた。
「あの、隊商長と隊商長官ってどんな違いがあるんでしょう?」
何か作業している受付さんに聞いてみる。
隊商は街道を往来している物流の主役だ。
私達グリムガードを護衛につけているので、巡礼者もそれにくっついて移動している。
っていう知識はあるんだけどそこまで細かい知識はなんだよね。
怪しまれるんじゃないかと思ったけど、お姉さんは顎に手を当てて虚空をみただけだった。
「あー、一般人はあんまり気にしない……かな? 隊商長が民間隊商の親方、隊商長官は国家隊商のトップね」
「国家隊商?」
また知らない単語だ。
「そっちは隊商っていうより街道の整備や魔物の巣の掃討、流れてきた異民族との交渉が主になる。見たことない? やたら大規模で足が遅い隊商。隊商長官はけっこうお偉いさんがやっているから気をつけなよ」
「うへぇ、権力者ですか」
この世界で配信者をやっていくならあまりお近づきになりたくない相手だ。
面白くもない騎士の下請けのような仕事を延々させられそうな予感しかしない。
私は前世で学んだのだ。
「あんたも苦手?あたしもー。たいてい王族の誰かが乗っているから。あれがベルゲルに来ると緊張で肩が凝るんだよねぇ」
そう言って受付さんは肩をさする。この人が緊張する姿を想像できないんだけど。
「でもま、国家隊商には等級が三にならないと参加できないから気にしなくていいよ。はい、アミュレット返すね。これであんたもグリムガードね」
「やった! がんばりますね!」
思わずガッツポーズ。
なんだかんだありつつもミッションクリアだ。テンションもあがるというもの。
目の高さでマジマジとみると、差し出されたアミュレットの下部には金属片が一枚ぶら下がっていた。等級が高くなると金属片も増えるのかな?
感心してみていると、奥から受付嬢さんがお盆を持ってきた。
「はい次はゴブリンの凝血石四つね。一つ二十ディナだから八十ディナ」
「え? は、八十ディナ?」
:やすくね?
:サユ姐目が点w
:こりゃ宿も泊まれんわ
:え、この世界厳しすぎん?
アミュレットを首にかける手を止めていると、
「何、受け取らないの? ……ああ、細かいのが欲しいのか。じゃあ二十ディナ分、細かくしてくるわ」
勝手に納得して置くに戻っていった。
「あ、ありがとうございます」
はぁぁ、心臓止まるかと思った。そうだよね、命がけの対価がそんな少ない数字なわけないよねー
たぶんディナはドルみたいなもので、セントのような下の単位があるのだろう。
要件はちゃんといいなー? と受付さんはレジのような金庫箱から金属片を出してきた。
「じゃ、まず十ディナ大銀貨六枚、一ディナ銀貨十五枚、半ディナ銀片六枚、百イナ銅貨二十枚。これでいい?」
「はい、確かに」
なるほど、これがこの国の貨幣か。
八〇ディナ=六〇ディナ+十五ディナ+三ディナ〈○・五ディナ×六〉+二ディナ(百イナ×二十〉、ね。
「初収入だからって無駄遣いするんじゃないよ? 装備も補充すればすぐ飛んでいくんだから。祝杯ならすぐそこの酒屋でやりな。四ディナちょっとで結構食えるから」
「りょ、了解でーす」
お姉さんが金庫箱にもどるところでムルルにむけてこそっとつぶやく。
〈さっき魚○みたいな感じの酒場をみましたのでそれですね〉
:○民w
:何でそうおもったんだ?
〈においです。通い慣れた感じがします〉
完全に勘だ。でも私の酒センサーが言っている。あの酒場は安パイだと。
ギルドの近くでぼったくりもないだろうしね。
:常連かよ
:まあサユ姐だしな
:バルとかシャレオツな場所に入り浸ってたわけないな
:新○界じゃなくてよかった
:おい○世界馬鹿にすんな。伝串うまいだろうが
チャットの文字を横目に、戻ってきた受付嬢さんの前で素早く確認しながらテーブルの上のお金の上に手を乗せていく。
全てストレージに収めると、気だるげな半目だった受付嬢さんの目が驚いたのか少し大きくなっていた。
「【収納】が使えるんだ……なら、あんたは結構いいところまで行けるかもね」
「そんなに違うものです?」
「ああ、食い詰めものが多いグリムガードの中じゃ使える奴は一割もいないからね。仲間にしようって奴らが集まってくるよ。良くも悪くも、ね」
受付さんの言葉にしばし眉間に指を当てて考える。
どうなんだろう。仲間がいた方がいいんだろうか? いや、配信する姿をずっと見ていたら流石に変な奴だと思われるだろう。それに仲間にしたい人がみんないい人とは限らない。特に今のわたしは見目麗しい美女だ。
余計なリスクは負わない方がいい。
「じゃああんまり人目のつかないところで使うようにします」
「賢明だね」
わたしの答えに受付さんは肩をすくめて苦笑いした。
「仕事も選んでく? 今ならこのあたりがおすすめだけど」
受付さんがカウンターから身を乗り出し、わたしの右側にあるボードから数枚の素材不明の紙片をとってカウンターに並べた。
・護衛
・街の夜警
・漁師の手伝い
・農作業手伝い
・採取依頼
さて、どれを受けてみよう、と考えたところで閃いた。
「ちょっといいですか? 従魔のコンディションを確認します」
こそこそとカウンターから離れてムルルに目を合わせる。
現在登録者数は千を超えた所。相当早い部類だけど、動画の内容的にももう少しいってもいいはずだ。
つまりリスナーとのコミュニケーションが足りないのでは? と考えたのだ。
ここはどんな仕事を受けるかミツバチ一家の組員に決めてもらおう。
「はい、みなさんご覧の通り、無事グリムガードになれてお金もゲットできました。次は仕事に挑戦したいと思います。そこでどの仕事にするか、組員のみんなの多数決で決めたいと思います! さっき見た五つの依頼のどれがいいでしょうか!」
ムルルが持っているボードに先ほどの五つの選択肢が浮かぶ。これはyotubaの機能だ。リスナーの画面にも表示され、選べるようになっている。
言い終わると同時に選択肢の下のゲージがどんどんのびていく。
あっという間に棒グラフは多数決の結果を示した。
「はい、では記念すべき初仕事はー【漁師の手伝い】! ってなんでぇ⁉」
:そんなもん、夜警はナシだろ? 暗い映像を延々見せられるなんてつまらん
:採取はやったし
:農作業はスローライフ編でやってほしいし
:護衛はサユ姐にはまだ早い
ぐっ、消去法か。リスナーが意外とまともな理由をいってきた。でもスローライフ編て何よ。ちょっと興味がそそられる。
まあ、わたしの配信はリスナーを喜ばせてなんぼ、イロモノはむしろ自分から選ばなきゃいけないところだよね。よし!
手早く紙をまとめてカウンターに戻る。
「はい、お待たせしました! 【漁師の手伝い】でお願いします!」
配信時のテンションで紙をカウンターにパンとおく。
「あ、ああ。初めてがそれなんだ、まあいいけど。でも従魔とは仲良くな?」
受付さんが変なものを見る目でわたしを見ながら、わたしのアミュレットを紙の上でポンポンした。
なるほど、従魔と対話している設定だったね。
もうちょっと人目を気にするようにしよう。