第4話 カメラが回っていないところで
瞼越しに光を感じ、薄く目を開ける。
飛び込んでくるのは白一色。
顔をしかめ、何度も目を瞬かせていると、目の焦点がだんだんあってきた。
帯状の白い布地が何本も頭上を行き交っている。
そのせいでここが建物の中なのか外なのかわからない。
頭をごろりと右に向けると、やはり白い布が何枚も、天井から垂れ下がっていた。
でもわたしはここがどこか知っている。
異世界ヴィーアルに降り立つ前にきたところだからだ。
あー、やっぱりやられちゃったか。
「異世界ではじめて死んだ気分はどう?」
声がした左に視線を向けると、そこにはソファセットのそばで微笑む桜髪の美女がいた。
芸能神のアイラだ。
ゆるゆると身体を起こし、ソファまではっていき身を沈ませる。
視界にはいったうざったい髪をかき上げる。
「はぁー、最低の気分よ。首の骨が折れる音がしたわ。一瞬首の下が冷たくなった」
無意識に左肩に手を当てため息をついた。
配信中に致命傷を受けたらここに転移されるようになっている。
そして休んだらまた地上へと降りるのだ。
わたしは日本で事故にあってあっさり死んだ後この場所にいた。
そしてこのアイラに『異世界で配信者やってくれない? というかやってください!』と誘われたのだ。
アイラいわく、神界の神々が地球の配信に興味を持ったらしい。
それで下っ端芸能の神であるアイラに仕事が回ってきたとか。
なんで自分が選ばれたのか聞いてみたけど「肉体としての魄? と魂としてのあなたのバランスというか相性?みたいな……」などと全くふわふわした話しか返ってこなかった。エンジニアの説明をわかっていない営業ムーブだね。だから色々と察してそれ以上は聞かなかった。
一度死んだのに生き返れるというのであれば断る人はいないだろう。
死んでも任意の場所からやり直しというのなら尚更だ。
なんか死と時を担当する冥界の神様ならそういうことができるらしい。死と時を司るとかかっこいいよね。
そんなわけでわたしはカーストの下にいそうなアイラとサラリと契約した。
まあ、その考えは甘かったわけだけど。
「あーもうこんなにあっさり死ぬなんて! しかも弱いゴブリン相手。取れ高を重視するならやっぱりチートがほしい!」
ここはアイラとムルル以外いない空間、多少本性を出したところで問題はない。
遠慮なく大声をあげてジタバタともがく。
今のわたしは言語や免疫、それに倫理観や恐怖心など、異世界でやっていけるように心身を調整されている。
「まー心を調整されているのはありがたいわよ。だからゴブリンを殺してもあまりパニックにならないし、殺されてもこうしてまともに話せているわけだしね。ほんとこの人体改造すごいよね! だ・け・ど!」
配信中に言った通り、すごい強い魔法が使えるとか、そういったチートはもらっていない。
「チートなしじゃ簡単に死ぬのよ! 延々実写で死にゲー配信しても特殊性壁の人にしか刺さりませんが!? こんなんじゃ一年で五百万なんてイカれたノルマこなせるわけないじゃない!」
そう、わたしはこの配信をするにあたってアイラからノルマを課されている。
それは『一年でチャンネル登録者数五百万』。現在の日本のTOPとほぼ同じ数だ。
神様も登録者にカウントされるにしてもだ。アイラの上司、地球の配信者舐めすぎじゃない?
ちなみにノルマを達成しないと神界でムルルのようなのに混じって天使の生活が待っているらしい。
ムルル曰く、それなりにブラックな部署もあるとのこと。
せっかく労働から解放されたのだ、また働かされるなんて嫌すぎる。
「ええと、それなんだけど……」
わたしが駄々をこねているのをなぜかアイラが顎に手を当ててじっと眺めてきた。
え、やめてよ、スルーされると何だか恥ずかしくなってくるじゃない。
「サユカ、戦闘の途中から急に身体が重くなった感覚があったでしょ?」
「ん? 確かにあったけど。ゴブリンをブッ刺していた時……でもあれって疲れたからじゃ?」
わたしの言葉を聞き、あーやっぱりか、とアイラが額に手を当ててため息をついた。
なになにどういうこと?
「うーん……まずね、まだ何のスキルも、それこそ魔力による基礎的身体強化スキルの【身体活性】すら得ていないサユカが複数のゴブリンに向かっていったのは無謀極まりない行為だったのよ。本当はプレーリーラットみたいな害獣レベルの魔物を相手に訓練を積んで、スキルを手に入れてからじゃないと勝てない」
「そうなの? その割にはやけに身体がよく動いたような……」
わたしのつぶやきにアイラがピッと指を突きつける。
「それなのよ。ちょっとあなたが眠っている間に今回の件を技巧の神に調べてもらったんだけど、どうやら異界渡りをしたあなたに神と同じ法則が適用されているらしいのよ」
「何それ?」
「信仰されるほど力が増える法則のこと。具体的には、配信を見ている人の数が信者数とカウントされているらしいわ」
アイラの言葉を受けて、疑問が氷解した。
「戦いの最後に身体が重くなったのはグロ配信でリスナーが離脱したせい?」
アイラがそうなのよ、と頭が痛そうにため息をつくけど、私は構わずに拳を握った。
なるほど、なるほどなるほど! 理解すると同時に喜びが湧き上がってきた。
「つまりは人気が出るほど強くなる! バグチートじゃない! 今更修正なんてなしよね?」
「神界での会議の結果……『何それウケる』ということで、続行よ」
「やったあぁぁぁ!」