第3話 スローライフ配信だと思ったか?残念死にゲーだ
:あれ? 茂みに入った?
:なんで?
:待て、なんかいないか?
:先に来ていた同業者か?
わたしが広場が見える茂みに入ったことでコメントがざわつく。
すでに広場の状況を把握したリスナー鋭い。
にしてもいきなりのエンカウントか。
「あれはですねー、皆さんお待ちかねのゴブリンなんですよ。ムルル、ズームして」
ボードの映像には草むらの中でしゃがみ草を摘んでいる人型の生き物が写った。
うわ、実はわたしも初めて見るんだけど、しっかりゴブリンしてる。
青白い肌、額の一本角に尖った耳と鼻。こういったところは典型的でイメージしやすいゴブリンだろう。
背丈も多分百四十ミジィ(センチメートル)もない。腰も曲がって、小柄な老人といったかんじだ。
さて、見た目はわかったけど、魔物の強さとかは教わってない。
理由は『知らない方がわたしの反応が面白そうだから』らしい。こんチキショウ。
「三体いますね。人間の農民あたりから奪ったチュニカを着ているからぱっと見人間に見えるのが厄介ですねー。石包丁を使って薬草をつんでます。やっぱり石器がメインの道具なんでしょう」
なんかこうしていると動物学者にでもなった気分だ。
さて、どうしよう。配信的には戦うのがいいんだろうけど、やっぱり生き物を殺すのは少し怖い。
いずれ殺さなくちゃいけなくても、初日の今日のところは適当なところで逃げてくれないだろうか。
:薬草摘みと思わせておいてゴブリンとの戦闘に突入
:ゴブリンやばいわ、目が猿とか獣のそれだもの
:え、これCGでも特殊メイクでもない? ガチ?
:三体はやばくね?
:どうする? 逃げる勇気も必要だぞ?
確かに逃げるというのもありなんだけど、それだと手ぶらで始めの街に入ることになる。
そして運営が用意してくれた荷物の中に金銭は入っていない。
繰り返そう。金銭は用意されていない。
ハードモードすぎではなかろうか。
だからここで何も成果を上げずに撤退という選択はない。
街にただ入って出てくるだけ無駄というものだ。
配信的にも面白くないしね。
(ま、武器防具その他現物がある、それにストレージがあるだけマシなんだけど)
そうこぼしながら目の前のゴブリンが写っているボードにおもむろに両手を突っ込んだ。
そして小楯と刀身七十ミジィほどの両手持ちの両刃剣を引き出す。
:おお!?
:マジックボックスきたー!
:やっぱあるんやんけチート
:やる気っすね姐さん
チャットも一気に沸き立つ。やっぱりリスナーの声に応えてこその配信者だよね!
「戦闘などのチートはありませんが、こういうのはあります。じゃないと配信の尺をとっちゃいますから」
言いながら手早く小楯を左手の甲に固定した。これでいざという時に剣の両手持ちもできる。
「さて、薬草詰みからゴブリン狩りに予定変更です! ゴブリンを含む魔物は敵、というか資源です。狩れば必ず身体の一部を模した凝血石を残して消えますが、しばらくは死体が残るので売れる場所を切り取ることができます」
:時短は大事
:一狩りするのか!
:おいおい大丈夫か、yotuba動画って狩猟動画はありだけど人型だぞ?
:初配信BANは勘弁してくれよ? せっかく面白そうな配信なんだから。
:グロ耐性ないからここで降りるわ。グロなしの切り抜き動画期待してる。
ファンタジーの世界に興奮しつつも、意外とみんな冷静。
そしてグロについてはあらかじめ言っておかなきゃね。
「心配してくれてありがとうございます。でも安心してください、yoruba 動画はスタッフがなんやかんやしてくれるので。あ、それからグロが苦手な人は無理しないでくださいね。後でスタッフがグロなしverあげまーす」
そのあたりのフォローがこの配信ではしっかりしている。
だからわたしは思いっきり戦うだけでいい。
とはいえ、まだグリムガード登録もしていないから戦闘訓練も受けていないズブの素人なんだけどね。
「じゃ、ここからは真面目モードなので余計なお喋りはなしでいきます」
流石に片手間で喋りながら殺し合いはできない。
ゴブリン三体を素人なりに考えた戦術で倒さなくてはならないのだ。
「まずは重めの石をアンダースローで!」
風下に移動する途中で石を拾い、投げる。
「ゲェ!」
「ギィ!」
移動しながら投げた石は二体のゴブリンにクリーンヒット!
相手は地面を転げ回っている。
驚き突っ立っている三体目に剣を振り上げて突進する。
「からの、すくいあげ!」
バットで低めの球を打つように腰を捻って振ると、剣は弧を描いて猫背のゴブリンの喉を掻き切った。
逆袈裟っていうんだっけ?
はい、わたくし部活はソフトボールをやっておりました。
「ギャァァァ!」
頭はへんに冷静だけど、なんかコマ落ちみたいに意識がところどころ途切れていたような感じ。
怖いと思う間もない。
転げ回っていたゴブリンに駆け寄りトドメを差した。
最後の相手はほぼ立ち上がっていたけど、幸い石包丁しか持っていなかったので刺した直後革鎧を殴られただけですんだ。
結構力があったので鎧が無ければ危なかったかもしれない。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
まだ呼吸音がするので生きているのかと何度も刺す。
視界の端で四角い板がチラチラしているのでそちらを見ると、ムルルがボードを振っていた。
『リスナーが引いてるからそろそろやめてやれー』
「だってまだ呼吸が……あ、わたしのか、これ」
興奮しすぎて気づかなかった。
機械的に死体を刺していた動きを止めると、くらっと意識が遠のいた。
知ってる、過呼吸だこれ。
死体に突き刺した剣にもたれるようにひざをつく。
ムルルのもつボードのチャットはゆっくり動いていた。
:もういい、もうそいつ死んでるから
:もうやめて! ゴブリンのライフは0よ!
:無表情で殺して回るから震えてたわ
:殺しの現場ってこんななのなー
などなど。同接の数は目に見えて減っていた。
あー、やっちゃったかー。やっぱり初手戦闘が人型っていうのは不味かったかな。
「ん?」
剣にもたれながら回らない頭でぼーっとボードを見ていると、チャットがすごい勢いで流れ始めた。
なになに、速すぎてわからないって。
『:うしろ』
かろうじて見えた文字。
反射的にムルルのもつボードに映る自分を見ると、背後で大型のゴブリンが斧を振りかぶっていた。
「ムルル、あんた黙ってたの!?」
『何があっても見守り続ける。それがウチの仕事の流儀』
ムルルの声を背中に置き去りながら振り向きざまにゴブリン目掛けて剣を振るう。石斧はもうトップスピードに乗ろうとしている。さっきまでのスピードならギリ間に合うはず。
瞬間的に体感時間が引き延ばされる。ボードのチャット欄がゆっくり動いていくのが見えた。
:ちょ、え死ぬの?
:待て待て待て、グロいのは勘弁
:スタッフ、スタッフぅー!
コメ欄は阿鼻叫喚、だがそこにわって入るコメント。
『ムルル:サユカは特殊な魔法で生き返るから安心しろー』
安心しろ、じゃないわぁ!
:なんだ脅かすな
:ビビるやつ多すぎぎぎ、、これフィク、フィクショnw
:どもってて草
;サユ姐顔がひでぇw
:美女のみる影もないw
;草
無慈悲なスタッフの介入によりシリアスな雰囲気は霧散してしまった。
いや、生き返るって事実なんだけどさぁ! みんな生き返るからって安心しすぎじゃない!?
いまさらに思う。この配信は、わたしが主役だけど、わたしに優しい配信じゃない。
わたしは芸能神と契約した道化師なんだ。
「覚えてなさいよムルル!」
ふよふよと気楽に浮いているヤツに恨み言を言った直後、視界がぐるりと暗転した。