第11話 地引き網漁は体力勝負
「漁は地引き網を使う。まず海岸線から離れつつ網を投げ込む。ぐるっと周り海岸に戻って浜から綱をひく。こんだけだ」
なるほど、ながいコの字型に網をおくわけね。
ちなみに船の動力は風の魔道具だ。帆の裏から風を発生させるらしく、結構貴重らしい。
静かに滑るように舟が進み始める。
漁ポイントまでいくまでしばしのクルーズ。
あー風が気持ちいい。こちらの海は湿度がすくなく快適だ。
「海の底が見えますー」
「浅いし、底の砂が白いせいだねー」
船縁から海を覗き込むピアちゃんの横をさりげなく陣取る。
もちろんアルさん対策だ。取れ高の邪魔になる者は排除させてもらう。
「あ、青い魚が見えましたぁ!」
「ピアちゃん危ない、あんまり前のめりにならないで」
はしゃぐピアちゃんを押さえていると、ボードが光った。なに? こんな時に?
するとそこにはぐんぐん上がる同接数とチュニカの裾がずり上がって真っ白な太ももを見せているピアちゃんが。
振り向くと真後ろでふよふよと浮かんでいるムルルがカンペを出していた。
『もっとはげしくやっちゃってー』
ん、んー。
登録者数はほしい、ほしい、ほしいんだけど。
しばしのためらいの後、私はピアちゃんを持ち上げて甲板に下ろした。
:なぜもどす!
:もう少しで太ももの付け根の先へ行けたのに!
:ちょっといじわるすぎじゃないですかねぇ!
私は無言のまま、にこやかな顔で例のサインを送った。
——この配信は、そういうのを、やってないから!
:サーセンした姐さん
:調子のってました
わかればいいのよ、わかればね。
しかし登録者数がちょっと下がった。ちょっと惜しかったかと思う私は現金だろうか。
「しかし魚群が見えんな。爺さん、ほんとに魚はいるのか?」
船首にいくと、ゴルドさんが訝しげに目を細めて海を睨んでいた。
確かに、見通せる限り、どこにもそれらしいものはない。
「奴らは海岸線近くを行ったり来たりしてやがる。だから必ず来る。その行く手をこの白い網で塞ぐってわけだ。そろそろ網を下ろすぞ」
それまでロープを海に投げ入れていたシゲさんが足元の白い塊を顎でしゃくった。
よし、お仕事の時間だ。
早速指示通りの配置について作業を始める。
まずわたしとピアちゃんがシゲさんの指示通りに白い網を持ち上げて絡まないようにする。
それを受け取ったアルさんとゴルドさんが船尾から網を投げていくのだ。
ウキと錘がついた網が海中で壁を作っていく。
「あれ? ここから網が青くなってる?」
手を動かしていると、白い網の下から青い網が出てきた。
神345:ワイ経験者。そこから海岸と並行に網を沈めてくんやで
:ほぇー
「おし、じゃ曲がるか。網を投げ込む手は休めんな」
結論から言うとワイ君の予想が当たった。
そこから九十度左に曲がった舟は海岸と並行に進む。
「よし、群れがきた。急ぐぞ、全力で網を投げ込め!」
フクロ網という網の真ん中の部分を沈めた時、シゲさんのお腹に響く声が響いた。
それまでどこかのんびりしていた作業が一気に速くなる。
速い速い! これ身体活性がなかったらきつかったよ絶対!
「わ、わ、わっ!」
となりでピアちゃんがながれる網に手を出せなくなっている。
「ちっせぇの! 無理すんな、もっと後で作業しろ」
「は、はいぃ!」
「でっけぇのはペースが早ぇ、馬か! バテるからもう少し遅くしろ!」
「了解です!」
ペース配分は大事だよね!
:まあ確かに背は高いけど、馬はねぇだろ
:馬はペースの話な。にしてもあの言い方はなくない?
:サユ姐気にせんの?
ボードが光ってるけど中を見ている余裕はない!
「ごめん、今仕事中だから集中させて!」
:……全然平気そうだな
:ほら、体育会系だから
:脳筋属性もついているんだな
なんか馬鹿にされている気がした!
でも忙しいからまあいいや!
手を動かしているとムルルが近づいてきた。
「しばらく適当にとっとくから好きにしろー、ワーカホリックー」
誰がワーカホリックだ! この世界ではゆるく生きてるっての!
——◆——◆——
Uターンした船が衝撃とともに砂浜に乗り上げる。
「おらお前ら全力で引けぇ!」
シゲさんとゴルトさん、アルさんとピアちゃんと私に別れて全員が【身体活性】を使いロープを引っ張った。
「「「エシ! エシ! エシ! エシ!」」」
シゲさんのかけ声に合わせ、砂浜に足が埋まるのも構わずにロープをたぐり寄せていく。
「二人とも、腕で引かない! 背筋つかって体重で引いて!」
「「はいぃ!」」
:サユ姐まさかのアンカーw
:二人ともほぼ戦力になってなくね?
なんやかんやで網を陸にあげることができた。
よし、めちゃめちゃ達成感がある!
網の中で踊る大きさも種類も様々な魚達、予想以上の大漁にみんなが笑顔になる。
そしてそれはウチの組員達も同じだ。
:スッゲェ! めっちゃビチビチしとるやん!
:バラエティ豊かだな。アジっぽい魚が基本なのは日本と同じか
:うしろでカップル二人が力尽きた魚になってるんだけどw
やっぱり気持ちいいね。ボードも光り続けてるし、二重の意味で大漁大漁。
腰に手をあてて網の中を眺めていると、後からゴトンゴトンという音が聞こえてきた。
シゲさんとゴルトさんが林から持ってきたのは馬車と連結して引いてきた荷台だ。
「男どもはタモ網で魚を陸揚げして荷台に入れろ、……女どもは網にのこった小魚や貝を外していけ!」
シゲさん、今一瞬アルさんと私を見比べたでしょ。
まあいいけどさ。
ということで女二人はそれぞれ両端から網に引っかかった魚や貝をちまちまと取る作業に当たっている。
収穫作業ってテンション上がるよね、こういうチマチマした作業も嫌いじゃない。
そのうち生産職配信とかしてみたくなる。スローライフ配信、需要あるみたいだけど、登録者増えるかな?
などと思っていた矢先、指先に鋭い痛みが走った。
「いったぁ!」
扇くらいあるカキっぽい貝を網から外そうとして左手を切ってしまった。
あ、これ結構深い。出血の速さをみて思う。痛みは身体をいじらせたせいなのか、それほどでもない。
とりあえず圧迫止血、と。
にしてもやっちゃったなあ。
ローヤン村に手当てできる人っている?
いないならジッレに戻るまで二日も薬草だけ当てて過ごす?
片手が使えないんじゃこの後の作業に加われない。
前の世界、大事な所で役に立たずフロアに放置されていた過去が脳裏にちらつくのを必死に振り払った。
大事なのは今、なんだけどうわー、皆ごめんなさいぃ……自分のうかつさが本当に嫌になる。
一瞬の油断に後悔しまくっていると、砂を蹴る音がこちらにやってきた。
「大丈夫サユちゃん?」
桃色の髪をなびかせて来たのはピアちゃんだ。
「あはは、ケガしちゃった。ごめんね、そっちの負担が増えちゃって」
自分が離脱するしわ寄せが彼女に行くことをわびたけど、意外にもピアちゃんは笑って首を振った。
「大丈夫、今治してあげる『癒しの雫』」
駆け寄ってきてくれたピアちゃんが現象活性の一種である回復魔法をかけてくれた。
空中に現れた雫が傷口に雨のように降り注ぐと、傷が綺麗に治っていく。
そういえばピアちゃんは回復術士だったね。テンパってて忘れてたよ。
初めて体験するけど、これが回復魔法か。ぜひ覚えたい。
にしても、ピアちゃんが回復術士なのはきいていたけど、中級者が使う『癒やしの雫』を使えたのは正直驚きだ。
「『癒やしの雫』まで使えたんだね、ごめんね、魔法を使わせちゃって」
有限の力をこんなところで使わせてしまってほんと申し訳ない。
「いいよぉ、私の魔力杯は大きいし、もうすぐ神殿にいく予定だから。ジッレに戻ったらなにかおごってね?」
なんでもないことの様に可愛く手を振って持ち場に戻っていくピアちゃん。
:ええ子や……
:やっぱ見た目通りヒーラーだったか
:専門用語出てきたけど。魔力杯? ちょっとサユ姐解説できん?
ムルルのボードを見るとすでに説明が書かれていた。
まあここはしておくべきか。
「えーと、ちょっと長いですけど。魔力杯は体内にある魔力の器です。器が大きいとは魔力の貯蔵量が多いっていうことです」
:貯蔵量、MPの最大値ってとこか
:続けたまえ
「魔法は大きく分けると、何もないところに火みたいな自然現象を起こす【属性付与】と、すでにある現象を活性化させる【現象活性】に二系統に分かれていて、ピアちゃんの【癒しの雫】は【現象活性】の一種。肉体の回復力を活性化させる魔法なんです。ちなみに【身体活性】も同じカテゴリです。流派に寄りますが」
:ほー
:ヴィーアルの魔法大系はそんななのか。てか魔法なのに流派w
:神殿にいくというのは?
突っ込んでくる組員の質問に私は眉間に皺を寄せる。
あー、やっぱり聞くよね。内心ため息をつく。
神殿を巡るこの世界の秩序は正直私も知らないことが多い。
だからもっと情報を仕入れて企画を練ってから発表したかったのだ。
とはいえこうなっては仕方ない。
私は網から魚を外す手を止め、できるだけ厳かな顔を作った。
「この世界では魔力は自然には回復しません。一部例外はありますけど、魔力杯を満たすには神殿に赴き喜捨、要するにお布施をしなくてはなりません。ヴィーアルの人たちが巡礼をしている大きな理由の一つが魔力の補充なんです。その巡礼路を守るグリムガードは尊い職業なんです」
言い切った後、私はまだ会ったこともない神殿の神様に祈る仕草をしてみせた。
ちょっとはそれっぽいだろうか?
:巡礼って信仰以外に重要な意味があるんだろうなって思ってたけど魔力補充が理由だったのか……
:それは魔法をポンポン撃てないな。
:ポーションとかないの?
:いちいちポーションを飲みに行かなきゃいけないって、ガソスタじゃねぇ?
:それだ!
:ガソスタ草w
:なんかに似ていると思ったけどそれか
ちょっと、神聖な場所がいきなり俗っぽくなったじゃない。
そこからチャットは車社会とかEVとかいう言葉で溢れ続けた。
誰だ最初にガソスタって言った奴! わかりやすいけどさぁ……世界の秘密を明かすイベントが台無しじゃない!
とはいえ、今更怒るわけにもいかず、行き場のない怒りを抱えながら黙々と網と格闘することしばし。
「ん?」
フクロ網の近く、波に洗われているところに、小さな箱が引っかかっているのに気づいた。
いや、箱じゃない。立方体に近いけど真ん中に波状の閉じた口がある……シャコ貝に近いかも。
ちょうど指輪を入れる箱を大きくした感じだ。
このタイミングでいかにもお宝が入ってそうな箱……これってやっぱあれだよね。
私はある種の確信を持って箱を開けた。
:おおお!
:でっけぇ真珠! ピンポン玉くらいあるやん!
:なんだこれ? 真珠でいいのか?
:お宝! お宝!
まあたしかにお宝ではある。しかもかなり貴重な。
組員達の興奮をよそに私は深くため息をついた。
:ってあんまり喜んでないのはなんでなん?
:ほんとだ、サユ姐どうした、腹痛いの?
「あー、さっき魔力は一部例外を除いて神殿で回復しなきゃいけないって言ったじゃないですか。これがその例外の一つなんです。神珠杯っていう魔力を貯めておける珠ですね」
ムルルのボードにある説明を読んでいく。後半の、神珠杯は争いの種になるという文章はみなかったことにする。言われなくてもわかるわ。
:魔法を覚えればほぼ撃ち放題ってことか?
:え! タイムリーすぎる
:イベントに強い女で草
:すごい引き、サユ姐持ってるなぁ
明かされた情報に、チャットは再び盛り上がるけど、私は憂鬱だ。
だってこれ神様の仕込みだもん絶対。
そしてただ配信を面白くしたいだけでこんな貴重品を私にくれるわけがない。
絶対何かある。
——ズッダラララララララララ…………
脳裏にひびく唐突なドラムロールに心臓が跳ねた。
ああもう、やっぱ来た。
:ん?
:この音は……ドラムロール?
:てことは、あれか?
:来るのか
組員が戸惑っているチャットを含めてボードの赤い光がどんどん強くなっていく。
——ズギャァン!
爆音の後、ボードには大きく文字が浮かんでいた。
『神々の試練:皆で仲良くジッレに帰ろう!』
ほら来たー、って何この試練?