表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第4話「幻のパンのレシピ」

広場の朝の賑わいはすぐに静けさへと変わった。人々が畑や家へと散っていき、昼が近づく頃には、町の中央に残るのは老人たちと数人の子どもだけになった。

 直人はミアと並んで噴水の縁に腰かけていた。パンを分け合いながら、小さな声で他愛もない話をする。

 ミアの頬は少し赤みを帯びていた。パンの一欠片を大切そうに両手で持ち、「あったかいね」と呟いた。


「なおと、今日は……どこか行くの?」


「特に予定はないよ。町の暮らしを少しでも知りたくて、できるだけ歩いてみてるんだ」


「……そっか。じゃあ、あたしが町を案内する」


 ミアは意外としっかりした口調でそう言うと、すっと立ち上がった。

 その小さな背中に、何となく頼もしさと誇りを感じた。


「ほんとに? でも、無理はしなくていいよ」


「ううん。あたし、町のことならみんなより知ってる自信あるから。……とくに裏の道とか、隅っことか」


 ミアは少しだけ照れ笑いを浮かべる。


「小さい頃はね、お父さんと一緒にここでパンをもらったんだ。町のみんなが集まる場所だった。

 でも、お父さんとお母さんがいなくなってからは、余り物があるかもしれないって、一人でこっそり調理場や倉庫に来るようになったんだ。

 誰も使わなくなってからも、あそこなら人目を気にせずいられるから……。誰にも見つからないように、いつの間にか抜け道も覚えちゃった」


 直人はミアの瞳の奥に、少しだけ誇らしげな光と、やりきれない孤独の影を感じていた。


「ミア……今まで、ひとりで頑張ってきたんだね」


「……だって、誰もいない方が楽なときもあるから。でも、おじさんとなら……少し平気かも」


 ミアは小さくうなずき、噴水の縁を軽やかに降りて、裏通りの方へと歩き出した。

 直人はその後を静かについていった。



 町の石畳は日差しを浴びてあたたかく、家々の影はまだ涼しい。ミアは迷いなく路地を抜け、やがて小さな倉庫の前にたどり着いた。


「ここが町の倉庫。……ほら、あそこ」


 ミアが指差す先には、重そうな木の扉。その横の小さな窓から、こっそり中を覗く。


「ここ……昔はみんなの配給場所だった。お祭りや大きな行事の時には、町の人がパンやスープを作ってたの。

 あたし、たまに残り物がないか覗きに来るの。今は誰も使ってないけど、道具や古いものがいっぱいあるんだ」


 扉を押すと、ギギギと鈍い音がして開いた。

 埃っぽい空気が一気に流れ出す。棚には使い古された鍋や瓶、調理器具、見慣れない道具も並ぶ。

 奥には石造りの大きなオーブンが、ひっそりと佇んでいた。


「これ、すごいな……」


「このオーブン、昔は町で一番の自慢だったんだって。でも壊れてからは、誰も使ってない」


 ミアは誇らしげに語るが、その声に少しだけ寂しさが混じる。


「それに……あたし、ここの奥で紙を見つけたことがあるの」


 ミアは埃まみれの木箱を開け、中から数枚の紙片を取り出す。

 インクが滲み、文字もかすれているが、「小麦、塩、水」と材料が列記され、端には小さな文字で「リュシアンナ」とサインがあった。


「これ……パンの作り方?」


「たぶん。おじさん、読める?」


「うん。たぶんね……。でも、手順はすごくざっくりだな。“心を込めて捏ねる”とか、“焼く前に歌をうたう”とか……昔のレシピってこんなもんかな」


「夢の中のお姉さんも、“歌ってごらん”って言ってた気がする……」


「やってみようか?」


「うん!」


 ミアは、いつもより明るい声を出した。



 道具を集めるのも大変だった。

 鍋は埃まみれ、ボウルのかわりに古い壺。粉をこぼし、計量も目分量。

 小麦粉と塩、水を混ぜるが、最初は水を入れすぎてぐしゃぐしゃ。あわてて粉を足すと今度はカチカチになってしまう。


「うーん……むずかしいね」


「大丈夫、最初はみんなこんなもんだよ。俺も家で料理はほとんどしなかったからな」


 二人は苦笑いしながら、必死に生地をこねた。

 ミアの小さな手が白くなり、額にうっすら汗を浮かべる。

 直人も腕がだるくなるが、不思議と楽しかった。


「ねえ、歌……歌ってみようか?」


「……え?」


「夢の中のお姉さんが、“歌ってから焼くと、うまくいく”って。変かな?」


「いや、大事なことだよ。リュシアンナさんのレシピなら、やってみないと」


 二人は恥ずかしそうに顔を見合わせ、パンを捏ねながら小さな声で童謡のような歌を口ずさんだ。


「……♪パン パン ふしぎなパン だれかに届く あたたかなパン……」


 なんだかぎこちない歌だったが、それでもふたりには心地よいひとときだった。



 やがて、生地を丸めて石造りのオーブンに並べる。

 直人は扉やヒンジを簡単に修理し、煙突の煤を取り除くのに手間取ったが、なんとか火を起こすことができた。


「火、ちゃんとついたね……でも、焼けるかな」


「やってみるしかないさ」


 火の管理は難しかった。煙が舞い上がり、何度も火が消えかかる。

 ミアが手をふいて扉の前に座りこみ、じっと焼き加減を見つめる。


「いい匂い……」


 やがて、焦げたような香ばしさと、ほんのり甘い香りが調理場に漂い始めた。

 焼き上がったパンは、ごつごつと不恰好で、ところどころ焦げた部分もある。大きさもばらばら、見た目は決してきれいとは言えなかった。


「……うまくできたのかな?」


「うーん、どうだろう……でも、いい匂いはするよ」


 二人は恐る恐るパンを割ってみた。外はパリパリ、中はもちもちしていた。


「一口、食べてみて」


 ミアが小さくちぎって口に入れる。直人も真似をした。


 次の瞬間、ミアの瞳がぱっと輝いた。


「……おいしい!」


「ほんとだ。……こんなパン、食べたことないかも。見た目はアレだけど……すごく優しい味だな」


 二人で顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。



 焼きたてのパンの匂いに誘われて、広場の端からぽつりぽつりと子どもたちが近寄ってきた。

 五人ほどの子どもたちが調理場の入り口で、じっと中を覗いている。


「なにしてるの……?」


 ミアは少し迷ったあと、焼けたパンを差し出した。


「よかったら、食べてみる?」


 子どもたちは最初こそ警戒していたが、一人がそっとパンを受け取り、ちいさく頷いた。


「……あったかい。美味しい」


「なんだか、元気が出る味……」


 他の子も少しずつ手を伸ばし、輪になってパンを分け合った。

 誰かが小さく「ありがと」と呟いた。


 その様子を見ていた老人も、「昔のパンみたいだな」と懐かしそうに呟く。


「不思議だな、こんなパン、久しぶりに食べたよ」



 そのとき、調理場の奥に置かれた古びた魔道具のランプが、かすかに淡い光を放った。

 まるで、誰かが「よくやった」と見守っているような気がした。


(リュシアンナ……これが、あなたのレシピだったのかな)


 直人はそっと空気に感謝し、ミアと微笑み合う。


「また作ろうね」


「うん。また、みんなと一緒に」


 町の輪の外にいたはずの二人が、不恰好なパンをきっかけに、小さな輪の中心に立っていた。

 優しい味と香りが、町の空気を少しずつ変えていく――直人はそんな予感を強く感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ