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第2話『若返りと異世界の朝』

朝露の光が差し込む小屋の中で、清水直人は二度寝することもできずに起き上がった。

 今も心の奥で昨日の記憶が波紋のように広がり続けている。


 ――老いた体で現世を終え、目覚めたら若返った体。

 筋肉の張りも、肌のきめ細かさも、どれも四十年は巻き戻されたとしか思えない。

 それでいて、心だけは六十年分の重みが残ったまま。


 ゆっくりと手を伸ばし、拳を握ったり開いたりする。

 違和感は強いが、同時に新しい生命力が体の奥から湧いてくるのを感じる。


(これが――やり直しの人生、なのか?)


 まだ信じられないまま、昨日のことを思い返す。



 昨日、目覚めて小屋を出た直後の混乱の中、広場の片隅で小さな少女と目が合った。

 髪は明るい金色、薄汚れたワンピースに裸足。

 少女は、落ちていたパンくずを拾い口に入れ、直人に警戒心の強い視線を向けていた。


「……あんた、誰?」


 直人は、その瞬間は何も言い返せなかった。

 言葉の端々に年齢を感じさせてしまう自分が怖かったし、異質な存在に見えないか心配だった。


「さあ、俺も……どこから来たのか、うまく説明できないんだ」


 少女は無言のまま去っていった。その背中が、寂しさをまとっていた。



 ――そして今朝。


 外に出ると、昨日の老人が広場の隅で荷物を運んでいる。

 昨日の動揺とは違い、今朝は少しだけ景色が新鮮に映る。


「おはようございます」


「ああ、旅人さんか。よく眠れたかい?」


「はい。おかげさまで」


 自分の若々しい声に、まだ自分自身が戸惑う。


 老人は石のベンチに座り、手作りの黒パンと干し肉を袋から取り出した。

 その場で「腹が減っているだろう」と分けてくれる。


「いただきます」


 黒パンの固さは、老いた歯では到底太刀打ちできないものだった。だが今は違う。若い歯と顎の力でいくらでも噛みしめられる。

 干し肉もまた、塩気が強くて嚙み切るのが難しいが、これもすんなり胃に収まった。


(体が……本当に若返ってるんだ)


 一口ごとに、新しい体への戸惑いと、何とも言えぬ高揚感が湧き上がる。


 そうこうしていると、遠くで子どもの泣き声がした。

 昨日見かけた少女が、広場の端の石に座り込み、小さな体を丸めている。


 直人は思わずパンを半分に割き、そっと老人に差し出した。


「もしよければ、あの子にも……」


 老人は微笑み、素直にうなずいた。


「昔からこの町じゃ、家族や顔なじみの間では苦しいときでも分け合うものさ。でも、家を失った子や、頼る身内のいない者には、みんなつい距離を取ってしまう。あの子も――昔からこの町にいるのに、いまだに“輪の外”にいるんだ」


そう言いながら、老人は直人にパンと干し肉を渡すと、

「よかったら、あの子に声をかけてやってくれ」

とそっと促した。


町の人々は本当は誰もがミアのことを気にかけているが、日々の暮らしに追われ、つい自分たちのことで精一杯になってしまう。


(家族でもなく、頼る人もいない子は、ここでは誰より孤独なのかもしれない――)

直人はパンを手に、少し緊張しながらそっとミアへと歩み寄った。


「昨日は、ありがとう……これ、よかったら食べて」


 少女は一瞬身構えたが、食べ物をじっと見つめ、それから静かに受け取った。


「……ありがと」


 掠れた声で言うと、少女はパンを少しずつちぎって口に運ぶ。

 その仕草は、家族を思い出すような、どこか遠い記憶を呼び起こすものだった。


「名前は?」


 直人が尋ねると、少女は警戒心を崩さないまま、ぼそっと名乗った。


「……ミア」


 小さな名。だがその響きは、ここでの生活にしっかりと根付いたもののようだった。


「俺は……なおと。ちょっと遠いところから来たんだ。王国の言葉じゃ変わってるかもしれないけど」


 ミアは少し眉をひそめ、「変な名前」とだけ言った。

 けれど、直人の顔をまっすぐ見上げて、もう一度だけ「ありがと」と告げた。



 そのあと、老人とともに広場を少しだけ歩く。

 町の空気はどこか静かで、古い石畳や崩れかけた家々に過去の賑わいの面影が残っている。


「昨夜は――町のこと、いろいろ教えてくださってありがとうございました」


 直人が礼を言うと、老人は静かにうなずいた。


「町も、人も、昔とは随分と変わっちまった。だがな、どんな時でも腹は減るし、誰かの手が必要になる。

 ……あの子のように、家を失った子どもも少なくない。けれど、町の人間はすぐに余所者を信じることはない。みんな、失うことに慣れてしまったからな」


「……俺も、似たような気持ちです」


 会社で切り捨てられ、家族も、役割も失った。

 それでもこうして新しい命と居場所を与えられたことに、不思議な縁を感じていた。


「もし、俺にできることがあれば――町の役に立ちたいと思っています」


 直人がそう言うと、老人はほんの少しだけ表情を和らげた。


「助かるよ。力仕事でも、畑仕事でも、できることから始めてくれればいい。

 ……お前さんのその若い体なら、みんなもきっと頼りにするさ」



 ふと気づくと、ミアが広場の端から、こちらの様子をじっと見ていた。

 小さな体を抱えながら、どこか寂しげな瞳で、直人たちのやり取りを見守っている。


 直人は静かに手を振ると、ミアも小さく手を振り返した。


(この町で、何か新しいことが始まりそうだ)


 若い体に宿る、六十年分の人生の記憶。

 誰かの役に立ちたいという、ささやかな願い。

 そして、異世界で出会った初めての友――少女ミア。


 直人の“再生”の物語が、ゆっくりと動き出そうとしていた。

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