間章①
「入国できないってどう言うこと!?」
港街フォルラムルからアケト・トゥアト国へと渡る大陸間列車の駅に、リアの声が響き渡った。
****** ******
遡ること数時間前、正午のこと。
「うーん、やっと着いたぁ!」
5時間ほど船内で座りっぱなしであったリアは、船の外に出てめいっぱい背を伸ばした。
エイドとリアはカラル島から唯一、船で結ばれている港街フォルラムルに降り立った。そこでは赤いレンガの倉庫にはコンテナが詰め込まれる景色が見られ、レンガの舗装路には露店が並び、人々は活気で溢れている。
「さて、まずは宿を探して……あとはアケト・トゥアトに行く列車の予約しなきゃ」
「なんでその、アケト……?に行くんだ」
「アケト・トゥアト。ーーそうね。太陽石のこと。父さんから聞かされていた冒険譚ではね……」
リアは物語を話し始めた。
『はじまりの惑星には炎、水、風、土の神様がおりました。4柱の神様は互いに星を我が物にしようと争っていました。そんな世界にも様々な動植物がいて、天災に直面しながらも生きておりました。
ある日のこと。変わり者の1人の青年は叫んだ「このままでは駄目だ」と。その声に応えるかのように宙の彼方から1つの星が地上へと降り立つ。星からは4人のヒトが現れました。しかし、ヒトなれど人とは異なる見た目の彼らを忌避しておりました。
青年だけは笑って、彼らと共に旅に出ました。目的はもちろん天災を宥める旅、とてつも長く厳しい旅。青年たちは10の地を巡りました。砂漠の墓所、精霊の大樹、神座の雪原、原初の密林、久遠の台地、悠久の仙境、極東の地平、水底の冥界、天空の星舟、そして楽園の大穴。彼らは旅の最中に8つの星の魂と出会い、魂たちから生命溢れる世界を望んで彼らに力を与えられました。
ーーやがて、荒れ狂う世界を彼らは鎮めました。しかし、この安寧と共に園の太陽は力を失ってしまいました。太陽がなくなった楽園の大穴は、昼が訪れない星と花畑の海となって静かに世界から去りました。
残った太陽たちは元の地へと還されましたが、憐れに思った青年たちは、楽園の大穴の近くにウトゥの祭壇を建てて、魂を海の底へと送りました』
「ーーという話。今考えるとこの物語は魔素の、太陽石と関連しているんじゃないかなって」
「聞く限りは、おとぎ話みたいだな」
「でしょ?でも物語に出てきた場所は何となく現実のものを参考にしていると思うのよ。例えばウトゥの祭壇はそのまま、キナーがいたあの遺跡ね。他の場所は抽象的すぎて分からないけど、“砂漠の墓所”って言ったら“アケト・トゥアトの角錐墓所”!アケト・トゥアトは砂漠のオアシスにあるリゾート都市で観光地にもなっているの!……まぁ角錐墓所は、地元の人たちの墓地だから、観光目的で中には入らないけどね」
「砂漠で、角錐の、墓所……か」
エイドは自身がいた時代のことを思い出していた。彼の知識にも“砂漠”と“角錐”、そして“墓所”といったらアレしか考えられなかった。しかし、かの砂漠には数多のピラミッドが建造されている。
「(一体、どのピラミッドだろうか……?)」
エイドは、なんとなくギザにあるピラミッドを想像していた。
「それじゃ、ちゃっちゃと行っちゃおう!アケト・トゥアト楽しみ~!」
****** ******
ーーフォルラムル駅の構内。
「入国できないってどう言うこと!?」
チケット売場窓口で、リアは叫んだ。対面する駅員は引き笑いしながらも彼女を宥める。
「大変申し訳ありません。アケト・トゥアトへの入国には、身分証明が必要になります。特に今は国際式典の直前ということもありまして……」
「ふぅむ、つまりオレの身分証明がないからか……。言われてみれば確かにそうだよな」
「うーん……私だけ行っても意味がないし」
「フムフムなるほど。お2人の話を聞く限り、そちらの方の身分証明書がないということですよね。それでしたら、冒険者証を作ってみるのはいかがでしょう?」
顔を見合わせる2人に駅員が割って入る。
「冒険者証?」
何のことか解らずにいるエイドの横でリアは、その手があったと言わんばかりに手を叩いた。
リアに手を引かれ、エイドは駅から連れ出される。そして町を歩く中で彼は“ギルド”と“冒険者証”について聞かされた。
ーー全国に点在する魔水晶の買取屋。都市部や地方都市に存在する、買取屋の大元がそのように呼ばれている。買取屋では文字通り魔水晶の鑑定と売買のみを取り扱い、ギルドではこれに加えて各地での依頼の授受も取り扱っている。依頼は様々であり、中でも人気が高いものが魔獣の討伐依頼。頼報酬の他に討伐で得た魔水晶の入手も可能という稼げる仕事ということだった。
「私もカラル島へ行く前に、ギルドで資金を稼いだなぁ」
「冒険者証の存在を忘れていたけどな」
「違うわよ、身分証として使えることを忘れてたの!パスポートが別にあるから身分証にも、渡航にも滅多に使わないんだもの」
「冒険者証ってあまり意味なくないか?」
「私にとってはギルドでの依頼の授受くらいかしらね。というか君は現に必要でしょ」
「……それもそうか」
そうして2人はギルドへとたどり着いた。ギルドは赤レンガと木材でできた建物であり、まるで酒場のような外観だった。木の門扉をくぐると、そこには太陽が頭上にある時間にも関わらず、酒飲み達が多くおり、港とはまた異なる賑わいを見せていた。
「いらっしゃいませ!あら、リアさん。今日はどうされましたか?」
カウンターに立つ受付が晴れやかな笑顔でエイドとリアを出迎えた。
「良い依頼があるかなぁというのと、彼の冒険者証を作成してほしいの」
「かしこまりました!冒険者証の作成ですね。準備いたしますので、あちらの依頼掲示板をご覧になってお待ちください」
「はーい」
受付が指し示す方向には大きな掲示板があった。そこに立つ人々はまちまちであるが、依頼書はいくつも張り出されている。2人はその掲示板の前へと移動した。
「これが、依頼書」
「そそ、ここから受付に持っていって受注するの。だから良い依頼は早い者勝ちってことね」
「はー、なるほどな。それにしても依頼って……」
エイドは壁一面に貼られたそれの内容をまじまじと読む。掲示される依頼書には、荷運びや迷子動物探しといった非ファンタジーな内容をはじめ、薬草の採取や護衛、そして魔物の討伐といったファンタジー世界でしか見ない内容のものとあった。そして、やはり危険なものほど報酬額も高い。というのが依頼書に対するエイドの印象だった。
「色々あるんだな……ん、こは」
1つの依頼が彼の目に止まった。
「『郊外に潜む大盗賊退治もしくは捕縛……報酬20万スピラ+追加報酬 ※追加報酬は達成状況による』。どうなんだこれ……」
「どれどれ……あーこれ、私がカラル島に行く前からあったよ。報酬が前に見たときよりも若干上がっているね」
「そんなこともあるのか。というか追加報酬の条件があやふやだな。……色々勘繰ってしまうけど、こんなの受ける奴がいるのか?」
「どうだろ。報酬は良い方だけど、どこか怪しい気はするよね」
「リアがそう言うなら、当たっていそうだな」
「例えば、裏社会との繋がりがあったり」
「それはないだろ」
そんな会話をしていると受付から2人を呼ぶ声がかかる。
「お待たせいたしました。こちらの冒険者証発行手続用紙にある規約の確認と、チェックが入った必要項目に記入をお願いします」
エイドは備え付けのペンを手に取りながら、用紙に目を通す。そして内心ホッとした。
「(リアから、あらかじめこの世界の文字をリアから少し教わっていてよかった……)」
エイドにとってシナル語は読む・聞くことはできても、自分で書くことはできなかった。しかし、彼の前に出された用紙は、合計数時間ほどの短い講義でも何とか書けそうな内容であったためだ。
「(それにしても……依頼の授受、証明書としての利用にキャッシュカード……色々と活用できるのな)」
説明と規約に目を通し、記入台でつらつらとエイドは記入欄を埋めていった。住所などの“現代”ではどこでも必須となる項目も、この書類では任意の項目であった。そのことに現在身寄りの無いエイドは、ありがたく思った。
書き上げた書類をエイドは受付に提出すると係員は確認し始めた。
「……確認しました。それでは最後にこちらにサインを」
差し出された一枚の紙には、“依頼保証費 担保契約書”と記載されている。
「これは?」
「はい。住所欄や保証人欄に記載がない方には必ず、こちらを記入していただいております。ーー例えば、依頼の失敗による違約金、建造物などの破壊による弁済費、これらを冒険者の死亡などにより賄えない場合に、あらかじめ担保を設定いただくことで差押え、換金ということで対応しております」
「え?」
「納得し難いとは思いますが、ギルド側は保険として、このような制度をとっておりますので、ご理解のほどよろしくお願いします」
「(……想定外だけど、職業団体としては当然か。冒険者個人が生んだ負債をギルド側が全面バックアップなんて無いもんな)」
エイドは依頼保証費 担保契約書”の欄の上にペン先を立てたーー瞬間
「待った待った、君がそれを書く必要はない」
「え、誰」
エイドが反応する前に、いつの間にか隣に立っていた青年に持っていたペンを取り上げられた。そして彼は「それちょうだい」と係員が持っていた発行手続用紙を取り、その保証人欄に筆を走らせた。
「はい。これでいいね?」
「え?あ、はい。構いませんが」
受付は青年と返された紙を交互に見ながら、戸惑いながらもそれを受理した。その早さにエイドは呆けるしかなかった。青年はまるで砂漠の太陽のような笑顔をエイドとリアに向けている。
「あの」
「気にしなくていいさ!さぁさ、とりあえずあそこの席にでも座ってさ、この出会いを祝して乾杯でもしようか、もちろん俺が奢ろう!」
「いや、ちょっ」
エイドとリアは青年に肩を押されながら、強引に彼が指した席へと誘われた。
“祝杯”というには張りつめた空気であった。3人が向かった席にはすでに、爽やかな微笑みを浮かべる壮年の男と、その身体に似つかないほど大きな剣を背負った少女が座っていた。少女は青年に冷たい視線を向けている。
「彼らは俺のボディガードだ。……あー今は旅の仲間だ!」
青年が口を開くと、少女は舌打ちとため息を吐きながら口火を切った。
「昔、助けていただいたご恩は忘れませんが、今の私は雇われの身であって仲間として振る舞った覚えはありません」
「へ?」
「そして、貴方が言うそのお仲間から、いくつか指摘させていただきます。1つ、そのお2人を強引に連れてきたように見えましたが、他所様の迷惑を考えましたか?2つ、我々に何も言わずに勝手にフラフラと歩き回らないでくださいますか。はっきり言って迷惑です。最後に現在、貴方は他方に迷惑をかけておりますが、どの様にお考えで?」
「……ハイ、ゴメンナサイ」
「ふぅ、お見苦しいところをお見せしてしまいましたね。それから申し遅れました。わたしはこの男の……今はボディガードをしておりますセシャトと申します」
セシャトと名乗った少女は深々と頭を下げ、エイドとリアは彼女につられて頭を下げた。その傍らで青年は「このヤロウって言われた」とショックを受けている。
「オレはエイドで」
「私はリアです」
「エイド様にリア様ですね。覚えました」
「そろそろいいかい?」
セシャトの横に座る男がヒラヒラと手を上げる。
「同じくボディガード……いやプフッ、くく、お仲間とやらをさせてもらっているタラリアだよ。よろしくね」
タラリアという男は途中から肩を震わせて笑っている。セシャトは「で」と再び横に座る青年に目線を移す。緩んだ空気が再び冷たくなる。
「そしてこっちの、お2人にご迷惑被ったこの男はーー」
「あ、またヤロウって言ったな!やめろよ、傷つくだろう。あと自己紹介は自分でするよ!……コホン、俺はジェフト。ジェフト・メギストスだ。さっきは申し訳ない」
セシャトは「はぁ」と息を吐いた。タラリアがジェフトに問いかけた。
「それで、なぜお2人をお連れに?」
「いやぁ、困っているようだったからね。冒険者証発行の保証人欄にちょいとサインをさせてもらったんだ。そして、何かの縁だろうし乾杯でもしようと思ってね」
「なるほど。しかしエイド様とリア様は困惑していたように見えましたが。また勝手に介入したんじゃありませんよね?」
「……ハハ、まさかぁ」
「うん?目が泳いでるね。それじゃあ、お2人さんの話も聞いてみよう。その辺どうだったの、エイドさんにリアさん?」
「あー……保険加入の書類を書こうとしたときに突然ペンを取られて、勝手にサインを書かれました」
「急だったから、ビックリしたよね」
次の瞬間、セシャトはジェフトの胸ぐらを掴み上げ、床に押し倒した。ギリギリと音を立てて彼の襟元が締まっていく。
「3つも迷惑を振り撒くなんてどうかしてますよ。我が雇い主ながら」
「う、ぐ、苦しい……ギブ、ギブ……やめて」
ジェフトは手でセシャトの腕を叩く。それをヘラヘラとした笑顔で見守るタラリアにエイドたちは視線を向けるが「いいんだよ、いつものことだから」と水をあおった。そして、コトンと机にコップが置かれる。
「それで、我が主人はなんで他人の証明申請にサインしたんだい?」
「ぐぐ……アレ、だよ。あの依頼。2人が……熱心にみていたから……興味があるのかなって」
「え、その時から見られてたの?」
「てか、誤解だ。オレたちは、あの依頼を受けるつもりは無いです。単にどんな依頼があるか見ていただけで……」
「な、何ィ!?」
「……ほう?つまりはこうですか。勝手な思い込みで、それを理由に相手の断りもなく援助して、強引に連れてきた、と」
「あの依頼、誰も引き受けてくれなァァアダダダダタッ!」
「有り余る資産を困っている方に施すことはまぁ評価しますが、それで迷惑を振り撒いていては元も子もありません、むしろマイナスです」
セシャトはジェフトを押さえつけながら、片腕を捻り上げる。そして彼はもう片方の腕で床をバシバシと叩いている。それを横目にエイドとリアは、タラリアに尋ねた。
「タラリアさん、あの依頼ってジェフトさんが?」
「うん?あぁ、まぁそうね。そんな感じ。引き受けていない人には守秘義務とやらで詳しくは言えないけどねさっきの話から分かるようにジェフトは経営者でね、ある理由から依頼を出した。けど、かれこれ半年は受理されてないねぇ。報酬やらも増やしたりしても変化は無し。それで主人も今回みたいに暴走したんだろうねぇ」
「あはは……。でも、なんで誰も引き受けないんでしょう?」
「ああ、うん。その辺は俺たちも調査したさ」
セシャトから解放されたジェフトが腕をさすりながら席に座る。そしてその隣に座ったセシャトは鞄の中から、タブレット端末を取り出して、起動した。
「簡単にですが大まかにまとめると“盗賊団と関わりたくない”が9割を占めております。理由は皆はぐらかしておりましたが」
「関わりたくない?」
「大方、予想はついているんだけどね。その盗賊団とやらの大将は腕が立つみたいだ。それに、ここら一帯の治安局も奴らに味方しているようだし、関わったら自分の身がどうなるか分からないからってことだろうね。つまるところ、受注されるかは八方ふさがりって訳。……だから!この依頼、引き受けてくれないだろうか!」
ジェフトは机に両手をついて、頭を下げる。
「……なぜ、そこまでしてこの依頼を?」
エイドが口にすると、タラリアとセシャトがジェフトを見る。それにジェフトは深く頷いた。
「はい、まず我々はアケト・トゥアトで商業を営んでおります。我が国と、この国はフォルラムルを通して貿易を結んでおりますが、我々の企業にはこの地とは一切の縁がございませんでした」
「けどある日、会社の倉庫の1つから金品が盗まれてねェ。これもまた独自で調査した結果、フォルラムル近郊の盗賊団一味が関与してたことが分かった。いやぁ、警戒心の薄いバカな盗賊団でよかったよ。ま、こっちに着くなり警察やらの治安組織が向こう側だとは知ることになるとは思わんかったけどね」
「なんでアケト・トゥアト側の警察は動かないの?普通に国際問題になると思うけど」
「君らは聞いていないかい?近々、アケト・トゥアトは国際式典が催されるんだ。帝国からも来賓があって、大規模なものになる。そんなわけで国中はてんやわんやなんだよ。ーー加えて、今回盗まれたものの中に、式典……いや、儀式に使われるもあったんだ」
「ご主人」
セシャトの言葉をジェフトは手で遮る。
「大丈夫だ、彼らなら。ーーさて、|とある魔性を封じ続ける《・・・・・・・・・・・》祭具のことだけれど、アケト・トゥアトの領地に在るだけでよかった。それだけで魔性とやらを封印し続ける。ハイモスという魔水晶……地の大魔水晶の欠片とも呼ばれている、例えるのなら研磨された黄金の宝石。もっぱらアケト・トゥアトの歴史を知らない人にとっては、ただの宝玉に見えるだろうね」
「そのハイモスが無ければどうなるのですか?」
「さぁね。それは俺にも分からない。ただ良いことではないのは確かだ。ーーさて、どうだろうか。達成したあかつきには報酬を弾もう。加えて今回の依頼中、さらにはアケト・トゥアトでの君らの旅で、我々は全力でサポートさせてもらうことを誓おう。改めて、依頼を引き受けては貰えないだろうか」
先ほどのジェフトとは異なる、低めで落ち着いた声。その声が周囲の空気を張りつめさせる。エイドは思わず固唾を飲んだ。
「……ねぇ、エイド。この依頼を受けない?」
「え?」
固まった空気を割いたリアは、エイドの方をまっすぐに見つめていた。
「私の直感ーーだけど、引き受けた方がいいと思う。彼が言う通り、このままだとかなりマズイことが起こる気がするの」
「うーん……」
エイドは考える。冒険者たちの誰もが恐れる盗賊団、裏で彼らと繋がっていて宛にならない警察たち。いかにもこちらに不利な盤面だ。ーーけれど 、リアの直感は正しいと、島での出来事を振り返って思った。
「……よし。その依頼、引き受けます」
リアは頷く。ジェフトは大きく、安堵のため息を吐いた。そしてエイドとリアの目を見つめながら話しだす。
「ありがとう。依頼受理申請はこちらで請け負うよ。タラリア、頼めるかい?」
「はいはい、そんじゃ行ってきますよ」
タラリアは立ち上がり、客と冒険者で賑わうカウンターへと歩いていく。彼を見送ったジェフトはセシャトに鞄から資料を出すように伝え、資料を机上に並べる。
「紙媒体も捨てたもんじゃない。燃やしたら確実に隠滅できる。ーーさて、先ほど依頼までの経緯と盗賊について軽く話したけれど、受理してもらった以上、深い話……つまり我々が独自に調べた情報を共有しようと思う。まずはーー盗賊団についてだ」
紙の束をエイドとリアの前に移す。その紙には白黒の人の写真にいくつか文字が書かれている。
「彼らが構成員。基本的にはそこらにいるゴロツキと変わらない、魔水晶すら持っていない連中だ。だけど、さっきも言った通り、この女……団長のレッサが厄介でね」
紙の束の中から1枚取り出し、上へと重ねる。
「これは、いかにもって感じね」
手の甲から方にかけて巻き付く蛇を象った刺青がある、筋肉質の女。見る者が思わず縮みあがるほどの人相の女の写真。クリップで留められている付箋の文字は、彼こそがレッサであることを示す。
「このレッサという女は、元軍司指揮官……戦闘に長けているうえに、頭もキレる。加えて彼女の持つ魔水晶は非常に強力な火の魔素を宿しているという情報もある」
「1つの盗賊団であれば我々でも対処は可能です。しかし先にも申し上げたとおり、町の治安組織をも巻き込んだ状況にあります。このため盗賊団の他にも、彼らに協力している組織への対処も行わなければなりません」
「……だから、協力者を探していた、と」
「うん、そういうこと。簡単に言えば一斉摘発って感じだ」
「あの、そんな重要な話をここで話してもいいの?」
リアがおずおずと手を挙げる。彼女の言葉にエイドはハッとした。
「(たしかに……人気があるから、いや、人気があるからこそ誰かが盗み聞きしているのかもしれないのか)」
すっかりとその方面では平和だったエイドがいた未来の世界に彼の常識は慣れてしまっていた。
「あぁ。その辺は平気さ」
「坊っちゃん、こちらの不届き者の皆さんをお連れしましたよ……っと」
5人の男たちを担いだタラリアはそれを床にドサドサと放った。誰もがギルドに馴染むような服装をしていて、タラリアが机に並べた冒険者証から、実際に彼らが冒険者だということは明らかであった。
「どうします?」
「例の場所に。それと坊っちゃんは辞めてくれ」
「了解。そんじゃあ、俺は先に行ってますわ」
タラリアは彼らを紐で縛り、引き摺りながらギルドを出ていった。
「……と、まぁこのように。気にしているだけ無駄なので問題ありません」
エイドとリアは呆然とその様子を見ているしかできなかった。
「やっぱり、私たち必要ないんじゃ……?」
「俺に至っては駆け出し……というか戦闘経験はないし、役に立てないと思いますが」
「今回は質よりも量を重視したいんだ。さっきも言ったけど、一気に複数の巣穴を叩かないとならないからね。それにエイド君は戦闘経験ないって言っていたけど、潜在能力は悪くない。むしろ伸び代は大きいと思うよ」
眉を潜めるエイドにニコニコと明るい笑顔をジェフトは向けた。
「君らだけだと心配なようだね。……よし、セシャト。彼らに同行してくれ」
「はい、承知いたしました」
「それじゃ、俺は俺でやることがあるからこの辺で。そっちは任せたよ」
ヒラヒラと手を振りながらジェフトは去っていく。セシャトは彼を見送ったあと、2人に視線を向けた。
「ところで、お2人は宿のご予約は済んでおりますか?」
「「あ……」」
****** ******
ギルドを後にしたエイド、リア、セシャトの3人は、太陽が傾きつつある町の中を宿へ向けて、歩いていた。ギルドでのセシャトの対応は早かった。エイドたちが宿をとっていないと答えると、ジェフトへの連絡を行った後に端末から予約を済ませる。
『食費や宿泊費といった必要経費はこちら側で持つ、とのことです。また、宿の予約も我が社系列の宿を予約させていただきました。先程の件もございますので、ご理解くださいますよう』
それは10分にも満たない手際であった。
「(ギルドではジェフトさんのボディーガードとは言っていたけど、実際は秘書とかそのあたりなんだろうか)」
エイドはセシャトを観察しながらそのように思った。
「さて」
セシャトはある建物の前で立ち止まり、振り返る。
「こちらが予約させていただいた宿泊施設となります。こちらの都合で簡素なものとなりますが……」
彼女が指し示した建物は、街に溶け込むような赤レンガを基調とした小綺麗な建物だった。エントランス前には、整えられた小さな庭が設けられている。これを見たリアは目を見開いた。
「うそ、ここってフォルラムルの中でも高級ホテルじゃない!」
「そう、なのか?」
リアはエイドに、端末に写した旅行口コミサイトの画面を見せる。
「うん、ほらこれを見てよ。宿泊費は相場より高い、けれど口コミは好評。まさか泊まれるとは思わなかったよ」
「おぉう、これは……セシャトさん、本当にここでいいんですか?」
「もちろんです。ここは当社が運営する宿泊施設の1つでございます。なので費用や警護についてはご安心ください」
淡々と述べるセシャトに、エイドとリアは顔を見合わせる。その時、不意にピコンという音が鳴った。
「失礼」
セシャトは小型の端末を取りだし、その端末に視線を落とす。しばらくして顔を上げた。
「少々この場を離れます。ご主人の方で人手が足りないそうで。何かございましたらこちらにご連絡下さい」
「あぁ、それなら私が。エイドは持ってないの」
リアは端末を取り出し、セシャトと連絡先を交換する。エイドはその姿を見て、ふとホームシックに近い感覚を得た。
「チェックインについては、“ジェフト・カドゥケウス”の名を受付にお伝えください。それでは、私は行きますね」
セシャトはそう言うと颯爽とホテルの柵に飛び乗る。そして柵から壁へ、壁から屋根へと登って屋根づたいに薄明の青い空へと消える。常人離れしたそれは、エイドの意識を現在へと引き戻した。
「……うん。よし、チェックインしてしまおう」
「そうだね。いやぁ楽しみだなぁ、高評価ホテル!」
「気楽だなぁ、お前は」
最上階から1つ下の、海が一望できる部屋。そこが彼らにあてがわれた部屋だった。各々1室ずつ、シンプルな家具や部屋は掃除が行き届いている。そして打合せのために、リアがエイドの部屋を訪れていた。
「それにしても驚いたな。ジェフトさんの名前を出したら、急に空気がピリッとしてさ」
「だな。それからあれよあれよと……。一体何者なんだ、あの人。いや、あの人たち」
「色んな意味で只者じゃないよね。セシャトさんが屋根まで登るのを見たときは自分の目を疑ったもん」
「やっぱりこの時代でも、あれは異常な部類なんだな」
「うーん、どうだろう?種族にもよるし……。確かに“ヒト”では少ないけど……噂程度には聞かなくもないかな?」
「いるには、いるのか。ヒトにも」
「私が知っているのは、魔素を体内に貯めて、直接使えるイグズホースのウィザードかしらね。あと東方の国にも身体能力が飛び抜けた“ヒト”もいるって聞いたことがあるわ」
「もしかして、ニンジャ?」
「ニンジャ……ってなに?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。……ゴホン、そんなことよりあの依頼の話をしよう」
エイドはセシャトから渡されたファイルから、依頼書と資料を並べた。手配書のレッサの眼光が2人を見つめる。
「今、私たちが知っていることは少ないけど……このレッサっていう人のアジトに行くんだよね」
「あぁ。それで彼らの捕縛、そして盗まれたものを取り返すのが目的だったな」
「あれ、でも待って。アジトの場所とかって教えてもらっていたっけ?」
「それについては、先ほど情報を手に入れました」
エイドとリアは飛び退ける。彼らの間にセシャトの顔があったのだ。
「い、いつからいたんだ?」
心臓が高鳴るのを抑えながらエイドは尋ねた。
「つい先程です。詳しく申し上げますと『私が屋根に登った』話題のときには既に」
「割りと前から入ってた」
「ふふ、冗談です。屋根に登った際にお2人の表情を見たところ話題にしそうだな、と思いましてカマをかけてみました」
「えぇ……。セシャトさんには敵わないなぁ」
「お褒めいただき光栄です」
「(……案外この人、侮れないな)」
「さて、ではこちら。新しく入手した情報でございます。急ぎであったため、読みにくいところがあれば申し訳ありません」
セシャトは、机上の資料に加えていく。それらは印字ではなく手書きの文字で作成されており、地図にも赤い文字が書き足されていた。
「今回明らかになったのは、大きく分けて、”レッサの魔水晶”、”アジトの所在地”、そして“盗品のありか”の3つです。詳細を共有しますので、資料をご確認ください」
エイドとリアが頷くと、セシャトはまずレッサの手配書を手に取った。
「まずはレッサの魔水晶について。昼間に“非常に強力な火の魔素を扱う”とお伝えしたかと思います。情報によりますと、彼女が扱う魔水晶はとてもシンプルで”火炎を放つ”というもののようです。近いもので言えば“火炎放射器”が妥当かと」
「(火炎放射器もあるのか……。この時代のことが分からなくなってきたな)」
「次に彼女らのアジトと盗品の在り処です。そして彼らは、この町より北部にあるハナカナ洞窟を根城としているとのこと。こちら、本拠点のようで件の盗品はここに運ばれたという情報がありました」
セシャトの指が、地図上のフォルラムル港と丸のつけられた山間部を交互に指す。その間の距離は、縮尺から数10キロメートルは離れていることが示されている。
「そうだ。ジェフトさんとタラリアさんの方は、どのように動くんですか?」
「そういえば、伝えておりませんでしたね。町の治安組織の暗部と盗賊団の密会ーーこの場合は総会、でしょうか。それが港の倉庫で行われるようです。そこを摘発する手筈になっております」
「総会……?それなら、盗賊団全員もそこに集まるんじゃないかしら?」
「いいえ。それは考えにくいのです。これはレッサ率いる盗賊団の特徴なのですが、彼女とその親衛隊なる数人は、そういった場に姿を現さないのです」
セシャトは手配書を再び取り出し、資料の山の頂点へ乗せる。
「この手配書も盗賊団被害者宅の監視カメラから出力したもので、恐らく町の治安組織ーー暗部は彼女の素顔を知らないのでしょう。事実、元関係者もレッサとは盗賊団のしたっぱや通話を通しているとの証言もあります」
「自分は直接関わらずに、安全圏で高みの見物か……」
「えぇ。なので直接アジトに赴く我々が、レッサと遭遇する可能性が高いのです」
エイドが視線と落とすと、再び手配書のレッサの目が合った。写真でも放たれるその眼光にゴクリと生唾を飲んだ。
「今さら聞くのもアレだけれど、決行はいつ?」
「2日後の深夜となります。急ではございますが、あちらの方で動きがあるようですので、これに合わせるかたちとなりました。お2人には申し訳ありませんが、この日程で進行させていただきます」
セシャトが頭を下げる。リアがエイドを見ると、エイドは頷いて言う。
「急、ではあるけど……そちらに合わせます。依頼を受けている身ですし」
「うん。盗賊団の情報はセシャトさん、ひいてはジェフトさんの方が持っているだろうし、その方がいいと思う」
「ありがとうございます。では、後ほどプランニングをしますので、明日の夕暮れ過ぎに、ここでブリーフィングを行いましょう」
「了解」
返事を聞いたセシャトは頷いて、テキパキと資料を片付けはじめる。するとヒラリと1枚、彼女の腕から地図の資料がこぼれ落ち、それをエイドが拾い上げる。ふと、紙から何かの臭いが昇った。
「(鉄……?いや、これは)」
「あぁ、すみません。ありがとうございます」
それを受け取ろうとするセシャトにエイドは問いかけた。
「あの……さっきの情報は一体どうやって集めたのか、聞いても?」
「ーー企業秘密です」
彼女の今日一番の微笑みにエイドは「あ、はい」と返すしかなく、部屋を出ていくリアとセシャトの後ろ姿を見つめながら途方に暮れた。
****** ******
エイドらが会議を終えた時刻。
フォルラムル港外れの丘の上、ツタが這う赤レンガの洋館から薄い光が漏れる。洋館のバルコニーでジェフトは、港町という星の海に浮かぶ月を眺めていた。
「ふぅ……」
ジェフトは、手に持つグラスに1つ口をつける。酒の匂いが鼻腔の中に広がり、そして風が運ぶ森と潮の匂いが波のように重なった。その香りは港から吹く冷えた夜風とともに彼を包む。グラスの中で氷がカラン、と鳴った。
「坊っちゃん、風邪引きますよっと」
「タラリア」
バルコニーにに続く戸を開けた彼は、わざとらしく大袈裟に、頭を下げる。
「片付けは終わりました。あとは明後日の計画準備だけです」
「その口調と“坊っちゃん”呼びは辞めてくれ。今はあそこから独立した一経営者に過ぎないんだ」
「はいはい、昔から我が儘なのは変わらないんだから」
「ハァ……そんなことより、何か用かい?報告だけじゃ無いんだろう?」
「セシャトちゃんのことだよ。いいの?1人で“あっち”を任せちゃって。どちらかと言えば本命はあっちでしょ」
「うん、それでいい。むしろ丁度良かったよ。彼女にとって乗り越えるべき試練になるから、ね」
「うーわ、意味深な顔。……まァ、お前が考えてることは分からないが、考えがあるなら何も言わないでおこう」
「そりゃどーも」
「ほんっと嫌な方に成長しちゃって」
「世話係だったアンタのお陰でな」
ジェフトは室内へと歩く。古い戸が軋みながら閉まり、パタンと鳴ると同時にカランと氷がなった。
****** ******
依頼受注から2日後ーー作戦の決行1時間前。
荷運び用の駱駝の荷車でエイド、リア、セシャトの3人は目的地ーーハナカナ洞窟があるとされる場所に到着していた。3人は岩の影に身を隠しながら、周囲を見張る。
「本当にこの場所であっているの?洞窟っぽいものもないよ」
「おかしいですね。確かに吐かせ……失礼。入手した情報と地図を照らし合わせるとここのようなのですが」
ハナカナ洞窟があるとされる位置には、見渡す限りのステップ気候特有の低木や、岩石が転がる乾いた土地が広がるばかりであった。洞窟に繋がるような山や崖はそこにはない。舌打ちをして地図を握りしめるセシャトをエイドは宥める。するとリアが急に辺りを見回す。
「っ、静かにして、何かが近づいてくる!」
これを聞いた2人は耳を澄ます。すると遠くの方から地面を揺らすようなエンジンの轟音が、徐々に彼らの元に迫ってくる。
「隠れよう!……隠れられそうな場所は」
「お2人ともこちらへ!」
幸いにも近くに茂っていた低木林を見つけた3人は、その小さな隠場に身を寄せてエンジンの鳴る方へと注意を向けた。やがて近づいてくるその何かがエイド達にもハッキリと分かった。
「(この世界……アレもあるのか)」
ーー“車”だ。砂上を走ることに特化した姿のソレは、巨大なタイヤを駆動させ、地響きを立てながら走る。エイド達の前を通りすぎ、距離にして20メートル先の地点に止まると車から男衆が降りてくる。その中に1人だけ女がいた。彼女は男衆に向けて身振りで彼らを動かしていた。
「あれが……あの女がレッサですね」
一瞬だけ覗かせた彼女の横顔を捉えたセシャトが呟く。それを確認するかのようにリアがレンズを覗いた。
「また顔を向けてくれないかなぁ……あ、でもあの腕の刺青は手配書と同じだ」
「確か巻き付く蛇の刺青だったな。その特徴なら、ほぼ間違いないだろう」
「奇襲する?」
「いいえ、リア様。お待ち下さい」
「えぇ、なんで?こっちに気がついていないし、チャンスじゃない?」
「落ち着け、リア。目標は討伐と盗まれた魔水晶の奪還だ。奪還のためにアイツらのアジトを突き詰めないと」
「うっ……そうだった。アジトにあるんだもんね」
「情報が確かなら。しかし、彼女らは一体何をーーっ!」
ゴゴゴゴ
突如として地響きが襲う。先ほどの四輪駆動車の振動とは違うーーとても大きな音。それは意外にも直ぐに鳴り止む。
「なんだったんだ」
「ーーねぇ、アレ!」
エイドは標的に視線を向ける。
レッサの前ーー変哲もない平たい荒野の真ん中に、大きな口を開けた岩山が隆起していた。突然現れたそれはエイドの声を詰まらせた。呆気に取られる3人を余所にレッサ一行は、四輪駆動車とともに大岩の中へと消えていく。
「……ハッ!見失う前に追うぞ」
エイドは隠場から飛び出す。彼の声に気がついたリアとセシャトもその後を追うーーが
ゴゴゴゴ
また、地響き。隆起した岩山は地中へと潜っていく。ソレに近づくほど振動は増していき、エイドは足元を掬われる。揺れる地面の上で立つだけでもやっとの状態で、平たい荒野に戻る光景を眺めるしかなかった。
「あともう少しだったのに」
エイドは地面を殴る。追い付いたセシャトはエイドとリア頭を下げる。
「申し訳ありません……わたしが呆けたばかりに……」
「いや、セシャトさんのせいじゃないですよ。現にオレたちも直ぐには動けなかったですし」
「……ありがとうございます」
「それにしても、地中に潜るアジトだなんて……卑怯な奴らだね。アレじゃあ誰も捕まえられないよ」
「そうですね。それを見込んでの掴まされた情報だったのでしょう。場所を示しても発見できなければ良し、発見されても入られなければ良し、ですから。特に今日ーー町の権力者との密会の日であれば」
「“地中に潜る洞窟を見つけた”何て言っても誰も信じないだろうしね。入ったら入ったで入り口は地面の下、自分から死地に行くようなものよね」
「入口が地中に潜るってことが分かっただけでも、とりあえず良しとしよう。……さて、ここからどうするか」
3人の周囲には沈黙が流れた。直前に見たレッサ達の行動にも、それ以前の情報からにも、この問題を解決するような鍵は見つからなかった。
「地面に潜っているなら、私のコレで!」
リアは自身の短剣を地面に突き立てた。そして手元のスイッチを押してーー
「穿て!」
ーー結果としては、その行動の意味はなかった。短剣を突き立てた跡が地面に小さく残った。
「リア、戻ってこいって」
リアは少し離れた場所で屈みながらいじける。
「うぅ……まさか硬い層があるなんてぇ……。なにが「地面に潜っているなら、私のコレで!」よ」
「(そういえば、リアの短剣って、土の魔素ーー地面に潜る特性があったな)」
カラル島での出来事をふと思い返す。すると彼女のもう1つの能力について、エイドの頭に過った。
「リア、これを突破する方法について、占ってみてくれないか?」
「え?」
エイドが放った言葉にリアとセシャトは戸惑う。
「占い……でございますか?」
「いや、その。取り敢えず何もしないよりかはマシかなって……」
「わかった。やってみるね」
リアはレンズを夕陽が覗く星空に向けた。天上に広がる空には既に星々が瞬いている。
数秒の後。パチリという、リアがレンズを閉じる音が鳴った。
「よし、終わったよ」
「どうだったんだ?」
「結果としては微妙。直接どうってことじゃなくて“整理、想起、試行”の3つの単語。よく分からないけれど、取り敢えず現状を“整理”してみようよ」
「それはさっき思い出してみたが、打開する方法はなかったぞ」
「それは思い出しただけでしょ?必要な情報だけをまとめてみれば、何か分かるかもしれないじゃない?」
「そう、だな。今は占いを信じよう」
「占い……」
「セシャトさん、気持ちは分かる。けどリアの占いはかなりの高確率で当たります」
自身無さげなセシャトにエイドは言葉をかける。リアはそれに大きく、何度も頷いた。
「そうですね。ご主人が認め、私の目でも信用ができると分かった方々の申し出です。それに頼ってもよろしいですか?」
「うん、もちろん!」
そこから、セシャトは現在ある情報を、口頭で簡潔にまとめた。しかしすぐに答えが出ることはなく、時間が過ぎるばかりで、次第に焦りが彼らの思考を掻き立てる。
「……少なくとも今ある情報に答えはありませんね」
「連想法……これもなかなかに厳しいかも……うーん、詠み間違えは、ないと思うんだけどなぁ」
エイドは辺りを見回した。何もない荒野に夜の気温で冷やされた風が吹き、少ない草木が揺れる。
「(荒野に……盗賊……何か引っ掛かるんだよな。どこかで聞いたことがあるような)」
「そもそも|入れないように洞窟の入口を塞ぐ《・・・・・・・・・・・・・・・》なんて、何を食べたらそんな発想になるのよ。ズルいじゃない」
「合理的ではありますが、些か大胆ですね」
「(今、何か)」
エイドは確認をとるかのようにリアに尋ねた。
「リア、さっきのもう1回言ってくれるか」
「えっと、『入れないように洞窟の入口を塞ぐなんて』?」
「それだ!」
食い気味に言う。
「いや、モノの試しというか、こんなのが答えなのかは疑わしいんだけど」
「事態は一刻を争います。それでもいいのでお願いします」
「わかった」
エイド自身、その発想をすること事態に馬鹿馬鹿しさを覚えた。そして唱えるーーある物語群で唱えられた、かの呪文を。
「|ひらけ ごま《Open the Sesame》」
空気が固まる。何も起きないことに羞恥で火照る頬と震えるエイド。それを不思議そうに見つめる2人。
「やっぱり、こんなものじゃ、開かない、よな」
その時、あの地響きとともに大岩が現れる。それにリアとセシャトは驚きの表情を浮かべる。しかしその場の誰よりも驚愕したのはエイドであった。
****** ******
洞窟に入ると四輪駆動車が停められていた。外でレッサ達が乗っていたものと同じものだ。
「どうやら、レッサたちは近くにはいないみたいだな」
人の気配はない。少し開けた空間に車だけが停められ、その奥にどこかへと繋がる道があった。
洞窟の中は、意外にも整備されていた。転がる石ころは少なく、一定の間隔で壁に掲げられる松明は火を灯らせている。その意外さに一行が驚嘆していると、入口が地面の中へと沈み、閉ざされていく。
「洞窟内では、揺れが感じられない?」
「一体どんな技術なんでしょうか……」
「セシャトさんも知らなんて、ホントに何なの?」
「国外のことについては浅学の身にございます。……帝国の技術なら……いえ、流石に馬鹿げていますね」
分かれ道の無い道が彼らを奥へ奥へと手招く。
「……慎重にいこう」
3人は頷き合い、奥へと足を向けた。
洞窟はひたすらに真っ直ぐな一本道であった。壁面に鉄格子があり、その隙間からは、粗雑に物品が置かれている。物品は専門的な知識が乏しいエイドが一瞥しても高価なものだと分かるようなものであった。
「宝物が洞窟の入口近くに置かれるなんて……変なの」
「ほんと。技術もだが構造も違和感しかない。まるで聞き齧った知識を適当に繋ぎ合わせて造った感じがする」
「まぁ、本来ならば侵入ができない洞窟です。それに仕入れた情報から、レッサの盗賊団はキャラバンから盗品を別の盗賊団に盗まれたという情報もあります」
「盗んだものが盗まれる……。それだけ聞くと失態だけど」
「そうですね。しかし数ヵ月後、その盗賊団は壊滅しましたーー1人を残して。そして彼らの資産も盗品ごと根こそぎ回収されたとのこと。……盗み返すことに絶対的な自信があるのでしょうね、だから盗まれても別に良いと」
「めちゃくちゃ執念深いんだね」
「あとは……そうですね。情報から彼女の考えは倒錯的で見栄っ張りな部分があります。なのでこれは、宝物庫でありながらショーケース。謂わば見せびらかしているのでしょうね」
「……なるほど」
若干の強引さが感じられる論調をエイドは聞き流すことにした。彼らは宝物がある部屋の前を通りすぎる。
「セシャトさん、倉庫から盗まれたものはいいんですか?」
「探したいのは山々ですが、流石にこの中から探しだすのは難しく、トラップが仕掛けられている可能性もあります。なので、まずはレッサを叩き、在り処を吐いてもらいます」
「そ、そうですか」
スタスタとセシャトは歩きだす。エイドとリアは少し早くなった彼女に追い付くのがやっとだった。丁度そのとき、1つの鉄格子の奥の空間でゴトリという小さな物音が鳴った。
「ちょ、ちょっと待って」
音を気にせずに先を歩く2人を、リアは呼び止める。
「どうした」
「……決行時間が迫っております。足を止めることは、あまり推奨できません」
「そ、それでもここ!ここの奥にナニかいるのよ」
「敵、かもしれません。お2人ともご注意を」
セシャトとエイドは武器に手を掛けて、リアの指し示す1枚の鉄格子の戸の先を警戒する。その先には黒い小さな影が蠢いていた。その影はゆっくりと格子に近づく。やがてそれが小型犬サイズのイキモノということが分かった。
「小動物でも紛れ込んだのかしら」
「ワシは……!小動物じゃねェ!」
廊下の松明の火がソレを照らし出す。そこにいたのは、二足歩行のイキモノーー角のあるドラゴンにたてがみと肉球を併せ持った合成獣が、格子に手を掛けて威嚇していた。
「か、かわいい!君はなんでこんなところに?というか喋れるんだ、すごいね」
「知るか!そんな事よりワシをここから出せ!それにかわいいと言ったな?!ワシはかわいくなどないわ!せめてカッコいいと言え!」
プンスコと音を立てて怒る様にリアの口許は緩んでいる。
「ねぇ、君の名前はなんていうの?」
「ワシをここに閉じ込めた奴らの仲間なんぞに、誰がお前らに名乗るか!」
イキモノがそう言い放った瞬間、熊の唸り声のような、腹の虫が鳴いた。
「……うぅクソぅ、匂いに釣られて忍び込まなけりゃこんなことには」
「自業自得じゃないか」
はぁ、とエイドはため息を吐き出しながら、トレジャーバッグから取り出した携帯食料を、鉄格子の隙間から差し出す。
「味は保証しないぞ」
「む!か、感謝する」
イキモノが携帯食料を掴みとるとあっという間に、それの胃の中へと消えていった。
「ぷはぁ、ありがとう恩人。アイツらの仲間じゃないお前には名乗っておこう。ワシは偉大なる竜の王子、ラクメヒスである!」
「そっかぁ。それじゃラックスね」
「ラ、ク、メ、ヒ、ス!お前は失礼な奴だな!」
「あー、コホン。お前はここから1人で逃げれるか?」
「おうよ!恩人。腹も膨れて力が戻ってきたからな!ところで恩人の名前は聞いていなかったな、名は何という?」
「……エイドだ」
「エイドか。うん、覚えたぞ」
「私はリアね」
「お前には聞いとらんわっ」
「それであっちにいるのがセシーー」
「コホン。皆様」
セシャトは片足を奥へと向けながら、2人と1匹を見つめている。
「……すまないラクメヒス。オレたちは急がないといけない。お互い生きて会おう」
「おうとも!達者でな」
ラクメヒスと分かれてから何十もの扉を過ぎた。どの空間にも同様に粗雑に置かれた財宝があり、エイドは同じ場所を歩かされているような感覚を覚えた。しかし、そんな中でも変わってくるものもある。
「うっ……この臭いって」
リアは思わず手で口を覆った。松明から漏れる火と油の臭いもそれと混ざり、エイドは思わず眉根を寄せた。臭いは徐々に、奥に進む度に濃くなるーー血の臭い。いつからか、扉の奥には赤黒く染まった両刃刀や片刃刀、鈍器、槍、そして拷問器具が置かれた血塗れの空間になっていた。そして千切れたネックレスや潰れた指輪が当然のようにばら蒔かれている。
「(むごい……)」
エイドはこの様子を見て何も言えなくなった。安全圏から外れるとこうも成るのだと、彼は知った。
「リア、大丈夫か?」
極めて小さな声で尋ねる。半分しか見えない顔は苦悶の表情を浮かべている。しかし気丈にもリアはコクコクと頷く。
「セシャトさんはーー」
ーー無表情だった。ただ一点、洞窟の奥を見つめている。そして彼女の放つ殺気は、エイドの肌をも逆立てさせるものであった。
「(一体どうしたんだ……)」
ザクザクという土を踏みしめる音だけが響き渡るようになった。大きな鉄扉が一行の眼前に現れる。それを開けようとエイドが手を伸ばす。しかし、手が触れる前に鉄扉はゆっくりと開いた。
****** ******
「よォ、侵入者ども。ようこそ“ハイエナの巣窟”へ!」
開けた空間の最奥、骨と布でつくられた玉座にふんぞり返る女が、そこにいた。手配書の通りの人相の彼女は、声高らかに嗤った。
「……ハイエナ」
レッサの言葉にセシャトの耳がピクリと動く。そして、短い息を吐いた。
「気がついていないわけがないと思いましたが、何もしてこないので腑抜けだと思ってましたよ」
「ん?あぁ、その必要がないからね。むしろ余計にアジトを汚さないためさ。アタシらはキレイ好きだからね」
「あんな血まみれの部屋があって、何を言っているんだ」
「そうかい、アンタは気づかなかったみたいだ」
「ーー血痕はあった。けど怪我人や死体はなかった、でしょ?」
「おぉ?そちらのお嬢さんは聡明だね。そうさ。血なんざどうでもいい」
「血の量からして、殺傷現場はあの部屋よね。その人達はどうしたの」
「っ……!」
リアは短剣をレッサに向ける。リアの言葉を聞き、エイドも剣の柄を握った。
「はは、答える必要はないね。お前達はここで死ぬからさ。さぁ、燃え尽きなァ!」
レッサは立ち上がり、刀剣を振り上げた。
「させません!」
突風が巻き起こり、キィィンという音が鳴り響く。レッサが振り下ろすそれを、先ほどまでエイドらの隣にいたセシャトの大剣が防いでいる。
「んん?見覚えがある顔だと思っていたが……あん時の奴隷じゃあないか!ふぅん?あのいけ好かない小僧に買われたのか」
レッサの剣を弾き、セシャトは飛び退く。
「過去の話です。今はその商人の元で雇われております。そして“ハイエナ”と聞いて、もしやとは思いましたが、あれも貴女が糸を引いていたのですか」
「ああそうさ。思い出すよ、あの頃のアケト・トゥアトを。無料で大量の商品が仕入れられて高値で売れる。売上金の少しを与えれば国王は黙って商品を寄越す。あんな楽な商売はなかったよ。ーーあの小僧どもが台無しにするまではね!」
レッサの持つ剣が煌々と灯る。これを振るうと軌跡をなぞるように火炎が放たれた。
「くっ……大河の波よ、盾となれ!」
セシャトが魔水晶に光が灯った大剣を突き立てる。すると床がひび割れ、そこから湧き出た水がレッサの火炎を打ち消した。
「水……!それなら利は」
「ええ。このためにご主人は、私をこちらに派遣したのでしょう」
レッサの放った火炎はセシャトによって鎮火した。もうもうと立ち昇る水蒸気がその空間に満ちる。
「ハハ!なるほど、確かに分が悪い。な!らば水使いを封じるまでさ。お前たち出番だよ!」
レッサの声に応じて、壁に掛けられていたタペストリーの裏から、アジトをはじめに見たときにいた男衆が現れる。人数として、エイドらがアジトのそとで見た人数ーー5人が立ちはだかる。
「(盗賊団、という割には少ない……つまり彼らが)」
「親衛隊ね」
「ハハハ、そうさ団員のほとんどはここにはいない。この子らにもアタシは一人でいいって言ったんだけどねェ。ーーあぁそうだ、ところでアンタのご主人サマとやらは港の倉庫だろう?」
レッサはセシャトを見つめる。
「……」
「ソイツは、骨は残るのかねぇ?」
ニタニタと嗤うレッサに、セシャトは刃を向ける。
「関係ありません。私は私の職務を全うするまでです」
「クク、良い目をするようになったものだね。今なら良い値がつきそうだ。……さぁさ野郎ども、仕事の時間だ、掛かれェ!!」
レッサの言葉を皮切りに、その場の全員が動き出す。男衆は一斉にセシャトを狙った。
「っ!」
3人もの男に強襲を受けたセシャトは、大剣を振るい何とかそれを捌く。リアとエイドが彼女に助太刀しようとするも、彼らもまた他の男衆に仕掛けられる。
「姐さんには指一本触れさせねェ!」
「ぐぐぅっ」
男が振り下ろすメイスを、エイドは両手で剣を構えて受け止める。
「ちょこまかと、鬱陶しいわ!」
「ちょっ!私、大きい武器持ってないんだけど!」
リアは男の剣を躱して、刃のついたアンカーを撃つが、剣で弾かれてしまう。レッサへの道は、男衆に阻まれ彼らは先に進むことができずにいた。焦燥感と苦悶に満ちた彼らの表情を見て、レッサはニヤニヤと卑しそうに笑う。
「今度は戦力を増やしすぎたみたいだね。さて、どいつがアタシを楽しませてくれるか」
「ぉぉおお!」
メイスをいなしたエイドは剣を構え直し、太陽石の力を励起させ、陽の炎を剣に灯らせる。
「ぐあぁぁ!」
メイスを持った男を切り伏せ、そのままの勢いで玉座の前に立つレッサに斬りかかった。
ギイィィン
剣と剣がせめぎ合う。その刹那でレッサは品定めをするかのように、エイドが持っている剣を見た。
「ほう?変わった剣を持っているみたいだね。それにその首飾り……よし!決めた」
レッサは片手の一振りでエイドの剣を身体ごと弾き飛ばす。
「喜びな、お前が持つ剣と首飾り……戦利品としてアタシのコレクションに加えてやる!」
その瞬間、レッサは飛び掛かり、エイドに仕掛ける。それをエイドは剣でそれを受け止める、が。
「!」
レッサの剣が、エイドの剣が纏う炎を吸収しはじめる。それを見たエイドは、すぐさまレッサから距離を取った。
「なんだ今の」
「へぇ、これが反応するなんて……よくわからんが、ただの炎の魔水晶じゃないね?やっぱりそれは希少品ってことさね」
「……?」
レッサは剣に、先ほどよりも一際大きい炎を纏わせた。
「死になぁっ!」
炎を纏った剣が振り下ろされる。エイドはそれを剣で受け止める。
「うぐぁ……ぐ!」
熱が、炎が、エイドの肌をジリリと焼く。いなそうにも、今度はその炎がエイドを捕らえようとすることが、彼には予測できた。
「(焼き斬られるか、火だるまになるか、か!)」
ギリギリと鳴る剣と皮膚を焼く音がエイドの心を掻き乱す。その時、レッサとエイドの間、地面から水が吹き出た。炎は消え、白い水蒸気が彼らを包む。エイドは一瞬力を緩めた彼女の剣を返し、飛び退いた。
「間に合った!」
「エイド様、ご無事ですか?」
晴れた水蒸気の中から、リアとセシャトが姿を現した。彼女らの後方には倒れる男衆の姿がある。
「フゥン?中々やるじゃあないか」
レッサは卑しく嗤った。
「随分と余裕だな」
「言っただろう?本当はアタシ1人で十分なんだ」
彼女の剣に灯る炎が渦を巻く。すると、そこに向かって空気が流れはじめた。
「そろそろアタシも本気を出すとしようか。ーーさぁ喰らうがいい、我が剣よ!!」
炎が大蛇のようにその空間を這い回り、一気に熱気が満ちていく。ジリジリと焼ける痛みにエイドは喰い縛り、耐え、炎の大蛇を目で追う。すると大蛇は、部屋に転がる男達の身体を次々と喰らっていく。それが焼ける音と悲鳴が洞窟の中に響き渡る。まるでーー地獄だった。やがて、大蛇はレッサの剣へと還る。彼女の剣が纏う炎は一際大きく、熱く、強い炎へと至った。
「お前……!」
「アイツらの命もアタシのもんだ。どう使ったって構わんだろう?アイツらもアタシの力に成れて幸せだろうさ」
「あんた……彼らの叫び声が聞こえなかったの?」
「アタシの願いを叶えるためだ。仕方無い」
「呆れて言うこともないよ」
「ハッ、呆れる?テメェのお気持ちなんざ知ったことかよ。アイツらがいなくても、アタシさえいれば、いくらでもやり直せるンだ!アタシの野望のために、お前たちもとっとと消えなァ!」
剣が、猛火の柱が振り下ろされる。セシャトが魔素の解放を行おうとも間に合わず、炎の大蛇は3人を呑み込む。声をあげる間もない。
「まずは1人!」
「うがぁっ!!」
猛火を裂いて、レッサはエイドを斬り飛ばす。
「2人目!」
「うっ、あぁ!!」
その攻撃で生じた遠心力を使い、リアの腹に強烈な蹴りを入れる。
「さぁ、3人目!」
「くぅっ!」
セシャトは大剣でレッサの剣を受け止めた。ギリリと音を立てながらせめぎ合う。
「ハハッ」
「グゥッ!」
剣の火が強くなる。その度にセシャトの身体が地面に沈む。
「その火が、力を……!それならば……!」
セシャトは大剣の魔水晶から水を放つ。ーーしかし火は衰えることはない。荒々しい炎が、紫色の姿を刹那的に見せる。
「火が、消えな」
「甘い!!」
「ごふぁっ!」
レッサの蹴りがセシャトの下腹部に入り、彼女は壁に激突した。
5分にも満たない時間、炎が彼らを焼ききる前に全てが終わった。炎と熱気で満ちた空間には、地面に伏せる3人と、彼らを見下しながら立つレッサがいた。レッサの口から息が漏れる。
「さっきまでの威勢はどうしたよ!なァ!」
レッサは高笑いを上げた。
「ぐっ……ふ、ぅ」
「は、ぁ」
「……ヘェ?まだ3人とも息があるのかい。ハッ、中々タフじゃあないか」
セシャトが手を伸ばして取ろうとした剣を、レッサは蹴り飛ばす。
「無駄なあがきは辞めときな、今楽にしてやるからさ。ーーそうだ、冥土の土産に良いことを教えてあげるよ。そっちの坊っちゃんもお嬢ちゃんも聞きな」
「なに、を……が、あぁっ!」
レッサはセシャトの伸ばした手を踏みつけた。苦痛に満ちたセシャトを彼女は恍惚の表情で見下す。
「アンタの水が、何でアタシの炎を消せなかったか」
「……」
「この剣と炎はね。少しばかり特別なのさ。そら、出てきな火の精霊よ」
レッサの持つ剣の火が再び紫色へと変わり、猛る。そしてその先端から女の上半身の形をした炎が現れた。
「アタシの|願いを3つだけ叶えてくれる《・・・・・・・・・・・・・》という優れものさ。その願いの1つを使ってこの絶対的な能力を手に入れたんだがね……それ故に魔素以外と燃料が必要かつ、いささか燃費が悪い。代償ってやつさ。……さてお嬢ちゃん」
レッサがセシャトに顔を近づける。
「この代償が何なのか、分かるかい?ーーハハッ、こいつぁ無駄な問いだね。さっきも見たから分かるさね?そう“生命”だ。コレには何千、何万……いやそれ以上の魂が宿って、やっと水では消せない怨嗟の炎へと至った。男衆もアタシの力になって、さぞ嬉しいだろうさ」
「……それで、何が言いたい、のですか」
「10年前のアケト・トゥアトの内乱……。邪魔されたアタシと王族との取引で、手に入れた商品がどうなったか、聞きたくないかいあぁ、もちろん健康体は売り払ったさ、健康体は、ね。ま、もっぱらあの時の情勢じゃ、ほとんどが売れやしない出来損ないで収支は赤字だったわけだが」
「まさか……!」
「おや聡い。さてはて、残りの不健康体はどこに行っちゃったんだろうねェ?」
歪んだ笑顔が、セシャトを震え上がらせた。絶望と恐怖、そして怒りが篭った目でレッサを睨む。レッサはフッと笑うとセシャトから離れた。
「安心しな。ソイツらには直ぐに合わせてやる。元から生かそうとは思ってないよーー秘密を知った者は逃せない、だろう?」
「……っ」
「それじゃあ、まずはアンタからだーー!」
セシャトの首に向かって剣が振り下ろされる。身動きがとれないセシャトは、音でそれを感じ、目蓋を強く閉じた。
「穿て!」
「ガァッ!」
突如としてこの空間に響いた雷鳴の如き叫び。地面に短剣を突き立てるリアの声だ。それに呼応するようにレッサの足元が崩れ、振り下ろされた剣の軌道が逸れて岩へと突き刺さった。
「やった!水流で土が柔らかくなったおかげね」
「おのれ、小娘がぁ!」
レッサが咆哮を上げると同時にエイドが駆けた。そして剣と剣とがぶつかり、甲高い音ともに火花が散る。
「チィッ、死に急ぐか!」
レッサは紫色の炎を剣に纏わせる。
「ぐうぅぅぉぉぉお!!灯れ!浄化の炎よ!」
エイドは、全身が焼ける中で剣に炎を纏わせた。彼の髪と同じ白い炎を。白炎は、怨嗟の炎を呑み込んでそれを焼く。紫色の炎はかつての怨みが晴らされるようにホロホロと霧散していく。
「お前、何を!」
レッサは剣を弾いて、飛び退く。そして、自身の剣に向かって叫んだ。
「火の精霊、3つ目の願いだ!“アタシにさらなる力を”!!アタシが、アタシさえいればアァァァア!!」
ゴウッとレッサの身体が赤い炎の鎧を纏う。しかしそれは彼女の身体を焼き、彼女の呻き声と焼かれる音がアジト中に響き渡る。
「うぅ、ぐ、ガァァア……ゥウ、クク、フ、ハハハハッ!!これでアタシは、この力で!」
「あの炎なら……!」
セシャトは震える手で柄を握る。
「灌げ、荒野に流れる天の涙!!」
地面のヒビ割れから水が溢れだし、大河のような大量の水がレッサが纏う炎を剥がす。
「なっ……アタシの炎が!」
怯むレッサに、エイドは太陽のように輝く白い炎を纏った剣を構えて突進する。
「 焔 光 剣 !!!」
「ガアァァァアア!!」
エイドの白炎がレッサの剣に纏う怨嗟を彼女の身体ごと燃やし、怨嗟となった魂は炎の白の中へと溶けて消えていく。カランと折れた剣とともにレッサは崩れ落ち、いつしか彼女がつくった炎の壁も消え去っていた。
エイドは膝を立てる。そして彼はリアとセシャトの方を見て、笑いながら親指を立てる。それを見て彼女らも口許を緩めた。ーーしかし
「!」
喜びも束の間、押し寄せる激しい地鳴りが洞窟の崩壊を告げる。3人は足に力をいれることで何とか姿勢を保った。
「や、ヤバイよこれ」
「一体何が起きて……」
「ハハハ!ここはアタシが精霊に願ってつくった洞窟だ!精霊が宿った剣を壊したのだから、その能力でつくられたものが壊れるのが摂理だろうさ!」
突然、倒れたレッサが息を漏らして、豪快な笑いだす。
「くっ……!」
「お前たちはアタシと一緒に地獄へ落ちてもらうよ!アッハハハハ!ハハハ!」
「2人とも、出口まで走るぞ!」
高笑いを続けるレッサを背にして、エイドを筆頭に洞窟の入り口へと駆け出した。
****** ******
「ーーハァッ、ハッ」
長い、長い洞窟を駆ける。崩壊による瓦礫の山と揺れによって悪路へと変わり果てた道をひたすらに走った。
「あ、あとどれくらい?!」
「今、半分くらい過ぎたところかと!」
「まだ、そんなしか進んでないの?!」
先の戦いで消耗した体力に、満身創痍の身体。そんな状態で無理矢理に走っている。
「(マズイ、このままじゃ、崩壊に巻き込まれる!)」
エイドの脳裏に最悪の結末が過る。地中深くに潜ったこの洞窟で崩落した瓦礫で埋まってしまう。そうなると仮に地上で救助が来たとしても、助かる可能性は限りなく低い。ーー否。そもそもこのアジトを知る者は、片手で数えられるほどだ。つまりはーーそんな奇跡なんてものはーー。そして不幸は重なるものでーー
「……っ!」
彼らの目の前に巨大な岩が落ち、行く手を塞ぐ。エイドらはそれに巻き込まれることを何とか回避したが、足は止まってしまった。
「これを、壊せれば……。って嘘だろ!」
エイドは剣の柄を握り、力を込める。しかし魔水晶が反応しない。
「私も、ダメみたい。さっきので魔素を使いきっちゃったみたい」
「……わたしもです。お役に立てず申し訳ありません」
「……一体、どうしたら」
「エイド!こっちだ」
「今のは」
突如として聞こえた声に、驚き振り向く。開かれた鉄格子の戸から、顔を覗かせる小さな竜がいた。
「ラクメヒス!」
「早い再会だったな!だが喜ぶのは後だ。こっちに抜け道がある。着いてこい!」
出していた顔を引っ込め、その奥へと飛んでいく。エイドらは直ぐにその後ろ姿を追った。
誰がつくったか宝物庫の裏の狭い手堀りの抜け道を駆けると、アジトの入り口へと出た。彼らは足を止めること無く、その勢いのまま外へと飛び出した。
「レッサはーー」
エイドは息を切らしながら、背後を振り返る。そこにあったのは、ただの瓦礫の山だけがあった。洞窟など元から無かったかのような、そんな変哲もない岩の山が。
「この下……生きてはいないでしょうね」
静かな、重い空気が朝日が差し込む星空の下に広がる。放心して、かの跡を見つめた。
「わーはっはっは!ワシを捕らえた罰よ!ザマァみやがれってんだ!」
1匹の小竜が曇天を晴らすような、空気を読まない笑い声が荒野によく響いた。
「ん?ラックス、それはどうしたの」
リアは、ラックスがいつからか背負っていた風呂敷を指差して言う。
「ラ、ク、メ、ヒ、ス!……はぁ、お前に言う必要はない、が、今のワシは最高に気分がいい。良かろう聞かせてやろう!アイツらの溜め込んでいた宝物をな!ちょいとばかしちょろまかーーゲフンゲフン、賠償金としていただいてきたのよ!」
「お前……」
ラックスが背負う風呂敷からは宝物の一部が飛び出している。小さな風呂敷ではあるが、その中身は底なしのように、エイドには思えた。ラックスのおかげで淀んでいた空気が、朝の風によって流されていったように、明るい雰囲気が戻った。しかし、全員が晴れやかな気持ちではなかった。その空気の中でセシャトは顔を青くしていた。
「どうかしたんですか」
「レッサの、宝物庫から……目的の祭具の回収が、できて、いないのです」
「あっーー」
レッサとの戦いで、もう1つの目的をエイドは忘れてしまっていた。大気は循環するもので、再び重たい雨雲が彼らの下へと集まったようだ。
「おーう、セシャトに、リアさん、エイド君。仕事は終わったかい?」
「こっちは上手くいったよーーっと」
遠くから歩いてくる2人の姿。ジェフトとタラリアだ。循環する大気が招いたのは、雨などではくーー嵐のような雷雨であった。
「んあ?どうしたんだい、セシャトちゃん」
早速、軽い調子でタラリアが尋ねる。不思議そうにするジェフトの視線に、セシャトはビクリと肩を揺らした。
「あ、あの……その」
リアが話そうとするとタラリアは指を口に当てた。
「あ……」
セシャトは唇を振るわせ、どもりながらも、何とか声を出す。
「大変申し訳ありません!祭具を取り戻せませんでした」
「ふむ……」
涙をこらえた声に、ジェフトは頭を下げたセシャトをただ見つめた。彼女の身体は小刻みに振るえている。その様子を見るエイドは耐えきれずに前へと出た。
「レッサとの戦いが終わった後に、アイツが持つ宝物の力で造られた洞窟が崩壊したんです!」
「そ、それで何とか逃げて……祭具を探す時間なんてなかったのよ!」
「ーーなるほど。ここまでの過程は分かったよ。それにしても、この瓦礫の山はレッサの……」
ジェフトは瓦礫の山を見て、「フハッ」と吹き出し、笑いはじめた。
「なるほど、彼女は随分と強大な力を持っていたようだな。これは計算外だとも!君達も大変だっただろう?」
意外な彼の反応に、セシャトをはじめエイドとリアは言葉を失った。ジェフトは頭を下げ続けるセシャトの肩に手を置いた。
「よく帰ってきたな、セシャト」
「……」
「まだ諦めるには早いと思うなぁ。だからほら、顔を上げて」
「で、ですが」
「例えば……瓦礫を掘り返したら、案外浅いところにあるかもしれないぞ」
「ーーそれは流石に大変じゃない?」
ジェフトとタラリアの言葉は存外にも、晴れ間の空気のようにカラリと乾いたものだった。
「ハハッ確かに!それはリアさんの言うとおりだ。だが希望が完全に潰えたわけじゃあないだろう?ーーあぁ、そうそう。それと」
「グエッ」
「そんな大きな荷物を持って、君はどこにいくんだい?」
ジェフトの手が、羽で飛び去ろうとするラックスの身体を掴む。
「あーえー……っと」
「さっき『レッサのアジトから宝物を盗って来た』って聞こえたんだけど……。良かったら中身を見せてくれないかい」
「ングッ……そんな義理、お前にはないぞ」
「ほう、そうかい?ちなみにだけれど、彼女のコレクションである殆どの金品について、レッサが盗んだという証拠や情報は俺達が掴んだもので、確信はあるけど公的な情報では無いんだ。被害の届けは出てるけどね。埋もれてしまった物は掘り返すまでは、証拠不十分で、レッサが盗んだかは不明となるんだけど……君がその“盗品の一部”を持っていたら、どうなるんだろうな?」
「ふ、ふん!ハッタリも大概に」
「ハハハ。こう見えても、ある界隈では有名でね。他社、他国の取引先とは、情報の共有も欠かさず行っているんだよね。……今度の社交会では、彼らに君の功績について聞いてもらおうか。世にも珍しい生き物が、賊を働いていたって」
「そんな脅し、効かんぞっ」
「……知り合いに珍品や剥製のコレクターがいたかな?」
「なっ、は、剥製だとぅ!?くぅ、う……ぐぬぬ……仕方がない、ワシは寛大だからな。い、いや、そもそも持ち主に返そうとしただけだしな。本当だぞ?」
「いいのかい?それじゃあ、コレらは持ち主に返すのは我々が引き受けよう。君だけだと大変だろう?それくらいは手伝わせてくれよ」
ラクメヒスが自身の風呂敷を下ろして広げた。中からは大人1人が両手で抱えられるほどの宝石類が現れた。
「(明らかに風呂敷に入り切らない量だよな……)」
「君は不思議な風呂敷を持っているんだな……ふぅむ、どれどれ……お」
ピタリと、財宝の山を漁るジェフトの手が止まる。そして山から金細工が施されたトパーズの宝玉を取り上げた。
「ハハ、朗報だぞセシャト。天は俺らを見放さなかったぞ!祭具はここにあった」
「へ、えぁ?で、でも」
「セシャトちゃんたちは無事にレッサを倒して、祭具も取り戻せた。だから気に病む必要はないってことだよ」
「それは……!結果論であって」
「……見聞きした限り、この善良な……あーイキモノ?と仲良くなって、レッサとの死闘の後に、なんとか盗品と思われる金品を仲間と共に奪取した。そしてその中には我らの宝もあった。そうだろう?」
俯き、黙るセシャトに向けて、ジェフトは紡ぐ。
「今回は、チームでの任務だ。全員が力を合わせてそれを達成した。もちろんイキモノの荷物に祭具が偶然入っていたという運の要素もある。それでも達成した。セシャト、自分の行動や過程の自己評価は高くないみたいだが、俺はアジトの中で何があったのか知らない。つまるところ結果で是非を測るしかない。……だから、その自己評価は今後に活かせ。ーー今は、純粋に喜ぶときだよ」
「は、はい……」
「だから改めてーーおかえり、セシャト」
セシャトの目からは大粒の涙が溢れ出す。ジェフトとタラリアは口元を緩くして彼女を見た。
「はは、珍しく良いこと言ってらぁ。僕は、さっき謎のイキモノにやってた恐喝で差し引きゼロで響かないわけだけど」
「な、人聞きの悪いことを言うな!俺はただ、この……なんだ?イキモノを犯罪者にならないようにだねぇ!」
「やいやい、なんだ。さっきからイキモノって!ワシはラクメヒスだっての!」
「あはは……すっかりオレたちは蚊帳の外だな」
「うん。でもいいんじゃない?少し前まではどうなるかと思ったけど……全部丸く収まったんだから」
「ああ、そうだな」
嵐が過ぎ去り、晴れ間が見える。あの嵐はただのにわか雨だったようだ。乾いた空気の中で、新たな陽の光が彼らを照らす。どこまでも伸びる5人と1匹の黒い影が町へ向けて歩みだした。
****** ******
レッサとの戦いから3日が経った。エイドとリアは、フォルラムルのギルドを訪れる。かの日に依頼主であるジェフトからこのように伝えられたためだ。
『そうだ。今回の報酬だけれど……町全体がゴタついちゃってね、すぐの支払いは難しいみたいだ。3日後くらいには問題なく手続きが済むと思うから、申し訳ないけどそれまで待ってくれないか?ーーあぁもちろん、こっちの事情ということで、その分の宿泊費用は俺が持つよ。ゆっくり休むのもいいし、観光してもいい。自由に過ごしてくれ』
ーーと。
ギルドは今日も賑わっていた。エイドがはじめて訪れた日と変わらず、活気に満ち溢れている。エイドとリアは受付へと足を運んだ。
「すみませーん、依頼の報酬の受け取りに来たんですけど」
受付のカウンターの奥から受付嬢が現れる。
「お待たせしました!いらっしゃいませ、報酬の受け取りですね。ではお2人の冒険者証をご提示ください」
「はい」
カウンターに置かれた2枚の冒険者証に、受付嬢は読取器を近づけた。
「リア様とエイド様ですね。依頼内容は【盗賊団の討伐】で合っておりますか?」
2人はコクリと頷いた。そうして受付側のモニターを確認した受付嬢は、一瞬ギョッとした顔を見せた後に「少々お待ち下さい」と言い残し、奥へと消えていった。
しばらくして。受付嬢は「お待たせしました!」と、2枚の紙をカウンターの上へと置いた。
「こちらお2人の報酬受取書です。ご確認下さい」
受取書には50万スピラの文字が記載されていた。
「こんなに?!」
リアが驚く。レートを知らないエイドは彼女の表情を見て、合わせることとした。
「えぇ。依頼書には20万スピラと記載されておりましたが……言伝によりますと『仲間が世話になった分、その他雑費』とのことです」
「世話になった……って、むしろこっちが、世話になったろうに」
「まぁ、いいでしょ。貰っておこう」
「うーん……そうだな」
「それではお手続きしますね」
受付嬢はカウンター上の機械に冒険者証を読み込ませて、操作しはじめた。冒険者証はキャッシュカードとして、ギルドは冒険者用の銀行としての役割も持つということを改めて思い出していた。
「ところでさ」
「どうした?」
「報酬の内訳の『その他雑費』って何かな」
「うん?まぁ移動費とかじゃないのか?」
「それは現場支給ってことじゃない?だから別の何かかなって」
「別の何かって」
その時、勢いよく開け放たれたギルドのドアからエイドの腹にめがけて、ものすごい勢いで何かが飛んできた。彼の口は思わず空気を吐き出す。
「痛っつつ……なんだ」
「あ、ラックス!」
「うぅ、エイドよ……ワシ、ワシはどうしたらいいんだぁ」
ラックスは涙で顔をグシャグシャにしながら頭部をエイドに擦り付ける。エイドはラックスを剥がし、持ち上げた。
「ラックス、何かあったのか?」
「ジェフトの奴に、ビョウインとやらにつれていかれてな?知らん奴に、色々まさぐられた挙げ句に、それが終わったら『寄り道なんかするなよ、さぁ仲間のところにお帰り』とほっぽり出しやがったんだ!」
「あー……」
「ワシには行く宛などない。だから、お主らを探していたんだよぉ」
ワンワンと泣きながら訴えるラックスを見つつ、エイドはリアに耳打ちをする。
「……なぁ、リア。ジェフトさんの言伝の“その他雑費”って……」
「うん、そういうことだと思う……」
「とりあえずで賑わっている建物に入って良かっ……うん?どうした2人とも」
顔を上げて2人を見たラックスが不思議そうに尋ねる。
「こほん、何でもない。気にしないでくれ」
「ん?おう、そうか。それでな、ワシをお主らの旅に連れていってはくれないか?……ワシは元々遠くの森の中で暮らしていた。が、ある日突然やってきたレッサは森を燃やして、ワシを捕えた。あとは知っての通りだとも。だから今は帰る場所もなく、その跡地への戻り方さえも分からんのだ」
肩を落とし、遠くを見るラックス。これを見たエイドとリアは顔を見合わせ、そしてラックスに向き直って笑いながら、その言葉に答える。
「もちろんだ。オレも帰る場所を無くした身だ。だから、アテの無い旅になるけど、そでよければ」
「うんうん。レッサのアジトにラックスがいなかったら、私もエイドもここにいなかったかもだし。歴とした仲間だよ!」
「おぉ、そうか……、良かった。ありがとう!」
ーーかくしてエイドとリアの旅に仲間が1匹加わった。彼らは、受付嬢から手続きを終えた冒険者証を受け取り、その足で駅へと向かう。始まったばかりの旅を青空と潮風が見送る中で、次の目的地、砂上のオアシスーーアケト・トゥアトを目指すのだった。