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Elysium Crater  作者: 崚我
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プロローグ

挿絵(By みてみん)



  ――2✕✕✕年 △月 ◯日

 地球は滅亡を迎えようとしていた。

 その発端は産業革命の時代からであったが、人々がその事に気がついた頃にはすでに、地球における彼らの生存圏は再起不能な状態となっていた。その頃になると人々は環境の汚濁に呑まれ、疫病に喘ぎ、食糧難に焦り、戦争に励んだ。生きるための競争だった。糧を得るために他者を殺し、支配した。炎と煙、血と鉄、赤と黒。過去に存在した色彩というものは失われ、世界にはその色だけが残った。


 しかし希望はあった。


 ある組織の話。

 メンダプラという組織があった。それは過去へと遡り、研究しつくし、()()より発展した文明を再構築することで、滅亡に抗おうと考えた。彼らの明日と存在の証明のために海底に身を潜めて、現代という時間が来るまで研鑽を積む。それが彼ら【メンダプラ】の計画。


 帰港が許されない“時間”という名の海への航海が行われた。



***                     ***



 ――“異世界”とは、何なのだろうか。

 ふと青年の頭に浮かんだ疑問。彼が見ている携帯端末にはいわゆる異世界を題材としたゲームの広告が流れている。普段ならば考えもしない事だが、偶然にも視界に入ってしまったのだ。つまるところ暇なのである。

 “異世界”。彼自身はその意義は分かっている。文字通り“こちらの人々が暮らす世界とは異なる世界”の事だと。そして、娯楽小説やファンタジーの舞台として使われることも理解している。しかし魔法が使われ、ドラゴンが蔓延る世界だけを指す言葉なのだろうか。それは“人々が暮らす世界”の定義によって変わる。彼等の知らぬ間に変わった世界も、機微ながら“異世界”なのではないだろうか。

 異世界とは、どんなものだろうか。


 ――例えば、自室にある順番どおりに並べたはずの本の一冊だけが次の日に最後尾にある。そんな世界は異世界ではないのだろうか。


 ――例えば、いつも無愛想な対応の店員がある日から毎日にこやかに笑いながら接客するようになった、という世界は異世界なのだろうか。


 ――例えば、これから辿り着く過去の世界に自分達が行くことで異世界になるのだろうか。


 それで世界が過去からまるっと変わってしまったら……。


 ――なんて。


 公園が見える高台でエイド・ラムリオという青年は物思いにふけっていた。()()()()は彼の白い髪を揺らし、首飾りの緋色の石がつくりものの太陽を映す。

 彼が立つ都市はメンダプラが造った巨大な舟の中にある。生き物を乗せて、海に呑まれる世界から脱したノアの方舟。まさしくそれのようなものだ。

舟は関係者千名と抽選された1万の人数、そして幾らかの動植物と遺伝子情報を持って、情報記録帯というワームホールを通り、1万3千年前の地球という港を目指している。

 旅立った港は、もう無い。


 そんな片道切符の舟の中でエイドは、つくりものの都市を見て思い耽っていた。


「まだ講義中の大学生が、こんなところにいて良いのか?」


 彼の背後から警備員の制服を着た男が、エイドに言う。

「ヒサ兄ぃ」

 そのように呼ばれた額に傷跡のある青年、ヒサメ・トキサダがからっと笑う。

「なんでオレの受ける講義の時間知っているんだよ」

「さぁ?」

「さぁって……」

 苦笑いをするエイドの肩をバシバシとヒサメは叩く。

「ま、付き合いが長いからな。そう、あれはお前が3歳で俺が5歳の頃……」

「勝手に回想入れようとするな」

「んだよ、孤児院で会ったのはそのくらいの時だったろ?」

「それはそうなんだけどそうじゃない。あぁ、もう。というかヒサ兄ぃこそ仕事中じゃねぇのか?いいのかよ」

「いーのいーの。俺は単に休憩時間だから」

 コーヒーが入った容器を揺らすヒサメに、エイドは何も言い返すことができず強く口を閉じた。


 春に吹く心地好い風が2人の間を抜けた。

「それにしても、あと2ヶ月かぁ」

 エイドが呟いた。

「でも半分は過ぎただろ?」

 ヒサメが返す。

「それでも長いよ」

「ま、着いたとしても、今と変わらねぇよ。なんせ舟の外には出られないからな」

「はぁ……」

「ん?どうした」

「いや、なんでも。ただオレらがいた時間ってのは、どうなるのかなって。ある意味タイムトラベルだろ、これ。それでやり直しして未来を変えるなら、あの時代はどうなるのかなって」

「……」

 風の音に混ざって人々が暮らす音と匂いが周囲を漂う。口をへの字にして眉を潜めたヒサメが唸りながら口を開けた。

「どうだろうな。知ることもできないし、考えるには途方もなさすぎる。過去に戻ってあの時代にならないように研鑽を積みながらやり直す。つまりあの時間になってその答えを知ることができるのは俺らが土になった後だな」

「1万3千年、か。あの時代までの文明も、人がいた痕跡も無くなるのかな」

「そうだなァ……無くならない、とは思う。その痕跡……いや、情報は残るさ」

「どうして?」

「はっ、俺たちがいるだろ?そのための膨大なデータベースだって積んでいるんだ。だから無くなるわけじゃねぇ」

「ん……それでもなぁ」

「気にする必要なんてないさ。それを考えるのは無駄じゃない。が、途方もないことを考えて納得するまでにも時間がかかるから、考えない方がいい。気が楽になるぞ」

「……そっか」

「まだ何か心配か?」

「……何か面白いことがないかなって」

「うーん、無いだろうな」

 ヒサメは、手に持つコーヒーに口をつけたが、「熱っ」と直ぐに離した。それを見たエイドは笑う。

「猫舌のくせに、なんで今日はホットにしたんだよ」

「うっせ、気分だよ」

 ヒサメはエイドを小付く。2人は、顔を見合わせて再び大声で笑った。そんな時、エイドのスマートフォンが鳴る。

「げっ」

 画面には『技術部オペレーション』と表示されている。それを覗き込んだヒサメは、「面倒くさがるなよ」と言い、エイドの顔はさらに曇る。

「まあ、電話じゃないだけましか」

「それで、なんて?」

 エイドはメールアプリを開く。



『件名:【至急】技術部通達

方舟左舷、都市部気温操作盤に不具合が発生しました。通達の有った技術部職員は、直ちに向かい、原因を調査してください。

以上』



「気温操作盤の不具合だってさ」

「へぇ、そんな変な感じはしないけどな」

「面倒だなあ」

「講義サボっていた罰のようなもんだよ。ま、頑張ってこい」

 エイドは彼に背を向けて歩きだした。

 孤児として幼い頃からエイド達はメンダプラに所属していた。彼らもまた船員、この組織の職員でもある。有事の際には、このように呼び出されることもある。


 エイドは重い足を機械ルームへと向けた。


 方舟には、人々が生活基盤を築く都市部と方舟の運営に関わる機関部がある。また、都市部は属性ごとに東区(商業・娯楽施設)、西区(農産業/植物園)、北区(漁業・畜産業/工業電気施設/ゴミ処理施設)、南区(居住区)、そして中央区(教育・研究施設/企業エリア)に分けられる。一方で機関部は、職員のみが入ることができる方舟を運営する場所である。エイドが赴く機械ルームは方舟の左舷側にった。

 都市部との扉を閉まった瞬間から、人々が生みだす喧騒が絶たれた。静かになった廊下を足早に歩く。


 都市部気温操作盤がある機械ルームを後にしたエイドは不機嫌だった。

「なんで誰もいないんだよ……。不具合なんて起きていなかったし……」

 薄暗い廊下に、粗雑になった1つの靴音が響く。広く賑やかな都市部とは異なり、その外周及び下部に当たる機関部は、そこを維持するための必要最低限の空間である。

「それにしても、本当に誰もいない……」

 霧のような不安がエイドに押し寄せる。しかし、人の往来の少ない機関部の廊下では、起こり得る現象でもあった。

機関部と都市部を繋ぐ出入口へと歩む。静かで、暗くて、気温が高い廊下を。

「(暑い……いや、熱い?)」

 厚い鉄扉が開く。


「……は?」


 ――街が燃えている。

 扉を開けた瞬間、阿鼻叫喚がエイドの耳を(つんざ)き、熱波が皮膚を焼いて炎や血の赤が目に焼き付く。硬直した身体の額からタラリと汗が流れ、掻き立てられた焦燥感が彼の思考回路を鈍らせる。

「なんだよ、コレ……」

 視界に写る生き物だったものは、もう手遅れであるとエイドに語る。

「(なんで……こんなことに!」

「エイド!」

 ヒサメだった。彼は数10メートル先で叫んでいる。

「ヒサメ、何があったんだよ!」

「急に街のあちこちで爆発が起こった!生き残った奴はみんな先に避難している。あとはお前だけだ。脱出ポートに急ぐぞ!」

 エイドは頷いて、ヒサメの後を追った。


 方舟には、有事に備えて都市部の北区側に脱出ポートがある。しかし、現在地からは中央区を経由しなければならなかった。中央区にはビルや学校などがあった。この時間は人々で賑わっているはずだった。しかし、そこに生きている者はいない。

「(……その数が少ないのが幸い……いや、それは違うか)」

「エイド、ここの通りは炎で塞がれている。次の区画から回り込むぞ!」

「わかった!」

 炎の熱波でさらに息が整わなくなる。汗と煙で視界が濁り、ヒサメを追うことで精一杯であったが、何とか彼に追い付く。

  ドォォン ガラガラ

 北区に向けて大通りを曲がった時だった。彼らの前方10メートル先にある瓦礫の山から、“何か”が出てきた。

「ヒサメ、生存者じゃないか?おーい!そこの人、大丈夫か!」

「あ、おい待て!」

 土煙が晴れると“それ”は、姿を表した。獅子の身体と胴から生える山羊の頭、蛇の尾を持つ怪物がそこにいた。

「何だコイツは!」

「っ……退くぞ、エイド!別の道を探すぞ」

 2人は来た道に戻ろうとするが、瓦礫が崩れ炎とともに退路が塞がれる。

「チッ……やるしかないか」

「ヒサ兄……」

「緊急事態だ。お前にも渡しておく」

  ヒサメは特殊警棒をエイドに渡し、自身は提げていた木刀を構える。

「渡されても!」

「戦闘訓練はやったろ?」

「苦手なんだよ!」

 エイドも特殊警棒を怪物達に向ける。

「(10年も前だし、あの時とは環境も違うから覚えて無ぇよ……)」

 出港前のことを思い出す。食欲などの原始的な欲望による戦争の最中だった。皆、生きることに必死だった。そのためかメンダプラも孤児を受け入れ、彼等には様々な教育が行われた。戦闘訓練や護身術もその1つだった。

「(……まるで、あの時とは同じだな)」

 目蓋の裏には、毎日のように中継されていた戦火に包まれた街の風景が浮かぶ。そして目の前の景色は、その風景と同じだった。

「エイド!」

「っ!」

 エイドは飛来した火の玉を飛んで躱す。獅子の怪物の開いた口から煙が昇っていた。

「マジかよ」

 汗が1つ流れる。

「(神話に出てくる怪物みたいじゃないか……)」

 焦燥感の中で不気味さと不可解さを感じていた。

「ただ道を開くだけでいい!行くぞ!」

 ヒサメの叫び声に、エイドはハッとさせられ頷く。2人は駆け出して、獅子の怪物の前に飛びかかった。怪物は吠える。その威圧は向かい風となって襲いかかった。それでも2人は、怯まずに突進する。

 獅子の口から放たれた火の玉が、2人の間をすり抜け、瓦礫の山に着弾して燃え上がる。

 エイドは怪物の懐へと入り、警棒で顎を叩き上げる。構えていた怪物は、自らの炎で顔を焼かれた。

 怪物の瞳はエイドを捕らえる。すかさずヒサメが怪物の死角に入り、獅子の目に一閃を放つ。エイドは怪物の山羊の頭を殴りつける。怪物はギャーンと叫び悶絶する。蛇の尾が飛びつこうとするが、2人は既に怪物の横を抜けていた。

「急げ!追い付かれるぞ!」

 エイド達は、炎上する中央区を抜けて脱出ポートへと向かった。


 都市部北区にある方舟下部への階段を、飛び降りる勢いで下る。そして、脱出ポートへの扉が開かれた。

「チッ……ここもか」

 絶望を帯びた言葉がエイドの口から漏れた。やはり都市部と同じく、瓦礫が散乱し、血と炎の赤に包まれている。幸いにもいくつかの脱出ポッドが無くなっている。

「俺たちも急ぐぞ」

 ヒサメは早歩きで奥へと進んでいく。

 脱出ポッドは複数人の搭乗が可能で、一般人含む乗組員全員が避難できるほど揃えられている。しかしエイドの視界にある残されたポッドは破壊されているものしか入らない。

「……無事に逃げられていればいいが」

「さあな。船体の向こう側は未知の領域だ。脱出ポッドに乗ったからといって無事とは言えないだろ」

「そう……だな」

「ま、今はそれにすがるしかないけどな。……エイド、奥のポッドが使えそうだ」

「本当か?」

 脱出ポートの奥には、まだ壊れていないポッドが1つだけ鎮座していた。


  ドォオォン


 ポート上部で爆発音が響き、その衝撃で天井が崩れる。瓦礫が降り注ぎ、風圧で炎と熱風が巻かれ、ポートを焼く。

「時間がない。エイド早く!」

「うん」

 無事なポッドは1つだけ。瓦礫を掻き分け、炎を躱しながら、そこへと進む。そして2人は辿り着いた。

「瓦礫が操作盤の周りに……まずはこれを退くか……」

「そうだな、急ぐぞ」

 操作盤を触れる程度に瓦礫を退ける。1人でも持ち上げられるほどの大きさの物しかないことが幸いとして、直ぐに片付きそうであった。

 エイドはその瓦礫を横に置く。その時だった。

「お、お前らは……メンダプラのやつらか……?」

 ヒサメとは異なる男の声。エイドは反射的にその声の方向を見ると男が血を流し座り込んでいた。

「(服を見るに……一般人か。)ヒサ兄ぃ、生存者だ!……おい、大丈夫か?!」

「た、助けてくれ」

 男は袈裟状に斬られた跡から血を流している。他にも足にも傷を負っていた。

「何があったんだ?」

「マイアトスの奴らだ!」

 男は震える声で言った。

「マイアトス……」

 エイドには聞き覚えがある名前だった。


 ――マイアトス。

 世界有数の財閥が運営する研究機関であるメンダプラとは相反する、貧しい小国が運営する研究機関。2つの研究機関は、時間移動のきっかけとなる遺跡調査を共同で行っていた。遺跡はマイアトスが属する国の領地内にあり、資金面はメンダプラが行っていた。しかし、互いに利益を求める内に亀裂が走る。その中で両機関の遺跡調査チームの行方不明事件が起こった。そのため各々が相手に疑念を持ち、共同調査は打ち切りとなった。チームが搭乗するヘリコプターは、マイアトスの人物が操縦していたと言うこともあり、メンダプラは彼らの陰謀だとして手を退いた。そしてメンタプラは獲た成果を元に今回の研究を行った。

 エイドは子供の頃、そのように学んだ。

「(なんで、ここにそんな奴らが……)」

 考える。しかし目の前の怪我人が口を開いたことで我に返った。

「怪物どもから逃げて、ようやくたどり着いたと思ったら、マイアトスの連中が現れて……きゅ、急に俺を斬ったんだ……!」

 男は震えだした。しかし、直ぐにハッとしてエイドの襟元を掴む。

「そ、そうだ、早く!早く私をポッドに運んでくれ!メンダプラ職員なんだろ!一般人を守るのも仕事だろ!」

「あ、あぁ、もちろんだ」

 エイドが男を負ぶろうと腕を伸ばすと、男は安心した顔を向けた。直後、その顔は絶望の色へと変わった。その瞬間、エイドの視界が赤く染まる。顔に生温かい液体が張り付く。首元には鋭く冷たい感触が掠れて、全身から流れた汗が体温を奪う。

「え?」

 目の前の男の喉元。恐怖と絶望に歪ませた顔の男の首には、刀の先が突き刺さっていた。刀はエイドの首を掠めながら抜かれる。男の首からクジラの潮吹きのように血が溢れ出し、周囲をさらに赤く染め上げる。

「(後ろにいる……。でも、それって……)」

 エイドには確信めいたものがあった。振り向かなくても誰がそこにいるかが分かった。

「ヒサ、兄ぃ?」

「はぁ……まさか、まだ生きているヤツがいるなんてな」

  ヒュッ

 風が切られる。

 同時にエイドのこめかみに刀の(かしら)が直撃し、彼は声を出さずに倒れた。その瞬間に垣間見たヒサメは、冷徹な表情を浮かべながら言う。しかしその声はエイドには届くことはなかった。



***                     ***



 そこには小さな離島があった。

 乾燥地帯に属しているが、大陸から離れている事と大海に囲まれているため緑に溢れている島。村が1つだけある有人島であり、この時間は静かで暗い。月と星の光だけが、砂浜に佇む少女の足元を照らす。

 少女はレンズを片手に持って、1つも雲の無い星空を見上げる。

「うーん……ううーん」

 腕を伸ばしたり引いたりし、レンズを覗き込む。

「!」

 キラリと赤い星が流れた。少女の髪が風に煽られる。驚いた表情から笑顔になり、レンズを持った腕を下ろす。

「明日から波瀾万丈の人生になりそう!」

 鬱屈な毎日を晴らす、朗らかな声が広がった。

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