ぱちぱちは勇気の音
星屑による星屑のような童話。
お読みいただけるとうれしいです。
それは、 セーターにたまった静電気がぱちぱちとはじけるほど乾いた風が吹き抜ける寒い日の朝のことでした。
黒のランドセルを背負ったひとりの少年が、これから授業のある小学校に登校しようとしていました。
その男の子の名前は、ワタルといいました。
小学三年生です。
ワタルのお父さんとお母さんは、ワタルが生まれて間もなくに、彼を捨てるようにそろってどこかへと行ってしまいました。だからワタルは、両親とは暮らせない、いろいろな事情をかかえる子どもたちが暮らす施設に住んでいるのです。
けれど、施設での暮らしに不満はありませんでした。
不満どころか、周りの大人はとてもやさしく、楽しく毎日を過ごしています。けれどワタルにとって、学校はそうではありませんでした。仲の良い友達が誰もいなかったのです。それは、仲良くなって友達になると、自分には両親がいなく、施設にいることを知られてしまうのが嫌だったからなのでした。
ワタルは、施設の玄関からでると、通学路を足取りも重く学校へと向かいました。
しばらく、とぼとぼ歩いていたワタルが、不意に立ち止まりました。
それは、通学路の途中にある、公園の入り口の場所でした。
まっすぐ進めば十分ほどで学校に着くのですが、そこで左に曲がってしまうと公園に入ってしまい、まわり道となって学校に着くのはだいぶ遅くなります。
「……」
そのことは、もちろん分かっているワタルでしたが、体が勝手に左の方を向いてしまい、公園の奥の方へと歩いていくことになりました。
公園の中ほどにある大きな池の前に差し掛かった、そのとき。
もともと重かった足取りがもっと重たくなったワタルは、ついには歩くのをやめてしまいました。なぜって、鏡のように静かに水をたたえる池の水面に、自分の姿が映っているのが見えたからです。
「うわ、しょぼくれてる……」
日向ぼっこしている猫みたいにくにゃりと曲がり、しょぼんとしているワタルの背中。しょぼくれてるのは、ワタルの気持ちだけではなかったのです。
そんな自分の姿をよく確かめようともっと池に近づきたかったワタルでしたが、「公園の池には深い場所もあるから池の中には入ってはいけないよ」と、施設のお兄さんから何度も言われていたのを思い出して、それより近づけませんでした。
ワタルは、腰くらいの高さの小さな柵の手前から、おっかなびっくり、もう一度自分の姿を覗きこみました。やっぱり、元気な小学生の姿には見えません。
――こんなんじゃ、学校にいけないよ。
そう思ったワタルは、思いっきり胸を張ってみました。
すると、ほんのちょっとだけ、元気が出た気がしました。
もっと元気を出したくなったワタルは、右手をげんこつにして、自分の右胸を軽くたたいてみました。すると思った通り、パチンという音とともに、さっきよりもたくさんの元気がワタルの体にあふれました。
――いつか遠足で行った動物園のゴリラみたいで、なんか変だな。
思わず、にやっと笑ってしまったワタルでしたが、なんだか楽しくなってきて、はずかしいという気持ちなどはどこかへ行ってしまいました。
そこで、今度は左手を使ってみることにしました。
左胸をたたいてみると、やっぱりパチンという音がして、またまた少しだけ元気になった気がしました。
――それなら、両方でやってみよう!
調子づいたワタルは、右、左、と続けてたたいてみました。
少し力が入りすぎて、ごほっ、と小さな咳も出てしまいましたが、ぱちぱちっという、自分でもびっくりするくらいの大きな音が出ました。まるで、太鼓をたたいたときのような音が――。
ワタルは、森の王者のゴリラみたいに強くなったような気がして、とっても楽しい気分になりました。
そんなときでした。
ワタルは、横から聞いたことのない女の子の声がしたことに気づきました。
「何なの、今の音? キミ、大丈夫?」
慌てて両手の腕をひっこめたワタルが声のした方を見ると、そこにいたのは、中学生らしき制服姿の女の子でした。
大きな目をまん丸にして、びっくりしたような顔でワタルを見ています。
だけど、ワタルが気になったのは、女の子の足の部分でした。晴れた天気なのに、なぜか靴下と靴がずぶぬれなのです。
「……ぼく、学校に友達がいないから、なんだか学校に行く元気が出なくてさ……。それで元気が出るかなあと思って、胸をぱちぱちたたいてみたんだよ。その音さ」
ちょっと意外だったのか、それを聞いた女の子は目をぱちぱちさせました。
「へえ……そうなの。それで、元気出た?」
「うん、出たよ!」
ワタルは、女の子の前で左右の手で胸をたたいてみせました。
楽し気に胸をたたくワタルに安心したのか、女の子は口元をゆるめ、胸をなで下ろしました。
「そうかあ……じゃあ、私もやってみようかな。実はね、私も友達がいないの。キミと同じようにね。それで、この池に来て……」
女の子の大きな瞳から、涙がこぼれ落ちていきました。
それを見たワタルは、横に首を振って言いました。
「ううん……。お姉ちゃんは、やる必要がないと思うよ」
「ん? どうして?」
指で涙をぬぐう女の子に、ワタルが胸をはりました。
「だって、ぼくと友達になればいいからさ」
「友達になってくれるの?」
「もちろんだよ。そうしたら、もう、足を池の水でぬらすことはないでしょう?」
「……そうだね。キミも、胸を太鼓のように鳴らす必要もなくなるしね」
「うん!」
二人は、「約束だよ」と言って、指切りげんまんをしました。
「ぼくの名前は、ワタル。小学三年生さ。お姉ちゃんは?」
「私の名前はね、マミ。中学一年生よ。これからもよろしくね」
しばらく池のほとりを会話しながら並んで歩いた二人は、「明日の朝、またここで会おうね」と約束して、それぞれの学校へと足取りを向けたのでした。
おしまい
お読みいただき、ありがとうございました。
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