「全滅から始まる、俺達の英雄譚」に使うかもしれないシーン 魔族のクーデターの場面
ちょっと、だいぶ後のシーンになりそうだから我慢できずに先に上げちゃった。
禍々しい魔力が渦巻く魔界の最深部、アビスは漆黒の長槍を掲げ、魔王城の門を蹴破った。背後には、彼に忠誠を誓う彼の一族の精鋭たちが続く。
「進め! マオの首を獲るのは、この俺だ!」
アビスの号令一下、魔族たちは怒涛の勢いで城内に突入した。警備兵たちは、アビスの圧倒的な力と、怒りに燃える魔族たちの勢いに押され、次々と倒されていく。
「邪魔をするな! マオはどこだ!」
アビスは、行く手を阻む者を容赦なく薙ぎ払い、浴場へと続く廊下を突き進んだ。彼は、マオがちょうど入浴中の時間帯を狙って襲撃したのだ。無防備な彼女を討ち取る絶好の機会。
「マオ! 貴様も終わりだ!」
浴場の扉を蹴破り、アビスは長槍を構えた。湯気の中に、マオの姿が見えた。
「……!」
それは、バスタオルを体に巻いただけの、ほぼ裸に近い格好だった。
「アビス……なぜ、あなたがここにいるのぉ?」
「黙れ! 今日は貴様の命日だ!」
アビスは、躊躇なく長槍を振り下ろした。同時に、強力な爆裂魔法を浴場全体に放つ。轟音と共に、浴場は瓦礫の山と化した。
「ふはははは! これであの女は……!」
勝利を確信したアビスの言葉は、そこで途切れた。瓦礫の中から、無傷のマオが姿を現したのだ。
まるで、攻撃を受けたことよりも、裸体に近い姿をさらすことの方が問題だ、という風に、マオは片手でその慎ましやかな胸を隠しながら、アビスを睨んでいる。
「私の裸を見るために、いちいちクーデターなんて、救いようもない変態さんだわねぇ」
マオはアビスを明確に挑発する。アビスはその言葉に敏感に反応した。
「く、くそ! 愚弄するな!」
アビスは再び槍を構え、マオに突撃した。だが、マオは今度は避けようともしない。
「死ね! マオ!」
アビスの槍が、マオの体を貫く……はずだった。
「ぐあああああ!」
悲鳴を上げたのは、アビスの方だった。槍を構える両手が、焼けただれていた。
「アビス……悪いけど、私はこう見えても男に興味はないのよ。まして、あなたなんかにはね」
「くっ……」
アビスの手から、長槍が滑り落ちる。マオはバスタオルを巻いたまま、浴場から悠然と出て行った。
マオは去り際に、アビスに耳打ちする。
「アビス、あなたが死ぬか、あなたが責任取ってあなたを「唆した」部下全員を処分するか、今ここで選びなさい」
アビスに選択肢は、なかった。
「……この屈辱、決して忘れんぞ!」
アビスは、マオの去った浴場で、そう吐き捨てた。
「アビス様! ご無事ですか!?」
「アビス様!」
「お怪我は!?」
アビスは心配そうに眺める部下たちを悲痛な表情で見渡した。
「お前たち、すまない……俺の力が足りないばかりに……」
「すまない……」
「アビス……様?」
まず、一番近くにいた部下に槍を深々突き刺した。そして、アビスはその部下を滅多刺しにして殺害した。その部下は、アビスに幼少期から仕えていた、腹心の部下だった。
「うわああああ!」
アビスの凶行に、部下達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「すまない……、すまない……」
アビスは、部下を一人一人、その槍で刺殺していった。
「アビス様……どうして……」
最後に残ったのは、最も年若い部下だった。
「この通りだ……」
アビスは涙を流して、部下にすがりついた。
「許してくれ! 俺には、もうこうするしかないんだ!」
そして、部下の心臓を一突きにした。
「すまなかった……みんな……」
そこに、バスローブに着替えたマオがやってくる。
「はいはい、よく出来ました」
マオは、無感動に言った。その足元には、何人もの部下の惨殺死体が転がっている。
「さて……私は処分といったわね? 後始末までよろしく頼むわぁ」
「後始末って、何をするんだ?」
「決まってるでしょ。後片付けよ」
マオは、アビスの手から槍を取り上げると、足元の部下の死体を思い切り突き刺した。
「な! マオ! お前……!?」
アビスは驚愕して、死体を弄ぶマオを凝視した。
「くくく……うふふふ……!」
マオは、心底愉快そうに笑った。
「あはっ! あははははははは!」
やがて、マオは哄笑すると、アビスに振り向いた。
「いいわぁ! あなたの絶望した顔、少しは暇つぶしになったわ。私の裸を見た罪は、それでチャラにしてあげる」
「ちなみに、ごみ捨て場はあっちよ」
そう言って、アビスの背中をポンと押した。
「あ……」
アビスは、ふらふらと、よろよろと、おぼつかない足取りで、部下の死体を引きずっていった。
やがてアビスは、城の地下にあるごみ捨て場に着いた。そこには、ひどく悪臭の漂うゴミの山が、うず高く積み上げられている。
「すまんな……みんな……」
アビスは、部下の死体を山に積み上げる。
「う……うわああああ!!」
そして、贖罪するかのように死体の山に飛び込んだ。
「あは、あはははは!!」
アビスの壊れた笑い声が響き渡る。やがてその声も聞こえなくなり、静寂が訪れた。