告白を聞いた日
家へ帰る途中にある踏切、先に遮断機の前で待っていたのは、同じ学校の男子生徒だった。
不思議なことに、この男子生徒は、気が付くと俺の目の前にいることが多く、偶然だとは思うが気になるようになった。
「俺、人を殺した」
彼は抑揚のない声で、俺に背を向けたまま、そんなことを言った。
一瞬浮かんだのは、演劇の稽古でもしているのか? という安直な考えだった。彼はこちらへと向き直り、じっと俺を見て「覚えてないのか?」と聞いて来る。
まったく意味が分からなくて返答に困っていると、先程と同じ声色で「去年、同じクラスだったろ?」と少々不貞腐れ気味に言われて、『覚えてないのか?』の意味を理解した。
だが、彼のことは記憶になかったので、その問いに正直に答えた。
「ごめん、人の名前と顔が一致しなくて……」
「ふぅん……、なるほどね、俺の名前は神崎」
彼は名を名乗ってくれたが、やはり思い出せなかった。
取りあえず、自分も名を名乗るべきかと思い「俺は――」と言葉を続けようとしたが、「坂本だろ? いいよ、いちいち言わなくても知ってる」と溜息交じりに言われて押し黙った。一気に気まずい空気が流れ始めて、ここから先の会話を、どう繋げるべきか悩む。
気軽に今日の出来事を話すような仲ではないのは確かだし、そんなことよりも彼が言っていた『人を殺した』の発言が気になって仕方ない。
――さっきの言葉は聞き違いだったのか……?
平然とした顔をこちらに向ける彼を見つめながら「俺の聞き違いだったら悪いんだけど、さっき、人を殺したって言ってなかった……?」と聞いた。
「気になるんだ?」
「そりゃ気になるよ」
「驚いてなかったから、どうでもいいのかと思った」
どうやら、彼の『人を殺した』発言を聞いた俺の態度が普通に見えたようで、逆に不思議に思っていたようだ。
けど『人を殺した』なんて聞かされたら、驚くより先に『聞き違いかも?』と考える方が普通のような気がした。
それに、誰に聞かれるかも分からないような場所で、友達でもない俺に言うなんて妙だ。だから、冗談を言ったのかも知れないと思い「それって冗談……?」と苦笑を零した。
けれど、彼は怪訝な表情で「どうして、冗談だと思った?」と、少々不満げな様子だ。
「……分からないけど、人を殺した人には見えないし、思えない……」
「見た目だけで、善人か、悪人か、判断は出来ないだろ」
軽く目を眇めた彼は得意げに言うが、『殺意』に関しては善人か悪人かは問題では無いと思った。
誰だって一度くらい嫌いな相手に『死』を望むことくらいあるはずだと思うし、それを実行するかしないかの違いだ。
俺がどう答えるべきか悩んでいると、若干、呆れたような表情を見せた彼は、近くに備え付けられている歩行者道路の柵に腰掛け、どこか遠くを見ながら話を続けた。
「俺さ、そいつのことが嫌いだったんだよね」
嫌いになる理由は人それぞれだ。けれど、もし殺した動機で考えるなら――、とそこまで考えて、自分なりに導いた答えを口にした。
「虐めとか受けてたのか……?」
「違う、そんなんじゃなくて、なんだろう、ソイツが羨ましかったんだ。生まれた時から人生勝組ってヤツでさ……」
「つまり、嫉妬して殺してしまった?」
彼は、焦点を彷徨わせながら、こちらへ一瞬だけ顔を向けて、また正面を向くと話を続けた。
「まあ、そうなるのかな……、とにかく羨ましかったんだ。頭も良かったし、見た目もそれなりだったし、家も金持ちだ」
「なるほど、けど、そんな理由で殺されたなら可哀想だ……」
これに関しては誰だって、そう思うだろう。
俺の言葉を聞いて眉を歪めた彼は、腰を上げると踏切付近へ移動して、今度は自分の家庭の話をし始めた。
「うち、父親がクズで仕事しないんだよな、でさ、母親が働いて稼いだ金をオヤジが全部使うんだよね。そのせいで飯が食えないことなんて、しょっちゅうあってさ……」
じゃあ、父親を殺したらよかったのに……、と俺は思ったけど、それは言葉に出来なかった。
背中を見せていた彼が、くるっと向き直り、「どうして父親を殺さなかったんだ? って思っただろ?」と言われて、自分の肩が揺れた。
小さく鼻を鳴らした彼が、クイっと顎を上げ「俺も何度も思ったけど、出来なかったんだ」と残念そうに言う。
何度だってチャンスはあったのに実行出来なかった、と彼は乾いた笑みを浮かべた。
「で、ある日、男子生徒は丁度そこに立ってた。なかなか手に入らない最新の携帯を持ってたんだ……、嬉しそうな顔をして……」
言いながら彼は、踏切の遮断機を見つめ、ぐっと喉を詰まらせた。苦しそうな顔と言うよりは悲しそうに見えた。
もしかしたら罪悪感に苛まれているのかも知れないな、と推測しつつ、俺は息を殺すように彼の話を聞いた。
「……俺が前の日に食べたのは、なんだっけ、スーパーの売れ残りの菓子パン? あれだけでさ、惨めになったんだ。何の苦労もなく何十万もするような携帯を持っているのを見て、すごく惨めな気分に……、だから、つい……」
そこまで言うと、彼はちらっと電車の来る方を見た。
踏切の信号が点滅し始めて、ゴーっと地鳴りが近付いてくる。俺に背を向けたままの彼が「やっぱり、思い出せないか」と言った。
何のことだろうと思っていると――、
「…ご……な」
彼は一言つぶやくと遮断機を跨ぎ、ふわりと線路へ飛び立った。
危険を知らせる警笛と共に、ギーギィィーッと耳に刺さるほどの激しい金属音が鳴り響いた瞬間、彼は電車に押されて消えてしまった。
一瞬の出来事に驚いて、俺は立ち尽くしたまま一歩も動けず、線路へ飛び込む彼の姿が目に焼き付き、まるでテレビで見る衝撃映像のように、その瞬間だけが何度も脳内でリピートされた。
次第に辺りは騒然し始め、集まってきた人や、乗車していた人々が「え、また?」とか「今度も学生?」と言っている声が聞えてくる。
その声を聞き、ようやく俺は我に返ったが、ふと、浮かぶ疑問に蓋は出来ず、 どうして、彼は身を投げたのだろう? と不思議に思った。
人を殺してしまった罪悪感に耐えられなかったのだろうか? それとも、人生が嫌になってしまったのだろうか? どちらにせよ、彼が自身の未来に決別したことだけは分かった。
いつの間にか俺の周辺には、近所に住んでいる人間の集まりが出来ており、「今回の子は首と胴体が切れちゃってる見たい――」とヒソヒソ話が聞えて来る。
その話を聞いても、俺は、そうなんだ……、という感想しか浮かばなかった。
あまりにも冷静な自分にも驚くが、ただ、実感が湧かないだけのような気がした。
警察が電車を運行していた運転手に事情聴取を行うとかで、任意同行を求めている姿を見て、複雑な気分のまま家へと歩き出した。
見慣れた風景なのに、途中から霞がかかったように視界がぼやけたり、ハッキリ見えたり、奇妙な感覚に襲われた。
おそらく、神崎の飛び込み自殺を目の当たりにしたせいで、脳の神経回路が混乱を起こしているのだろう。帰りたいような帰りたくないような、なんとも言いようのない気持ちになりながら家路についた。
なんだか久しぶりに家に帰って来たような気がして、玄関先で違和感を感じていると、ふわりと白い煙が視界に入って来た。
煙が漂う根源へと向かえば、母親が仏壇の前に座り、俺の写真を胸に抱きながら声を押し殺し泣いていた。
――そうか……、踏切に飛び込む前、小さな声で神崎が『ごめんな』って、あれは俺に言ったのか……。
全てを思い出した。
背中に何かがぶつかる衝撃、一瞬の激痛、体中の血が何処かへ流れて行ってしまうような、熱い感覚……。
――彼が殺したのは俺だ。
死んだことも理解出来ず、どうすればいいのか分からず、だから、近くにいた神崎に纏わりついたのだろう。
彼は、俺に何度も、何度も『思い出せないか?』と言っていたが、あれは殺されたことを思い出せと言っていたことに、ようやく気が付いた。
END.




