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短編集

『悪役令嬢』を志す勇気のある同級生から、7年越しに『ざまあ!』される僕はいささか可哀想である。

作者: 星乃カナタ

「私、悪役令嬢になりたいわ」


「はい?」


 彼女は唐突にそう言った。悪役令嬢になりたいと、夢を語った。僕たちが通う高校の放課後の教室。僕と彼女以外に生徒はいない。


「悪役令嬢よ、悪役令嬢。悪役の令嬢よ」


「いや、それは分かる」


「はあ。じゃあなんで、『はい?』なんて啞然とするような返事をしたの」


「そう言われてもなあ。悪役令嬢っていう言葉は理解出来ても、それがあまりにも突拍子もない話で、驚いたんだろうよ。僕は」


 さっきのは別に、考えて返事をしたわけじゃない。

 反射的に答えただけに過ぎないのだ。


 だがしかし、ブロンド髪の優等生少女──『秋葉(あきは)伊織(いおり)』はそれに不服だったのだろう。


 こちらをちらと睨んできた。


 怖い。


「それは言い訳よ」


「と、言われてもなあ……」


 それは過ぎたことだし、僕の言い分を分かってくれないのなら、もう対処の仕様がなかった。僕は腕を組んで一秒の逡巡をおいた。


 ──この流れを変えるべきだ。


 そしてその結論に至る。


「なあ、秋葉。十分知っていると思うけれど、僕たちは高校三年生だぜ? ──なんでそうなったのかは知らないけどさ。進路のことはしっかり考えないと。悪役令嬢が進路で、夢ですとか言っていたら教師に怒られるのが目に見えてるよ」


 だから、僕はそう言ってみた。


「私は本気よ。マジよ」


 しかし、彼女も食い下がらなかった。


「うぅん。悪役令嬢ねえ」


「そう。悪役令嬢。かっこいいでしょう? 悪役令嬢よ、悪役よ。主人公格の存在よ」


「はあ、たしかに今はそういうブームなのかもしれないけどさ……」


 そういえば、最近ではネット小説などで『悪役令嬢』が主人公の物語がブームなんだったか。そうだった。

 僕としてはあまり興味のないものだから、すっかり頭から忘れていた。僕も一応そういう流行りは一通り乗っかって調べていたから、知ってはいたけれど、それに関してはなんだか上手く乗っかれなかったのだ。


 まあ単純に僕がアバウト悪役令嬢ストーリーがあまり好きじゃなかっただけだろう。


 単に個人的な好き嫌いの話だ。

 別に嫌いなわけでもないけどな。


「文句あるかしら?」


「まー、そうだな。お前がその流行りにのって、悪役令嬢を志したのはなんとなく察したよ。スーパーヒーローに憧れを覚える子供みたいなノリで」


「私の行動と思想と精神を子供だって、侮蔑しているのかしら?」


「いや決して」


 決して、そんなわけではなかった。

 僕はただ思ったことを口にしただけだし、ただ上手く比喩しようとなんとか頭が回らない人間なりに──試行錯誤しただけ。


「それはともかく。秋葉は本当に本気に全力で『悪役令嬢』になりたいのか?」


「そうよ。その心に偽りはないわ」


 そりゃあ、すごい。


「そういえば、一週間前に三者面談あったはずだよな。今更言うまでもないだろうけれど、進路についてのやつ」


「あったわね、そんなの」


「それに関してで、一つ質問だよ。面談の時にはもちろん、親と教師がいる個室の中で──今後の進路について、自分なりの見解を発表するわけだが」


 僕は続けた。


「お前はその時も、馬鹿みたいに『悪役令嬢』になりたいです! なんて言ったのか?」


「そうだけど。馬鹿ってのはずいぶんと失礼ね」


「僕はあまり他人のことは気にしないし、他人の夢に関してもとくに口出ししないスタンスだ。なにせ僕はまだ高校三年生で他人にどうこう言えるほど人生経験がないからな。だが、これだけは言える。──あんたのほうこそ、人生に失礼だ!」


「そうかしら?」


「だって悪役令嬢なんて、異世界の話じゃないか。現実にいたりするわけない」


「日本ならいないかもね」


「はい?」


「視野が狭いのよ、貴方は。──私はグローバルな人間だから、日本を出て、外国に進出するわ」


 なんだそりゃ。彼女の語る話は、あまりにも戯言的だった。あまりにもふざけている。そんな頑なに悪役令嬢を否定すると、様々な方面から僕が怒られそうだし、─無知が何を言っているんだと言われそうだからここまでしておくが。


 だがしかし、それにしたって、その夢は無謀だった。

 別に悪役令嬢自体を否定しているわけじゃない。


 それに影響を受けた彼女の夢について、僕は言及し、追及しているんだ。


「秋葉。お前はそんなことを三者面談で言って、先生や教師には怒られなかったのかよ」


「されなかったわ」


「まじかよ──!?」


 あれ。おかしい。予想していた答えと違う!

 ……もしかして、僕が時代錯誤な思考をしているだけ?


「ただ、失望はされたかもね」


「あっ」


 少しでも先生や親が彼女の夢について『ポジティブ』に捉えていると勘違いした僕は、やはり馬鹿なのだろう。悪役令嬢になるのが夢だとか、それに関して少なくとも教育者が認めるはずないし、ポジティブに捉えてくれるわけもなかったのだ。


「でも私はその三者面談を通して、とくに挫折しようとは思ってもいないし、諦めようなんても思ってないわ」


「諦めろと、両親には言われたりしたのか?」


「もちろん言われたけどね。絶対に、私は諦めないわ!」


 彼女は自分の席から勢いよく立ち上がった。そして両こぶしに力を込め握りしめて、瞳には闘志を燃やしていた。

 でも僕としては全然燃えていないし、それどころかこっちとしては凍死してしまうぐらいにテンション差があった。


 僕と、彼女の間では。


 やれやれ、だな。これだけテンションに差があると、彼女の言葉に対し、どんなことを言ったとて、難癖つけられそうだ。


 私を馬鹿にしているのか、って。


「なによその目は」


「えっ?」


「私を馬鹿にしているわね──!」


「断じてそんなことはない」


 どうやら、秋葉にしてみれば言葉を返す必要性すらなかったらしい。もはやこれは理不尽だった。


「私も断言するわよ。私にはあるの」


「何がさ」


「──悪役令嬢を志す勇気、が」


「……」


 この高校のなかで、秋葉伊織という人間は一応優等生ということで名が通っている。模試の結果も悪くはなく、名のある中堅大学ならば現役合格はかたいだろうというぐらいの成績だ。

 それにも関わらず、なんだろう。この有様は。

 もしかすると、彼女はとんだ大馬鹿ものなのかもしれないな。


 そう。

 いわゆる勉強が出来る馬鹿。


「なんだそりゃ」


「悪役令嬢を志す勇気よ。そのまんま。どう、凄いでしょう?」


「そう言われてもなあ」


 彼女は堂々とそう言ったのだが、何が凄いのか。僕には理解の及ばないことだった。


「まあ。悪役令嬢なんてなれない──と、それだけ僕は断言しておくよ」


 取り敢えず。これ以上話したところで進展はないと踏んだ僕は、それだけ言って会話を終わらせることにした。

 彼女はそれについて不満そうな微妙な顔をしていたが、別にこの話題についてこれ以上語る必要はないと思った。


 それに『悪役令嬢』なんてふざけた夢、実現不可能だと思ったし、生産的じゃないとも思ったからな。


「後で見返してやるわ」


 最後に彼女がぽつりとそんなことを呟いていたが、その時の僕には──負け犬の遠吠えとは違うけれど──心に響くことのない、ただの音の波長にしかソレを感じることは出来なかった。



 ◇◇◇



 六月、梅雨真っ只中。


「はあ、今日も仕事の出来はあまり良くはなかったなあ」


 僕はそう愚痴をつきながら、オフィスビルを出た。高校三年生。僕は高校を卒業したのちに名のある中堅大学に入った。友達もある程度は出来たし、勉強もまあ中々それほどにはでき大学生活は順調に進んだ。


 そのままヌルヌルとヌクヌクと進んでくれれば良かったのだが、人生そうはいかないらしい。


 僕は大学を一年間留年したのちに卒業したのだが──就職活動があまり上手くいかず、なんとか受かった小企業に僕は入社したのだけれど、やりがいは特になかったし、給与も決して良いとはいえなかった。


 社会は辛かった。

 大学生活とはまるで違う。

 辛い日々を、僕は送っていたのだ。


 高校を卒業して七年、僕はいつの間にか──二十五歳になっていた。


「なんだかなあ」


 自分という存在は高校の時とさほど変わっていないように思える。変わったことといえば、まあこれは当然なんだけれども、僕の行動発言一つ一つに『責任』が付与されるようになったことだろうか。


「……」


 仕事で失敗すれば、その代償を受ける。

 悪いことをしたら、司法でもちろん裁かれる。

 大人なのだから、しっかりと自立しなければいけない。

 現実的でならなければいけない。

 妄想的ではあってはいけない。

 場をわきまえなければいけない。


「……はあ」


 肩をすくめて、重く苦しいため息を吐いた。可視化されているわけじゃないけど、その息の中には精神的な意味で、多分よどんだ物がたくさん詰まっていたのが僕には不思議と分かってしまった。


 僕は社会に出て、ずいぶんと疲れてしまったんだろう。

 疲弊しているのだ。


 オフィスビルから最寄り駅に向かって帰宅する。僕は整備された都会らしい並木道を歩いていた。パソコンやら書類やらが入った、安物の黒いビジネスバッグはとても重かった。


「ん──なんだ、ありゃ」


 ふと、僕は立ち止まる。

 歩く先、視線をあげて、僕はそれを見つめた。


 視線の先にあったのは、人混みだった。だがそれがただの人混みではなかった。ここは都会だ。普通の人混みなんて、腐るほどあるし、何も驚くことじゃない。


「サツエイカイ……? ここらへんで撮影会とは珍しいな。なんだか」


 そう。その人混みの正体はオフィスビルの前にあった”誰かの”撮影会──目当てらしき人達がつくったものだった。その人混みの近くには、立て看板に大きく太いフォントで赤文字で『無料撮影会アンド握手会』と書かれていた。


 なるほど。

 ただ人が混雑しているわけではなくて、この撮影やら握手をするためにみなが此処にとどまっているのだった。


 撮影だけじゃなくて、握手もか。


「こんな人が集まるって、相当だなあ」


 もしかして有名アイドルとかでもいるのだろうか。

 僕は人混みの中へ緩慢と混ざって、──僕は低身長で人混みの中からじゃ台風の目を覗けないから──つま先立ちをし、僕は誰が撮影会兼握手会をやっているを確認しようとした。


 そして僕は見た。

 僕の視界には、数人の少女が映っていた。


 一人はファンとの握手みたいであり。

 二人は撮影される係であった。


 どうやら、やはりアイドルらしい。

 服装はピンク色を基調とした派手派手なドレスを身にまとっていて、最近の流行りというよりかは、ちょっとばかり昭和風な雰囲気を持っていた。


 令和の今にしてみれば、なんとも風代わりだった。


「へえ」


 珍しいから、僕も並んでみることにした。

 普段ならこういうものには興味がない僕だが、仕事の疲れもあってか、癒しを求めていたのだろう。

 僕は人混みの中から並ぶ列を探し、最後尾に入る。

 前に並んでいたのは、お洒落な茶髪女性であった。


 アイドルといういうと、失礼だが、中年男性が推しているみたいな──若干時代錯誤なイメージを持つ僕なのだが──こういう若めな女性ファンがいるというのは珍しいと思った。


 最もアイドル業界に全くと言っていいほど僕は知識を得ていないので、その仮説自体が間違いであることも否定出来ないのだが。


 とまあ、それはともかく。


「……」


 並んでいる人数はざっと、四十人前後だった。中々である。


 それから僕は十分かちょっと並んだ。

 僕の前に並んでいた人が、握手する番になり、ようやくというところまで、僕は来た。


「あれ!? あ、貴方は!」


 その時だった。僕の前に並んでいたアイドルのファンが──ではなく。アイドルの方が、そんな驚いた声をあげるのだった。僕は待ち時間の暇つぶしにやっていたスマートフォンゲームから視線を外し、顔を上げて、声の方を見た。


 そんな声をあげて、どうしたんだろうか。


「先輩、お疲れさまです!」


「ええ、イベントは順調?」


「はい! 順調です! 先輩の方は撮影、どうでしたか? 上手く行きましたか?」


 なんと。どうやら僕の前に並んでいた茶髪女性は──、握手会のアイドルの先輩らしい。先輩後輩の関係。見ていてなんだか微笑ましくなる。昔見ていたアイドルグループのアニメを想起させて……いや、それは表現としてあまり好ましくないかもしれないが。


「もちろんよ。私を誰だと思っているの」


 しかしなんだ、僕は気にかかることがあった。それはそう、この会話の『先輩』側、僕の前に並んでいた女性。彼女の声がなんだか聞き覚えがあったのである。

 どこかで。聞いた覚えが。あった。ような。気が。する。


 僕はちょっとだけ思考した。この声はたしかにどこかで聞いたことがあるのだが、こんな声を聞いた覚えというか記憶はなかった。


「私は──」


「現在話題沸騰中、大人気女優──悪役令嬢ことアッキーですよね!」


「いや、ええ、まあ、その通りね」


 自分が言おうした台詞を後輩に取られ、若干落ち込んでいた先輩。アッキーと呼ばれた女性はどうやら……アイドルではなく大人気女優、悪役令嬢のアッキーらしい。ふむ。ふうむ。


 ……ん。待てよ。

 僕はそこで途方もない違和感に真正面から衝突し、異世界転生する勢いで五百キロメートルほど意識が虚空へと飛ばされた。


 待て。待て待て待て待て。


「は?」


 思わずびっくりして、僕はそんな呆気にとられた声をあげてしまった。大人なのに、公の場でそんなことをしてしまって、恥ずかしかった。

 その声には前に立つアッキーも、アイドルもなんだと思ったのか、こちらへと振り返ってきた。


 そしてアッキー……いいや、秋葉伊織は僕のほうを訝しみながら見つめて、三秒。


「あれ」


 彼女も気付いたようで、そんな声があげられるのだった。

 そう。僕は高校三年生時代の同級生『秋葉伊織』と摩訶不思議な瞬間に再開してしまったのだ。


 あれ。おかしいな。



 ◇◇◇



 僕は秋葉伊織とちょっとしたカフィで二人きりになって、コーヒーをたしなんでいた。対面するような席に僕と彼女は座る。


「久しぶりじゃない、ずいぶんと」


「……ああ、そうだな」


 彼女はゆっくりと白のカップを持ち上げ、コーヒを喉へ入れていった。僕はそれをまじまじと見つめつつ、時々視線を泳がせて、この時間を過ごした。

 なんだろう。若干、気まずい。


 高校生の同級生と再開。ジャズが流れるお洒落な空間(カフェ)。どちらも大人に成長した。


 そんなロマンティックというほかないシチュエーションなのにも関わらず、なんだか僕は気まずさを感じずにはいられなかった。


「で、あなた。社会人になってから、どう。調子は」


「うーん」


 僕は腕を組んで考えた。ここで調子は良いよ。と答えてしまっても構わないのだが、そんなことをすると白けてしまうだろうしやめておく。

 ここで言う調子とは、健康状態のことではないのは分りきっていたし。


「そうだな。全然ダメ……だな」


「へえ」


 こんな適当な受け答えで大丈夫だっただろうか。

 僕はそう心配したが、そこで僕は気が付く。

 それは杞憂だったと。


 彼女は別に僕の生活が気になっているわけじゃないんだ。────そう。彼女は自分自身の生活を、他人に語りたかっただけなのだ。


 くそう。なんだか負けた気がする。


「お前のほうは、どうなんだよ」

 僕は単純にそう聞いた。


「私? 私は順調ね。悪役令嬢の役をやって、ドラマの主演を努めていたり──年収は四千五百万ぐらいと少ないけれど。夢は叶えられたわ」


「よ、四千五百万……」


「そういえばあなた、私の『悪役令嬢』になるっていう夢を無理だと一蹴していたわよね。──フフっ、そんなことなかったわね!」


「コイツ、完全に悪役に染まってやがる……!?」


 つまるところ、そういうわけだった。

 あの邂逅のあと、彼女のほうから僕をカフェに誘ってくれたのだが──つまり、この自慢というか、『ざまあ』をしたかっただけなのだろう。


 なんてヤツだ!

 なんて悪役令嬢なんだ!


 しかも年収、四千五百万で少ないって。僕のことを馬鹿にしているんだろうか!


「馬鹿にしてんのか、って顔ね。馬鹿にしているわよ」


「そこは嘘でも、違うと言ってくれ!」


「それにしても貴方はずいぶんと大変な生活を送っているようね……フフフ」


「くそう! 鬼! 悪役令嬢! 人でなし!」


「そう言われる筋合いはないわ」


「はい?」


 彼女は続ける。


「だって私は勇気があったんだもの。リスクのある道に進む。悪役令嬢を志す勇気が、ね。その上努力して、ここまでいったのよ。勇気と努力の結晶──それが私よ」


 彼女は”この七年間を総括して”、そう分かりやすく単純明快にまとめた。


 そして”この七年間の総括として”。


 彼女はいわば勝者であって。

 僕はいわゆる敗者だったのだ。


 ああ、なんだか僕が可哀想だ。


「ほら、悔しい? 高校時代、馬鹿にしていた同級生に──あらゆることで負けて、悔しい?」


「うぐぅ」


「悪役令嬢らしく、『ざまあ』してあげたわよ……! オーほっほっほっほ!!!」


 そんなわけで、なんと僕は『ざまあ』されてしまうのであった。高校時代。彼女の夢を無謀だと言った僕は、いつの間にか彼女に追い越されてしまうのだった。

 こうして、七年越しの悪役令嬢による僕への『ざまあ』は終わりを告げる。


 ────伏線回収というのはあまりにも月並みで、酷く適当なオチになるけれど。高校時代彼女が闘志を燃やして、言っていたように。


 凍えたまま死んでいたように何もしていなかった僕は、彼女に『見返されて』しったのだ。


 そんな感じで僕は一憂する。


「悔しかったら、私を追い抜けるように頑張ることね──もう一度。この電話番号に電話してみなさい。あとは、あなた次第」


 そう言って彼女は僕に、自分の電話番号が書かれた小切れの紙を渡してきた。果たしてそれにどんな意図があるのか、僕には理解出来なかった。

 そして僕が理解しないうちに、彼女はカフェから去ってしまうのだった。


 なんだったんだ、いったいさ。

 僕はそう思いつつ、家に帰宅した。


「はあ、疲れた……」


 彼女が渡してきた紙に書かれた電話番号を見つめつつ、僕はちょっと考えた。疲れたなあと。なんだか、僕は自分の人生というものにピリオドを打てた気がしたのだ。

 今も僕が住んでいるせまっこい集合住宅、マンションの薄暗い一室。果たして自分がこれ以上生きる意味はあるんだろうかと。


 考えこんでしまった。

 いつもはこんなネガティブな思考に陥ることはない


 んだが、今日は別だった。


 七年越しに見返されたのだ。大成功した同級生にざまあされたのだ。

 それに今の自分はお世辞にも役に立つ人間とは言えないし。成功した人間でもない。


 やれやれ。

 これは死ぬしかないん───いや、それはダメだろう。


 自殺ってのは、とにかくダメだろう。


 なんだか今日は衝撃的なことがありすぎて、僕は疲れてしまっていたらしい。頭を休めるためにも僕はベッドに飛び込んだ。

 安物だから、上手く衝撃を受けきれずに、ベッドが軋み、体にも痛みが走った。


 やれやれ。


「はぁ」


 僕はそう、ため息を吐いた。


 そこでだった。

 僕はふと思いつく。


 そういえば、渡された紙に電話番号にでも電話してみようと。──どうせもう特に生きがいもないのだし、やることもない。

 だから、彼女が去り際に言っていた言葉の意味について知ろうと思ったのだ。


 紙切れに書いてあった電話番号を、おもむろにスーツのポケットから取り出したスマートフォンに打ち込む。


「まぁこれは、面白がるためのーー嫌がらせだろうな」


 僕は電話をかけた。

 そしてプルルルと音が三回鳴って。


 そして、相手は出た。


「ああ、◯◯さんですね?」


「えっ」


 男の人だった。そして何故だろうか。ともかく彼は僕の名前を知っていた。

 不気味だった。


 でも僕がそれに気付くよりも前に、彼は更に不気味で意味不明で、訳の分からない事を口にするのだった。


「◯◯さんは、高校三年生時代から人生をもう一度やり直せると言われたら、やり直しますか──?」


 と。


 意味が分からない。この男は、フィクションを見すぎているんじゃないかと思った。馬鹿野郎だと思った。


 しかし愚直にそれを否定することは、僕には出来なかった。


 なぜなら否定して、それが違った前例があったからだ。


 だから、ふざけているのは重々承知なのだが、僕は答えてしまったのだ。ちょうど不満が溜まっていたことも、あるのだろうが。


「はい」


 僕はそう、答えてしまうのだった。


 ───そこから、僕の人生は再び始まることになる。


 だがしかし、今は時間がなかった。だからそれはまた、別の機会に語ることにしよう。



まさか、タイムリープ物だったことは、書いている僕でさえ想像出来なかった。



【お願い!】



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