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「ルイチー様、授乳が終わるまで一度私たちは移動いたしましょうか?」
シャナがわたしに声をかける。
「あら、そうですわね。一度お待ちいただく方がよろしいかもしれません。アスラン王子をお預かりしても?」
メリーがわたしに近づく。
わたしは腕の中で泣き続けているアスランを見る。何とも言えない気持ちがまた胸の奥から湧き上がるのを感じる。
メリーに預けるのが良いっていうことはわかっているのだけれど、なんだか離れ難いわ…
この腕にずっとアスランを抱いていたいような、そんなような気持ちが…
「ルイチー様?」
モヤモヤした気持ちでずっとアスランを離さないわたしに、シャナが声をかけてくる。
「お腹が…お腹が空いているのよね?」
やっぱりなぜかアスランを離したくなくて、アスランを見つめたまま呟くように問う。
「そうだと思われますわ。赤ん坊が泣く時はご飯かおしめがほとんどですわ」
「…ご飯って、母乳よね?」
「左様でございます」
当たり前すぎるわたしの質問にもメリーは変わらず優しく答えてくれる。
母乳よね…母乳。母乳、母乳…
実はわたしからも、出るのよそれは。
今この子をわたしが胸に抱き続けるのだとしたら、それはきっと、わたしが授乳するしかないわ。
今、アスランをなぜか手放したくない。アスランをずっと抱き続けていたい。泣いている顔もなんだかずっと見ていられる。でも、泣き止んで笑ってほしい。
色々な感情が渦巻いて、ぐちゃぐちゃとした頭で考えて出したわたしの答えは、王族の中では類を見ないものだ思う。
「ルイチー様?」
なかなか手放さないわたしに、再び声をかけてきたシャナの方を見てわたしははっきりと言った。
「わたしの、母乳をあげるわ」
一瞬部屋の中が静まり返る。けれどすぐに
「まあ!」
「ルイチー様!」
嬉しそうな声と、咎めるような声が同時に聞こえてきた。
「ルイチー様、突然何をおっしゃるのですか!」
咎めるような声だしたのはシャナだった。
「いいじゃない。わたしだって母乳が出るんだし、シャナも息子さんを自分の母乳で育てのでしょう?」
「それは、そうでございますが、ルイチー様とわたしでは身分が全く違います!」
「確かに身分は違うけれど、高位貴族や王族が乳母に子育てをしてもらい始めたのは、母乳の出が悪くて困ったと言う理由からでしょう?わたしは今のところそんなことはないわ」
メイドに手伝ってもらって、出産後から搾乳してもらっているんだから!
「それも、そうでございますが、…しかしもうすでに慣習となっていることでございます。」
慣習、…慣習ね。確かにそう。王族や高位貴族たちは、自分で授乳をすることはなくて、乳母に赤ちゃんの時期を任せることがほとんど。
だけど慣習通りにやれば、アスランは断罪されずに済むのかしら。
わたしはアスランをバカ王子にせずに済むのかしら。